第10話 音楽系クラブ

 パーシバルに手にキスをされてドキドキしたけど、4時間目の終わりの鐘がなって、私はマーガレット王女とリュミエラ王女がいる裁縫室に急ぐ。何故か、パーシバルも一緒だ。

「あのう、パーシバル様も一緒にクラブ巡りをされるのですか?」

 昨日、話していた時は、私に付き添いをするようにと頼んでいる感じで、パーシバルは来ないんだと思っていたけど。

「私はペイシェンス様の騎士ナイトですから、一緒に行動できる時は付き添いをしたいと思っています」

 わぁ、わぁ、そんな事を言われると頬が赤くなっちゃうよ。なんて、呑気な事を言っている場合ではなかったのだ。裁縫室には女学生がいっぱいいた。

「ペイシェンス、パーシバル、来てくれたのね。リュミエラ様、パリス様は音楽クラブに直接行かれると言われていたから急ぎましょう」

 マーガレット王女とリュミエラ王女がいらっしゃるから、直接、私に『何故、パーシバル様と一緒に来たのだ?』と尋ねる女学生はいなかったけど、視線が突き刺さるよ。

「マーガレット王女、音楽クラブの鍵は持っていらっしゃるのですか?」

 クラブハウスの鍵は、普段はアルバート部長とルパート副部長が持っている。いつ借りたのかな?

「それが、アルバートに借りようとしたら、パリス様がハノンを弾くなら聴きたいなんて言い出したのよ。まぁ、手間が省けて良いのだけど」

 ああ、アルバート部長とはラフォーレ公爵家に招待された時以来会っていない。なんとなく気まずい。

「それと、ペイシェンスの新しいコーラスとの合奏曲について、つい話してしまったの。オーケストラの楽譜とコーラスの歌詞を作ってもらわなきゃいけないと思って焦ってしまったの」

 それは良いんだ。アルバート部長に丸投げする気だったからね!

「いえ、私はオーケストラの楽譜は書けませんから、かえって助かりますわ」

 なんて話しているうちに音楽クラブに着いた。

「あら、パリス様はもういらっしゃっているみたいだわ」

 マーガレット王女がにこやかに微笑みながら、リュミエラ王女と音楽室に入る。相変わらずクラブハウスというよりはサロンに見えるね。

 猫足のソファーに脚を組んでパリス王子が寛いでいた。やはり王族って優雅だね。

「アルバート、今日はクラブ活動の日ではないのに、開けてもらって悪かったわね」

 一応、マーガレット王女がアルバート部長にお礼を言う。

「いや、新入部員は常に歓迎だから、それは良いのです。さぁ、パリス王子、ハノンでもリュートでもお好きな楽器を弾いて下さい」

 ああ、あれは私の新曲を早く聴きたいって顔に出ているよ! でも、まぁ、他国の王族の前だから、一応は我慢したのかな? マーガレット王女だけだったら『新曲を聴かせろ!』と挨拶抜きで騒ぎそうだもんね。

 マーガレット王女、リュミエラ王女、パーシバルと私が座ると、パリス王子がハノンの椅子に座った。

「では、折角、ローレンス王国に留学したのだから、この国の音楽家の曲にしましょう」

 余裕でハノンの難曲を弾いているパリス王子は絵になるね。それになかなかの腕だ。

「まぁ、とても上手ですわ!」

 マーガレット王女が褒めている。これはかなりやばい。音痴なら、少し醒めるんだろうけど。

「パリス王子、音楽クラブでは新曲を作るのも活動に含まれていますが、それも大丈夫でしょうか?」

 まぁ、あれだけ弾ければ合格だよね。アルバート部長の質問に「ええ、即興で宜しければ」と短い曲を弾いた。洒落た感じで、パリス王子らしい曲だ。

「アルバート、問題ないと思うわ」

 マーガレット王女の緑の目がキラキラしている。音楽愛だけでは無さそうだよ。ふぅ……

「ええ、パリス王子が望まれるなら、音楽クラブは歓迎いたします」

 これで、火曜と木曜は音楽クラブにパリス王子が来るのが決定だ。まぁ、どうせマーガレット王女と一緒だから、お邪魔虫だけプラスになる感じかな?

「マーガレット様、よろしくお願いします」

 パリス王子がマーガレット王女と仲良く話しているけど、こちらはアルバート部長にきゃんきゃん言われている。

「ペイシェンス、夏休み中にコーラスとの合奏曲を作ったとマーガレット様から聞いた。それ以外も作ったのか? さぁ、弾きなさい!」

 ちょっとだけ他国の王族がいたから、礼儀を守っていたけど、やはりアルバートはアルバートだよ。

「合奏曲と言っても、ハノンの楽譜しか書けません。それに歌詞もイメージだけで、そちらはお任せしても良いのなら」

 先に言っておくよ!

