第152話 暗記しよう

 早朝から夜まで、馬の王メアラスの運動と世話で一日明け暮れた。

「お休みなさい」

 ブラッシングしてあげると、うとうとする。

「ブヒン!」

 馬は苦手な私だけど、馬の王メアラスには情が移った気がするよ。

「パーシー様、やっと帰って良いと言ってくれたわ」

 ブラッシング、私より上手なパーシバルだけど、疲れたりしないのかな?

馬の王メアラスも気持ち良さそうでしたね」

 スレイプニル達は、もう寝ているから、サンダーに目で挨拶して、そっと馬房から出ていく。


「明日の朝も早くから来なくてはいけないのかしら?」

 パーシバルが少し気の毒そうな顔をする。私に付き合ってくれているのにね!

「ペイシェンスは、討伐からお休みも無くて、疲れているでしょう」

 それは、パーシバルも一緒だと思うのだけど、鍛え方が違うのかも?

「ええ、明日の午後からはゲイツ様に魔法を習うのですが……できたら、お休みしたいですわ。魔法訓練は、少し余裕ができてからにして頂きたいのです」

 だって、初めは防衛魔法を習うのが目的だったのに、拘束魔法、攻撃魔法となし崩しにされているのだ。

「ペイシェンス、ゲイツ様から魔法を習うのは貴重な体験ですよ。私も、討伐でかなり風の魔法が上手く使えるようになりましたから」

 それは、そうなのだけど……今は、馬の王メアラスを早く調教しなくはいけないのだ。

「パーシー様だけで乗れるようになって貰わないと、冬休みの旅行が大変ですもの」

 基礎キャンプから王都までは、1時間半程度だったけど、かなりお尻が痛くなった。

 モラン伯爵領までは、ノースコートよりも遠い。私のお尻が痛くなるのは確実だもの。

「私は、馬の王メアラスに乗れる機会が多くなるのは歓迎ですが、やはりペイシェンスに乗って貰いたいのでしょう」

 つまり、私がもっと乗馬が上手くならないといけないのだ。はぁ……。

「乗る時は、乗馬台があるけど、降りる時は無い場合もあるから、せめて降りれるようになりたいですわ」

 パーシバルは、私の手を取って走りながら笑う。

「どうせなら、乗り降りできるようになりましょう!」

 簡単に言うけど、馬の王メアラスは背が高いから、より乗り降りし難いのだ。

 寮まで走って、お休みのキスをして別れる。もう、くたくただから、お風呂に入って寝るよ。


 今朝も、4時起きだった。

 パーシバルも付き合ってくれるのだけが、励みだよ。

 1時間の運動を済ませて、寮に帰る。

「どうか、まともな髪型を選んでいるように!」

 乗馬服から制服に着替えて、マーガレット王女の部屋に急ぐ。

「まぁ、とても綺麗にできていますわ!」

 簡単なハーフアップだけど、ちゃんと整えられている。

「明日は、下ろしている髪をカールさせる予定なの」

 そう、簡単な所から一歩ずつ進んで欲しい。


 マーガレット王女とリュミエラ王女が、かなり自立してくれたので、こちらは助かる。

 後は、馬の王メアラスが人に慣れてくれたら、サンダーとジミーに世話を任せられるし、パーシバルだけで乗れるようになったら良いのだけど……精神的な繋がりを求められているから、朝か晩には馬房に行かないといけない。


 午前中の経済学2の授業、レポートを纏めないとね! 文官コースの学生は冬の討伐に参加していなかったから、少し出遅れている感じがする。

「ペイシェンス、2時間目は錬金術クラブに行きますか?」

 パーシバルが送って行こうと声を掛けてくれたけど、今日は休むつもり。

「いえ、寮で休みますわ。レポートを纏めないといけませんし」

 週末はルシウスの結婚式だけど、馬の王メアラスに一日に一回は会いに来て欲しいとサンダーに言われている。

「お疲れなのですね」

 パーシバルは、まだ警戒しているのか、体力のない私を心配したのか、寮に送ってくれた。


 少しベッドに横になって休む。朝4時起きは堪えるよ!

 転生してから早寝早起きだけど5時半に起きていたからね。

 レポートを纏めるどころか、爆睡していたみたい。

 お昼の鐘で目が覚めた。


 上級食堂サロンで食事をしていたら、隣のテーブルのオーディン王子が、私に馬の王メアラスについて訊きたそうな顔をしている。全力で無視するけどね。

「ペイシェンス、疲れていない?」

 マーガレット王女に心配されたけど、少し眠ったから回復した気がする。

「できれば、馬の王メアラスが人に慣れるまでは、クラブ活動はお休みしたいです」

 収穫祭前だけど、今は馬の王メアラスの世話であっぷあっぷだよ。

「まぁ……ペイシェンスが作曲した2曲を発表するのだし、リュートは部屋でも練習できるから良いと思うわ。アルバートには私から言っておきます」

 良かった! 錬金術クラブも火曜以外は休もう! 

