Chapter 1.7 非番
Chapter 1.7
非番
「ここで話を伺いましょうか」
ルクスはそう言い、一同は目の前の喫茶店の中に入る。
店内には二、三名の客と店員しかおらず、全体的に静かなものだった。木目調で構成された店のデザインと相まってどこか穏やかな雰囲気を感じさせた。
空いている席に座りながらルクスは内心奇妙な事になったなと困惑していた。ルクスは助けを求められた店で話を聞くこともできたが、店内で妙に注目を集めてしまった為、リアが気を利かせて場所の変更を申し出たのだ。
この喫茶店はその注目を集めてしまった料理店から歩いて数分のところにあり、ルクス達にとっては立地が良かった。
「まずは自己紹介からですね。僕の名前はルクス。こちらはリアと言います。二人ともグレイモヤの
ルクスは自分とリアをそれぞれ手で指し、軽い自己紹介をする。
「丁寧にすいません。私はシーヌと言います。この子はエル。先ほどもお話ししましたが、私の子供です」
それを聞いた目の前の女性は、お辞儀をしながらこちらもと自己紹介を始める。
「それで、そのエル君が言っていた、困っている、というのは?」
先ほど食事をしていた店でエルという子供に相談を持ちかけられた二人はプレゼント選びを中断し、この母子から話を聞くことにした。
「いえ、あの、本当にグレイモヤの方々のお手を煩わせるようなことではなくて・・・。私たちの家族の問題なんです」
そう断りを入れた上で、シーヌは話しを始めた。
その内容を簡単に要約すると、今までずっと元気に仕事をしていた夫−−−ラークが、ある日を境に人が変わったように元気がなくなり、職場からもいまは働ける状態ではないと言われ、休職状態になってしまったということだった。仕事がなくなってからもずっと家に引きこもり、食事もとらずずっとベッドに寝っぱなしの生活になったという。流石にまずいと思ったシーヌは病院に連絡し、今は入院しているとのことだった。
「今まではこんなことはなかったんです・・・。エルが生まれてからも仕事は意欲的にこなしていたし、色々家事を手伝ってくれたり、本当に真面目でいい人だったんです。それなのに、突然こんなことになってしまって・・・」
シーヌは視線を落とし、涙ながらに今までの出来事を説明した。
話を聞いた二人は軽く視線を合わせ、少し待っててくださいと退席し、席から少し離れた場所に移動する。
「どう思う?」
口を最初に開いたのはリアだった。ルクスはリアの問いかけにうーんと低く唸る。
「どうって・・・働いている人にありがちなうつ病みたいなやつじゃないのかな。正直、俺たちにできることはないと思うけど・・・」
「そうだよな。そうなるともうお医者様にどうにかしてもらうしか手はない」
でもなぁ、とルクスは席に座っている親子に目を向ける。
シーヌの表情は重く、流した涙は拭き取られていたが目頭は少し腫れている様に見えた。傍にポツンと座っていたエルは俯いて口を
「今それを言ったら余計追い詰めてしまうんじゃないかな」
「でも俺たちにできることは何もないぜ」
リアは困った表情をしながら後頭部を軽く掻く。
ルクスもリアの意見には同意していたが、話を聞いただけで何も出来ませんというのは薄情な様に思えた。
「もう少し話を聞いて、ダメだったら後で謝ろう。もしかしたらまだ何か力になれるかもしれない」
「そうかぁ? まあ、お前がそういうんなら別に構わないが」
二人は会話を終え、お待たせしましたといいながら席に戻る。
するとシーヌが頭を下げてきた。
「すいません、困らせてしまって・・・。こんなこと相談されても困りますよね・・・」
「ああ、いえ、気になさらないでください。それより、いくつかお聞きしたいことがあります」
ルクスは笑顔で対応し、話の中で気になったことを質問する。
「旦那さんは突然元気が無くなったと話されましたが、その前に何か前兆というか、変わったところはありませんでしたか? 仕事でトラブルを抱えていたとか」
「それはお医者様にも聞かれたんですけど、私には気づきませんでした。その日の朝までは本当に元気だったんです。仕事から帰ってきたら、急に人が変わったように元気が無くなっていて・・・何があったか聞いても何も話してくれないし・・・」
「それでは、旦那さんが変わってしまったとされるその日に、仕事で大きな問題を抱える事になったとか、職場の人から何か話は聞いていませんか?」
「一応聞いてみたんですけど、職場では仕事が終わるまでいつも通りだったと言っていました。もう本当に、訳がわからないんです」
なるほど、とルクスは顎に手を置き考える。
シーヌの話が本当だとすると、旦那の様子が変わったのは職場から家に帰るまでの間だと推測できる。だが、実は職場から陰湿な嫌がらせや不条理な待遇を受けていて、それを組織的に隠蔽され、心身共に限界を超えた、という可能性も考えられた。どちらにせよ、今聞いた話だけでは判断材料が足りていない。
「ねえ、もしかしてお母さんの言っていることを疑ってるの?」
突然、エルが口を開いた。
「お母さんが言ってることは本当だよ。あの日帰ってきたお父さんはお父さんじゃなかった。お父さんなんだけど、お父さんじゃなくなっていたんだ」
「お父さんなんだけど、お父さんじゃなくなっていた?」
ルクスはエルの言葉を繰り返した。
「それはどういう意味かな?」
「なんて言えばいいかわからないけど、あの日帰ってきたお父さんはいつもお父さんの中にあったものが無くなってた。だからお父さんじゃなくなっちゃったんだ。誰かがお父さんから抜き取ったんだよ」
「抜き取ったって何を?」
今度はリアがエルに質問する。するとエルは視線をずらし、はっきりしない声で小さく答えた。
「それは・・・わからないけど・・・」
エルは自信なさげに小さく俯く。
「そうか、わかった。教えてくれてありがとうね」
ルクスは優しくエルにそう声をかけると、シーヌに目線を合わせる。
「シーヌさん、旦那さんが入院されている病院はどちらですか?」
「・・・え? 調べていただけるんですか」
シーヌは驚いた表情でルクスを見つめる。
「ええ。もちろん」
笑顔で目の前の女性にそう告げる。
プレゼント選びはいつでもできる。今日買えないなら別の日に買えば良い。
出来ることなら、今は目の前の親子の助けになりたかった。
「夫は・・・カルーア東部記念病院に入院しています。」
「わかりました。ここの料金はこちらでお支払いしておきますね。あと連絡先だけ教えていただけると助かります」
そういってお互いの連絡先を交換した後、二人は席を立った。
「あの・・・なんで調べていただけるんですか?」
シーヌから、唐突に質問が来た。
「あ、すいません。気分を害されたなら謝ります。でも、本当はこんな家族の相談をしても意味がないと思ってて・・・。普通なら、こんな話聞いてくれないと思っていたんですけど・・・」
ルクスは足を止め、シーヌに目を見ると、何も考えずに口を開いた。
「まあ、今日は非番なので」
そう言うとルクスは軽く笑い、リアと共に店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます