第60話 ペイシェンスのアドバイス

 ゲイツ様に貰った腕時計を見ると、お昼だ。何故、腕時計を見たのか? お腹が空いたからだよ。腹時計は正確だ。

『カラ〜ン! カラ〜ン!』

「ああ、そんな時間になったのか? お茶を用意して貰おう!」

 ゲイツ様の言葉で、サリンジャーさんが女官を呼んで、お茶の用意をさせる。

「いつもお昼はどうされているのですか?」

 サリンジャーさんが肩を竦める。

「私は食堂でいただきますが、ゲイツ様は運ばせていますね」

 我儘! でも、王宮の昼食、どんな物か食べてみたかったな。どんな感じなんだろう?


 ゲイツ様は、サンドイッチの方に気もそぞろで、サリンジャーさんが答えてくれた。

「ロマノ大学の学食みたいな感じです。昼のメインは三種類の中から選びます。スープとパンとサラダは同じです」

 へぇ、美味しそう! あれ? 防衛魔法を掛けている筈なのに、サリンジャーさんには私の考えが分かるの?

「ペイシェンス様、考えを防衛魔法で漏らさないようにしても、顔に書いてありますよ」

 ゲイツ様に笑われた。微笑み仮面をつけなきゃ!


「サリンジャー様は、王立学園では上級食堂サロンで食べていらしたのですね。ロマノ大学の学食はメインを選べるのですか? それは経営2の課題の参考になります」

 お茶が運ばれるまで、ロマノ大学の学食について、サリンジャーさんから訊く。

「食券を入口で、予め買うのです。メインによって値段は変わります」

 なるほどね、食堂の入り口で食券を買うんだね。カフェは有料にするから、これで良いかも?

「あっ、食券販売機を作れば、便利ですね!」

「それは何ですか?」

 ゲイツ様も食券販売機に興味を持ったけど、サリンジャーさんが「今は浄化の魔法陣に集中してください」と止めた。

 私とゲイツ様だと横道に逸れるのが多いよ!


 女官がお茶を運んできたので、メアリーが応接テーブルに三人分セットする。

 メアリーは部屋の隅でワゴンを机にして食べるみたい。

 一緒でも良いけど、メアリーは別の方が気楽なのかも?

「これは、ペイシェンス様が考えられた容器ですか?」

 サリンジャーさんが、サンドイッチの箱を見て、首を傾げている。

「ええ、これなら何回も使えるのです」

 ゲイツ様は、箱なんかに目を向けず、蓋をとって紙ナプキンに包んである卵サンドを食べている。

「ううむ! 美味しい! やはりペイシェンス様は私と結婚しましょう」

 卵サンドでプロポーズされてもねぇ。

「卵が浄化できるようになれば、マヨネーズも誰でも作れるようになりますわ」

 やんわりと断ったけど、聞いちゃいない。

 ゲイツ様は、次のハムサンドを夢中で食べている。

 ハムサンドにもマヨネーズをつけているし、きゅうりの薄切りが良いアクセントになっている。

「パンの薄さが素晴らしいですね! それにハムときゅうりとマヨネーズの相性は抜群です」

 エバは薄く切るのが上手いからね。


 ポテトサラダサンド、私が一番好きなサンドイッチだよ。マヨネーズで和えたポテト、小さなニンジン、そして薄切りにして塩を振って絞ったキュウリが美味しい。

「これは、とっても美味しいですね。キュウリの塩味が最高です」

 ゲイツ様とサリンジャーさんは、私が小さい一口サイズのサンドイッチを食べている間に、大きなサンドイッチを2つ食べているよ。


 そしてバナナサンド!

