Chapter 1.9 ハゲ
Chapter 1.9
ハゲ
「なんだテメェ」
その男は片眉を吊り上げ、威圧するような雰囲気を醸し出しながら、ルクスに近寄ってくる。
集会所に入る前に危惧していた出来事が現実になりそうで、ルクスは内心冷や汗をかく。
「あ、すいません、ぶつかってしまって。今度から気をつけますね」
わざとらしいにこやかな笑顔を作り、なんとかその場を取り繕ろうとする。
「なんだそのヘラった顔は? 俺の事なめてんのか? わざわざぶつかりに来やがって」
違います違います。ぶつかりはしましたが、それは決してわざとではないんです。
心の中でそう弁明するが、そんな事を言っても目の前のこの男は絶対に聞いてくれないという確信があった。
そう思ったルクスはどうにかこの場を切り抜けるために作戦を立てる。
その名も、『愛想笑いと丁寧な説明でどうにかする作戦』である。
「なんとか言えやコラ!」
「あはは。あなたの存在に気づきませんでした。ごめんなさい」
「バカにしてんのかテメェは!!」
その作戦は失敗だった。切り抜けるどころか、逆に逆上させてしまったようだ。
ちゃんと説明したのになんで? と内心疑問に思うが、目の前の男にそう問いかけても答えてはくれない自信があったので言わない事にする。
「ふざけやがって。どうやらボコボコにされてえみたいだな」
「違う違う。いい加減絡むのやめてくださいツルッパゲ」
「あんだと!?」
「あ、やべ」
つい本心が口から出てしまう。
ルクスの言葉は男の逆鱗に触れてしまったらしく、その顔は真っ赤に染め上がっていた。
頭のてっぺんからは湯気が出て来てもおかしくない雰囲気である。
「テメェ!! 表でろやクソガキ!!」
男はそういうとルクスの服を思い切り掴み、ものすごい勢いでぶん投げる。
ぶん投げられたルクスの身体は入口手前にあったカウンターを優に飛び越え、外に放り投げ出された。
背中から地面に激突したルクスは、なかなかの激痛に腰をさすりながら立ち上がる。
「いてて・・・」
集会所の入り口を見ると、そこにはもう例の冒険者の姿があった。
「元の顔の形がわからなくなるほどボコボコにしてやる・・・!」
目の前の男は、髪の毛はないが怒髪天衝くほどにルクスに怒りを覚えているようだった。
ルクスは内心勘弁してくれと頭を抱える。
非番の日に集会所で揉め事を起こしたとなればセイクスのお叱りを受けることは目に見えている。しかも今は受付嬢の上司を待たせている最中なのだ。
「くたばれやガキィィィィィィィィィ!!」
そんなルクスの事情など御構い無しに、スキンヘッドの男は右腕を振り上げ、ルクスに向けて突っ込んで来る。
ハゲの男が必死の形相で迫って来るその絵は、どこかシュールに感じられてルクスは内心笑いをこらえるのに必死だった。
ブオン! と男の拳が振り抜かれる。しかしルクスはそれを最小限の動きで避け、後ろ側に回り込むと残っていた男の左腕を後ろに引っ張る。そして膝裏をトンと軽く蹴ると男が地面に膝をついた。
そして、ゆっくりと綺麗な頭の上に手のひらを被せる。
「もういいかな?」
にこやかな笑顔とともに男にそう言い放つ。
「・・・は?」
男は思わず間の抜けた声を漏らす。
男はあまりに一瞬の出来事で、今の状況が飲み込めていないようだった。
「もういいよね?」
「て、テメェ・・・!」
状況を飲み込み始めた男だが、頭を掴まれているせいで振り向くこともできない。
「もうおしまいにしましょうよ」
「ざけんじゃねぇ!! このクソ−−−」
ルクスは男の反抗的な態度を確認した瞬間、即座に掴んでいた男の左腕を強く捻った。
「———イデデデデデデ!?」
「まだやります?」
少し困った表情を浮かべながら、ルクスは念のための確認をする。
ルクスとしてはこれ以上痛め付けるつもりも、事を荒立てるつもりもない。早くこの場を収束させ、受付嬢の上司と話をしたいというのが本心だった。
「わ、わかった! わかったから離してくれ!!」
「もう終わりって事で良いですか?」
「あ、ああ! 終わりだ終わり!!」
その言葉を聞き、ルクスは言われた通りに両手を離す。
「馬鹿め!」
男は即座に振り返り、右の拳を繰り出すが−−−
———ルクスは首をわずかに傾ける動作でそれを避け、被せるように左の拳を男の顔面に向けて放つ。
ゴッ!! と鈍い手応えが拳を通してルクスの体に伝わる。
その拳は男の頬から顎にかけて命中したようで、目の前の冒険者は膝から崩れ落ちるように地面に体を沈ませた。
いわゆるノックアウトというものである。
あそこでちゃんとやめておけばよかったのに、と倒れた男を哀れに思う。そして同時に、自分の未来が怖くなった。
———これ、セイクスにバレたら絶対怒られるよな。
ふと集会所の入り口を見ると、受付嬢が心配した面持ちでルクスの顔を見つめていた。
「あの、できればこの件、報告しないでいただけませんかね?」
ルクスはそう言いながら、苦笑いを浮かべた。
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