第174話 愛しのペイシェンス4……パーシバル視点

 春学期の成績発表を見に行く。これで騎士コースは全科目修了だと思うと、少しテンションが下がる。


 だが、秋学期からは文官コースだ。父上も無茶を言われる。

『リチャード王子も、騎士コースと文官コースの2コースを修了されている』などと激励されたが、それは中等科に入った時から、計画的に単位を取ったからだと愚痴りたい。

 だが、ペイシェンスは、マーガレット王女の側仕えとして家政コースと文官コースを頑張っているのだ。

 年上の私が弱音を吐く訳にはいかない。


 うん? ペイシェンスは、家政コースは、殆ど修了証書を取っているみたいだ。

 中等科までに必須科目を、全て修了証書を取る学生は偶にいるが、ペイシェンスは1年で、初等科を終えた筈だ。

 やはり学問のグレンジャー家だけある! 天才だな。

 

 それに、文官コースの行政、法律も修了証書を取っている!

『経営、経済、外交学、デーン語……これも合格か! なんだ? 錬金術、魔法陣は錬金術クラブだから合格するのも分かるが、薬草学、薬学は修了証書を取ったのか?』

 思わず、ペイシェンスだけ1日が24時間ではないのではと、笑いが込み上げてくる程の頑張り方だ。


 マーガレット王女の側仕えとしての時間もあるだろうに、音楽クラブと錬金術クラブを掛け持ちした上で、この成績を取ったのだ。

 ふう、ペイシェンスの求婚相手に相応しい成績を目指さなくては!

 

 マーガレット王女と一緒に成績発表を見ているペイシェンスに声を掛ける。

「ペイシェンス様、素晴らしい成績ですね。一緒の授業が受けられないのは寂しいですが、追いついてみせますよ」

 ペイシェンスは、少し心配してくれた。

「パーシバル様、本当に文官コースを取られるのですね」

 そう、本当は騎士になりたかったが、父の命令は絶対だ。


「ええ、一緒に外交官を目指しましょう。そう言えば、夏休みはノースコート領で過ごされると聞きました。私も隣のモラン領で過ごしますからお会いできますね」

 母上からの情報だ。ノースコート伯爵夫人と母上は仲が良いから。

「ええ、パーシバル様とは親戚・・ですから、お会いする機会もあるでしょう」

 やれやれ、ペイシェンスには口説き文句が通用しない。親戚扱いだ!

 嫌われているのか? そんな感じもしないが、これは少しずつ攻略するしかなさそうだ。

 

 夏休みになり、私はモラン伯爵領で、猛勉強中だ。

 秋学期の最初の授業で、経営、経済学、外交学の合格を取るつもりだからだ。

 ペイシェンスが春学期に合格を取った科目だ。

 秋学期は、経営2、経済学2、外交学2を一緒に受けたい。周りにいる男子学生を蹴散らしたい! 


 なのに、父上にデーン語の家庭教師をつけられて、そちらに時間を取られる。

『秋学期から王立学園に留学されるオーディン王子をお迎えに行くのだ』

 それは、外交官の仕事では? なんて断る事などできない。


 それに、ペイシェンスを狙っているアルバートに対抗する手段も貰ったので、仕方ない。

 ノースコート伯爵夫妻とサミュエル、そしてペイシェンスと弟達をモラン領に招待する許可を得たのだ。

 まぁ、ノースコート伯爵夫人と父上は従兄弟だし、母上とは友だちなので、招待しても不思議ではないのだ。  

 やはり、外務大臣の父上には、まだまだ交渉は敵わない!


 ノースコート伯爵に訪問の許可を得る手紙を送って、ペイシェンスに会いに行く。

 訪問するのは、午後のお茶の時間を予定していた。

 初めて、他所の屋敷を訪問するのに相応しい時間だからだ。


 こちらは、マナーを守っているのに、アルバートはそんな心遣いはしていない。

 というか、多分、ラフォーレ公爵の差し金だろう。

 リチャード王子に似て有能なチャールズも、アルバートと一緒にノースコート伯爵領の応接室でお茶を飲んでいた。

 

 ペイシェンスは、私を見てホッとした顔をした。

 何か無理を言われたのか?

