Chapter 1.6 異能

Chapter 1.6


異能アナザー


「そういやよ、黒目録ブラックリストの奴とは一人で戦ったのか?」

 リアは口元に手羽先を運びながら、そんな事を聞いて来た。

 ルクスは目の前のステーキをナイフで切り取りながら答える。

「まさか。近くに監察者オブセクターが何人かいたよ。みんなで協力して倒したようなもんだ」

「なるほどな。いや、もしかしたらお前の異能アナザーが覚醒して、黒目録ブラックリスト相手に無双でもしたのかなと思ってな」

 ルクスはその言葉に軽く笑い、切り取ったステーキを口に運ぶ。

 口の中に広がる肉汁が、強調しない程度の柔らかい味付けがとても美味に感じた。思わず頬が緩まり、幸福感で身が包まれる。

「今お前、すげえだらしない顔してるぞ」

「うるせえよ。幸せを感じてんだから邪魔すんな」

 キッ! と緩んだ頬が引き締まり、幸せを邪魔した仲間を睨みつける。

「こわっ。睨むなよ」

「お前が邪魔をしたからこうなる」

 ルクスは表情を戻すとテーブルの上に置いてある水をゴクリと飲む。

「じゃあ、異能アナザーはまだ顕在化の領域まで達していないのか」

「ああ、まあな。でもそれはお前も同じだろ」

「まあ、そりゃそうだけど、先をこされたらどうしようかと思って」

 手羽先を食べ終えたリアは次のターゲットをピザに変えたようだった。皿を手元に引き寄せ、あらかじめ切り取られたピザを手に取り踊り食いを始める。

 −−−異能アナザー。 

 それは多くの人間が先天的に持ち合わせている異能力のことを指す。人によってその詳細は異なることが多く、それを武器に商売を始める者や仕事にありつくこと人も多い。実際、グレイモヤ組織員になるためにもその仕事の特性上、たとえ管理者ベースであろうとも異能アナザー保有者でなければならない決まりがあったりする。

 異能アナザーには不透明な部分も多いが、二段階の能力解放が存在すると言われている。

 それは『顕現化』と『顕在化』である。

 顕現化とはその言葉の通り、持ち合わせた能力を表出することを意味する。例えば炎の異能アナザーを持っている場合の顕現化はそのまま炎を出現させる事を指す。先天的に異能アナザーを持っているか否かの判断は確立されたものがないため、その本人が幼少期に異能アナザーを顕現化できるかどうかで確認することが一般的である。また、異能アナザーの有無や詳細に関して遺伝的な要素が多分に含まれるとする見解が多い。

 顕在化に関しては発現せずに一生を終える者の方が割合としては圧倒的に高い。しかし、顕在化を会得している者としていない者とでは隔絶した能力の差が存在するとされている。その理由としては、顕在化を会得した者は異能アナザーの結晶化と表現される専用の武器または道具が出現し、さらに異能アナザーそのものの強度や威力の向上、範囲の拡大など多くの面で異能アナザーが強化されるからである。その顕在化の発現には前提条件として自身が持つ異能アナザーの凄まじい練度が必要だと言われているが、それ以外の条件に関しては不透明な部分が多く、詳細はわかっていない。

「顕在化なぁ・・・。いつになったら発現するんだろうな」

 ルクスは少し遠い目をしながら口を開く。

 リアはそんなルクスに目を移し、水で喉を潤した後に答える。

「そんなもん、気にしてたってどうしようもないけどな。あー、食った食った」

 リアは自分の腹をポンポンと叩き、満腹であることアピールする。

「さて、腹も膨れたことだし、本題のプレゼント探しに−−−ん?」

 リアが突如、何かに気づきルクスの足元辺りに視線をそらす。

 釣られたようにルクスもそこに目線をやると、そこには小さな少年がいた。なぜか自分のことを見つめている。

 −−−だれ?

「あ、すいません!」

 突然、店の入り口からそんな声が聞こえる。

 今度はそちらに目を移す。そこには一人の女性がいた。非常に慌てているようだった。ルクスの近くにいた少年を見つけるとこちらに駆け寄ってくる。

「すいません。私、その子の母親で・・・目を離した隙にいつの間にいなくなってて。何か失礼なことをしませんでしたか?」

「ああ、いえ、別に何も」

 ルクスは戸惑いながら返答する。実際のところ、見つめられた以外は何もされていない。

「なら良かった。こらエル。あなたもごめんなさいしなさい」

「ごめんなさい」

 目の前の少年は母親の言う通りに頭を下げる。

 ずいぶんと教育の行き届いた子供のようだった。名前はエルというらしい。

「いえ、本当に何もなかったので、気にしなくていいですよ」

 ルクスは笑って答える。子供の母親がずいぶんと謙ってくるので逆に申し訳なく感じた。

「本当に失礼しました。私たちはこれで−−−」

「ねえねえ、お兄さんたちってグレイモヤの人?」

 子供のエルが母親の言葉を遮り、突如として口を開いた。

「こら、エル。もうホントにすいません。もう行きますので・・・」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ」

 ルクスは先ほどと同様に笑顔で答える。そして少年の目線に合わせるようにしゃがみ、エルの問いかけに答えた。

「そうだよエル君。僕たちはグレイモヤの人で合ってるよ」

「じゃあ、困った人を助けてくれるの?」

 少年の無垢の問いかけに、ルクスは笑顔で答える。

「そうだね。困った人を助けるのも仕事だよ」

「じゃあ助けて。僕たち、いま困ってるんだ」

 少年は無邪気な瞳で目の前の青年に助けを求めていた−−−。



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