第121話 これは大変なのかも?

 火曜は錬金術デーだ。朝一からパーシバルに錬金術クラブに送って貰う。

「昼は、私たちが上級食堂サロンに連れて行って、放課後は誰かに音楽クラブに送らせる」

 カエサル部長が引き受けてくれたから、パーシバルは安心したみたい。


 私は糸が絡まるのは、糸に問題があるのではないかと考えている。

「ミシンに使う糸は、もっと強く撚りを掛けていないと駄目なのでは無いでしょうか?」

 カエサル部長は、錬金術と機械には詳しいが、裁縫はズブの素人だ。

「よくわからないが、何でもやってみなさい」

 蝋は安いのでも良いのだけど、今、錬金術クラブにある高級な蝋燭を溶かして、糸にコーティングする。

「ふむ、表面がツルツルになったな!」

 さて、実験だよ!


 下糸をボビンに巻くのは良い感じにできた。最初の頃は、片側だけに偏ったり、真っ直ぐに巻けなかったのだ。

「縫ってみますわ!」

 試し布を縫ってみる! 良い調子! かなり縫えたけど、やはり絡んで糸が切れた。

「うん? かなり改善したが、やはり駄目だったのか?」

 シオシオだよ……何が悪いのかな?


 2時間目になったので、エドがやってきた。

「ああ、凄いですね! かなり縫えるようになりました」

 うん、前よりは良くなったけど、これでは使えない。

「糸ですか? あっ、もしかして回転釜との相性が悪いのかも?」

 ミシンの回転釜の展開図を広げて、糸の絡み方を考え直す。

 何かな? ミシン糸と手縫いの糸の違いは?


「手縫いの糸は、右利きの人が多いから、その人が使いやすいように捻られているのよね? でも、この回転釜は……そうだわ! 糸の撚りが反対なのよ! それともっとキツく巻く必要があるのだわ!」

 ああ、これって何処かで習った気もするよ!

「ミシンの糸は、手縫いの糸では駄目なのか?」

 カエサル部長とエドが驚いている。

 そうだよ! だから、前世でもミシン糸と書いてあったじゃん!

「ええ、この回転釜は、いわば左利きなのです。だから糸が絡まるのだわ!」

 今は、手縫いの糸しかないから、錬金術で撚りを戻して、反対に撚りなおす。


「やってみましょう!」

 エドも真剣な目だ。

「ええ! 縫えるわ!」

 ダダダダダ……快調に縫える! あれだけ苦心した原因が糸の撚りだなんて、がっかりだよ。

「やったな! ペイシェンス、エド、頑張ったぞ!」

 バンバンと肩を叩かれる。

「後は、これを特許申請して、大量に生産しなくてはいけない。ミシン糸も別に作る必要があるとなると、今年中は無理だな」

 まぁ、そうなると思っていたよ。


 裁縫は、どちらにせよこの学期ではマーガレット王女もリュミエラ王女も修了証書は貰えそうにないからね。

 放課後は、ブライスが音楽クラブに送ってくれた。

「申し訳ないですわ」と遠慮したけど、あの手紙の件を知った人、全員が深刻に受け止めているみたい。

 私も何となく気持ちが悪い! 犯人が見つかっていないからかも?


 このところ、クラブが終わったら、部屋でマーガレット王女とリュミエラ王女は、真面目に勉強している。

 私は、横で勉強を見ながら、パーシバルのマントの刺繍をしている。

「ふぅ、これなら間に合いそうだわ」

 後は、ロケットを縫い付けるだけだ。


「ペイシェンス、とても刺繍するのが早いのね」

 あっ、リュミエラ王女も刺繍は得意だよね? もしかして、リチャード王子のマントに刺繍したいのかな?

「リチャード様にマントに刺繍をさせて下さいと言いましたけど……陛下のを借りるからと言われましたの」

 あああ、それは駄目だよ! 多分、私が陛下に献上したマントを借りるのだろうけどさ! リチャード王子は、乙女心をもっと勉強しなきゃ!

「まぁ、あれは仕方ないかもしれませんわ。リュミエラ様は、ハンカチに刺繍して渡せば良いのよ」

 騎士が好きな令嬢や貴婦人のハンカチを胸に入れて出陣するとか、騎士物語によくあるシチュエーションだね。

「ええ、それぐらいなら間に合いますわ! 私の名前と、リチャード様の名前を刺繍しましょう」

 それは、大使館に用意して貰えば、1日でできそうだよ。


 ところで、アルーシュ王子って、外交学2、経営学2、経済学2の授業をとっているけど、1は合格してないのだ。

「どうせなら、ちゃんと外交学1から履修したら良いと思いますわ」

 私が忠告したら、ケタケタ笑う。

「ザッシュは、全部1も履修しているが、私は文官コースは面白い授業を受けたいだけだからな。ペイシェンスとパーシバルがいる方が、絶対面白い!」

 ふー、厄介だな! でも魔法使いコースのマキアス先生には苦労しているみたい。いい気味だよ。

「あの魔女婆さん先生は、本当に意地が悪いな。よく、ペイシェンスは修了証書を貰えたものだ。ベンジャミンは、今期も落第だと騒いでいたぞ」

 ベンジャミンは、ちゃんと水をやらないからだよ!


