Chapter 1.3 少年
Chapter 1.3
少年
「今日は何して遊ぶ?」
目の前の少年が無邪気な目をしてそんなことを聞いて来た。
「リイナは?」
「家の手伝いしたら来るって」
ああ、そうなんだ、と僕は少年の言葉に納得した。
「今日、ルクスんち行っていい?」
「いつもの裏庭で鬼ごっこしようよ」
「え〜、いつもと一緒じゃつまんないじゃん」
目の前の少年は不服な様子で口を尖らす。
その少年は少し悩んだ様子を見せた後、何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「そうだ! あの裏山一緒に行ってみようぜ!」
少年は町から少し離れたところにある小さな山を指差した。
「あ、いいね! 楽しそう!」
「だろ! リイナが来たら、三人で一緒に行こう!」
少年は明るい表情でそう言った。
二人が裏山の話しで盛り上がっている中、リイナが合流し、三人で山を登る事になった。
特に目的はなかった。ただ行った事がない所に三人で行ってみたいだけだった。
なんとなく山に入って、適当なことを話して、今日も楽しかったねと言ってまた明日も一緒に遊ぶ。そんな日々を過ごす事が、僕にとっては当たり前で、これからも変わらないものだと思っていた。
突如、場面が変わる。
家が燃え、人々の悲鳴が響き渡り、辺りには見慣れた人達が変わり果てた姿で地面に倒れ伏せていた。
−−−なんで?
目の前の光景に思わずそんな疑問が浮かび、僕はその場で立ちすくむ。
「逃げろ!!」
突如、後ろから声が聞こえる。
声の方に振り向くと、そこにはいつもの少年がいた。
「ねえ、なんで・・・?」
「俺に聞かれてもわかんねえよ! リイナもこっちにいる! 一緒に逃げるんだ!」
少年は必死の形相で僕の手を取り、強引に引っ張った。
僕はよろめきながら、引っぱられるがままに少年と同じ方向に進む。その先には怯えた表情のリイナが見えた。
「ルクス・・・」
「リイナ・・・」
「早く! こっちだ!」
少年が走り、僕とリイナも後に続く。
「ねえ、お父さんとお母さんは?」
「わかんねえ! 突然町が燃えて、知らない奴らが来て、俺たちの町を襲ってるんだ!」
少年は怒鳴る様な声色を発しながら、必死に走り続ける。
走った先にあるのは前に三人で遊んだ裏山だった。
「ここなら森に隠れる事ができる。とりあえず、様子を見よう」
僕は怯えたまま小さくしゃがみ、横から少年の表情を垣間見る。
少年の顔は汗だくで、血の気が引いた表情で、小さく息を切らしていた。
「ここからどうする・・・どこに逃げればいい・・・」
少年はブツブツと呪文を唱えるかのように考え事を口から漏らしていた。
突如、近くからガサガサと物音が聞こえる。
「!」
それに気づいた少年が僕とリイナに小さな声で伏せろ、と指示をする。
僕たちはその言葉通りにその場で小さく地面に伏せる。
物音が徐々に、しかし確実に僕たちの元に近づいていた。
恐怖でグッと目を閉じる。唇は手で覆い、吐息の音すら聞こえないように呼吸も止める。
ドクンドクンと、心臓の音がやけにうるさく聞こえる。苦しくて脳の血管が切れそうな錯覚に陥る。
早く過ぎ去ってくれと心の底から強く願う。
しかし−−−
「なんだ、ガキか」
知らない男の、声が聞こえた。
強く閉じていたはずの瞳をすっと開く。
「こんな森から気配を感じるかと思ったら、拍子抜けだぜ」
頭をあげると、そこには人間ではない人種の何かがいた。
不意に、お母さんから聞かされた言葉を思い出す。
−−−世界には、人間とは違う、獣人という人達が存在するのよ。
「獣人・・・?」
思わず、言葉が口から出てしまっていた。
「おう、よく知ってんな。まあ、ガキをいたぶる趣味はねえが、戦争なんでな。運がなかったとあの世で呪ってくれ」
そう言って、目の前の獣人が腰からナイフを取り出すのが見える。
地面に伏した体が動かない。なぜか時間が止まったような気がする。
僕はもうここで死ぬのだと、何かが僕に告げているような気がした。
「じゃあな」
目の前の獣人が、僕に向けてナイフを振り下ろし、僕はまた瞳をぎゅっと強くつぶる。
−−−ドス、と何かが何かを貫いた音が聞こえた。
「・・・・?」
痛みが襲ってこない。
いつまで経っても、ナイフが突き刺さったような感触は訪れなかった。
「逃げろ!!」
不意に、少年の声が聞こえる。
目を開けると、少年が木の枝で獣人の脇腹を突き刺していた。
「・・・え?」
「ルクス! リイナを連れて逃げろ!! 早く!!」
はっと我を取り戻す。
「テメェ・・・このクソガキ・・・!」
バギィン! と獣人が少年の頬を強く殴る。
その衝撃で少年は後方に弾き飛ばされ、木の枝から思わず手を離す。しかしすぐさま立ち直り、地面に落ちていた木の棒を素早く拾った。
「ルクス! こいつは俺が引き止めるから、お前はリイナと逃げるんだ! 早く!」
「で、でも・・・」
「早く行け!! お前らだけでも生きるんだ!」
少年は頼りない気の棒を片手に、獣人の前に立ちふさがる。
よく見ると少年の足は震えていた。でも、少年はそんな事を気にもせずに獣人に向けて強い瞳を放っていた。
守るんだと、その背中でその意志を体現していた。
そして、その強さが、僕の心を動かした。
「・・・! リイナ!」
僕は乱暴にリイナの手を取り、必死に駆け出す。
少年を後ろに、一人残して−−−。
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