Chapter 1.2 グレイモヤ

Chapter1.2


グレイモヤ


 国家治安維持機構グレイモヤ。それはその名の通り、国の治安や社会秩序を保つ為に設立された、巨大な国家運営の組織である。

 そしてその組織の中には大きく分けて三つの部門が存在する。

 一つ目が遂行者オフェンサー。仕事としては罪を犯した者や国に仇なす者の捕縛、殺害が主である。いざ戦争となった時の一番の戦力となる。

 二つ目が監察者オブセクター。仕事としては情報の調達と遂行者オフェンサーの補助である。三つの部門の中では最も人数が多く、世界中の至る所に人員が配置されている。

 三つ目が管理者ベース。他二つの部門からの情報や国民から寄せられるあらゆる情報を管理、統合し、上層部に伝えるのが仕事となる。

 一番表立って行動するのは遂行者オフェンサーだが、実際は監察者オブセクターが手に入れた情報を管理者ベースが上層部に伝え、その処理を遂行者オフェンサーが行うという流れになっている。また、一つの部門の中においてもいくつもの部署が存在しており、その部署毎に仕事内容が変わっていることも多い。

 そのグレイモヤの本部はテリネジア大陸のほぼ中央に位置する、王都カルトラに存在している。

 そして、今その本部の一室に、一人の青年が足を踏み入れた。

「任務終了! お疲れ様です!」

 青年は大声をあげ、一枚の紙を目の前の女性に手渡した。

「あ、ルクス。任務お疲れ様」

 青年と呼ばれたルクスはその言葉で少し笑顔になる。

 その外見は黒く少し伸びた髪を無造作にセットされており、いわゆる無造作ヘアーと呼ばれる髪型をしていた。その顔は全体的に整った容姿と少し青みがかった瞳が特徴だった。

「No.7の件、やっと終わったの?」

「おう! かなり長い時間かかったけど、やっと終わったよ。報告書の内容に問題ないか、リイナ確認してくれない?」

 ルクスは笑って目の前の幼馴染−−−リイナに笑顔を向ける。

「随分長い時間かかってたもんね。本当にお疲れ様。任務報告書、もらうわね」

 リイナは笑顔で報告書を受け取る。

 後ろで二つに結んだ、少し緑色が混じったような黒く長い髪を垂らし、リイナはその翡翠色の瞳で報告書の内容に目を通した。

「うん、問題なし。これで今日の仕事はおしまい?」

「そう。そんで明日は休み! それでさ、俺がいない間に、なんか情報あったりした?」

「ああ、あの件ね。残念だけど、まだ何も・・・」

「ああ、そうなんだ・・・」

 ルクスはその言葉で肩を落とす。

「そんなに落ち込まないで。残念に思う気持ちは私も同じだから。また予定が会う日に一緒に探しに行きましょ?」

 リイナが笑顔でルクスの肩をポンポンと軽く叩く。

 ルクスはそんなリイナの笑顔に癒されながら、顔をあげる。すると、奥に見知った顔の上司がいた。

「あ、セイクス」

「上司相手にタメ口か。ずいぶん偉くなったものだな」

 灰色の髪を短く刈り上げ、右腕に黒曜のブレスレットをつけた男−−−セイクスはルクスの上司にあたる。しかし、新人時代のルクスの指導を引き受けたのもセイクスであり、二人の関係は上司と部下の関係でありながらその距離は仲の良い先輩後輩関係のようなものになっていた。

