第54話 願望は危険!

 晩餐のドラが鳴った。サティスフォード子爵家は客人が多いから、こうして晩餐の時間を知らせるんだ。

 夏休みは身内だけだったから、ドラなんて鳴らしていなかったよ。

 食堂の前の部屋には、ワンさん、アルーシュ王子、パーシバル達、そしてゲイツ様が待っていた。

 ここには女一人だから、全員が私が来ると席を立つ。アルーシュ王子もワンさんも、こちらのマナーを学んでいるみたいだ。


 食卓にはドロースス船長の姿がない。

「ドロースス船長は、モース港の封鎖をする為に急いで出航された。間に合うと良いのだが」

 サティスフォード子爵は、自領はなんとか数人の罹患者と数十人の濃厚接触者の隔離が間に合って安堵している。

 私もリュミエラ王女の祖国に流行病が広がらないようにと祈る。

「エステナ神、どうか流行病が広がりませんように!」

 屋敷に掛けていたバリアが急に広がった。わっ、魔法の暴走だよ!

「ペイシェンス様!」

 すぐに察知したゲイツ様が、席を立ち、パンと私の背中を叩いた。

「何をされるのです!」パーシバルが怒って立ち上がっている。

「ああ、パーシバル様、私の魔法が暴走しかけたのをゲイツ様が止めて下さったのです」

 ゲイツ様は、心配そうに私の顔を見ていたが「大丈夫そうですね!」と席についた。


「だいたい、いつも詠唱を良い加減にしているから、魔法の暴走が起こるのですよ! やはり魔法使いコースを選択して、基礎から学び直した方が良いです」

 ああ、耳が痛い。マキアス先生や父親にも言われていたのに、このところ具体的な詠唱をするのをサボっていたよ。

 パーシバルも背中を叩いたのは、私の魔法の暴走を止める為だと知って、ゲイツ様に謝っているけど、指でちゃいちゃいして受け流している。


「それより、晩餐を始めて下さい」

 サティスフォード子爵が執事に合図すると、海老と馬糞雲丹のゼリー寄せの前菜が出た。

「うん、美味しいですが、これなら食べたことがありますよ」 

 ある意味、アルーシュ王子より偉そうだね。


「ゲイツ様、次のスープを飲んでから文句を言って下さい」

 ゲイツ様の銀色の目が光る。

「ふふふ……楽しみです!」

 昼間のスープに似ているけど、今回は少し違うよ。糸に似ているけど、違うものだよ。

 料理人が変わった乾物を持っていたんだ。その使い方は知らなかったようだけどね!

「うむむむむ……これは海のエキスですね! それにこの糸みたいな物は、エキスを吸ってなんとも言えない歯ごたえだ!」

 ワンさんは気づいたみたい。

「これはフカヒレ! 皇帝陛下の宴会に出される高級食材です」

 皆、完食だよ。


美麗メイリン様にもお出ししています。お口に合えば良いのですが」

 ワンさんは、とても嬉しそうに頷いている。

「これなら弱っていても口にされるでしょう。ペイシェンス様のご厚情には感謝に堪えません」

 いや、料理したのはサティスフォード子爵家の料理人ですからね。

「あの凶暴な人喰い鮫シャークがこんなに美味しくなるとはな! 今度から見つけ次第、討伐だ!」

 アルーシュ王子は、キース王子やオーディン王子と気が合いそうだよ。是非、初等科になって欲しい!

「ああ、これがペイシェンス様が言われていた料理ですね!」

 満足そうなゲイツ様だけど、まだまだあるよ!


 執事が干鮑のクリーム煮を持ってきた。

 ガタン! とワンさんが立ち上がった。

「これは! 私の大好物なのです。カルディナ帝国を去る時、二度と食べられないと思っていたのです」

 えええ、泣かなくても良いじゃん。中年男に泣かれると困るよ。

「先ずは食べてみましょう!」

 ゲイツ様は、我関せずだね。

「うむむむむ……これは! やはりペイシェンス様は私の魂の伴侶です。これほど私の好みを熟知されているのですから!」

 美味しいのは、全員が感じているよ。

「その説によると、ペイシェンスは私の妻になるべきだな。これほど私の好みに合う料理を用意させるのだから」

 ヤンキー・レゲエ王子に助けられたよ。ゲイツ様の言い方に文句をつけたそうな人もプッと笑っている。

「これらは乾物で作られているのです。つまり、王都ロマノでも楽しんで貰えます」  

 ああ、明日はゲイツ様が乾物を買い占めている姿しか想像できないよ。


 ゲイツ様は海老カレーで泣いていた。

「美味しい! おかわりをお願いします」

 横のアルーシュ王子は、複雑な顔をしてゲイツ様を見ている。

 多分、バラク王国では優れた術師はこんな風じゃないのだろう。言っておくけど、ゲイツ様だけだから!

 海老カレーをもう一度お代わりしそうなゲイツ様を止める。

「デザートも美味しいですわよ」

 ハッと銀色の目を輝かす。

「ペイシェンス様の新作デザートですね!」

 そう、あの果物とカカオ豆があるんだからね!