 まぁ、王立学園を楽しんでいるみたいで、結構だけどさ!

 ああ、木曜は昼からはゲイツ様の所へ行くのだけど……パーシバルは、手紙の件を話せって言うのだ。

 言ったら大騒ぎしそうだから、言いたくないけど、パーシバルったら狡いのだ。私に約束させるのだもの!


 そのくらいなら週末に言っておけば良かったのだけど、ハモンドの横領や詐欺行為で、それどころじゃ無かったし、冒険者ギルドに行きたかったから……私だけでなく、パーシバルも忘れていたじゃん! 

 でも、その事を反省して「ペイシェンスに何かあったら自分を許せません」なんて見つめるのって、狡いよね! 

 惚れた弱みだよ! 約束したから言うけどさ……ああ、大騒ぎになりませんように!


「何ですって! 偽の手紙で呼び出されそうになった? いつの事です!」

 ああ、のっけから大騒ぎだよ。

「先週の木曜……」と言った途端に、雷が落ちた。

「それを今頃言うのですか! 誘拐されて、今頃はエステナ聖皇国で幽閉されていたかもしれないのに!」

 ゲイツ様が私に向かって怒鳴るの、初めてかも!

「でも、呼び出された金曜の朝一には、恋人達の隠家アマレット・エルミタージュには誰も現れませんでしたし、悪戯かもしれません」

 後ろで仕事をしていたサリンジャーさんも、ソファーにやってきて、真剣な顔で怒る。

「ペイシェンス様は、浄化の魔法陣を作られたのです。ゲイツ様が作ったという事にしてありますが、あの当時、ルルスという女の子が部屋にいたのは大勢が見ていますからね。気をつけても、気をつけ過ぎることはないのです」

 うっ、ゲイツ様に怒鳴られるより、サリンジャーさんに諭される方が堪えるよ。


「その手紙を見せて下さい!」

 ゲイツ様がそう言いそうだから、持って来ている。バッグの中から出して渡す。

「フン! 秘密の東屋? 恋人達の隠家アマレット・エルミタージュの呼び名も知らないとは? これで学生の悪戯では無いとわかりますね」

 ええええ、私は知らなかったけど? 

「でも、私の部屋にこの手紙を届けた下女はいないのです。学生の悪戯なのでは?」

 ゲイツ様は、手紙を持って考えている。クンクン嗅いでいるけど、変な匂いなんかしてないよね?

「ふふふ……この微かな香りは、サリンジャーもわかりませんか?」

 サリンジャーさんも手に持って嗅いで、ムッとした顔をする。

「モンタギュー司教の使っている香りですね!」

 ええ? 匂いなんてしなかったよ?


 ゲイツ様は私に手紙を返して、注意して残り香を調べる方法を教えてくれる。

「香りの記憶を辿るのです。集中して! 先ずはペイシェンス様のバラの香水の微かな香り。その前のパーシバルの香り、その前のバラの香りはペイシェンス様ですか? 違う気もします」

 

 ちょっと嫌だけど、クンクン嗅いでみる。

「わかりませんわ」

 くすくすとゲイツ様に笑われる。

「鼻で嗅ぐのではなく、魔法で嗅ぐのです」

 えええ、それは難しいよ。

 クンクン、クンクン……魔法で嗅ぐ? クンクン……ああ、微かに私のバラの香水の残り香がする気がするけど、今も少しだけつけているからかも?

 パーシバル様の香り? ラベンダーの香りの石鹸の香りかしら? その前のバラの香りは私なの? 少し違う香りのような……あれっ、この香りは? 何処かで知っている微かな香りだけど……?

 その後の、少しタバコの香り、そしてお香の匂い……これは、知らないわ。


「エステナ教会で使われるお香に似ていますが、少し麝香の香りがします。高級だけど、麝香の香りなんて嫌いだから、すぐに彼奴だとわかりましたよ」

 サリンジャーさんも難しい顔をする。

「王立学園の召使いか、学生に教会の手先がいるということですよね」

 えっ、それは拙いかも!

「でも、ローレンス王国のほとんどの人がエステナ教徒ですわ。私も信心深くは無いけど、エステナ教徒だと思うし……」

 ふん! とゲイツ様は鼻を鳴らす。

「普通のエステナ教徒なら問題は無いのです。モンタギュー司教の手先だという事が大問題なのです」


 スッと立ち上がる。

「何処へ行かれるのですか?」

 ゲイツ様が笑う。少しだけ、王妃様に似た笑い方だ。血が繋がっているのを感じるよ。

「勿論、王立学園ですよ。あのモンタギューの手先などが居て良い場所ではありませんからね」

 ゾクッと背中に悪寒が走った。下女か学生が手先だと分かったら、どうなるの?

「ペイシェンス様は、今日はここに居ても良いのですよ」

 サリンジャーさんに言われたけど、自分のことだ。知っておきたい。

「いえ、一緒に行きます!」

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