第59話 サリンジャーさんがいないと横道に逸れる

 火曜日だけど、学園には行かない。

「今日も、王宮に行かないといけないのです」

 父親は、教育者だからサボるのを叱られるかも?

「ゲイツ様と何をしているのかは聞かないが、流行病の拡大を阻止する協力なら、頑張って欲しい。私の両親も流行病で亡くなったのだから」

 ああ、そうだよね! ナシウスとヘンリーが驚いている。知らなかったんだ。

「大丈夫ですよ。王宮魔法師のゲイツ様が王都に流行病が入らないように防衛魔法を掛けておられます。それに、門には王宮魔法使い達が派遣されて、入る人達を浄化していますからね」

 さて、私は差し入れのサンドイッチをエバに作って貰おう。

 

 メアリーも昨夜のゲイツ様のお強請りを聞いているので、台所へ行くのを止めない。

「お嬢様、朝からゲイツ様から卵やハムや高級なパンがこんなにも届きました!」 

 3籠いっぱいの材料にエバが喜んでいる。これなら一家中が当分の間、食べられそうだ。

「ゲイツ様とサリンジャー様と私とメアリーの分のサンドイッチを王宮に持っていくわ。ゲイツ様とサリンジャー様の分は多めでお願いします。卵サンドとハムサンドとポテトサラダサンド、生クリームはある?」

「あります」とエバが頷く。

「なら、生クリームとバナナのサンドイッチも作って! バナナは皮を剥いてスライスして、色が変わらないようにレモンを少しだけ掛けてね。後はイチゴサンドと同じよ。メロンも残っているなら、薄くスライスして挟んでね」


 パイナップルもカットして、小さなガラス容器に入れて持っていこう。

 そうだ! 蓋はスライム粉とネバネバと珪砂少しで作れそう。タッパーだよ!

 サンドイッチの箱も、前世の組み立て式の箱にする。何回も使えそうだし、網目をつけているから空気も通るよ。


 工房で、タッパーとサンドイッチの箱を作って、台所に届ける。

「このパイナップルの切り方は、この紙に書いてあるとおりにしてね」

 ちょっと外の皮と芯の取り方がややこしいんだよね。

「茶色の皮は斜めにナイフを入れて切り取るのですね!」

 そう! 皮の内側の茶色いポツポツを取らないと歯に挟まるんだ。食感も悪くなるしね。

 前世の私は、この斜めにナイフを入れるのが深すぎて、パイナップルが小さくなったりしたけど、エバなら大丈夫でしょう。


 王宮の迎えの馬車に魔法使いのマントを着て乗る。

 メアリーはサンドイッチの箱の大2つ、小2つ、パイナップルをカットしたのが入ったタッパー4つ。そしてチョコレートの箱を1つ入れた籠を持っている。

 このチョコレートの箱は、サリンジャーさんにだよ。

 サティスフォードに行く前に滑らかにだけしたのを、エバが作っていたのだ。

 バーンズ公爵家には15箱、もう届けてある。

 家のチョコレートの箱は、キャリーがラシーヌ様、リリアナ伯母様、アマリア伯母様、シャーロッテ伯母様に届けてある。

 残ったチョコレートの箱をモラン伯爵家、ヨーク伯爵家、キャシディ伯爵家にも1箱ずつ届けるように言っておく。

 一日、帰るのが遅くなって、心配しただろうからね。少しお詫びの気持ちだよ。

 メアリーは、食料品を入れた籠と、昨日、退屈だったのか針仕事用の手提げを持っている。

 私が籠を持とうとしたけど、断られた。メアリーは、本当に侍女の鑑だね。


 王宮のゲイツ様の部屋では、上級王宮魔法使い達が、凄く興奮して騒いでいた。

 あっ、サーモグラフィースクリーン、夜のうちに枠が付けられて、自立できるように改造されている。

「このスクリーンに高熱の患者は赤く映るのは何故でしょう?」

「そう言う機能なのだ。実験は成功なのだから、こんな所で話していないで、門に持って行きなさい! 兵達に使い方を説明するのを忘れないように。それと、浄化できる魔法使い達を配備するのです」

