第173話 愛しのペイシェンス3……パーシバル視点
青葉祭の頃から、私は、クラスメイトからペイシェンスの名前を聞く様になった。
2年Aクラスには2人の公爵家の子息がいる。
アルバートはラフォーレ公爵の次男で、音楽だけを愛している男だ。
「音楽だけの人生を謳歌したい!」
そんな事を公言して憚らないが、頭脳は明晰だ。
「ペイシェンスは、音楽の女神だ!」
時々、彼は、発作の如く叫んでいる。クラスメイトは、彼の変人ぶりには慣れているから、スルーしているが、私は引っかかる。
確かに、ペイシェンスは音楽クラブに属しているが、それはマーガレット王女の側仕えとしてだと、これまでは考えていた。
「青葉祭の新曲発表は、殆どがペイシェンスが作った素晴らしい曲なのだ!」
聴きに来てくれ! と熱心に誘われたが、私は騎士クラブの試合があるからと、断った。
ペイシェンスに惹かれている自分に気づいて、側にいたいのに、避けようとする衝動が起こった。
ペイシェンスを『音楽の女神』と公言するアルバートにムカついただけだと、冷静になってから気づいた。
もう1人の公爵家の子息は、カエサルだ。彼はバーンズ公爵家の嫡男なので、公爵家とバーンズ商会を継がないといけない。
「錬金術を極めたい!」
そんな望みを初等科から語っていたが、アルバートと違って嫡男だから、家に縛られる立場だ。
私も、騎士になりたかったが、外交官の道を進む立場なので、心情は理解できる。
2年の春学期が始まった頃は、カエサルは暗い顔をしていた。
「このままでは、錬金術クラブは廃部になってしまう」
5名以上いないと、クラブは廃部になる規則だ。
騎士クラブは、人数が少なくて困った事はないが、錬金術クラブはなかなか入部してくれる学生はいないのだろう。
錬金術は、ローレンス王国の基盤産業なのだが、難しそうだと敬遠する学生が多い。それと言い難いが、錬金術クラブは変人の巣窟というイメージが付き纏っている。
Aクラスにいる錬金術クラブメンバーは、カエサルとアーサーで、2人とも優れた学生なのだが、時々、訳の分からない事を興奮して凄く早口で話し合っている。
そんな時は、クラス全員が遠巻きにして、関わらない様にしている。
ここら辺が錬金術クラブに入部する学生が少ない理由なのではないだろうか?
だが、無事に新入部員をゲットしたらしく、毎日、生き生きと錬金術クラブに通っている。
アルバートとカエサルは、全く別に見えて、よく似た点もある。
単位は殆ど修了して、クラブ活動の為に王立学園に来ている事だ。
この2人が青葉祭前に、ホームルームで言い争いをしていた。
珍しい! アルバートもカエサルも、変人認定されてはいるが、公爵家でマナーは叩き込まれているから、これまでホームルームで声を荒げた姿など見たことがなかった。
「ペイシェンスは、錬金術クラブにばかり行っている! あれでは、音楽クラブやグリークラブの伴奏の練習が足りなくなる」
アルバートの苦情に、カエサルは肩を竦める。
「ペイシェンスは、何曲も新曲を提供したのだろう? それに、錬金術クラブに来いと強要はしていないし、マーガレット王女が行かれる時は音楽クラブに出ているはずだ」
えっ、ペイシェンスは錬金術クラブに入ったのか? 知らなかった!
あそこは、男子学生しかいない筈だ。
それに、カエサルは誰が見ても、次代のリーダーだ。
胸がズキンとした。それは、ペイシェンスの周りにいる男子達への嫉妬だったのか? まだ、この時点では、私は惹かれている気持ちを封じようと必死だった。
何故なら、まだペイシェンスは11歳の少女だからだ。
青葉祭、私は騎士クラブの試合で優勝した。
秋学期から、文官コースに転科するが、自分の実力を出せて、少しだけ気分が楽になった。
試合の片付けも終わったから、講堂に音楽クラブの発表を聴きに行こうかと思ったが、他の騎士クラブメンバーに「錬金術クラブに行こう!」と誘われた。
錬金術クラブの発表? カエサルには悪いが、毎年閑古鳥が鳴いているのに?
