第168話 収穫祭のダンスパーティ

 裁縫室には、もう着替えた女学生達がいっぱいだった。

「着替えた人は、隣の教室に移動するか、パートナーがいる方はパーティ会場に向かいなさい!」

 3年生も、私たちよりは先に来ていたので、衝立の奥で着替えて出てきた。

「2人空きましたよ!」

 助手が言うので、マーガレット王女とリュミエラ王女に先に着替えてもらう。


「ペイシェンス様、遅かったのですね」

 一瞬、誰かと思ったら、アリエットだ。明るい赤のドレスだけど、かなりシンプルだよ。

 その後ろから、カミラが濃い青のシンプルなドレス姿で出てきた。

 ユージーヌ卿もこんな風なシンプルなドレスなら蕁麻疹は出ないかもね。


「ええ、収穫祭の発表を終えてから来ましたから。お二人とも素敵ですわ」

 これは本心だよ! スタイルの良さが引き立っている。

「ははは……キャメロン先生には、凄く簡単なドレスだと言われたが、まぁ、なんとか卒業できたよ」

 うん? 2人は騎士コースだよね? 家政コースの必須科目の裁縫は必要ないんじゃないの?


「本当に! 初等科の家政科を今まで引き摺るなんて!」

 えええ、キャメロン先生が「メッ!」と叱っている。

「初等科の家政科なら、エプロンで合格の筈です!」

 アリエットが不満そうに口答えしたら、キャメロン先生の雷が落ちた。

「本来なら、初等科に留年のところを、なんとか中等科の裁縫の単位で許してあげたのですよ!」

 2人は首を竦めて、謝る。

「卒業できるのも、近衛隊に入隊できるのもキャメロン先生のお陰です!」


 はぁ、こりゃ大変そうだね。

「あれっ? 男子と一緒の体育では駄目だったのですか?」

「母親が絶対に家政科を取るようにと厳命したのだ。中等科で騎士コースを選択してからは、徐々に諦めてきたけどね」

 カミラがウィンクして教えてくれた。ユージーヌ卿、二世だね!


「ペイシェンスも着替えなきゃ駄目よ! 2人とも、ペイシェンスのドレスを見て、反省しなさい。そのドレスはほぼ真っ直ぐ縫っただけじゃない!」

 まぁ、シンプルというか、ストンと落ちただけのドレスだけど、着る人が良いからね。

 着替えスペースが空いたようだ。

「では、着替えてきますわ」


 衝立の奥では、マーガレット王女とリュミエラ王女がお着替えの真っ最中だ。

 マーガレット王女は、華やかな赤のドレスで、スカートが何枚も重なった力作だ。そのデザインのせいで、私に泣きついたんだけどさ。

 裾にはフリルが付いている。踊ったら、翻って綺麗だと思う。


 リュミエラ王女のは、ややシンプルな綺麗な青のドレスだ。でも、騎士コースの2人とは違って、スカートは4枚接ぎにしてあるから、少しフレアーがある。

 1着目でここまで縫えたら合格だよね!


 私のは濃い緑のドレスで、スカートはサークルスカートにしてある。

 そして、銀ビーズで襟ぐりと裾に蔦模様を刺繍しているので、豪華に見えるよ。

 ちょっと気合を入れすぎたかも?


「ペイシェンス、とても素敵なドレスだわ! まるでドレスメーカーに縫わせた特注品みたい」

 マーガレット王女とリュミエラ王女に絶賛されたよ。

 でも、他の女学生達の視線が怖い! 特に、パーシバルにお熱だった女学生達は、まだ婚約したのを怒っているみたい。


「あれって、良いのかしら? ペイシェンスは、ドレスを持ち出して刺繍をさせたのでは?」

 ああ、またキャサリン達があれこれ言っているよ!

「まぁ! ペイシェンスは、裁縫の時間に銀ビーズの刺繍をしていましたわ。そんな事も目に入らなかったのかしら? その割には、あまり出来は宜しくないようね!」

 マーガレット王女、それ喧嘩を売っていますよ? 

