第85話 サリエス卿とユージーヌ卿

 日曜、朝から弟達とオルゴール体操をしていると、サリエス卿から手紙が届いた。

「まぁ、何かしら? 今日は来れなくなったとか?」

 ヘンリーは楽しみにしていたので、心配そうに私が手紙を開けるのを見ている。

「まぁ、ユージーヌ卿も来られるみたいだわ!」

 どうやら、やっとアマリア伯母様を説得して婚約できたみたい。

 それなら、剣術指南どころじゃ無いだろうに、律儀なサリエス卿はキャンセルしないで、2人で来る事にしたみたい。

「ユージーヌ卿は、離宮で会ったあの女騎士ですよね!」

 ナシウスの目がキラキラしている。美人だし、凛々しいからね。憧れるのはわかるよ。

「わあい! 今日はいっぱい指南してくれる人がいますね」

 ヘンリーは、まだ色気は無いな。


 私は、エバに少し豪華な昼食を用意させる。ユージーヌ卿も来られるのだからね。少し華やかにしたい。

「デザートに使うチョコレートはあるかしら?」

 エバは頷くので、簡単に作れるブラウニーのレシピを教える。

「これにアイスクリームを添えたら、美味しいわ」

 ミミは、アイスクリームと聞いただけで、嬉しそうだ。


 後は、私は午後のバーンズ公爵家に何を持っていくのか、メアリーとチェックだよ。

「箱にいっぱいになっちゃたわね。銀ビーズは渡したかしら?」

 メアリーも考えていたけど、覚えていない。

「これからは、ノートに記録を残しておかなきゃね」

 仕事なんだから、ちゃんとしないといけない。

「ああ、コーヒーも忘れていたわ!」

 タピオカミルクティーは、夏までで良いけど、コーヒーは冬に飲みたい。

 こちらの世界では紅茶だけど、コーヒー中毒だったんだよぉ! 

 澄んだ高級なコーヒーも好きだけど、世界的チェーン店のキャラメルマキアートも好きだった。新作が出る度に並んだよ。

 これは、次までの課題だ。

「ノートに書いておきましょう!」

 すぐに実行しないと忘れちゃう。

「1、コーヒー

 2、カルディナ街で買った調味料

 3、ミシンを仕上げる

 4、魔導灯の他のデザインを考える

 5、投げたらテントになるのを考える

 6、魔物の素材を調べる」

 今のところは、このくらいかな? 

 6は、図書館で調べても良いけど、前にも調べたんだよね。できたら冒険者ギルドに行きたい。


 箱の中には、サンドイッチの箱、一人鍋、チョコレートファウンテン、割れにくいガラス、密封容器、透明な袋、銀ビーズと極細針、マットレスと膨らます器具、シェラフ、知育玩具、ブロックはナシウスのとヘンリーのバケツを入れている。

 トイレの型は、箱には入れないよ。何となく嫌だから。

 後は、色々な魔導灯のデザインや野外トイレの図などを書いたノート。


「お嬢様、パーシバル様とサリエス卿とユージーヌ卿がいらっしゃいました」

 ああ、熱中していたよ。ワイヤットに呼びに来られた。

「ええ、すぐに行きますわ」

 普段は、サリエス卿は、一言父親に挨拶したら、すぐに剣術指南だけど、今日はユージーヌ卿も一緒だからね。

 応接室で、ユージーヌ卿に婚約のお祝いを言う。

「ありがとうございます」

 少し頬を染めたユージーヌ卿は、とても美しい。サリエス卿も照れている。

「ペイシェンスもパーシバルと婚約したのだろう。おめでとう!」

 ははは、照れ隠しに、こちらに話題を振ってきた。

「ありがとうございます」とパーシバルと2人でお礼を言う。

「さて、ヘンリーが待ち兼ねているだろう」

 だよね!


 庭では、ナシウスとヘンリーが練習用の剣を素振りしていた。準備万端だよ。

「「お願いします」」

 2人が頭を下げると、練習開始だ。

 ナシウスとサリエス卿、ヘンリーとパーシバルだ。

「ペイシェンス様は護身術とかされないのですか?」

 ユージーヌ卿に訊ねられた。

「私は、乗馬も駄目ですし、護身術は……防衛魔法と拘束魔法は習っていますけど、それだけですわ」

 普通の令嬢なら、それで十分だろうとユージーヌ卿も頷いている。

「ヘンリー君は身体強化ですね。凄いスピードです」

 うん、かなり早く動いている。えっ、ユージーヌ卿の目がキラキラしているよ。

「一度、手合わせしたいです」

 ああ、ここにも騎士ラブがいたよ。


「ナシウス、凄く風の魔法が剣に乗るようになっている。ヘンリーも動きが早くなったな」

 ここまでは予想通りだったのに、ヘンリーが余計な一言を放った。

「お姉様は冬の魔物討伐に行かれるのだから、一緒に練習をしないといけないのでは?」

 ああ、全員の目が怖いよ!

