Chapter story

佐乃原誠

Chapter 1.1 プロローグ

Chapter 1.1


プロローグ


「なんで・・・! 何故俺の命を狙う!? もう戦争は終わったんだ! 俺はもう何もしていない!」

 目の前の獣人が必死の形相でそう吠える。

 身体の至る所から出血し、左腕と右足においては真っ赤に染まり、あらぬ方向にひしゃげて曲がっていた。

 満月が彼の顔を照らし出す。

 その顔からは冷や汗が、瞳からは透明な滴がこぼれ落ちている。

「狙われる理由は言わなくても分かるだろう? 自分の罪を忘れるなよ。お前のせいで多くの人間がその命を散らしたんだ」

 彼を見下ろすその人物はゆっくりと彼に歩み寄る。

 まるで彼が立ち上がることすらできないのを見透かしているようだった。

「それは・・・! 戦争だったから仕方ないだろ! お前らだって、数え切れないほどの獣人をその手で殺してきたじゃないか!」

「ああ、そうだ。そして俺たちは戦争に勝利し、お前たちは敗北した。それが全てだ」

「戦争が終わってから俺は誰も殺していない!」

「お前が生きているだけで人間の脅威になる可能性がある。それだけの働きをお前はした。だから黒目録ブラックリストにお前の名前が乗ったんだ。戦争が終わり十年が経った。だがお前の罪は消えることはない」

 気づけばその男は彼の目の前まで迫っていた。彼は必死に吠えながら痛む身体に鞭をうち、少しでも距離を取ろうと後ずさる。

「なんで・・・なんで前を向こうとしない! 戦争は終わったんだ! 争う理由なんてどこにもない! 人間も獣人もお互いを許し合い助け合える未来だって作れたはずだ!」

「そうだな。そのためにはまず今でも存在する反逆組織を根こそぎ潰さなきゃならない。お前が手引きしている組織もな」

「・・・!」

 彼の表情が驚愕で染まる。

「バレていないとでも思ってたか? 舐めるなよ? こちとらお前の調査に長い時間を費やしたんだ。その間にお前が殺した人間は少なくとも三人。一組の夫婦とその子供だ。まだ何か弁明するか?」

「・・・違う! 俺は人を殺していない!」

「その三人はいずれも溺死。部屋のリビングで穏やかに過ごしていたところをお得意の水の元素エレメントで殺したんだろう? 悲鳴が上がらないようにするためにな」

「・・・!」

「戦争中にお前が本部に忍び込むためにやった方法そのままだ。何も成長していないようで特定は容易だった。遺体が出ていないだけで探せばもっと被害者がいるんだろうな」

 彼は奥歯を噛みしめる。

 何かここから抜け出すための打開策はないか必死に周囲の環境に目を向ける。

 しかし、周りにあるのは木ばかりで役に立ち立ちそうなものは何も見当たらなかった。

「無駄だよ。この辺りに水場はない。そういう風に誘導したんだ。暴れられたら面倒だからな」

「・・・クソッ!!」

 彼は激痛をこらえ、残っている右手をかざし、元素(エレメント)を発動させると男に向けて突風を放つ。

 しかしその刹那、紅黒い稲妻が男の目の前に壁のように出現し、その突風を事も無げに耐えしのいだ。

「なん・・・だと・・・?」

「驚いたような顔をするなよ。ただの異能アナザーだよ。知ってるだろ?」

 男は何事もなかったようにゆっくりとした足取りで彼に近づくと、彼の前に立ちふさがる。

「どれだけ時が経とうとも、お前の罪は消えないし、失った命は還らない。浅ましく命乞なんてするんなら、その真実をもっと早く知っておくべきだったな」

「黙れ! このグレイモヤの犬どもが!!」

 そう叫んだ瞬間、彼は喉元を掴まれる。

「・・・! ・・・!!」

 必死の形相で声を張ろうとするが、ただの一つの言葉すら出てこない。

 喉元を掴まれた彼は持ち上げられ、その身体を宙に浮かす。

「残念ながら俺は犬じゃあない。人間だ。そして−−−」

 彼の身体に紅い稲妻が纏わりつく。そして、刹那。

 バチバチバチ!! と、凄まじい勢いで電気が激しく弾けたかのような、とてつもない高音が鳴り響いた。

「−−−遂行者オフェンサーだ」

 男が掴んでいたそれは全身が赤黒く染まり、周囲には夥しい量の血液を飛び散らした。

 男が手の力を緩めると、それはまるで糸が切れた人形のように、重力に従いゆっくりと地面に落ちていく。

「これでやっと、この仕事も終わりだな・・・」

 男は一人でそう呟く。

 男の身体は全身が返り血で赤に染まり、その姿を満月が静かに照らしていた−−−。

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