 3人のドレスは、助手がなんとか着れるように頑張ってはいたけど、失敗が多すぎて、あちこち引っ張ったり、シワができている。

 これなら、ストンと肩と脇を縫っただけの騎士コースの2人のドレスの方が私的には良いと思うよ。


 キャメロン先生が聞きつけて、衝立の奥に顔を覗かす。

「ペイシェンスの芸術的な銀ビーズの刺繍は、裁縫の時間内にされたのですよ。少しは見習って欲しいわ。特に、リリーナ! 貴女は頑張らないと、来年は留年ですよ」


 リリーナ、妖精みたいに綺麗だけど、まるで悪い魔女にドレスをぐちゃぐちゃにされたように見えるよ。

 マーガレット王女が見かねて、口を出す。

「リリーナ、せめてアイロンを掛けなさい! キャサリンやハリエットも注意してあげたら?」

 元学友の3人、キャサリンは賢いけど意地が悪い! ハリエットは、甘えた声で可愛い感じだけど、本当に意地悪だ。

 2人は、そんなの知らないと、さっさとパーティ会場に向かった。


 私は元学友の3人には良い感情は持たないけど、まぁ、リリーナは頷いているだけだったね。

 ゲイツ様に言わせると、父親のクラリッジ伯爵もそんな感じみたいだけど、大丈夫かな? 

 他の2人は、グレンジャー家が貧乏だった策略に関与していた疑いもあるから、距離を置きたい。

 ゲイツ様に言わせたら、無能な伯爵も有害なのかもしれないけど、積極的に悪事に参加もしないのなら、私的には恨む必要はないね。

 

 2人に置き去りにされたリリーナにキャメロン先生が命じる。

「リリーナ、ドレスを脱いで、アイロンを掛けなさい! そのままでは、裁縫の授業の恥だわ」

 うっ、反論できないけどキツいね。

「でも……、もう始まる……」

 確かに、残っている女学生は僅かだし、その人達も着替え済みだ。

「キャメロン先生、私が生活魔法でシワを伸ばしますわ」

 マーガレット王女が横で驚いているけど、服のままベッドで昼寝をした時なんかによく掛けているからね。

「綺麗になれ!」

 シワも縫い目が引き攣った所も、綺麗になったよ。


「ペイシェンス様、ありがとう」

 おや、様付けでお礼を言われたよ。

「さぁ、パーティ会場に行きましょう。リリーナも急がないと駄目よ」

 マーガレット王女は、やはり優しいね。

 あの2人に置いて行かれたリリーナも、少しは考えたら良いと思うけど、無理かもね? 

 

 ダンス会場は、中等科の女学生達は自作のドレス姿だ。初等科の女学生達は、それを羨ましそうに見ているけど、修羅場を知らないから気楽で良いね。

 マーガレット王女とリュミエラ王女は、やはり目立つ。側にいるのが少し恥ずかしいよ。

「ペイシェンス様、やはり刺繍をして頂きたいわ」

 お洒落なエリザベスも、なんとか凝ったデザインのドレスを仕上げて、綺麗に着こなしている。

「ええ、とても素敵だわ」

 アビゲイルは、濃い赤のドレスだ。


 皆で、ドレスを褒めあっていたら、パーシバルが楽隊の前に立った。

「収穫祭のダンスパーティを始めます」

 合図と共に、華やかな音楽が流され、6年生達が、パートナーと入場する。

 中には、制服ではない男性パートナーと組んでいる女学生もいる。

 カミラとアリエッタは、騎士コースの学生をパートナーに選んだみたい。

 運動神経が良いから、ダンスはなかなか上手い!


 1曲目が流れている所に、リチャード王子がリュミエラ王女の側にやってきた。

「リュミエラ様、とても綺麗ですよ」

 本当に目が輝いて、リュミエラ王女は嬉しそうだよ。恋する乙女は、5割増しに綺麗に見えるね!

