第2話 横暴なる魔女

 夢の終わりで見た少女。

 身長は多分140cm前半、透き通る様な、輝く金髪をツインテールにした、碧眼の少女が、敵諸共味方の超能力者を吹き飛ばし、立っていた。

「√∀∈∨∈∉⊕∈∂∫∫∨‰∥∂」

 そんな少女が、謎の言語と、脳が溶けそうなアニメ声でこちらに怒鳴る。

 もしかして、他国の支部からの救援?それだとすれば、あまりにも早すぎるし、タイミングが良すぎる。

 少女が呆れた様な仕草で溜息を吐き、謎の言語を呟く。それと同時に、彼女の足元に不思議な光が円を描き、彼女を包んだ。


「言語の適応完了っと…言葉が通じないってことは、成功ってことね。流石私、意図的な異世界への転移なんて、正に神の領域だわ。」

 ご満悦の表情で自画自賛する少女。

「い…異世界?転移…?」

 初めて理解出来た彼女の言葉にを思わず反芻する。

「そうよ!!異世界転移!!正しく神の偉業!!そんな素晴らしい偉業に立ち会うことが出来たことを光栄に思うのね、下郎。」

 己の成した偉業を自ら称えながら、何処から取り出したのか、少女の身の丈を越える大きな杖を僕に向ける。

「な、なんのつもりだよ!?やめろ!!」

 複数人の超能力者を消し炭にした少女が、僕になにかしようとしていること自体が脅威であり、恐怖でしかない。

「口の利き方から躾けなきゃならないのね…その前に、先ずは力関係から叩き込む必要があるわね。」

 溜息をついて杖を軽く振るう少女。その瞬間、僕の右頬、その横を光が掠める。

 ツゥーっと、右頬から血が滲み、熱を持つ。

 恐る恐る振り向くと、鉄筋コンクリート造の壁に大穴が空いている。

「こ、殺される!!」

 完全に腰が抜けているせいで、這いつくばる様に少女から逃げようとする。

「バカね、まだ殺さないわよ。まあ、これでどちらが上か分かったでしょう?」

 呆れた様な少女の声が背後から聞こえると同時に、僕の身体が、鞭の様な物に絡め取られ、引き寄せられる。

「使える間は生かしてあげる。とりあえず、寝る場所と食事よ。さっさとしなさい!!」

 

 彼女に出会ったせいで、僕の人生は、破茶滅茶で、トンデモナイこととなるのだが、この時は、ただ、生きる為に従うしかなかった。

 今思えば、後悔でしかないけど…


「落ちる!!死ぬ!!死んじゃうって!!それにすっごい寒いんだけど!!」

 僕は夜空を駆けていた。

「史上最高の魔女たる私が操っているのに、落ちるですって!?巫山戯ないでよ!!」

 少女の不機嫌な怒声。そう、僕は今、空を駆けている、箒にふん縛られて。それこそ、丸焼きにされる豚の様に…

 寝る場所と食事を提供しろと脅された僕は、不思議な力(彼女の言葉が本当なら魔法なのだろう)によって拘束され、身動き一つとれずに、今に至る。

「夜だっていうのに、随分と明るいのね。下に見える光は魔法ではないみたいだし…ねぇ、なんで明るいのかしら?」

 箒に跨がる少女が、僕の恐怖など素知らぬ顔でそう質問してくる。

「そんなことより、降ろしてくれよ!!」

 そんな僕の要望は、

「私が質問してるの、さっさと答えなさい。…まあ、降ろして欲しいなら、今ここで切り離してもいいわよ。」

 ギロリと睨みながらそう言う。とんでもなく可愛らしい顔をしているのに、悪魔にしか見えない…

 恐る恐る下を見ると、街の灯りは小さく映る。飛行機よりも少し高度が低いくらいだな…

 そりゃあ、寒い筈だよ。しかし、落とされたら、間違いなく死ぬなぁ…

「電気だよ!!電力で明るくしてるんだ!!」

 死にたくない、その一心でそう答える。

「電気?…雷の魔法の類かしら?でも、魔力の類は感じないし…」

 僕の返答を聞き、ブツブツと呟く。参ったな、詳しく説明しろとか言われたら、出来る自信は皆無だ。というより、一介の中学生に説明しろと言ったって、それは困難を極めるのは致し方ないだろう。

「ねえ、その電気とやらを…」

「ああ!!ここだ!!ここだよ!!」

 幸か、不幸か、我が自宅が見えた。見えてしまった。答えられない質問を浴びせられ、答えられずに彼女の機嫌を損ねて殺されるよりも、我が家の物資を一時的に渡す方がましだろうから、幸だと思うとしよう…

「…まあいいわ。聞く時間はたっぷりあるし、先ずは拠点の確保が優先よね。」

 箒の高度が下がっていき、我が家の前に降り立つ。幸いにして、周囲に人はおらず、周囲の家屋も、カーテンが閉まっており、多分、この神妙不可解で奇妙奇天烈なアンビリーバボーな光景は見られてないだろう。いや、見られていないと信じたい。

「下郎の家にしては、立派なものね…アンタ、この世界ではそこそこの身分なのかしら?」

 都心、そこから随分と離れた郊外。マンションよりも、そこそこ年季の入った一軒家が建ち並ぶ地域。そんな一角に位置する我が家は、それ程周囲の家と変わらない。というより、他よりも少し小さくて古いくらいなのだが、彼女からの評価はそこそこらしい。

「只の一般人だよ…どちらかと言えば、平均ちょい下だ。」

 しかし、それは否定しておく。変に勘違いされて、金品を強奪されたりするのは勘弁だ。まあ、只の一般人っていうのは少し嘘だけど。

「これで中の下ってこと?つくづく分からない世界だわ…」

 首を傾げる少女を見て、彼女の居た異世界は、きっととんでもない格差社会なのだろうと察すると同時に、彼女は、そんな世界では、きっと上流階級であったのだろうと推測する。

「まあ、いいわ。詳しいことは後で聞くとして…さっさと食事の準備をしなさい!!」

 彼女は、そう言って僕の臀部を足蹴りする。

 僕の置かれた危機的状況は、一向に終わる気配がない。見知らぬ少女、それも、小学校高学年位の少女を、夜に自宅に連れ込むことを、どう説明しろというのだ!!それに加え、その少女は、とんでもなくおっかない魔女だというのだ、無理があるにも程があるだろう!!

 しかし、僕の命を握られており、強く出るなど以ての外という…どうしろというんだ?


 そんな僕の内心など露知らず、彼女は更に急き立てる。

「何してるの!!早くしなさいよ!!」

 大変ご立腹の様子で、件の杖をどこからともなく取り出し、それで僕を叩く。魔法じゃなくってよかった…

「痛い!痛いって!」

 僕の抗議は聞き入れられず、更にもう一発お見舞いされる。

「さっさとしろと言ってるの!!分かった!?」

 なんと横暴なのだろう…しかし、僕に逆らう術はない。

 不承不承、鍵をポケットから取り出し、鍵穴に差し込もうとした。


「五月蝿いっ!!」

 勢い良く開いた扉が、僕の顔面を叩いた。




 

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