第55話 王都に流行病をいれない!

 夜のうちに王都から検疫の手伝いの魔法使いと、外務省の役人が到着したみたい。

 メアリーが教えてくれたけど、私は、大量の上級回復薬を作ったのと、魔法が暴走しかけたので、疲れて爆睡していて気づかなかったよ。

「いつ、王都に帰れるのかわからないわね」

 メアリーは「仕方ありません」と諦めている。

「さぁ、朝食に行って下さい」

 やれやれ、食堂にはいっぱい人がいるんだろうな。少し気が重い。

 

「ペイシェンス様、こちらにいらしたのですね」

 あっ、サリンジャーさんが派遣されたの?

「サリンジャー様、検疫の手伝いですか?」

 ハハハとサリンジャーさんが乾いた声で笑う。

「いえ、流行病を王都に入れないように検疫を徹底しないといけないのに、肝心の王宮魔法師がいないので連れ帰りに来たのです」

 それは、怒っても当然だよ。

「王都より、港の検疫の方が重要だとは思わないのか?」

 ゲイツ様は、朝食に干貝柱粥を食べている。レシピは渡していたけど、朝から料理人に無理を言ったんじゃないよね?

「貴方は、王都でローレンス王国全土の指揮を取るのが仕事です。美味しい料理にこだわっている場合ではありません」

 それもそうだよね。魔法省から魔法使いが派遣されるなら、ゲイツ様は王都で指揮を取るべきだよ。

「でも、友達のペイシェンス様が心配だから……」

 あああ、サリンジャーさんの堪忍袋の緒が切れた。

「ゲイツ様!」

 色々と言うより、一言の方が堪えるよ!

「では、ペイシェンス様と一緒なら王都に帰っても良い。水曜はペイシェンス様の誕生日なのだ! 友達として、お祝いしたい」

 ええっと、国家的危機と私の誕生日を同列に語らないで下さい。

「わかりました。ペイシェンス様、どうかゲイツ様と王都にお戻り下さい。本当に、早く帰らないといけないのです!」

 ああ、サリンジャーさんの圧が強いよ。

「お友達も一緒で良いのなら帰りますわ」

 あれっ、このフレーズはゲイツ様と似ている? ゲゲゲ、やめて! 似てないよね?


「ああ、ペイシェンス様の友達もちゃんと浄化してあるから、大丈夫ですよ」

 うん? 何か引っかかった。何だろう?

 もやもやするけど、何が引っかかったのか分からない。

「ペイシェンス様? 何か凄いことを考えていますね! もう少し、深く考えてごらんなさい!」

 ゲイツ様に言われて、何に引っかかったのか考える。

「ゲイツ様、私の友達を浄化してあるから大丈夫だと言われましたよね? あああ、そうだわ! 流行病を発症する前の人を浄化すれば、広がるのを止められるのよ!」

 ゲイツ様とサリンジャーさんが「何が言いたいのか?」って顔をして私を見ている。

「王都の門に、浄化する魔法陣を掛けておけば良いのでは? そこを通る人を、全員浄化すれば王都に流行病は入らないわ! 勿論、もう発症している人は隔離しなくてはいけませんけど」

 ゲイツ様が席から立ち上がって、私を抱きしめた。

「やはり、ペイシェンス様は私の後継者になるべきなのです! 浄化する魔法陣の開発は間に合わないかもしれませんが、門に魔法使いを派遣して、通る人を浄化させましょう!」

 サリンジャーさんも呆然としていて、私を抱きしめているゲイツ様を止めてくれない。

「ゲイツ様、離して下さい!」

 自分でビシッと叱っておく。


「ああ、失礼しました。私には思いつかない解決策でしたから、とても興奮してしまったのです。それと、昨夜、屋敷に掛けていた変わった防衛魔法を王都に掛けるのも有効ですね!」

 えええ、屋敷に掛けるだけでも疲れたのに、王都に掛かるの?

「ペイシェンス様だけに掛けさせたりしませんよ。遣り方を見せて下されば、私が掛けましょう」

 おお、流石、王宮魔法師だよ! と、とても尊敬したのに……次の台詞でがっかりだよ。

「だから、チョコレートバナナを作って下さい!