 なんて、考えていたら、パリス王子がマーガレット王女をダンスに誘いに来た。

『良いのかな?』と少しリチャード王子の顔を見るけど、にっこりと笑っているだけだ。


「ペイシェンス様、踊りましょう!」

 2曲目になるタイミングで、パーシバルがダンスを誘いに来た。

 エスコートされて、3年生達のダンスの中に混じる。

「とても綺麗なドレスですね!」

 パーティ会場には、シャンデリアが灯されていて、キラキラとガラスに蝋燭の灯りが反射している。

 その灯りに、銀ビーズが照らされて、踊りと共に煌めく。

「ちょっと目立ちすぎますわね」

 なんて言ったら、パーシバルに笑われた。

「私は、婚約者がとても綺麗で嬉しいですよ」

 それは、パーシバルにそのままお返しするよ。

 煌めく濃紺の瞳、すっとした鼻筋、引き締まった口元、ハンサムって見飽きないね。


「ずっとこうして踊っていたいですが……」

 婚約者がダンス相手の場合は、何曲続けて踊っても許されるけど、今夜はパーシバルは忙しそう。

 2曲、踊ってから、会場の隅に置いてある椅子にエスコートされる。

「少し離れますが、大丈夫ですか?」

「ええ、マーガレット王女やリュミエラ王女やエリザベス様やアビゲイル様も休憩に来られると思うわ」

 パーシバルは、ジュースを取って来て、私に渡すと、学生会メンバーの所へ行った。

 何か話しているから、催し物でもするのかな?


「ペイシェンス、パーシバルは忙しそうね」

 エリザベスがダンスを終えて椅子に座る。丁度良い! ドレスのデザインについて話したかったんだ。

「ええ、何かするのかしら? それよりエリザベス様にはお聞きしたい事があったの」

 ドレスについては、センスの良いエリザベスに聞く方が早い。

「あら? 何かしら」

「私達の年頃って、着るドレスが難しいの。社交界デビューしていないから、大人のドレスは着にくいし、かと言ってお子様のドレスは着たくないわ」 

 エリザベスは、真剣に頷く。

「ええ、本当に! 母も私に子供用のドレスを着せようとするから、困っているの!」

 それから子供用のドレスについての不満が爆発した。

「私は、前のドレスメーカーのお針子を雇ったのよ。それで、好きなドレスを作らせようと考えているの!」

 エリザベスが私の手を握る。

「ペイシェンス様! 私のドレスも縫って欲しいわ」

 それは要相談だね。デザイン料と布地代が引き合うかな?


 会場のライトが明るくなった。シャンデリアだけでなく、魔導灯も付けたみたい。

「ご歓談中の皆様、少し時間を拝借します。これから、全員で輪を作ってダンスをしましょう!」

 えっ、パーシバル? 何、それ?

 学生会のメンバーが座っている私達や壁沿いに立っている男子学生達をフロアーに誘導して、大きな輪を作らせる。

 魔導灯は、消されて、楽しい音楽が流れて来た。

「これは、ローレンス王国に昔から伝わる収穫祭の踊りです。領地で見た事がある人も多いでしょう」

 私は知らないけど、輪になって簡単なステップの繰り返しだから、すぐに覚えた。

 それに、あちこちに学生会メンバーが入ったから、知らない学生も真似をして踊る。

「ペイシェンス様、踊りましょう!」

 パーシバルが横に来て、手を繋ぐ。

 初めは、ゆっくりのスピードだったのに、段々とテンポが速くなり、皆で笑いながら踊る。

 ああ、これ以上は無理! って所で音楽が盛り上がって終わった。

 全員で、笑いながら拍手する。


「面白かったですか? ダンスパーティで、パートナーを見つけるのが苦手な学生も多いと聞いて、企画したのです」

 少なくともパーシバルは、ダンス相手に不自由はしそうにないタイプだと思うけど、男子の中には誘うのが苦手な人も多いかもね。

 この後は、パーシバルと一緒に過ごした。

 去年の収穫祭のダンスパーティより、盛り上がっている気がするよ。

 

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