 パンと手を叩いて、サリンジャーさんが上級王宮魔法使い達を部屋から追い出す。

 出ながらも、上級魔法使い達の視線が私に突き刺さる。

 だって私はフードを深く被った怪しいチビなんだもの。


「ご機嫌よう」と挨拶するけど、ゲイツ様の視線はメアリーが持っている籠から離れない。

「凄く美味しそうな香りがします!」

 朝食を食べたばかりだよ! これはお昼用だ。

「私は、サーモグラフィースクリーンの門への設置を監督しますが、すぐに戻ってきます」

 サボらないように! と言うサリンジャーさんに、チョコレートの箱を1つあげる。

「お疲れの時に食べると、少し元気がでますよ」

 サリンジャーさんは、少しはにかんで受け取った。

「ありがとうございます」と言っているのに、ゲイツ様が睨んでいる。

「ペイシェンス様、私へのチョコレートでは無いのですか?」

 大人気ないね!

「バーンズ公爵家からチョコレートは届いている筈ですわ」

 不満そうに唇を突き出した。

「前は2箱だったのに、1箱しか届かなかったのです」

 それは、王妃様に渡すチョコレートを食べたからでしょう。バーンズ公爵夫人が直接渡したんだと思うよ!

「後で、お屋敷に届けさせますわ」

 そう言わないと、サリンジャーさんに強請りそうなんだもの。

 にっこりと笑って「ありがとうございます」と言うけど、本当に今回だけだよ。


 昨夜に引き続き、浄化の魔法陣を考える。ゲイツ様も色々とアプローチを変えて、考えているみたい。

 私も考える。ゲイツ様に言われたからじゃないけど、普通の考え方では浄化の魔法陣はできないのかも?

 だって、それならもう誰か、私より魔法陣をずっと研究している人が作っているよね?

 ゲイツ様が真面目に集中しているので、私はコソッと前世の浄化について考える。

 食物工場とかでは、調理場に入る前にエアカーテンを通ったりしていた筈。

 それと、殺菌といえば紫外線だった。でも、紫外線は目や肌には悪いんだよね。

「ああ、卵の浄化なら紫外線でできそう!」

 今回のサンドイッチを作る卵も私が浄化しておいたんだ。

 特にマヨネーズは生卵に酢と油を混ぜて作るからね。

 

「ペイシェンス様、また違う発見ができたようですね! でも、紫外線とは何でしょう?」

 えええ、紫外線を知らないの?

「ゲイツ様は虹を見られた事はないのですか?」

 ムッとした顔で「見たことありますよ!」と言う。

「では虹は何色ありますか?」

 これ、国によって違うって知らなかったんだ。

「外側から赤・橙・黄・緑・青・藍・紫でしょう?」

 あっ、ゲイツ様は私と一緒だね! 良かった。暖色系と寒色系の2色とか言われたら、説明がしにくい。

「その赤の外にあるのが赤外線、紫の外にあるのが紫外線です。昨夜作ったサーモグラフィースクリーンは赤外線を使っているのです。そして、紫外線は殺菌作用があります。洗濯物を太陽光に当てると嫌な匂いがしなくなるのは、その効果なのです」

 ゲイツ様が驚いているけど、昨夜サーモグラフィースクリーンを作ったじゃん!

「えええ、初耳です。太陽の光には魔素が含まれているのは、知っていましたけどね」

 そちらは、夏休みにゲイツ様に聞くまでは知らなかったよ。

「この紫外線を卵に当てる機械を作ったら、より安全に卵を食べられるようになるのです。今日、持ってきたサンドイッチに使っているマヨネーズは、私が卵を浄化して作りました。浄化できないと、生卵に殺菌効果のある酢を混ぜても、少し怖いですからね」


 ゲイツ様と卵の浄化機を作る。ちょっと横道に逸れているけど、浄化の魔法陣を作るヒントになれば良いな。

「ええっと、珪砂と鍋と釜が欲しいわ!」

 プリズムがあった方が紫外線を説明しやすいからね。

「錬金術室にならありますけど、そこには錬金術師達がいっぱいですからね」

 それは遠慮したいと思っていると、ゲイツ様がベルを鳴らす。

 いつもはサリンジャーさんが来るけど、違う上級王宮魔法使いが来た。フードを深く被る。

「錬金術釜の小さいセットと珪砂を持ってきなさい」

 へぇ、小さい錬金術釜ってあるんだ! 便利そう! 寮に欲しいかも?


