第84話 快適グッズを作ろう
誕生日パーティーに来てくれた人を見送って、パーシバルと、少し庭を散歩しながら、お互いの予定を話し合う。
「明日は、午後からバーンズ公爵家に行きますの。ディスク型のオルゴールを売り出しますし、陛下の守護魔法を刺繍したマントができたので、それの検品をして貰うのです。それと、新製品もありますからね」
パーシバルは「ブロックも是非!」と笑う。
「ええ、勿論ですわ」と言いつつも、メアリーの目を盗んで、軽いキスをする。
だって、婚約したのに、キスもなかなかできないんだもん。
「お誕生日、おめでとう」のキスぐらいしても良いよね!
「明日の午前中は、サリエス卿が久しぶりに剣術指南に来られるのです」
ふふふ、パーシバルも来てくれるかな? 期待しちゃう。
「それなら、私も一緒に剣術の練習をします」
やったね! 明日もパーシバルに会える。
「それと、討伐の時に不便な点を教えて貰おうと思っているのです」
パーシバルが私の腕を掴む。
「まさか、冬の魔物討伐に参加されるのですか?」
この間、錬金術クラブであった事を話す。
「それは……油断したベンジャミンが悪いのです」
そう言い切れる強さが私にはない。
「まだ参加すると決めた訳ではありませんが、万が一参加するなら、少しでも快適に過ごしたいのです」
クッとパーシバルが笑いを噛み殺す。
「やはり、魔物の討伐なんて、ペイシェンス様には無理ですよ」
ふん、私が考えている快適グッズを知らないから、そんな事を言っているんだよ。
「ペイシェンス様? 何を考えておられるのでしょう?」
「ふふふ……、お楽しみにして下さい。今年の魔物討伐は、去年よりは快適に過ごせますわ」
とはいえ、カエサル部長からしか話を聞いていないんだ。明日は、サリエス卿からも色々と聞こう!
「兎に角、話し合ってから行動に移して下さい」
それは、わかっているよ。だから、パーシバルにも相談しているんじゃない。
「ああ、もう何か考えておられるのですね!」
バレた! でも、もう普段は使っているから良いんじゃないかな?
「ええ、簡易トイレがあれば便利ですわ」
一つ言ったら、全部話してくれと言われちゃった。
絵で説明した方が楽なので、工房に移動する。
「これは、マットレスです。地面に毛布を敷いて寝るのは、辛かったとカエサル部長から聞きましたの」
パーシバルは、パンと手を叩いた。
「これはフロートの応用ですね!」
そうなんだよ。現地で膨らませれば良いから、持っていく時は嵩が低いよ。
「これは便利ですね。雨とか降ったら、ジメジメして不快なのです」
よし、これは良いみたい。
「これは、何でしょう? まるで虫みたいですが……まさか、この中で寝るのですか?」
シュラフだよ。前世のキャンプの必需品だし、中に羽毛を入れるから軽くて暖かい。ジッパーは、これから作るんだけどね。
それと、羽毛を入れて、ミシンで何本か縫いたいな。羽毛が偏らないようにしたいからさ。
「これは……トイレですよね」
そう、水洗にはしないけど、穴を掘って板を渡しただけのトイレは嫌だもん。
「こんな物を運べませんよ!」
パーシバルのダメ出しが来たけど、これは簡単に作れるんだ。
「この型を何個か重ねて持っていくだけですわ。後は、木の棒は現地で探せばあるでしょうし、布は畳んで持って行けば場所はとりません」
型に土を入れて固めるだけだ。
「土の魔法で固めるのですね。でも……まぁ、一度作れば一週間は使えるのか……良いかもしれない」
パーシバルもポットントイレは嫌だったみたい。いくら穴の中にスライム粉を撒いてもねぇ。
「そうだ! 女の人は参加されるのでしょうか?」
気になっていたんだよ。
