第175話 愛しのペイシェンス5……パーシバル視点

 明日、招待したノースコート伯爵夫妻とサミュエルとペイシェンスと弟達が屋敷にやってくる。

 私は、この訪問の間は、勉強はしない! だから、朝から晩まで勉強をしまくった。

 デーン語も完璧に身につけた。古典に似ているから、コツを覚えたら楽勝だ!


「ははは、パーシバル! なかなかやる気じゃないか! これなら文官コースも余裕で修了できるな」

 一瞬、父上の言い方に腹が立って、言い返しそうになったが、グッと我慢する。

 これは、父上の策略だ。今度は、何を考えておられるのか?

「ほほほ、パーシバルはペイシェンス様が来るのが、そんなに楽しみなのね」

 うっ、母上に見抜かれている。

 良かった! ここに姉上と義兄上がいなくて! 

 外交官は、これだから嫌いなのだ。

 そして、私の血にも流れているからこそ、騎士になりたかった。はぁ、同族嫌悪がキツい。

 

 ペイシェンスは、外交官になりたいと目を輝かしていたが、彼女はこんな策略とかは無理ではないだろうか? だが、騎士クラブの件では、リチャード王子の意図を見事に汲んでいた。

 優しさが基本にあるのだ! 人の粗を探したり、弱点に付け込む外交は苦手かもしれないが、ふっと懐に飛び込むのは上手そうだ。

 私は、モラン伯爵家で育ち、隙を見せない所作や言動には慣れている。

 ペイシェンスが苦手な面は、フォローしよう! そして、私が苦手な信頼を得る方面は、ペイシェンスが得意そうだ。


 こんな風に考えているのも、両親にはお見通しなのだろう。2人が妙に機嫌が良いから、分かるよ……。


 やっとペイシェンスがやってきた。屋敷の外まで出迎える。

「ノースコート伯爵夫妻、ようこそモランへ」

 私の両親とノースコート伯爵夫妻の挨拶が済み、サミュエルが紹介され、ペイシェンスや弟達も紹介されて挨拶する。

「ペイシェンス・グレンジャーです。お招きありがとうございます」

 ペイシェンスも弟達もマナーは完璧だ。

 ペイシェンスは、去年の夏は離宮で王族と過ごしたのだから、当たり前だな。あの厳しいビクトリア王妃様のお眼鏡に適って、マーガレット王女の側仕えをしているのだ。


 父上も母上も機嫌が良い。客の前では、常に笑顔をキープしているが、それは親子だから感じ取れる。

 ペイシェンスを気に入ったのだ!

「さぁ、皆様お疲れでしょう。どうぞ入って下さい」

 さっとエスコートして、応接室に案内する。

 

 昼食後は、ナシウス、ヘンリー、サミュエルの剣術訓練をして、お茶だ。

 皆、なかなか頑張っていて、楽しい。


 だが、両親やノースコート伯爵夫妻とのお茶会では、ペイシェンスとは話せなかった。

 どうも、私は剣術ばかりしているようだ。

 お茶会の後は、湖まで行くから、ペイシェンスともっと話したい。


 私達は馬で湖まで行ったが、ペイシェンスは大人達と馬車だ。

「ペイシェンスは乗馬が苦手なのだ」

 サミュエルが教えてくれた。

「ペイシェンス様にも苦手な物があるのですね」

 勉強も音楽も錬金術もマナーも完璧なのに、乗馬が苦手だとは! 

「でも、何故か泳げるのだ」

 去年、離宮で泳ぎを覚えたと聞いたが、運動神経が悪くて乗馬が苦手なわけではなさそうだ。

 そんな事を話しながら、ボートで遊ぶ準備をしていたら、やっと馬車がついた。

 

「まぁ、素敵な湖ですわね」

 ペイシェンスの馬車が着いた時には、サミュエル達はボートに乗ろうとしていた。

 本人が、ボートを漕いだことがあると言うから、ペイシェンスの弟達と乗せたけど、少し下手なのではないだろうか?

 ノースコート伯爵夫妻は、父がボートに乗せている! チャンスだ!


「どうぞ、ボートにお乗り下さい」

 湖に突き出した桟橋から、ボートに飛び乗って、ペイシェンスに手を差し出す。

「お手をどうぞ」

 ペイシェンスと2人で湖でボートに乗る! なかなか良い雰囲気だ。

「パーシバル様はボートを漕ぐのも上手いですわね」

 ペイシェンスは、少し恥ずかしがっているようだ。

「ありがとうございます。ボート漕ぎは得意なのです」

 ロマンチックな雰囲気なので、少し口説こうと思ったのに……邪魔が入った。


「おい、サミュエル! 真っ直ぐに漕がないとぶつかるぞ!」

 ノースコート伯爵が叫んでいる。

「あっ、ナシウスとヘンリー、大丈夫かしら?」

 

「サミュエル君はボートを漕げると言っていたのですが」

 ノースコートの海辺で育ったから、大丈夫だと思ったのに!

「一度漕いだ事があるぐらいなのかもしれませんね」

 折角のチャンスが台無しだけど、ペイシェンスは、リラックスしたみたいだ。


 今日のボート遊びは少しだけで、明日、本格的に湖で遊ぶ予定だ。

「ペイシェンス様、一緒に馬で帰りましょう」

 小柄なペイシェンスなら、2人乗りでも平気だ。

 湖から屋敷までは、ほんのすぐそこで、呆気なく着いたのが残念だ。

「さぁ、着きましたよ」

 私は馬から飛び降りて、ペイシェンスを抱き下ろす。本当に軽い!