「別にいいじゃん、前からだし。今更直しても気持ち悪いでしょ」

「他のものに示しがつかないから、ここではせめて敬称をつけろと言ったろう」

「はいはい、セイクス管理官」

 しぶしぶと言った表情でルクスは言葉を言い直す。

「まったく・・・。それで、お前は今任務終わりか? 久しぶりにここで顔を見たが」

「そう! めっちゃ時間かかったけど、やっとNo.7の件が終わったんだよ!」

 ほうっ、とセイクスは少し驚いた表情を浮かべる。

「斥候が得意な奴とはいえ、黒目録ブラックリストの一人を片付けるとは大したもんだ。成長したな」

「まあね。そんで今報告書を出したとこ」

「なるほど、ついでにリイナをデートに誘って玉砕したわけか」

「いや、違うし」

何を言っているんだこいつは、とセイクスを睨みつける。

「まあ、長い期間かけた任務が終わったんだ。明日はゆっくり休め。またすぐに仕事がくる」

「その仕事を割り振ってるのはセイクスだろ。今回頑張ったんだから、次は融通してくれるんでしょ」

「甘えるな。遂行者オフェンサーの仕事は腐るほどある。人手が足りてないからな。手の開いた奴から問答無用にねじ込むから覚悟しておけ」

「・・・過労死するぞ?」

「その脅しは怖いが、お前のセーフティラインは新人時代に把握している。安心しろ」

 それとまた敬称を忘れているぞ、とセイクスは部下をたしなめる。

 ルクスは、全然安心できねえよ、と小言を言いながらセイクスを睨みつける。

 その二人の様子を見ていたリイナはクスクスと小さく笑っていた。

 その笑顔に、ルクスは少し癒される。

「鼻の下が伸びてるぞ」

「うるせえ」

 そういうのじゃねえんだよと心の中でつぶやく。

「本当に二人は仲がよろしいんですね」

 リイナは少し笑いながら口を開く。

「違うよリイナ? いつもセイクスが俺をからかってくるから戦ってるの。仲がいいわけじゃないんだよ?」

 敬称をつけろと横からセイクスが口を出すが、ルクスはまるで意に介さない。

 その様子に呆れた表情を浮かべながら、セイクスは生意気な部下に向けて言葉を紡ぐ。

「まあ、いい。No.7の件が終わったのなら、情報中枢端末ウィズデム黒目録ブラックリストの項目にもしっかりチェックつけておけよ。それは担当であるお前の仕事だからな」

「あっ、やべ、そうだった」

 ルクスはリイナにまたねと手を振り、リイナはその様子を見て静かに微笑む。それを見たルクスはわずかに笑みをこぼし、そそくさとその場を退散し、本部内にあるとある場所に向かった。

「えっと、確かこの辺だったよな・・・」

 ルクスは周囲を軽く見渡す。

 そして目的の部屋を発見した。

 機密情報管理室。

 それは限られた者しか入ることができない極めて閉鎖的な部屋で、持ち出し、あるいは閲覧することすらも禁止された情報が収められている部屋だった。

 この部屋に入る多くの者はグレイモヤの上層部の人間だったり、セイクスのような役職者だったりする。その為、ルクスのような何の役職も持たない普通の遂行者オフェンサーが来るのは珍しく、この部屋の周りも物置や資料庫などの存在感が薄い部屋が多い為、足を向ける頻度が少なく迷いやすかった。

 ルクスは部屋に入る為に、いくつかのセキュリティロックを決められた手順通りに解錠し、数分かけて部屋の扉を開ける。そして、中にある情報端末−−−通称、情報中枢端末ウィズデムを起動し、自身のIDやパスコードなどの必要項目を全て入力する。

 内心、面倒臭いなと思いつつ、全ての項目を入力すると、ようやく情報中枢端末ウィズデムの中にアクセスすることができた。

 ルクスはその中にある『黒目録ブラックリスト』を選択し、ファイルを開くとNo.7の項目にチェックマークを入力し、画面を閉じる。

 たったこれだけのことをするのに、随分と時間がかかった気がする。

 本当に面倒くさい。そう思いながらルクスは部屋を後にする。

 明日の予定はなし。一日暇である。今までは仕事の都合上ずっと忙しくしていたため、急にやることがなくなるとなぜか少し不安になる。

 まあ、いいや。この機会に部屋でゆっくり休もう。どうせまた忙しくなるんだから。

 ルクスはそんな諦めに似た感情を抱きながら、一人静かに帰路についた−−−。

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