「ええ、騎士コースを選択している女学生も数名いますからね。それと、毎年、魔法使いコースの女学生も2、3人参加します」
へぇ、凄いじゃん! ユージーヌ卿だけじゃないんだね。
「ただ、騎士コースの女学生の中には、明らかに実力不足の者がいます。親が騎士なので、騎士に憧れただけかもしれません。それか、リチャード王子がいずれは結婚なさるから、その妃の警備担当目当てで親が強制したのかもしれません」
パーシバルは手厳しいね。まぁ、騎士になるには実力も必要だと思うけどさ。
「では、騎士にはなれないのですか?」
難しい顔をしている。
「今でも女性騎士の数が足りないのです。これからリチャード王子がリュミエラ王女と結婚なさったら、余計に警備する女性騎士が必要になりますが、実力不足の騎士なんて役に立ちません」
需要はあるのに、なり手が少ないし、実力不足なんだ。
「でも、カミラ・シュナイダー様とアリエット・ダーソン様は、なかなかの実力者です。この方達は、きっと卒業後は近衛隊に入団されるでしょう」
ああ、パーシバルの声に少しだけ羨望が籠っている。
「騎士の家に産まれたから、騎士を志望されたのでしょうか?」
ここら辺の事情も知らないんだ。
「普通は、そう考えられますが、意外と騎士の家の子供が全員、騎士になるとは限らないのです。親の苦労を知っているから、文官コースを選べぶ学生もいます。でも、土地持ちの騎士の息子は、絶対に1人は騎士になります」
そうか、上級貴族に土地を貰った騎士は、そこに住み着く。その土地は、騎士だから貰ったのだから、息子が継ぐには騎士にならないといけないのだ。
「だから、カミュ先生の息子さんも2人も騎士を志望されているのかも? でも、もう1人は官僚になりたいと言われていたわ」
騎士と一括りには言えないね。
「騎士にとっての憧れは、土地持ちの騎士になる事か、近衛隊か第一騎士団に入る事ですね」
近衛隊も第一騎士団も上級貴族の出身が多い。サリエス卿も伯爵家の次男だ。
「ユージーヌ卿は?」
パーシバルは、微笑んで武勇伝を話してくれた。
「ユージーヌ卿が中等科で騎士コースを選択した時は、大騒動になったそうです。それまでも、女性騎士もいましたが、騎士階級の方で、女性王族の警備の必要性から親に指示されてなるパターンでしたから。ユージーヌ卿は、マキシム子爵家の令嬢で、反対されていたそうです」
へぇ、異世界では親の権限は強いのにね?
「陛下がマキシム子爵を説得して、ユージーヌ卿は騎士コースを選択できました。そして、騎士クラブの試合で優勝したのですよ!」
それは凄い! 格好良いよね!
「パーシバル様も優勝されたのですよね」
少しパーシバルは複雑な顔をした。ああ、しまった! 私もわかるよ。外交官になれないと言われた時の痛みは、まだ残っているもの。
「人生はままならないものですね」
「ええ」
2人で顔を見つめる。
「でも、私はパーシバル様と結婚できますわ。1つは叶ったのです」
パーシバルもにっこりと笑う。
「ええ、私もペイシェンス様と結婚できるのですね!」
良いムードになってキスしたけど、メアリーが「そろそろ、夕食の時間ですわねぇ」なんて、大きな独り言で邪魔をする。
「ああ、帰らなくてはいけません」
玄関まで見送って、見つめ合う。
「明日、また来ます!」
「ええ、お待ちしています」
サリエス卿や弟達との剣術稽古だとしても、会えるのは嬉しい。
「メアリー、夕食には早いでしょう!」
ぷんぷん! 少し文句を言ってから、工房に戻る。
それに、今日はもうドレスアップしているから着替える必要は無いからね。
明日、サリエス卿に見本を見て貰いたいんだ。改善案があるなら聞きたいしね。
先ずは、簡単なマットレスから作るよ!