「自転車とかいう乗り物の試乗会と、アイスクリームという冷菓を出しているのだ!」
騎士クラブなのに、情報通なスペンスに誘われて、錬金術クラブの展示場に向かう。
そこには、自転車の試乗をしたいと並ぶ男子学生と保護者達、そしてアイスクリームの予約券を持った女学生達が溢れていた。
「おお、可愛い上級メイドだぁ!」
上級貴族の家では、客人をもてなす上級メイドを雇う場合も多い。
我が家にも、上級メイドがいるから、その容姿だけでなく、気が利くのも知っている。
「錬金術クラブのメンバーは、考えたら上級貴族ばかりだな」
スペンスの何気ない言葉に、ドキンとしたが、素知らぬ顔で流す。
5月の爽やかな芝生の中庭には、洒落た椅子とテーブルが配置してあり、私とスペンスは、予約券のお陰で、すぐに席に案内された。
「美味しいな!」
アイスクリームは、初めての味だ。
「このデザートを作る道具をバーンズ商会で販売します。レシピも付けますから、アイスクリームをいつでも食べられますよ」
マーガレット王女や、キース王子とラルフやヒューゴにペイシェンスが説明している。
こうやって見ると、ペイシェンスは本当に錬金術クラブを楽しんでいるのがよく分かり、男子学生ばかりなのにと変な心配をしていた自分が恥ずかしくなった。
「ふうん、バーンズ商会でアイスクリームメーカーが買えるのか? 夏休みに領地へ持って帰ろう」
スペンスの言葉に同意する。
「ああ、これは母上も喜ばれるだろう」
マーガレット王女は、音楽クラブのメンバーと講堂へと向かわれたが、何故かキース王子とラルフとヒューゴは錬金術クラブの展示会場に残った。
自転車の試乗をするのだろうか?
などと安易に考えて、その場を去ったが、実はもっと深刻な状態だったのだ。
青葉祭のダンスパーティ、今日はより多くの女学生の視線が集まっている気がする。
「おお、騎士クラブの試合の優勝者だから、ハートが飛んできているな」
スペンスにも秋波は送られている筈だ。
スペンスはどちらかと言うと、軍略を考える参謀タイプだが、準々決勝まで駒を進めた実力もある。
シュナイダー子爵家の次男だから、ロマノ大学を出てから、騎士になると決めている。少し羨ましい!
「おい、呼ばれているぞ!」
スペンスに、脇腹を肘で突かれた。
マーガレット王女が、扇子で手招きしている。
ペイシェンスは、横で頬を染めて止めている様だが、可愛いな。
今年は、中等科の女学生達は、裁縫の授業で自分が縫ったドレスを着ている。
私のホームルームでも、女学生達が「間に合わないわ!」と騒いでいたから、知っているが……ペイシェンスの着ているドレスは、他の女学生のドレスとは全く違う。
ロマノの有名なドレスメーカーがあつらえた様な素敵な水玉模様のドレスだ。
「何か御用でしょうか?」
マーガレット王女に、訊ねる。
ペイシェンスのドレスは、近くで見ると、とても手の込んだ水玉模様で、襟の白さが初夏らしくて涼しげだ。
「パーシバルはペイシェンスの再従兄弟になるのよね。この子を音楽馬鹿のラフォーレ公爵から護って欲しいの」
顔には出さない様にしたけど、心臓が一瞬止まった。だから、午後からキース王子が錬金術クラブの展示会場にいたのだ。
「それは困りますね。ラフォーレ公爵は独身ですから、断るのが難しいでしょう。私で良ければ虫除け役を勤めましょう。ペイシェンス様には御恩がありますから」
マーガレット王女は満足そうに微笑まれた。
「さぁ、2人で踊っていらっしゃい。私も踊るわ」
マーガレット王女は、スペンスがすかさずダンスに誘う。
私は、ペイシェンスと踊りながら話す。
「パーシバル様、マーガレット王女は大袈裟に言われているだけですわ」
ああ、私は馬鹿だ! 貴族の婚約は早く決めるのだ。姉のナタリアも12歳の頃には、婚約していたではないか! ラフォーレ公爵になんか、ペイシェンスを渡さない。
「この件が無くても、私はペイシェンス様との縁談を進めて欲しいと願っていたのですよ」
頑張って告白したつもりなのに、ペイシェンスは驚いたようだ。
「ええっ、私なんかよりもっと美人で家柄も良い令嬢がいらっしゃるでしょう」
これは、断られたのか? いや、謙遜というより、ペイシェンスは自己評価が低いのだ。
確かに、まだ成長途中だけど、金髪はいつも艶々で触りたくなる様な緩いカールだし、青い目は煌めいている。
まだまだ、お子様だが、そんなお子様に恋している自分に笑ってしまう。
「ペイシェンス様の素直なところが好きなのです」
ちょっと、本気で口説こう!