 錬金術釜の小さなセットって、卓上コンロと小鍋っぽい。

 鍋物、食べたくなったよ。今朝はめっきり寒くなったからね。

「ペイシェンス様、また何か美味しそうな物を考えていますね!」

 ああ、気をつけよう! 考えがダダ漏れだ。

「珪砂を固めて、プリズムになれ!」

 よく知っている三角形のプリズムができたよ。


「ふうん、綺麗ですが、どうするのですか?」

 えええ、虹を作って遊ばなかったの?

「こうして光を集めると、ほら虹ができるでしょう! この紫色の内側に紫外線があるのです」

 ゲイツ様ときたら、私の手からプリズムを取って、壁に虹を作って繁々と見つめている。

「ああ、魔素は紫外線とやらにいっぱい含まれていますね!」

 それは知らなかったよ! まぁ、前世には魔法は無かったからね。

「ペイシェンス様? 何か変な事を考えておられます? 濁ってよくわかりませんでしたが、とても興味深い感じがします」

 これは考えては駄目だ! そうだアニメの思考シールドだ! 精神的な防衛魔法を咄嗟に掛ける。

 火事場の馬鹿力で、前世のアニメを思い出してイメージの元にする。

「ペイシェンス様、ちゃんと防衛魔法が掛けられるじゃないですか! 素晴らしい進歩ですが、私に何か隠し事をしようとしているのは、いただけませんね」

 こんな時に便利なのは「乙女の秘密ですわ!」のフレーズだよ。


「そんな物とは違う感じでしたが、仕方ないですね。紫外線とやらが魔素を含んだ光線なら、何とかなりそうです」

 そう言うと、魔法陣をサラサラと書く。ここらへん、悔しい! 私も書けたら良いな。

「一人鍋とかなら、こちらでも受け入れられるかな?」

 私は、一人鍋を考える。コンロの魔法陣はあるから、上に小さな鍋をつけたら良いだけだよね。

「チーズフォンデュとかもできそう!」

 パンや野菜やウィンナーを刺すスティックもデザインする。

 

「ペイシェンス様、それは鍋と刺す棒みたいですが、何の料理に使うのですか?」

 ゲイツ様は、もう紫外線を当てる魔法陣を書き終えたみたい。早いよ!

「この小さな鍋にスープを入れて、具材を炊いて卓上で食べるのです。このスティックは、チーズを溶かした鍋に、パンや野菜やウィンナーを刺して入れて食べる時に使います」

 ゲイツ様の目が輝く!

「これから寒くなるから、暖かい料理は良いですね! それを作って夕食にしましょう!」

 チーズフォンデュ! 良いなぁ!


「ゲイツ様! ペイシェンス様!」

 いつの間にかサリンジャーさんが戻っていた。 

 門に行って、サーモグラフィースクリーンの設置を監督したら、本当にすぐに帰ってきたんだね。

「おお、サリンジャー! これで卵を浄化できるようになったから、安心して食べられるぞ」

 一人鍋は横道に逸れていたから、叱られたけど、こちらは凄く褒めてくれたよ。

「卵の浄化ができるなら、人間の浄化もできそうですね!」

 ううん、紫外線って目や肌に悪かったような?

「魔素を含んだ光線を当てるのだが、大丈夫だろうか?」

 ゲイツ様も考えている。

「魔素って、全員がいつも浴びていますよね?」

 太陽光の中に魔素があるなら、常に浴びていることになる。

「だが、それを集めて凝縮するのを浴びるのは違うかもしれない。こんなアプローチではなく、もっと別な方向から攻めないといけない」

 確かにね! ここは魔法が有る世界だもの。違うアプローチをするべきなのかも?

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