「どのくらいの高さにしたら良いのかしら?」
高い方が快適だけど、膨らますのに時間が掛かる。
「何個か高さを変えて作ってみましょう」
ベンジャミンとカエサル部長なら、キチンと考えて作るんだろうね。
スライム粉、珪砂、ネバネバを混ぜて、この前作ったスクリーンの大きさのマットレスを作る。
色は、カーキ色にしたよ。何となく騎士とか軍隊はカーキ色のイメージだからね。
厚みは、3パターン。薄いの、中くらいの、厚いのだ。
一つ、中くらいのを膨らませたけど、かなり時間が掛かった。
「お姉様、何を作っておられるのですか?」
ナシウスとヘンリーがやってきたので、2人に手伝って貰う。パーシバルと一緒の時は、遠慮していたみたい。
「まぁ、早く膨らませるのね!」
薄いのが早いのは当たり前だけど、ナシウスは厚いのを膨らませているのに、私より早いよ。
「筏型のフロートの大きいのでしょうか?」
まぁ、そうなんだけどさ。
「魔物討伐の時、野外でキャンプをするのです。この上に寝たら、少しは楽ではないかしら?」
3人で、厚みの違うマットレスに寝て試す。
「薄いのは、寝返りする時に床の固さを感じます」
これは、駄目かも?
「厚い方が楽かと思いましたが、もっとパンパンに空気を入れないと、身体が沈んでしまいます」
ああ、失敗したよ! 筏型のフロートを作れば良かったのに、長方形のマットレスのイメージが強すぎたのだ。
中に仕切りがないから、真ん中で身体が沈んじゃう。
「失敗は成功のもとよ!」
今度は、筏型のフロートの分厚いバージョンにする。頭を置く、枕っぽいのもつけたよ。
「ああ、これなら良いかも?」
厚いのと、中くらいのとを、サリエス卿に見て貰おう。
シュラフのジッパーは錬金術で作った。丈夫な布を撥水加工して、細く切る。それに錬金釜に鉄を溶かして「ジッパーになれ!」と唱える。
「お姉様、ジッパーとは何ですか?」
ナシウスは、不思議そうにジッパーを見ている。
「ふふふ、この引き手を持って、引っ張ると」
ジッパーが2つに分かれる。下はひっついているけどね。
「そして、引き手をあげると……ほら、くっ付いたでしょ」
今回は金属ジッパーで、引き手も大きくして、穴を開けている。ここに紐をつけたら、夜中にトイレに行く時も簡単に下げれるからね。
後は、撥水加工した布をシュラフに縫って、中に水鳥の羽根を詰めるだけだよ。勿論、仕上げにジッパーをつけなきゃいけないけどね。
見本は手縫いになっちゃう。早くミシンを完成させなきゃ!
後は、トイレの便器の型を作る。これは軽くしたいから、スライム粉を多めの珪砂少なめで、ちょっとネバネバかな? 型を抜き易くしたいから、単純な型にする。
「お姉様、これはわかります! トイレですね!」
ヘンリー、見ればわかるよね。でも、可愛いからキスしておこう。
「ええ、でも少し違うのよ。ほら、中は空洞になっているでしょう。ここに土を詰めて魔法で固めて、簡単トイレにするの」
ヘンリーは、キャンプに行きたいと飛び跳ねている。
「まさか、お姉様は冬の魔物討伐に行かれるのですか?」
さっきから黙り込んでいたナシウスが驚いている。
「いえ、まだわからないのよ。それにしても、ナシウスはよく冬の魔物討伐なんて知っていたわね」
私は、去年、リチャード王子が参加していると聞かされるまで、知らなかったよ!
「サミュエルが話していましたから。今年の冬は寒くなりそうだから、領地の魔物討伐も大変になるかもと心配していました。その時に、王立学園の中等科の学生も参加すると聞いたのです」
ナシウスの心配そうな灰色の目を見つめて、約束する。
「もし、参加することになっても、私は怪我なんかしませんから安心してね。陛下がゲイツ様に擦り傷一つつけさせないようにと命じられましたから」
ナシウスは、それは参加するという事なのだと察した。
「私は、エステナ神にお祈りしておきます」
そんな顔をしないで! そっとナシウスを引き寄せて抱き締める。
「大丈夫ですよ、パーシバル様も一緒ですから」
ヘンリーの無邪気な一言が、笑いを誘う。
「ええ、その通りだわ!」
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