第160話 学園長室で
「ゲイツ様、サリンジャー様、おやペイシェンスも一緒なのか?」
何故、私がここにいるのか理解不能だけど、ゲイツ様の横にちょこんと腰掛ける。
「冬の討伐で、ペイシェンスは大活躍だったな。フェンリルを追い返し、スレイプニルの群れを捕獲したのだ。陛下が
やはり学園長は話が長い。
「学園長、そんなことより、グレンジャー子爵家の年金がヨンサム男爵の手駒になったダンカン元執事によって不正に使われていたのです」
ヨンサム男爵? 知らない人だよ。貴族は多いからね。
学園長は、知っているのか眉を顰めている。
「だが、彼は自分でそんな事をする様な奴ではない。つまり、寄り親のウッドストック侯爵が影で糸を引いたのか……。それを立証できるのか?」
えっ、その名前は知っているよ。マーガレット王女の元学友キャサリンの家じゃない。
「上手く糸を切られてしまいましたが、どうも納得できないのです。不必要な工事、過大な工賃、そして、それを貸した高利貸し! その実行犯はヨンサム男爵なのですが、彼はそんなことができる男ではないのです」
サリンジャーさんが説明している。ヨンサム男爵って、お馬鹿さんなのかな?
「もしかして、同じ貴族至上主義者だから、フェンディ伯爵を疑っているのですか? ルイーズは休学しているが、本来なら退学措置が相応しいのだが……」
ゲイツ様は首を横に振る。それについても、サリンジャーさんが答える。
「フェンディ伯爵は、貴族至上主義者ですが、こんな姑息な手段は取らないでしょう。それに、今回の件も知らなかったのでしょうね。エステナ聖皇国と一瞬たりとも手を取ろうとは考えておられません。伯爵夫人は、少し宗教に熱心過ぎますがね」
母親の影響で、モンタギュー司教と親しかったの?
「ヨンサム男爵に指示を直接だしていたのは、リンダーマン伯爵でしょうね。彼は少し脇が甘いから、引っ張れるでしょう。後は、ウッドストック侯爵の関与について、口を割るかどうかです。財務課が調査に入りますから、脱税の証拠は掴むでしょう。魔法省からも隠し金庫を見つけるのが上手い上級魔法使いを派遣します」
サリンジャーさん、それってマーガレット王女の元学友の家がお取り潰し、もしくは降爵になるの? リンダーマン伯爵って、ハリエットの家だよね。
意地悪なハリエットの親なら、悪巧みもしそう。
「クラリッジ伯爵は……彼は少し違うタイプですな」
学園長は、クラリッジ伯爵もよく知っているみたい。
「ふらふらと貴族至上主義者と付き合っているが、何も考えてないのでしょう。ついでに降爵させた方がローレンス王国にとっては有益ですが、悪巧みに参加する能力もなさそうです」
ゲイツ様、口が悪いけど、綺麗なリリーナは頷いているだけだったから、何となく分かるよ。
クラリッジ伯爵も、無能みたいだね。
「粛清の嵐になりそうですね。グレンジャー子爵が逆恨みされなければ良いのですが……彼のお陰で、王立学園は騎士階級や庶民の優秀な学生を教育できるのですから」
学園長は、家がお取り潰しや降爵になった学生のフォローをしなくてはと、肩を落とす。
「あのう、ルイーズはどうなるのでしょう」
ゲイツ様が「また甘い事を!」と睨む。
「あんな悪事をしたのだから、退学です。学期末に通知を出すつもりです」
サリンジャーさんが肩を竦める。
「その必要は無さそうです。フェンディ伯爵は奥方と離縁して、ルイーズと一緒に実家に叩き返したそうですから。宗教に入れあげて、娘を聖女扱いしていた奥方を前から苦々しく感じていた様ですね」
わぁ、酷い話! と思うのは私だけみたい。
「夫人の実家も貴族なら、ルイーズも学園に通えるのでしょうか?」
全員に呆れられたよ。
「もともと退学が相応しいのです。王立学園は、犯罪には厳しく対処します」
ふぅ、これは復学は無理みたい。性格は、我儘でどうしようもなかったけど、賢いし、野心的だったのにな。
「ロマノの庶民の学校は、どの様なレベルなのでしょう?」
ゲイツ様とサリンジャーさんは、無視したけど、学園長は説明してくれた。
「読み書き計算ですね。少しは歴史や地理を教えたりもしますが……」
レベルは低そう。
「そんな事より、王立学園の警備強化について話し合わないといけません」
ゲイツ様が話題を変えた。ルイーズは、もう過去の存在みたい。
「わかっています。使用人の調査を改めてやり直しましたし、金使いもチェックしています。ただ、国内の貴族を介されたら、難しいですね」
サリンジャーさんが、警備強化の書類を渡す。
「ああ、これは予算が足りるでしょうか?」
呑気な発言に、ゲイツ様の雷が落ちる。
「来年にはジェーン王女も入学されます。王族が3人も居られるのに、呑気過ぎますよ。それと、予算が足りないなら、王族警備の兵を回して貰えば良いのです。王宮の横ですからね」
まぁ、それはそうだよね!