「ペイシェンス様? まだ考えている途中だと言われていたのに!」

 パーシバルは、心配そうだよ。

「無理でしょう!」

 ユージーヌ卿は、私がどれだけ乗馬が駄目だか知っているからね。

「それは、決定事項なのか?」

 サリエス卿は、少し考え込んでいる。サティスフォードにゲイツ様を迎えに来た同僚から、私が同じ馬車に乗っていたのを聞いたのかもね。

「ほぼ、決定でしょう。陛下が言われたのだから」

 あああ、全員が大きな溜息をつく。

「あのゲイツ様の誕生日プレゼントの剣を少しでも使えるように訓練しましょう」

 えええ、パーシバル! それは無いよ!

「あれは杖代わりでしょう?」

 ユージーヌ卿の目がまたキラキラだ。

「えええ、王宮魔法師の剣ですか? 是非、見てみたいです。杖代わりになるのは、魔法伝導が良い素材でできているのですね」

 ああ、大騒ぎになりそうな予感。


 メアリーに部屋から剣を持ってきて貰うと、ユージーヌ卿が一眼で「ミスリル剣ですか!」と叫んだ。

 サリエス卿も驚いている。

「これを誕生日プレゼントに貰ったのか?」

 あっ、時計や腕輪も貰っているんだけど、ここでは言わないでおこう。

「王家の宝物庫にしかない剣だと思っていました」

 えええ、そんなに高価なの?

「ゲイツ様に返そうかしら?」

 だいたい、剣なんか私には不似合いだよ。

「あのう、一度、手に持っても良いでしょうか?」

 ああ、ユージーヌ卿が持ったら良いのだろうね。

「ええ、どうぞ」

 ユージーヌ卿が、剣を振ると風がビューンと飛んでいった。

「凄いなぁ!」

 サリエス卿も驚いているけど、周りに被害が出ないようにして欲しい。

「私より、ナシウスが持った方が良いのかも?」

 本当に、杖にしてくれたら良かったのに!

「ゲイツ様は、ペイシェンス様にプレゼントしたのだから、多分駄目ですよ」

 パーシバルの言う通りなのかもね。


 ユージーヌ卿に、剣の握り方から教えて貰う。

「ああ、そうではなくて、この剣はレイピアなのです。だから、手の甲を上にして、ポンメルが手首に下から押し上がるようにして持つのです」

 ポンメル? ポメラニアンしか知らないよ!

「ポンメルとは、この柄頭ですよ」

 ふむふむ、ええっ? この丸いのって宝石っぽいんだけど?

「もしかして、ルビー?」

 ユージーヌ卿は、宝石には興味はないみたい。

「ええ、そうかもしれませんね。このポンメルで重心を調整しているのです」

 説明を聞きながら、なんとか持ち方は覚えた。

「本来は、レイピアは突く剣なのですが、刃もついていますから切り付ける事も可能です」

 ふむふむ、と聞いている。フェンシングっぽい感じなのかな?

「これは、無理じゃないのか?」

 サリエス卿は、お手上げだと弟達との練習に戻る。

「ユージーヌ卿にお任せします」

 パーシバルも無理だと思ったみたい。


「兎に角、振ってみましょう」

 素振りだね! 

「エイ、ヤ!」

 ああ、ユージーヌ卿が頭を抱えている。へっぴり腰だからかな?

「もっと姿勢を良くして、体重を移動させながら剣を前に突き出してみて下さい」

 ユージーヌ卿の見本は格好良いんだけど、私のは変だ。

「お姉様、もっとユージーヌ卿の見本をよく見て下さい」

 ヘンリーに注意されちゃったよ。で、頑張って見る事にした。

「ああ、体重の移動って、そう言う事なんですね!」

 前世の体育とかでも体重の移動ってよく出ていたよ。

 スカートだから、そんなに深くは脚を曲げられないけど、少しは体重移動ができるようになった。

「ああ、その調子です!」

 ユージーヌ卿は、褒めるのも上手いね。

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