 バースデーケーキも食べたいです」

 サリンジャーさんは、聞かなかった事にするみたい。

 ゲイツ様の副官を勤めるには、スルー力が必須だね。

「その王都に流行病を入れない防衛魔法を掛けるなら、すぐに出発しましょう!」

「乾物が……」と騒ぐゲイツ様に、サティスフォード子爵が「お礼にたっぷりと贈ります!」と約束する。


 私達も一緒に王都に帰る事になり、慌ただしく馬車に乗る。

「サティスフォード子爵、お世話になりました」

 お礼を言うと「こちらこそ、助かりました」と礼を言い返されたよ。

「サティスフォード子爵、干し鮑、干貝柱、干し海老、フカヒレ! お願いしますよ!」

 サティスフォード子爵は、領地に流行病が広がるのを止めてくれたゲイツ様には、感謝してもしきれないのだけど、複雑な顔で二度目の約束をした。


 王都に帰る馬車は、ゲイツ様、サリンジャーさん、私、メアリーだ。グレアムはいつも御者台を確保している。

 二台目にパーシバル、ラッセル、フィリップスと従僕達だ。従僕達は、交代で馬に乗るみたい。

 それに、馬車の前後にはマントの色で分かったけど、第一騎士団が護衛に付いているみたいだ。

 サリエス卿はいなかったけど、第一騎士団っていつもは王都にいる筈だけど?

「ペイシェンス様、第一騎士団が護衛して一刻も早く帰還しなくてはいけない事態なのです」

 サリンジャーさんの説明で、大事なのだと実感が湧いてきた。

「サリンジャー、ペイシェンス様を脅かすな! まだ王都に流行病は入っていない。それに、なんとか養鶏場の浄化も間に合った。前みたいな事にはならないから大丈夫ですよ」


 なら、良いのだけど……少しホッとしたら重大な失敗を思い出した。

「あああ……弟達へのお土産を買い損ねていたのです。だから、作ろうと思っていたのに、上級回復薬を作ったり、検疫の手伝いをしていて、作っていませんわ。どうしましょう!」

 私が落ち込んでいるのに、サリンジャーさんが、変な事を言ったよ。

「ペイシェンス様は、ゲイツ様によく似ておられますね」

 酷いよ! 似ていません!

「そうだろう! ペイシェンス様は私の魂の伴侶だと思うのだ」

 やめてぇ! 

「弟達へのお土産を買い損ねたのと、自分の為の乾物を買うのとは意味が違います! お土産を買って帰ると弟達に約束したのですから」

 ちゃんと違うと主張しておく。

「いや、この非常事態なのに、お土産の心配をする心の余裕がある所が、ペイシェンス様はゲイツ様に似ておられるのです。このくらいの逞しさがないと、王宮魔法師の弟子にはなれないのでしょう」

 えええ、王宮魔法師の弟子じゃ無いよね?


「ええ、他の人なら、真っ青になっていますよ。それでは、上手く魔法も掛けられません。ペイシェンス様なら、冬の魔物討伐に行けば、攻撃魔法の練習になると思うのですが……」

 あんな小屋みたいな大きさのビッグボアとか討伐したく無いよ。

「もしかしてゲイツ様も参加されるのですか?」

 にっこり笑って「勿論!」と言い切る。

「ハッ、もしかして魔物の肉が目当てなのでは?」

 ゲイツ様の目が泳いでいる。やはり、そうなんだね!

「ペイシェンス様、冬の魔物討伐を行わないと、村が襲われて死人が出ます。これは、騎士や魔法使いの義務でもあるのですよ」

 サリンジャーさんが、私を立派な魔法使いにしようとしている気がする。

「でも、私は魔法使いではありませんわ」

 サリンジャーさんが驚いている!