「おや、お客様でしたか」

 こちらは、前もって訪問の許可を得ているのだ。少し嫌味を言ってしまった。

「こちらはチャールズ・ラフォーレ様とアルバート・ラフォーレ様です。こちらはパーシバル・モラン様です」

 ノースコート伯爵がお互いを紹介してくれたが、アルバートとはクラスメイトだ。


「アルバート様がこちらにいらしているとは存じませんでした」

 アルバートも苦笑している。彼は、夏休みは音楽に浸って過ごしたいのだろう。

「ノースコート港まで魔石を取りに行く様にと父上に命じられたのだ」

 それは口実だ! ラフォーレ公爵は、ペイシェンスを招待する様に、チャールズとアルバートに命じたのだろう。


 だが、その口実を話題にして、ペイシェンスの縁談から話を逸そう。

「魔石はローレンス王国では他国よりも高額ですからね。もう少し安価にできないかコルドバ王国と交渉中なのです」

 ノースコート伯爵もその件に食いつき、チャールズ様も交えて、リチャード王子とコルドバ王国の王女の縁談で、魔石の関税が低くなれば良いのだがと話が弾んだ。

 

 だが、ここにはノースコート伯爵夫人やペイシェンスもいるのだ。

 政治の話題が続くのは退屈だろう。

 チャールズが、お茶を代えるタイミングで話題を変えた。

「今日は天気が良いですから、カザリア帝国の遺跡を見に行きませんか?」

 こういうところが、アルバートと違って、気が利く。

 チャールズが父親の意向を受けて、アルバートとペイシェンスの縁談を進めようとしているのなら、強敵だ!


 私達は全員でカザリア帝国の遺跡に行った。

 意外にも、チャールズは本当に遺跡を見学したかったのかも?

「ふむ、この防衛壁は見事だな。当時の建築技術は大した物だ」

 アルバートは、ペイシェンスの音楽的才能にしか興味がなさそうだ。

「ペイシェンス、サミュエルはリュートが上手いから、夏休み中に練習をしておくように」

 本当に音楽馬鹿だな!


 だけど、アルバートはロマノ大学に進学しないと公言している。

 それは困るのだ! 私は、ロマノ大学に行くから、結婚はその後になる。    

 だが、父上から良い情報を得ているのだ。

「そうだ、アルバート様はもう知っておられるかな? 来年からロマノ大学に芸術部門が新たに作られるのだ。音楽科や美術科や演劇科の教授を選抜しているとの噂だ」

 アルバートが食いついた!

「えっ、何だって! ローレンス王国も音楽の重要さにやっと気づいたのか!」

 アルバートは飛び上がって喜んでいる。


「なら、アルバートもロマノ大学を受験しなくてはいけないな」

 チャールズが激励している。公爵家の子息が大学に行かないのを心配していたのだろう。

「ロマノ大学ぐらいの受験は大丈夫だとは思うが、誰が教授に呼ばれるのかが大切だ。エステナ聖皇国から音楽家を引き抜けるのか?」

 ぶつぶつ呟いているアルバートは放置して、皆で遺跡を見学する。


「パーシバルは外交官になると聞いたが、流石だな。弟には良い情報だった。感謝する」

 チャールズは、私がアルバートを牽制した意図に気づいたみたいだ。

 だが、それには触れずに、感謝を告げる。できる男だ!

「いえ、父が耳にした事を伝えただけですから」

 

 ペイシェンスは、崩れた岩に座って写生をしているから、横に座る。

 ぶつぶつ考え込んでいるアルバート以外の人達は、チャールズと見学しているから、話すチャンスだ。

「ペイシェンス様は絵も上手ですね」

 崩れた遺跡とその中に生えた木を上手く描いている。

「ロマノ大学の件は、グレンジャー子爵の進言だったのですよ。ローレンス王国の文化発展の為には必要だと言われたのです」

 ペイシェンスの目が期待に輝く。夏の空を写して、キラキラと青さが煌めいて美しい。


「未だ発表はありませんが、グレンジャー子爵の復職は近そうです」

 パッと笑いかけて、心配そうな顔になる。

「でも、カッパフィールド侯爵とかの反対があるのでは?」

 あんなに賢いのに、貴族の情報には疎いのか?


「ご存知ありませんでしたか? 老カッパフィールド侯爵は亡くなられたのです。新たに侯爵になられたラファエロ様は、アルフレッド陛下に側近としてお仕えされるでしょう」

 ホッとしても、まだペイシェンスの眉は寄せられたままだ。

「それでも貴族至上主義者は多いと聞きましたわ」

 彼奴らの事を考えると、私も嫌になる。

「ええ、ローレンス王国の問題点の一つですが、すぐには解決しそうにありません。でも、少しずつでも改善していかなくては他国に差をつけられてしまいます」


 折角2人で話すチャンスなのに、全くロマンチックな話にはならなかったが、ペイシェンスは嬉しそうだ。

 まぁ、今日はこれで良いだろう。

 ペイシェンスが喜んでくれたら、満足だ。

 

 なんて油断して、カザリア帝国の遺跡から帰ろうとした時、チャールズが動いた!

「ノースコート伯爵夫妻やサミュエル様と一緒に我が屋敷にお越し下さい」

 しまった! まだまだ私は甘い!

「リリアナ伯母様の許可が降りましたら、伺いますわ」

 でも、私も負けない。

「そうだ、我が家にもいらして下さい。素敵な湖にボートを浮かべて遊べますよ」

 こちらは親戚カードがあるから、宿泊滞在して貰って湖で遊ぼう!

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