 ノースコート伯爵夫妻を迎えての晩餐会は、身内の集まりとして和やかな雰囲気で終わった。

 子どもは、行儀良く食べるだけだから、ペイシェンスとも話せない。

 食事が終わると御夫人達は席を立つ。私は、父上やノースコート伯爵と語り合いたいとは思わないから、ペイシェンスをエスコートしてサロンへ移動する。


 とはいえ、サロンでも子どもはあまり話せない。

 私やペイシェンスが会話に加わったのは、母上のソニア王国風のプチケーキや錬金術クラブが作ったアイスクリームメーカーの話題ぐらいだ。


 父上とノースコート伯爵が加わってからは、ハノンやリュートを演奏して過ごした。

 やはり、ペイシェンスとサミュエルは音楽クラブだけあって、私より格段に上手い。音楽の修了証書を貰ってから、練習をしていなかったから反省しよう。


 次の日は、朝食を食べたら湖へ行く。

 大人はボート遊びと昼食のバーベキューだけしか参加しないから、やっとペイシェンスと泳いだりボート遊びができるぞ!

 

「さぁ、湖に行きましょう」

 今日は、一日中、湖で遊ぶから、馬車で移動する。

「ボートに乗りたいです!」

 湖に着いた途端、ヘンリーが馬車から飛び降りた。

「では、ヘンリーが今日は漕いだら良いよ」

 ヘンリーが、サミュエルに譲ってもらって嬉しそうに湖に漕ぎだす。

「なかなか、上手く漕いでいますね。ペイシェンス様、何をさせているのですか?」

 ペイシェンスが召使い達に何か指示している。

「これは何ですか?」

 ペイシェンスが白鳥や花や鯨や天馬やビックボアのフロートを少し恥ずかしそうに説明してくれた。

「なるほど、これは面白そうだ」

 水に浮く素材、色々な物に使えそうだ。


「フロートが膨らむまで、ボートに乗りましょう」

 折角、二人っきりでボートに乗ったのだが、岸で膨らんでいくフロートが気になる。

「あのフロートはペイシェンス様が作られたのですよね。素材を聞いてはいけないのでしょうか?」

 ペイシェンスは、笑って答える。

「まだ試作品なのです。本当は撥水性を持たせる素材を探していたので、その副産品ですわ。ナシウスの泳ぎの練習になればと、浮かぶ物を作ろうとして、あれこれやり過ぎてしまいましたの」

 撥水性の素材! 冬の魔物討伐のテントに良いのでは? 去年は、雨が多くて、テントから水が落ちて来て最悪だった。

「いいえ、とても面白そうだと思います。それに、あの素材で作れる物も多いのでは無いでしょうか」

「ええ、これから考えてみますわ」

 是非、考えて欲しい。


 フロートが膨らんだので、ボート遊びはやめて、泳ぐことにする。

 ペイシェンスは、本当に上手く泳げる。サミュエルにも聞いていたが、何故か驚いてしまった。

 ヘンリーは身体強化だから、ノースコートに来て、すぐにサミュエルから習って泳げるようになったみたいだ。

 ナシウスは……、ああ、1人だけ泳げないのは気の毒だ。

 まぁ、そのお陰で、ペイシェンスが撥水性のある素材を作ったのだけどな。


 少し、手助けをしてあげよう。 

「ナシウスも風の魔法を賜っているよね。それを利用すれば、簡単に泳げるのさ。見ててごらん」

 私は、身体の力を抜いて、風を呼び寄せる。風を利用して、湖の上を泳いで見せた。

「パーシバル様、何か分かった気がします!」

 ナシウスは勉強も魔法も理解能力が高い。身体を使うのは、ヘンリーよりは劣るけど、理解して行動するタイプだな。


「ええっと、力を抜いて風を呼び寄せる。そして、バタ脚をしながら、腕で水を掻く」

 おお、泳げている! やはり、グレンジャー家の子は、天才だな。

 これまで、騎士クラブの後輩を指導してきたが、見て、理解して、それを実践するなんて、なかなかできないのだ。


「まぁ、ナシウス! 泳げているわ」

 ペイシェンスが嬉しそうだ。本当に弟達を愛している。

「慣れたら、風の魔力を使わなくても泳げるようになるさ」

「わぁ、お兄様、いつの間に泳げるようになったのですか?」

 ヘンリーも喜んでいる。

 本当に兄弟仲が良い。私も別に姉のナタリアと仲が悪いわけではないが、苦手なのだ。

 人の心を読もうとするし、先に回って忠告したりするからだ。

 それに、お互いに、こんなに素直に愛情を示し合うタイプではないから、ペイシェンス達が羨ましい。


 全員が泳げるようになったので、後はフロートを湖に浮かべて遊ぶ。

 私は、ナシウスとヘンリーとサミュエルとフロートに乗っては、バシャンとひっくり返ったり、鯨とビックボアに跨って競走したりした。

 ペイシェンスは、スワンのフロートでのんびりと浮かんでいた。

 しまった! 遊びに夢中になっていた。


 昼前に大人達がやってきて、湖に浮かぶフロートを見て驚いていた。

「まぁ、ペイシェンスは何を作ったのかしら?」

 ノースコート伯爵は知っていたようだけど、伯爵夫人も知らなかったようだ。

 特に、父上はあれこれ使い道を考えているみたいだ。

「これは……画期的な素材なのかも知れない」

 父上は、撥水性の素材をあれこれ考えているようだったが、母上はもてなしを優先する。

「さぁ、お昼にしましょう」

 湖畔でのバーベキューは、楽しかった。

 一緒に過ごして、ペイシェンスと仲良くなれたが、弟達との方が親密になった気がする。何故だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る