第122話 教会の手先

 部屋を出る前に、メアリーから受け取ってゲイツ様にチョコレートの箱を渡す。

 サリンジャーさんが、そんな場合じゃないでしょうと呆れている気がする。

「ああ、これは嬉しいです!」

 ほくほく顔のゲイツ様は、チョコレートの箱を大切そうに机の引き出しの中にしまう。

「これは、サリンジャー様に差し入れですわ」

 上級回復薬とチョコレートの箱を渡す。

「ありがとうございます」

 サリンジャーさんが受け取るのを、ゲイツ様が睨んでいる。

「何故、サリンジャーには上級回復薬も付いているのでしょう?」

 えっ、だって……ハモンドが借りた暴利な金貸しから、不当な金利を取り返す手続きをするのはサリンジャーさんだから……。

「そんな場合では無いでしょう!」

 サリンジャーさんが、ゲイツ様があれこれ文句を言うのを制して、王立学園へ向かう。


「ペイシェンス様は、何か気づかれたのでは無いですか?」

 ドキンとした。あの2回目のバラの香り、私のとは少し違う気がしたのだ。

「バラの香り……知り合いのに似ている気がして、少し気になったのです。でも、微かだし……よくわかりませんわ」

 魔法で匂いを嗅ぐなんて、初めてだし、何人もの香りが混じっている。

 鼻では分からないほどの残り香だから、勘違いかもしれない。


「ふふふ……庇うなんて、甘いですよ! もし、偽物の手紙だと気が付かずに、恋人達の隠家アマレット・エルミタージュにのこのこ出掛けたら、どうなったと思いますか? 単に悪い噂を立てられただけでしょうか? モンタギュー司教が、パーシバルの事が好きだとは考えられません。無類の女好きのクソ坊主ですからね」

 確かに、他の女学生とかなら、私とパーシバルの婚約に腹を立てて、悪い噂を立てようとしたとも考えられるけど、見知らぬ司教がそんな事をしそうにはない。

 ゾクッと身震いした私を、メアリーが庇うように抱きしめてくれた。


 王立学園に着いたゲイツ様は、迷わずに学園長の部屋に向かう。

 職員室にも行きたくないのに、学園長室かぁ……ついて行くのやめようかな? 何とはなく嫌な感じがするのだ。

 でも、真相を知らないままは、嫌だ!


「ゲイツ様、どうされたのですか?」

 秘書が止めるのも無視して、学園長の部屋にずかずかと入る。

 サリンジャーさんは、当然の顔をしてついて行っているけど、私は恐る恐るついて行く。メアリーも私の後ろを少し小さくなって付いて来ている。

「ああ、マチウス学園長、ここはいつからエステナ教会の支配下になったのですか? 私は、ローレンス王国の王立学園だと考えていましたが!」

 先ずは、ガツンと先制攻撃みたい。

「何事でしょう? まぁ、お座り下さい」

 ああ、それよりパーシバルを呼んで欲しい。だって当事者だもの。


 ふと、学園長の目が私に向けられる。

「君は、ペイシェンス・グレンジャーだね。陛下からゲイツ様から防衛魔法を習うようにと命じられたと聞いているが、まさかエステナ教会に何か重要な事を漏らしたのか?」

 えええ、私が疑われるの?

「ふん、とんだ間違いです。ペイシェンス様は、被害に遭いかけたのです。この王立学園に潜んでいるモンタギュー司教の手先によってね!」

 少しマチウス学園長が黙った隙に「パーシバル様を呼んでいただきたいのです。木曜の4時間目は授業は取っておられませんわ」と頼む。


 マチウス学園長は、ゲイツ様が頷くので、秘書にパーシバルを呼びに行かせる。

「ペイシェンス様、あの手紙をマチウス学園長にも嗅がせてあげなさい」

 えっ、少し嫌だけど、私が手紙をバッグから取り出すと、サリンジャーさんがそれを学園長に渡した。

「ふむ、匂いを辿るのは、このところはしていないのだが……バラの香りは、ペイシェンスの物だな? ラベンダーの香りは、パーシバルか? またバラの香りだ。うん、もう一つのバラの香りは、少し違う気がする。そしてタバコの香り……この麝香が混じったお香は、モンタギュー司教だな!」

 学園長もモンタギュー司教は嫌いみたい。


「ふん、恋人達の隠家アマレット・エルミタージュも知らないなど、外国人らしい間違いだ。それにしても、悪用されるなら木を切り倒すべきかもしれないな」

 えええ、それはやめて欲しい! パーシバルにプロポーズされた記念の場所なのだ。

 なんて恋愛脳が悲しんでいるうちに、秘書がパーシバルを連れてきた。


「学園長、お呼びだと聞きましたが……ペイシェンス様? ああ、ゲイツ様に手紙の事を話されたのですね」

 学園長は、パーシバルに座るように言った。

「ふむ、君の書いた覚えの無い手紙で、ペイシェンスが呼び出されそうになったのか。今回は、偽手紙だと分かって良かったが、学園内でこのような恥ずべき行いがされた事は残念だ」

 入学式の時も思ったけど、学園長は話が長いね。


「ゲイツ様、何かわかったのですか?」

 パーシバルも、学園長に訊ねると時間が掛かりそうだと、ゲイツ様に質問する。

「君は匂いを辿る事はできないのか? まぁ、大学の魔法学科で習うから仕方ないが、この手紙を嗅いでみたまえ」

 えええ、実地訓練なの? それより、手先を探さなきゃいけないのでは?