「美味しいです! でも、バナナチョコレートを忘れていませんか?」

 バナナで思い出したみたい。

「今度にしますわ」

 だって、チョコレートの材料はなさそう。エバが張り切って30箱分も作ったんだ。

 あっ、エバにボーナスをあげるべきなのか、ワイヤットに相談するの忘れていたよ。


 ああ、ゲイツ様がメロンサンドで泣いている。

「美味しいです! 全部、このメロンサンドでも良かったのに」

 いや、卵サンドもハムサンドもポテトサラダサンドもバナナサンドも美味しそうに食べていたじゃん。

「駄目です! あげませんよ」

 サリンジャーさんのメロンサンドの残った1切れを物欲しそうに見ている。

 私のは食べやすく半分に切って2個ずつだけど、ゲイツ様とサリンジャーさんのは大きなまま2個ずつ入れてある。

「ペイシェンス様、メロンサンドだけのを作って下さい」

 無茶を言わないで!

「メロンはもう有りませんわ!」

 ヘンリーのバースデーケーキ用のだけだ。きっちりと断っておく。

「ああ、私のをあげましょう」

 やはりサリンジャーさんにチョコレートをあげて良かったよ。

 ゲイツ様の部下は大変だからね。

「サリンジャー! ありがとう」

 ゲイツ様がメロンサンドを食べ終わったので、デザートのパイナップルだよ。

「これは変わった果物ですね。メロンは食べた事がありますが、これは初めてです」

 私も異世界では初めてだよ。

「甘くて酸っぱい!」

 美味しいね! これならパイナップルケーキもできそう。


「ああ、また美味しそうな物を考えていますね。いえ、防衛魔法はちゃんと掛かっていますけど、顔でわかります」

 ぶー! 微笑み仮面は難しいよ。特に食べている時とかはね。

 デザートのパイナップルも食べたので、サンドイッチの箱をたたむ。蓋の中に下は折り畳んだら入るからコンパクトだよ。

 ゲイツ様とサリンジャーさんのも畳んで、メアリーに渡す。

「ほう、これは便利ですね!」

 サリンジャーさんは、感心しているよ。

「門に浄化に行っている王宮魔法使い達に持たせても良さそうです」

 えええ、昼には交代させてあげてよ!


 美味しいサンドイッチを食べたから、頑張ろう!

 弟達もエバが作ったサンドイッチを今頃食べているかな? ふふふ、想像しただけで胸があったかくなるよ。

 ゲイツ様もサリンジャーさんが机を持ち込んで、書類仕事しながら見張っているからか、集中してブツブツ言いながら考えている。

 私は精神防衛魔法を強化して、前世の除菌システムを思い出す。

 エアカーテンはできそうだ! 風の魔法陣を応用すれば良い。

 そこに弱い紫外線を当てたら? でも、弱かったら除菌効果も少なくなるかも?


「ああ、こんなアプローチでは駄目なのよ!」

 私は前世の記憶があるから、つい科学的な考え方をしようとする。でも、理系じゃ無かったし、そんなに専門的な知識は無い。

 だから、詰まってしまうのだ。


『魔法のある世界なのよ』ペイシェンスが見かねたのかアドバイスをくれた。

 私の中で、前世との違いを戸惑うのを感じて、魔法が無い世界だったのだと知ったの?  

 まだ消えて無かったんだね! とっても嬉しい!


「そうか、魔法がある世界なのよね!」

 ゲイツ様が不思議そうな顔で私を見ている。

「浄化の魔法陣よ! 紙に現れろ!」

 駄目元で唱えてみる。まぁ、無理だろうね!

 えええ、凄い勢いで魔力が無くなっていく。

 これって、もしかして魔法が掛かったの?

「ペイシェンス様! 大丈夫ですか?」

 ぐったりと倒れた私を、ゲイツ様が咄嗟に支えてくれたみたい。

「お嬢様!」部屋の隅の椅子から、素早く私の横に座って、メアリーが支えてくれる。

「サリンジャー、気つけの薬とお茶と何かスイーツを!」

 気つけの薬って、アンモニアだね! 臭い刺激臭でシャンとしたよ。

 お茶と、サリンジャーさんが差し出してくれたチョコレートで少し元気になった。


「サリンジャーさんに、あげたチョコレートなのに!」

 女官はお茶と砂糖が多めのプチケーキも持ってきたのに、ゲイツ様ときたら、サリンジャーさんが私に出してくれたチョコレートの箱からパクパク摘んでいる。

 私は一粒チョコを食べた後は、プチケーキを食べているのに!

