Chapter 1.10 演技
Chapter 1.10
演技
「いや、もう、本当にごめんなさい」
ルクスは受付嬢の背中を追いながら心の底から謝る。
「いや、まあ、ああいうのは集会所ではよくあることなので」
受付嬢は少し笑いながらルクスの謝罪を受け入れた。
例の冒険者はあの場所で寝かせたままにするのは流石に忍びないので、ルクスが受付嬢に案内された場所−−−仮眠室まで運び、目が醒めるまで置いておくこととなった。
「それにしても、やっぱり
「たまたまです。もしかしたらあの冒険者の人が手加減してくれたのかも」
「だとしたらあの人、相当馬鹿ですよ?」
そんな軽口をかわしながら二人は集会所奥にある階段を登り、案内された通りの廊下を進むと『執務室』と書かれた部屋の前にたどり着いた。
受付嬢がドアをコンコンと叩くと、奥からどうぞ、と声が聞こえる。
「失礼します」
受付嬢がドアを開け、中に入るように手招きする。
ルクスは促されるままに中に入ると、そこには白髪の老人が立っており、ルクスの顔を見ると軽くお辞儀をした。
「どうもはじめまして。集会所の管理人をしております、ロイドと申します」
「ああ、いえ、ご丁寧にありがとうございます。自分は
「いえいえ、こちらこそ対応が遅くなってしまい大変申し訳ありません。どうぞ、こちらのソファへお越しかけください」
ルクスは指し示されたソファにゆっくりと座る。ロイドはその様子をみるとドア前にいた受付嬢にもういいよと目配せをする。それを見た受付嬢は深くお辞儀し、執務室から姿を消した。
「ルクスさん、ですね。どうも先ほどはこちらの冒険者が無礼を働いてしまったようで、申し訳ありませんでした。」
ロイドは突然そう言うと、深く頭を下げた。
「え? いやいや、謝るべきはこちらです。こちらこそ変な騒動を起こしたせいで待たせてしまって、本当に申し訳ありません」
ルクスとしては、謝るべきは自分の方だと思っていた。突然訪問した挙句、訳のわからない騒動を起こし、一人の冒険者を伸してしまったのだ。謝る理由はあれど、謝られる理由は思いつかなかった。
「いえ、集会所管理人の立場として、あのような騒動が起こってしまった原因は私たちが冒険者から甘く見られているからです。普段からもっと冒険者たちに対して勝手な行動を取らせないよう監視を強くしておくべきでした。本当に申し訳ありませんでした」
ロイドは下げた頭を上げようとせず、謝罪の言葉を続けて言う。
ルクスとしては、自分が悪いと思っている事案に対して相手が謝罪してしまっていることにひどく違和感を覚え、同時に居心地が悪かった。
「頭を上げてください。そこまで言うなら、お互いがどちらも悪かったということで手を打ちましょう」
「そう言っていただけると助かります。ありがとうございます」
ロイドはそう言うと、やっと下げていた頭をあげる。
「いやあ、なんと言うか、すごい丁寧な対応ですね・・・」
思わず思っていた言葉が口から出る。
その言葉を聞いたロイドはふっ、と唇を緩めると、表情が柔らかいものに変わる。
「いえいえ、滅相もございません。ルクス様は本部の
「そんな、こんな礼儀もなっていない若造相手に気にしすぎですよ。もっと楽にしていただいて大丈夫です」
うろたえながら説明するルクスを見たロイドは小さくクスリと笑う。
「では、お言葉に甘えて、堅苦しいのは抜きにしますか」
ロイドはそういうと、おーい、とドアの向こうにむけて声をかける。するとドアがガチャリと開き、見慣れた受付嬢がひょっこりと顔を出した。
「大丈夫そうですか?」
「ああ、この人は大丈夫そうだ」
その言葉に安堵したのか、受付嬢はへなへなと床に手をついた。
「よかった〜。突然本部の
「ははは、普段から愛想をよくしておいてよかったな」
「ホントに良かったです〜」
突然の変貌ぶりにルクスは軽く驚く。まるで芝居の演者が演技をやめ、現実に帰ってくるような切り変わりだ。自分は騙されたのかという錯覚に陥る。
「堅苦しいのを抜きにすると、こんな感じになるんですか?」
「ええ。いつも職場はこんな感じです。一応私がここのトップではありますが、権威を振りかざすのは苦手でして。私自身も年の割にはちゃらんぽらんな性格なので、みんなに支えてもらいながらだいぶ緩くやらせて頂いています」