「えええ……でも、防衛魔法をゲイツ様から習っていますよね?」

 それは陛下に命じられたからだよ。まぁ、役に立っているけどね。

「ペイシェンス様、良い加減、文官コースなんかやめて、魔法使いコースに転科しましょう!」

 そこから、二人から魔法使いコースの素晴らしさを延々と聞かされる羽目になった。


 途中の休憩の宿で「お願いです! 馬車を代わって下さい!」とパーシバル達に頼んだが、誰もゲイツ様と同じ馬車には乗ってくれない。

「何かされたのですか?」

 パーシバルは心配そうだけど、それでも代わってくれないんだよ。

「サリンジャー様と二人がかりで、魔法使いコースの素晴らしさをアピールされているのです。それに冬の魔物討伐に誘われて困っています」

 ラッセルは、魔物討伐なんか無理だろうと笑っている。

「ペイシェンス嬢、魔物討伐は馬に乗らないといけないのでは?」

 フィリップス、それは無理だよ!

「パーシバル様、馬に乗って討伐に行くのですか?」

 パーシバルは、当たり前だと質問の意味が理解できないみたい。

「なら、絶対にお断りだわ! 乗馬して討伐なんかしたくありませんもの!」

 絶対に断ろう! 決心したよ。なのに三人は爆笑している。酷い!


「弟達へのお土産も買っていないし、最悪だわ!」

 私の本心からの嘆きだけど、三人は理解してくれない。

「弟君達も、この状況ですから理解してくれますよ」

 フィリップスすら、わかってないよ! ぷんぷん!


「なければ作れば良いのよね!」

 宿の人に水の入ったグラスを一つ貰う事にする。

「ええ、宜しいですけど、普通のガラスのコップですよ」

 これで、ちょっとしたお土産はできるよ!

「何をされるのですか?」

 パーシバルが不安そうだ。

「弟達にお土産を作るのです」

 髪飾りを取って、何個か半貴石のビーズをつけている糸を糸切り歯で切る。

 ちょっとお行儀が悪いかな? でも、透明なだけでは面白く無いんだ。

 緑と青の半貴石を数個、グラスに入れて「ぽっぺんになれ!」と強く唱える。

 本当なら溶かしてから、錬金術するのに無茶なのは分かっているけど、お土産が作りたかったんだよ。

 かなり魔力を吸い取られたけど、ぽっぺんが二つテーブルの上に転がっている。

 一つは青の斑点が多いし、もう一つは緑の斑点が多い。

「良い感じになったわ!」

 見ていた三人が「これって、錬金術なのか?」と首を傾げている。


「それは何ですか?」

 他のテーブルにサリンジャーさんと座っていたゲイツ様がやってきて、ぽっぺんを手に持つ。

「えっ、知りませんの? これは、ぽっぺんですよ」

 全員が知らないみたい。無いのかな?

「こうして、息を吹き込むと、薄いガラスが膨らみ……ポッ……離すと……ペン!」

 全員に爆笑された。

「面白いですね!」

 ゲイツ様ときたら、ぽっぺんに夢中だけど、それは弟達へのお土産だからね! あげないよ!

「なんだか、ペイシェンスと一緒にいると流行病なんか恐れるに足らない気がするよ」

 ラッセル、それは無いよ! 私はちゃんと流行病に備えて上級回復薬も備蓄しているし、上級薬草も植えているんだよ。

 

 誰も馬車を代わってくれなかったので、王都までゲイツ様と一緒だったけど、無茶な錬金術でかなり魔力を使ってしまったので、メアリーにもたれて眠ってしまった。

 ぽっぺんは、ハンカチに包んでメアリーが持っていてくれたから大丈夫だったけど、やはりプチプチを作ろう! 

 

 王都の門には馬車や人々の長い行列ができていた。流行病の検疫が始まっていたのだ。

「ああ、非効率だな!」

 ゲイツ様が苛っとしている。

「だから、早くお帰りにならないといけないのです」

 サリンジャーさんの言うことは尤もだよ。


「申し訳ありませんが、先に王宮に行きます。その後で、屋敷に馬車を回します」

 それは当然だよ。門は第一騎士団が列を退かせて入ったけど、大渋滞だったもの。

「あっ、後でペイシェンス様には流行病が王都に入らないようにする防衛魔法を教えて貰いたいので、迎えを寄越します」

 えええ、やっと、弟達に会えるのに! でも、流行病を王都に入れない為だもの、仕方ないね。

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