「私も昨夜からずっと防衛魔法を掛けているのです! ご褒美を貰っても良いと思います」

 溜息しかでないけど、確かに疲れるかもね!

「サリンジャーさんには、別のチョコレートの箱をあげますわ」

 ほとんどゲイツ様が食べちゃったからさ。

「私にも下さるのですよね!」

 本当ならサリンジャーさんのチョコをほぼ一箱食べたから、あげないけど、防衛魔法を掛けるのは疲れるからボーナスだよ。

「ええ、今回だけですよ!」

 ゲイツ様には厳しくしないといけない。


「それで、何をして倒れるほどの魔力を使われたのですか?」

 ああ、忘れていたよ! テーブルに置いてあった紙をゲイツ様に渡す。

「これは? ふむ、ふむ……えええ! 浄化の魔法陣ではないですか!」

 えええ、できたの?

「まさか、本当にできたのでしょうか?」

 サリンジャーさんの魔法陣の常識ではあり得ないみたい。

「やはり、ペイシェンス様は私の後継者です。これなら女男爵バロネス、いや女子爵ヴァイカウティネスに相応しい功績です」

 いや、それは目立つから良いよ。

「でも、本当にそれで浄化ができるのでしょうか?」

 こんな事で魔法陣が本当に描けたのか不安だ。

 ゲイツ様は、もう一度、指先でなぞりながら確認する。

「ええ、ちゃんと浄化の魔法陣になっています」

 やったね! ゲイツ様が言うなら、できているんだ!


「私の名前は伏せて、エクセルシウス・ファブリカが開発した事にして下さい。ゲイツ様が代表ですから、誰も不思議に思いませんわ」

 サリンジャーさんまで難しい顔をする。

「ペイシェンス様、これは画期的な発明です。女子爵ヴァイカウティネスどころか、女伯爵カウティネスでもおかしく無いのですよ!」

 ああ、それは勘弁してほしい。

「父より地位が上なんて困りますわ」

「ペイシェンス様は、家族思いなのですね。今は学生ですし、特許料だけでも大金になりますから、それで良いでしょう」

 サリンジャーさんが抗議しようとするのを、ゲイツ様は手で止める。

「それに、ペイシェンス様が本当に喜ぶのはヘンリー君が準男爵になる事ですよね。まだ、何もしていないヘンリー君を今の段階で叙すると、余計に悪目立ちしますから、大人になった時に、ペイシェンス様の女準男爵を譲れば良いのです」

 えええ、良いの! そうしたいと思っていたんだ!

「目立つのは良く無いのでは?」

 サリンジャーさんが心配する。

「ヘンリー君が大人になる頃には、王宮魔法師のペイシェンス様に逆らう馬鹿はいなくなるでしょうから、女子爵にでも女伯爵にでも叙して貰いましょう」

 それって、ゲイツ様の後継者になるって事?

「でも、私は外交官になりたいのです!」

 二人が大きな溜息をつく。

「もう、ペイシェンス様は私より我儘ですね!」

 我儘大王のゲイツ様に言われたく無いよ! ぷんぷん!

「ペイシェンス様、こんな魔法陣を作れる外交官など、相手国にとっては林檎を咥えた子豚に見えますよ。スパイ行為をしたとかいちゃもんを付けて、幽閉される未来しか見えません」

 カモネギじゃなくてリンゴ豚なんだ! あまりの絶望感に、変な事を考えて現実逃避しちゃいたくなる。

「でも、外交官になって外国に行きたいのです!」

 必死の抵抗だけど、ここは魔法省! 誰も聞いてくれない。

 誰かに相談したいけど、公平な立場でアドバイスしてくれそうな人がいるかしら?

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