ここでやっとお茶が運ばれてきたので、少し雑談する。
「ペイシェンスの着ている乗馬服は洒落ていますね。乗馬クラブが欲しがりそうだ」
学園長の言葉で思い出した!
「あのう、このデザインを制服の生地で作りたいのですが、良いでしょうか?」
少し考えて「良いでしょう」と許可してくれた。
「元々、制服は華美にならない様に決まったのです。まぁ、生地とか高価な物もあるみたいですがね」
割と良い加減だね。前世のスカート丈は云々とかうるさかった生活指導の先生も見習って欲しいよ。
これで話は終わったかな? と油断していたら、ここにドナドナされた一番の話題になった。
「スレイプニルの世話でデーン王国の騎士や馬丁が多く、王立学園の敷地に入っています。特に、
それは、もう解決したんじゃないの?
「この通り、ペイシェンス様は呑気ですから!」
全員が私の顔を見て、溜息をついた。
「いっそのこと、オーディン王子を退学にしませんか? 馬房の掃除だけだなんて甘くありませんか? 謹慎中に女子テントに入ったのですよ!」
ゲイツ様の発言に、学園長がおたおたする。
「それは……ちょっと……」
いつもは、穏健なサリンジャーさんも追求する。
「デーン王国との外交交渉は、スレイプニルの譲渡だけで良いのでは? ジェーン王女との縁談は白紙にして、帰国させましょう」
学園長は、外務省から言われているのだろう。直接の被害者の私に振る。
「ペイシェンスは、オーディン王子を退学にして欲しいですか?」
ゲイツ様とサリンジャーさんが「狡いですよ!」と怒る。
私は……甘いけどね。
「ユージーヌ卿がすぐに連れ出して下さったし、実害はありませんでした。だから……」
ゲイツ様とサリンジャーさんから『退学にしろ!』と凄い圧を感じるけど、私の考えは違う。
「退学にして貰わなくても良いです」
2人が大きな溜息をつく。
「やはり、ペイシェンス様は外交官になんかなれませんよ。魔法使いコースに転科しましょう!」
うっ、学園長の前でややこしいことを言わないで! 転科はしたくないんだよ!
こうなったら、マナー違反でも最終兵器を出そう。
「メアリー、週末のパーティの招待状をゲイツ様とサリンジャー様にお渡しして」
ゲイツ様は、すぐに開けて読むと、他の事は忘れちゃった。
「すき焼きパーティですね!」
学園長を呼ばないのに、マナー違反だけど、転科よりはマシだよ。
「そう言えば、今回の冬の討伐で、ペイシェンスのソースが美味しかったと評判だそうですな」
ふぅ、仕方ないな。
「学園長のお屋敷に、ソースを何種類かお届けしますわ」
ゲイツ様が「私の屋敷にも!」と騒いでいる。
「それは、パーティのお土産にする予定です」と言うと、満足そうに頷いたよ。
それと、学園長に一つ確認しておきたかった。
「あのう、ゲイツ様から暗記術を習ったのですが、それを使っても不正にはなりませんか?」
学園長も羨ましそうな顔をした。
「暗記術をもう習得されたのですか? 私は、大学で何回も受講したのに、習得できなかったのです。勿論、それもペイシェンスの能力ですから、利用しても不正ではありません」
良かった! これで弟達にも教えられる。
「ペイシェンス様、私も習得できていないのです。やはり、魔法使いコースに転科して、ゲイツ様と2トップ体制にしましょう!」
サリンジャーさん、後継者からグレードアップしているよ! 年が近いから後継者は変だと軌道修正したの?
「それが良い! ペイシェンス様は書類仕事も片付けるのが早そうだからね!」
えっ、自分の嫌な仕事を押し付ける気、満々に感じるよ。
「その代わり、ペイシェンス様が苦手な策謀や裏の仕事は、私が引き受けます。始末したい奴のリストが長くなっているから!」
ちょっと、サリンジャーさん、止めてよ!
「そうですね! ローレンス王国に必要のない輩は、退場して貰いましょう」
魔法省の闇は深そう! 関わらない様にしよう。
「ペイシェンス、それは冗談だと思いますよ」
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