「それに打算もあります。外交官の妻がパートナーとして信頼できないとやっていけませんからね」
ペイシェンスは、打算と聞いて、ドキッとしたみたいだ。持参金は期待していないから、安心させよう。
「外交官に興味はありませんか?」
まだ幼いペイシェンスには、色恋ではなく、パートナーとして口説いた方が良さそうだ。
「まだ結婚など考えていません。外交官は選択肢の1つですわ。ロマノ大学でゆっくり考えたら良いと父にも言われています」
やはり、ペイシェンスは良いな!
賢いし、自分の足で立とうとしている令嬢なんて、他にはいない。
「それで結構ですよ。私との結婚も選択肢の1つに加えて下さい」
いきなり、ペイシェンスの心を掴むのは無理だ。
曲が終わった時、キース王子がダンスに誘ってきた。
「では、ペイシェンス様、また踊りましょう」
ラフォーレ公爵の盾には、キース王子も有効だろう。
今日は、縁談を進めて貰いたいと私が考えていると、ペイシェンスに伝えただけで十分だ。
なんて、呑気な事を考えていたが、アルバートは私の想像の斜め上をいっていた。
キース王子と踊った後に、アルバートと何か話しながら踊っているペイシェンスが気になったのだ。
「ラフォーレ公爵は、本当にペイシェンス様に執着されているのでしょうか?」
音楽クラブのルパート副部長に訊ねる。
「ああ、確かに凄くペイシェンスの才能に惚れ込んでおられる様だったが、さっきアルバート部長が、その件は解決したと笑っておられた」
うん? マーガレット王女が心配しておられた程の執着が、そんなに簡単に解決したのか? まさか!
「アルバート様がペイシェンスを嫁に貰えば、ラフォーレ公爵はいつも新しい音楽を聴けるからな」
おい、おい、それは何の解決にもなっていない!
「すごい玉の輿だな!」
思わず、ルパートを殴りそうになったが、自重する。
ペイシェンスと踊っているアルバートを邪魔しようと割り込みを掛けようとしたが、キース王子に先を越された。
ああ、心配そうにキース王子がペイシェンスと話している。
公爵家からの縁談を、グレンジャー子爵家は断れるのか?
本人が望まない結婚など、絶対にさせない!
ふと見ると、ペイシェンスは、錬金術クラブのメンバーと何か凄く盛り上がっている。
新しい魔導具の話をしているのだろう。
ラフォーレ公爵家の圧力よりも、錬金術の話題で盛り上がれるカエサルの方が、私には強敵に見える。
チリチリと胸が焼けるのは、嫉妬だと自覚した。
この日、私は、ペイシェンスと結婚するのには、色々な障害があるのに気づいた。
でも、私は負けず嫌いだし、指を咥えて、アルバートやカエサルに初めて好きになった女の子を黙って譲る気はない。
それに、キース王子にもだ!
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