Chapter 1.8 冒険者集会所

Chapter 1.8


冒険者集会所


「ここか」

 ルクスは目の前の建物の看板を見上げ、そう呟く。

 そこには冒険者集会所と書かれていた。

 冒険者集会所とはその名の通り、冒険者と呼ばれる職種の者たちに仕事を斡旋する場所のことである。それはグレイモヤの管理者ベースが主に取り仕切っており、全国各地に配置されている監察者オブセクターからの情報を管理者ベースが選別し、この集会所に集約させて冒険者がその仕事を円滑にこなせる様サポートするのを役割としている。

 冒険者は、腕に覚えのある者達が国に指名手配された反逆者や大罪人を狩る事で国から報酬をもらい、その収入で生活する者達のことを指す。指名手配者達はその性質上凶悪な者が多い為、道中で死亡する者や行方不明になる者も多く、安全からは程遠い職業だと言える。しかしその分見返りも多く、多額の賞金や報酬が約束された案件に成功するとそれだけで十年は生きていける程の金額や、非常に価値の高い何かが手に入ったりする。また、危険性が高いが国家認定の仕事ではあるため、冒険者になるためにはあらかじめ指定された課題に合格する必要がある。その課題の内容は毎年違い、簡単に対策されないよう事前情報は一切外に漏れないようになっている。

「ここに入るのは初めてだなぁ」

 ちなみにこの場にリアはいない。今日中にできる限り情報を得るために二手に分かれ、ルクスは職場に、リアはラークが入院しているはずの病院へそれぞれ聞き込みをする事になったのだ。

 本音を言うと、ルクスは病院の方への聞き込みを担当したかった。冒険者になる者の多くは実力はあるが組織に従属するに向かない、いわゆる荒くれ者達だ。ちょっとした出来事でどんな難癖をつけられるかわかったものではない。また、諸々の理由で遂行者オフェンサーの選抜試験に落ち、仕方ないから冒険者となる選択をする者もいる。そういった中で遂行者オフェンサーであるルクスが集会所に顔を出すのは正直気が引けた。しかし、あの親子を助けたいと言ったのはルクス本人であるため、あえてこちら側の聞き込みを担当したのだ。

 それにシーヌの話では、ラークは冒険者ではなく、集会所にある厨房で働いているとのことだった。いわゆる料理人だ。直接冒険者から話を聞かない分、少しは心が軽かった。

 何事もなく終わればいいけど、と呟きながら集会所の中に足を進める。

 中に入るとすぐにカウンターがあり、そこにいた受付の女性と目があった。

「こんにちは。冒険者集会所へようこそ。何か身分を提示できるものはありますか?」

 女性は華やかな笑顔でルクスに向けて型通りの言葉を口にする。

 ルクスは入ってすぐにカウンターがあった事に驚きながら、言われた通りに遂行者オフェンサー証明証を提示する。

「ルクス様、ですね。職業は・・・遂行者オフェンサー、ですか?」

「ええ、はい、そうです」

「ここは冒険者が集う場所ですが、どういった御用件でしょうか?」

「ちょっと確認したいことがありまして」

 ルクスは受付嬢にここにきた経緯をかいつまんで説明する。

「ははあ、なるほど、ラークの件で・・・。ちなみにこれは遂行者オフェンサーの仕事として話を聞きたいと言うことですか?」

「いや、そういうわけじゃないんです。なんと言うか、成り行きで少し調べることになりまして」

「成り行き、ですか。遂行者オフェンサーとしてではなく?」

「ええ。ラークさんは厨房で働いていたと聞きました。ですので、そちらの方々から少しお話を伺いたいと思いまして」

 ふーん、と目の前の受付嬢は少し迷った表情を浮かべる。

 まあそうなるよな、とルクスは受付嬢に同情した。集会所に遂行者オフェンサーが来ることなんてほぼほぼない。集会所で手に入る情報はグレイモヤの支部でも本部でも手に入るし、わざわざ荒くれ者が多いとされるこの場所に顔を出す必要などないのだ。

「申し訳ありませんが、一度上司に相談いたしますので、こちらで少々お待ちください」

 受付嬢は迷った挙句、そのように言葉を残しその場から立ち去る。

 手持ちぶさたになったルクスは近くの壁に寄りかかり、周りをざっと見回した。

 集会所の掲示板には指名手配者に関する情報が書かれた紙が所狭しと貼られており、目の前のカウンターの奥にはもうひとつカウンターが置かれている。おそらく気になった紙を奥のカウンターに持って行き、さらに詳細な情報をもらえるか確認するのだろう。入口近くにあるカウンターは身元が確認できない者が指名手配者の情報を手に入れないための水際対策なんだろうなと推測できた。

 見る場所を変え、今度は広間に顔を向ける。そこにはいくつもの椅子とテーブル、そしてそのテーブルの上にはメニュー表らしき羊皮紙が置かれている。冒険者がいつでも食事を取れるように配慮されているのだろう。実際テーブルのいくつかには冒険者と思わしき人相の男が座っており、大きな肉を男らしくがっついている。あのような冒険者達のためにラークは料理を作っていたんだろうなと思いにふけた。

「お待たせしました」

 不意に、帰ってきていた受付嬢から声がかかる。

「対応が遅くなってしまい申し訳ありません。上司の方も一度話を伺いたいとのことですので、恐縮ですが執務室の方までご足労いただけますか?」

「はい、わかりました」

 ずいぶん丁寧な対応だなぁと感心し、カウンターの奥に抜ける。

 広間に置いてある数多くのテーブルを避けながら、受付嬢の背中を追いかけるが−−−

 −−−ドン、とルクスの身体が何かにぶつかり、前によろめいてしまう。

「あん?」

 野太い声が後ろから聞こえる。

 振り返ると、そこには頬に深い傷跡が刻まれ、スキンヘッドの頭を持った、冒険者と思わしき人物の顔があった。

 ———あ、やばい。

 ルクスは本能でそう悟る。

 集会所に入る前の嫌な予感が、的中してしまう未来が目の前に迫りつつあった。

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