 その代わり、勉強会には参加するよ。私もレポートを纏めないといけないからね。


 オーディン王子に捕まる前に、パーシバルに寮まで送って貰う。

「本当なら、マーガレット王女のお側を離れてはいけない時期なのですが……」

 パーシバルは、肩を竦める。

「冬の討伐で、パリス王子と一緒に行動して、私は評価しなおしましたね。ただ、シャルル陛下の考えが理解できないのが不安要素ですが、後は陛下の決断に従うだけです」

 確かにね! マーガレット王女が軽率な行動をしたら困るけど、リュミエラ王女と一緒に行動するから、その点は助かる。

 グリークラブも、収穫祭では音楽クラブと合同練習が多いからね。


 部屋にメアリーが迎えに来て、王宮に向かう。

できたら、馬の王メアラスが人に慣れるまでは、魔法の練習は休ませて欲しいと言うつもりだ。

「えええ、そんなぁ! やっと攻撃魔法も使えるようになったから、本格的に魔法の訓練をしようとスケジュールを考えていたのです」

 ゲイツ様? ええっと、その手に持っている訓練スケジュールは何かな?

「あのう、陛下は防衛魔法を習うようにと言われたのですよね。それは、できたから良いのでは?」

 だよね! でも、サリンジャーさんまでソファーに来て、説得し始める。

「ペイシェンス様が魔法使いコースに転科されるなら安心ですが、文官コースでは基礎ができていないから不安です」

 まぁ、魔法の暴走もしかけた事があるのは確かだけどさ。転科はしないよ。

「私は、文官コースで卒業したいと思っています」

 ピシッと言い切る。外交官になれないと言われた時は、少しモチベーションが下がったけど、パーシバルの話が理解できないと困るし、領地経営もキチンと習いたい。

 ふぅ! と2人に溜息をつかれたよ。


「本当に頑固ですね!」

 ええええ、そちらがゴリ押ししているのでは?

馬の王メアラスの世話で、くたくたなのです。朝の4時から夜寝る前までですから」

 これは、本当なのだ。

「それは……仕方ないですね! 冬休みまでは、魔法の訓練はお休みにしましょう。2年生になってから、本格的に訓練ですよ。サリンジャー、計画表を書き直して下さい」

 えっ、まだ続くのは決定なの?

「あのう? もう終わりで良いのではないでしょうか?」

 ここは魔法省! ゲイツ様とサリンジャーさんに2人がかりで「まだまだ学ぶべき事があります!」と説教されちゃった。


「今日は、暗記術を教えます!」

 それは、少し嬉しいかも? うっ、ゲイツ様に見透かされている。

 サリンジャーさんは、部屋に置いてある机で書類整理をしている。見張らないと、私とゲイツ様だとサボると思っているのかな?


「暗記術も、匂いの記憶を辿るのと同じです。魔法で、頭の中に記憶の箱を作っておくだけです。それを必要な時に取り出して使えば良いのです」

 データとインデックスみたいな物かな?

「ペイシェンス様が興味を持ちそうな物を暗記しましょう!」

 あっ、魔法陣の専門書だ! 流石のグレンジャー家の図書室にも無かったんだよね。

「読むのも、速読術を使わないと、暗記術は半分しか効果がありません」

 先ずは、速読術を習う事になった。


「文字を読むのではなく、ページ全体を読むのです」

 うっ、難しい! そういえば、前世でも速読できる人のテレビ番組では、そんな事を言っていたよ。

「目に魔力を集めて、全体を読み取るのです」

 あっ、それってスキャナー?

「ええっと……魔法で全体を読み取る!」

 何だかできた気がする。

「ついでですから、それを頭の中の箱に入れましょう!」

 箱はデータベースだよね? 頭の中に箱を想像して、そこに入れる。

「できたのかしら?」

 よくわからない。

「この本を暗記できたら、できたのですよ!」

 結構、スパルタだね!


 1時間半、専門書の半分を速読して、インプットした。

「まだ半分ですか? もっとスピードアップしないといけませんね。では、少しテストしましょう」

 何個かゲイツ様が出題して、それを記憶の箱の中から取り出して書く。

「まぁ、今日はこれで良いでしょう。この本は貸しますから、暗記して下さい」

 あっ、それは嬉しい! 王立学園では習わない専門的な魔法陣もいっぱい載っているからね。


 メアリーに討伐の時のお礼にゲイツ様とサリンジャーさんにチョコレートの箱を持って来させた。

「討伐の時は、お世話になりました」

 ゲイツ様は、お礼はスルーしたけど、チョコレートの箱は嬉しそうに受け取った。

「やはり、板チョコより、こちらのチョコレートの方が美味しいです!」

 そりゃ、そうだけどね。

「サリンジャー様にもお世話になりました」

 ゲイツ様が羨ましそうに見ているけど、あげたじゃん!

 

 お茶を飲みながら、少し話す。

「ペイシェンス様が馬の王メアラスの主人として、ちゃんと乗りこなせないといけませんね。乗り降りは、風の魔法を使えば楽になりますよ。来週の木曜は、その訓練をしましょう」

 えっ、暗記術ができるのに忘れたの?

「あのう、新学期までお休みだと言われたのに?」

 私の抗議を、チッチッと指を振って却下する。

「それは、普通の魔法指導でしょう? 来週のは乗馬指導です。早く、馬の王メアラスを乗りこなして、信頼を深めないと、打ち上げパーティができないじゃないですか!」

 あああ、そちらもあったね。

 来週の木曜は、昼から馬の王メアラスの乗馬訓練になりそう。やれやれ!

 でも、これは覚えたいから仕方ないかな? あれっ、今日もお休みにして欲しいと言いに来て、暗記術を習ったような? もしかして、私の弱味をぐいぐい突かれているの?

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