 先に港から帰ったから、メアリーに頼んで途中まで加工したのを部屋に持って来てもらったんだ。

 デザートの前の鮑のステーキも絶品だ。ゲイツ様はお代わりするのを我慢している。


「デザートはバナナチョコレートクレープです」

 スライスしたバナナ、チョコレートと生クリームを挟んだクレープだ。

 前世で一番好きだったクレープだよ。

「うむむむむ……これは美味しい!」

 デザートのお代わりをしているよ。

「これがチョコレートバナナか! 美味しいな!」 

 ラッセルは一気に食べている。

「いえ、これはチョコレートバナナクレープですわ。私が考えているチョコレートバナナは別にあります」

 ゲイツ様が椅子から立ち上がる。

「ペイシェンス様、そちらも食べたいです!」

 我儘言うよね! クレープもお代わりしているのに!

「それは、王都に帰ってから作りますわ。他のレシピも考えていますから」

 お座り下さい! と叱る代わりに、新作スイーツをチラつかせる。

 バナナチップも美味しいし、バナナチョコレートサンデーも食べたいな!

「ああ、ペイシェンス様が私を苦しめて楽しんでおられる。魔法の詠唱は酷いのに、スイーツの名前はなんて魅惑的なのでしょう」

 悶絶しているゲイツ様を食卓に残して、私は席を立った。パーシバル達もサロンに避難したよ。

 

 若手ばかりの集まりなので、ソファーに座って本音が出る。

「ゲイツ様は、とても変わったお方だな」

 先ずは、よく知らないラッセルからだよ。

「ペイシェンス様はゲイツ様から防衛魔法を習っておられるのですよね。いつも、あんな感じですか?」

 わっ、パーシバルも厳しいね。

「いえ、授業はとても真面目にされますわ。多分、副官のサリンジャー様が見張っておられるからだと思いますけど」

 フィリップスは夏休みのゲイツ様の奇行を見ているからね。プッと吹き出した。

 王都に連れ帰るサリンジャーさんを思い出したみたい。

「まぁ、ペイシェンス嬢は、チョコレートという強みがありますからね」

 そうなんだよね! でも、早くバーンズ商会にチョコレートを作って欲しいよ。


 ラッセルが少し考えてから口を開く。

「なぁ、ペイシェンスは何の魔法を暴走しかけたのだ? 魔法の暴走なんて、そんなの危険じゃないのか?」

 ああ、それはねぇ……困ったな。

「ラッセル、他の人の魔法について質問するのはマナー違反だぞ」

 フィリップスが叱っているけど、これからも暴走する事があるかもしれない。その時は、止めて欲しい。

「ラッセル様、あれは私が悪いのです。前も温室がもっと広ければと願って、魔法が暴走して広がったのです。魔法を唱えた訳ではなかったのに」

 フィリップスは、経営1の課題で私に難癖を付けたのを思い出したようだ。

「ペイシェンス嬢と知り合う切っ掛けになった温室問題ですね!」

 ラッセルも思い出したのか、笑っている。パーシバルは、知らないから、ラッセルが説明しているよ。

「ペイシェンスの言葉を疑ったのを謝ってから、フィリップスは嬢呼びを続けているのだ」

 パーシバルは、何故、フィリップスだけが嬢呼びなのか理解して笑っている。

「あの時、父とマキアス先生に、成長期で魔力も増えているから、当分は無詠唱はやめるようにと言われたのに、このところつい無詠唱で掛けていたの」

 三人に叱られちゃった。


「で、何の魔法を暴走させ掛けたのだ?」

 ラッセル、マナー違反だと言われたでしょ。

「この屋敷に防衛魔法バリアを掛けたの。流行病が中に入って来ないように! ってね」

 三人が驚いている。

「そんな魔法があるのですか?」

 あるんじゃないの? 知らないけど。

「ペイシェンス嬢、やらかしましたね!」

 フィリップス、無いの?

「それで、どう暴走しかけたのですか?」

 パーシバル、顔がマジだよ。

「ドロースス船長がモース港に急がれたと聞いて、リュミエラ王女の祖国に流行病が広がらないようにとエステナ神に祈ったら、バリアが急速に広がって……ゲイツ様が止めて下さったのです」

 三人が大きな息を吐いた。

「ゲイツ様に感謝しなくては! あのままでは魔力が枯渇していましたよ」

 パーシバルが珍しく大きな声を出した。

「ペイシェンス! お前は馬鹿か! コルドバ王国までどれほど離れているか、地理の修了証書を返納しなくちゃいけないぞ」

 ラッセルに叱られちゃったよ。

「コルドバ王国の民の事を心配されたのはわかりますが、あまりに無謀です」


 いや、そんな大それた事は考えていなかったよ。

「フィリップス様、私は祈っただけです」

 あああ、三人の目が怖い!

「さっき、温室を広げた時も願っただけだと言われましたね。祈りは危険です! 祈りは願望でもあります。ペイシェンス嬢、本当に気をつけて下さい」

 フィリップスは、ナシウスが居なくなった時の当事者だもんね。

 私が呼び寄せたのも知っている。その時も、エステナ神に祈ったのだ。

 でも、その祈りは願望だ。

『私の愛しい弟を我が手に返して!』

 エステナ神に縋っていたけど、願望には気をつけなきゃいけない。

 私はただの貧乏貴族の令嬢だ。世界を救う力も無いし、する気もない。

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