「さっきまであんなにしっかりした対応だったのが嘘みたいですね」
「いや、不測の事態に備えて初めてこちらに来られた方にはしっかりとした対応をするように皆に協力をお願いしているんです。今回はそれが功を奏しました」
ロイドは笑顔でそう話し、受付嬢にお茶を持ってくるよう指示を出すと、目の前のルクスの方に視線を戻す。
「話は先ほど受付の者から聞きました。実は私もラークの事は気にかけていまして。力になれる事があれば何なりと申し付け下さい。」
そうなんですね、とルクスは相槌を打つ。ならば話は早いと思い、聞きたいことを即座に聞くことにした。
「では単刀直入に伺いますが、職場でのラークさんはどのような人物だったのですか?」
「私から見れば非常に真面目な若者、といった印象ですね。ですが物腰は柔らかくて同僚からは慕われていたと思います。私も彼には色々と世話になっていました」
「というと?」
「ここだけの話、以前彼には一度だけ私のまかない料理をお願いした事がありましてね。あんまりやってはいけない事なんですが、その時はどうしてもお腹が減ってしまいまして。それでも彼は嫌な顔一つせず美味しい料理を作ってくれました。それからはちょこちょこ厨房に行っては話をするようになり、時には新作料理なんかを振舞ってくれました。もちろん味見役としてですけどね」
その時を思い出すかのようにロイドは話を進める。
「厨房の同僚との関係も良好だったと思います。なんせ彼が結婚する時は率先して彼の家でケーキやらなんやらの美味しい料理を作っていたぐらいですから」
「なるほど。話を聞く限り人間関係に大きな問題はないように思えますね」
「ええ。なので私も驚いているのです。まさかラークがこのようなことになってしまうなんて。結婚して、同僚から祝福されて、子供も生まれた。いま人生最大の幸福を噛み締めている時だろうと私は思っておりました。まさか入院するほどに思いつめているとは・・・」
「働いている中で彼が何か思いつめているような様子は見られましたか?」
「いえ、全く。最後の出勤日前日まではいつも通りだったと思います。ですので次の日にラークを見た時には驚きました。顔は青白く、まるで生気を感じられないような表情になっていたんです。仕事も全く手につかない状態だったので、早々に仕事を切り上げさせ、家に返しました。無事に帰れるかの不安もあったので、私が一緒に付き添ったんです」
そこまで話しを聞いていると、軽いノックの音が聞こえ、執務室のドアが開く。その先にはトレイを持った受付嬢が立っており、受付嬢は失礼しますと言いながら、トレイの上に乗っていたお椀を二人の前にゆっくりした動作で置いていった。
ルクスは受付嬢からも話を聞きたいと思い、ロイドに確認する。
「彼女からも話を聞いてもよろしいですか?」
「え、私ですか?」
受付嬢は少し驚いた表情をすると、ロイドの方に顔を向ける。ロイドは構いませんよと穏やかに笑い、テーブルに置かれたお椀を手にとった。
了承を得たルクスは目の前の受付嬢に質問する。
「ここ最近、ラークさんが何かに困っている、もしくは思いつめている様子などは見られませんでしたか」
「え、ええ。特には。最後に会った日を除けば、ですけど」
「最後に会った日というのは最終出勤日のことですね。その日はどのように見えましたか?」
「なんというか、こういう表現はあまりよくないとは思いますけど、死んだ魚の眼とはこういうことを言うんだなって言う顔をしてました。話しかけても返事がなくて、まるで生気も感じないし、本当に生きた屍っていう感じで。すいません、表現が良くなくて」
「いえ、思った通りのことを教えていただけて助かります」
お礼を言うと受付嬢はそそくさと部屋から出る。
「良ければ実際に彼が働いていた厨房の方々からも話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん問題ありません。私の方でご案内しましょう」
ロイドはルクスの要求を快諾すると立ち上がり、自ら率先して厨房までの案内人を買って出る。
ルクスは促されるままに部屋を出ると、ロイドの案内の元、ラークの職場現場である厨房へと足を向けた。
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