「ゲイツ様、それは後にして、モンタギュー司教の手先を探しましょう」

 サリンジャーさんは、軌道修正するのに慣れているみたい。

「そうだな! 冬休みの旅行中に特訓をしよう!」

 ゲッ、やはりついてくるのが決定みたい。


「モンタギュー司教がこの手紙を書いたのですか?」

 パーシバルが驚いている。

「匂いを辿ると、モンタギュー司教の麝香が混じったお香にたどり着く。その後は、タバコの香りがするから、誰か男がバラの香りのする女に手紙を渡したのだろう。女子寮には、男性は入れないからな」

 学園長は、ゲイツ様の言葉を苦虫を噛み締める様な顔で聞いている。

「バラの香水を下女が付けているとは考えられない。モンタギュー司教は、女学生を使ったのか!」

 パーシバルは、私の顔をじっと見ている。

「まさか、心当たりがあるのですか?」

 間違いだと良いのだけど……寮の私の部屋に来た時、バラの香りがしたのだ。

 あの頃は、私はバラの香水なんか使っていなかったから、勘違いでは無いと思う。


 ゲイツ様は、タバコの香りのする学園関係者を先ずは調べろと学園長に指示する。

「タバコは多くの職員や下男も吸っていますよ!」

 ふん! と鼻でゲイツは笑う。

「喫煙者、全員を調べなくても、モンタギュー司教と接触できる人、そして問題の女学生とも関わりのある人を探せば良いだけです」

 あっ、それは……!

「ふふふ……、ペイシェンス様はもう誰か分かったみたいですね」

 いや、それは私が彼女じゃないかと疑っているから、モンタギュー司教と連絡できそうな相手を思いついただけだよ。


「モンタギュー司教とすぐに連絡できないと、私の部屋のドアの隙間から盗んだ手紙を渡して、返事を偽装したのをペイシェンス様の部屋に置く段取りはできませんね」

 あっ、1人忘れているよ。この手紙には触っていないけど!

「パーシバル様の部屋から手紙を盗んだのは、誰でしょう? その人が、モンタギュー司教の手下に手紙を渡したのだわ」

 男子寮には、下女も洗濯物などを運ぶ為に出入りするけど、基本は下男が用事をしている。


「そいつも捕まえるが、それよりモンタギュー司教の手下は……ああ、彼なら直ぐに連絡できるな。そして、そうなると光の魔法を教えている女学生はルイーズ・フェンディか!」

 ああ、やはり学園長も同じところにたどり着いたのだ。

「ふん! エステナ教会は、光の魔法を神聖視していますからね。直々に指導する修道士を派遣しているのでしょう。それにしても、悪どい事をさせたものですね。多分、その女学生の光の魔法は大した事がないから、使い捨ての駒にされたのでしょう」

 酷い! ルイーズは好きじゃないけど、どうなるの?


 私とパーシバルは、ここで学園長の部屋から出て行くことになった。

 モヤモヤするけど、学生が立ち会うべきではないと学園長は考えたみたい。

「ペイシェンス様、パーシバル、後で教えてあげますよ」とゲイツ様が言ったから、どうなったかはいずれ分かるだろう。

「ルイーズ様が酷い事にならない様にして下さい」

 ゲイツ様が「甘いですね!」と笑ったけど、利用されたのは迂闊だけど、誘拐とかは知らなかったと思いたい。


 2人で話し合いたいので、恋人達の隠家アマレット・エルミタージュに向かう。メアリーは屋敷に帰したよ。

「ペイシェンスは、ルイーズと親しかったのですか?」

 パーシバルが心配してくれるけど、親しくは無いね。

「いえ、マーガレット王女の側仕えになったのを羨ましがるのに、寮には入りたくない。私がグリークラブの為に作ったアリアは歌いたいけど、伝統あるコーラスクラブは辞めたくない。いつも自分勝手な我儘をぶつけられていたのです」

 パーシバルは、呆れたみたい。

「そんな相手を庇う様な発言をされるなんて、気が良すぎますよ」

 そうなのだけど……まだ、ルイーズも12歳なのだ。

「我儘だし、腹は立ったけど、子供を利用する人が許せなかったの! あの光の魔法を教える為に派遣されていた修道士とモンタギュー司教は許せないわ!」

 ぎゅっとパーシバルが抱きしめてくれた。ああ、罠に引っ掛からなくて良かった。

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