「とにかく、早く弾くのだ!」

 やれやれ、このノリは久しぶりだよ。音楽クラブに来た気がする。

 私は、ベートーヴェンの第九のコーラスとの合奏部分を弾いた。

「ペイシェンス、やはりお前は天才だ!」

 アルバート部長が私の前に跪いて、手を取ろうとしたけど、パーシバルが素早く間に入った。

「アルバート、興奮するのはわかるわ。とても素晴らしい曲ですからね。でも、私の側仕えの手に簡単にキスなんかしては駄目よ」

 アルバート部長は、邪魔したパーシバルを少し睨んでいたが、マーガレット王女の言葉に頷く。やれやれ、この場で何度目かのプロポーズをされなくて良かったよ。

「この曲を収穫祭のメインにしよう!」

 それはいいけど、コーラスクラブはどうかな? 特にアルバート部長は、コーラスクラブの部長と揉めていたからね。

「本当に素晴らしい曲ですね。マーガレット様の側仕えに選ばれるだけある」

 パリス王子は、私を褒めながらも、その側仕えをもつマーガレット王女を褒め称えている。これは、なかなか恋愛テクニックの上級者だよ。

「これから、リュミエラ様をグリークラブに案内するの。明日はコーラスクラブへ案内するつもりよ。ついでだから、この件も話してみたらどうかしら?」

 コーラスクラブがどうでるか分からないけど、グリークラブにも話してみて、それも含めて選ぶ基準にしたら良いのかも? 

「さぁ、まいりましょう」

 スッとパリス王子がマーガレット王女をエスコートする。あらら? リュミエラ王女の付き添いが留学の理由だったと思うけど?

「アルバート部長、リュミエラ王女をエスコートして下さい」

 そう言うと、パーシバルは私に腕を差し出す。

「では、リュミエラ王女、どうぞ」

 アルバートは、何故こうなったのか? って疑問が少し顔に出ていたけど、他国の王族に失礼な態度は流石に取らない。まぁ、チャールズ様に仕込まれているのかもね。


 本当は王妃様が推しているコーラスクラブから見学したかったけど、今日は活動日じゃない。こういう事って運もあるよね。

「ご機嫌よう。少し見学させていただいても宜しいかしら?」

 グリークラブのマークス部長は、少し驚いたみたいだけど、和やかにマーガレット王女やリュミエラ王女に椅子を勧める。グリークラブの椅子は普通の木のベンチだけどね。

 パリス王子がマーガレット王女の横に座り、リュミエラ王女が私を手招きするので横に座った。

 その横にパーシバルが座ったけど、アルバート部長は興奮して収穫祭について話している。

「マークス、収穫祭の出し物は決まったのか?」

 マークス部長は、いきなりの質問に戸惑っているみたい。

「青葉祭の『アレクとエリザ』が好評だったし、それを見逃した学生から再演を頼まれているのだ。あのままでは長いから、ダイジェスト版をやろうかと考えている。何か、新曲でも提供してくれるのか?」

 餌に飛びつく勢いが凄いよ!

「まぁな。コーラスとの合奏曲を披露しようと思っている」

 わっ、ここにも音楽馬鹿がいるよ!

「それは是非聴かせてほしい!」

 ちょっとぉ、今はリュミエラ王女がグリークラブの見学に来ているんだよ! 

「リュミエラ様、良いかしら?」

 マーガレット王女が気をつかっているけど、リュミエラ王女はくすくす笑って許可する。

「ええ、音楽に対しての情熱を持たれているのがわかりますわ。後で、練習を見せていただきます」

 ほら、こちらは大人の対応だよ!

「ペイシェンス、弾いてくれ!」

 アルバート部長に言われて第九を弾く。

「これとコーラスの合奏か! 素晴らしい!」

 グリークラブのマークス部長は乗り気だね。

「ペイシェンス、この曲のタイトルは何だ?」

 アルバート部長に尋ねられる。第九とは言えないよね。

「これは『歓喜の歌』です。人生を生きる喜びと神への感謝を込めた曲なのです」

 ドイツ語だったから、歌詞は知らないけど、ネットで検索した内容はそんな感じだったような気がする。

「おお、素晴らしい!」なんて、アルバート部長は興奮しているけど、オーケストラパートと歌詞は自分で作るんだよ。

「マークス部長、グリークラブの練習を始めていただきたいのだけど……」

 アルバート部長と二人で盛り上がっているマークス部長は、マーガレット王女の言葉でハッと我に返る。

「ああ、失礼しました。では、収穫祭に出そうかと思っている『アレクとエリザ』のダイジェストからエリザのアリアをカトリーナ歌ってください」

 あっ、この女学生は、青葉祭でも主役のエリザを演じていた。綺麗な透き通るような高音の声ソプラノが素晴らしい。

「何度、聴いても涙が出るわ」

 音楽に感受性が強いマーガレット王女はハンカチで涙を拭っている。リュミエラ王女も目が潤んでいるよ。

「これは、素晴らしい!」

 パリス王子は拍手して褒めている。歌ったカトリーナは、頬を染めているよ。

「他のダンスと組み合わせるシーンも見せて欲しいわ」

 その他大勢のダンスは、ダンスクラブの協力があったけど、主役達のダンスもあるよ。

「では、アレクとエリザの出会いのシーンを! カトリーナとマキシム、お願いするよ」

 若い恋人達の出会いのシーンは、ダンスは少しだけで、二人が交互に歌って恋の始まりの華やいだ歌を盛り上げている。

「素晴らしいわ!」なんて、マーガレット王女は拍手しているけど、王妃様がコーラスクラブを推しているの忘れちゃったかな?

「ダンスと歌、素敵だわ。歌と劇のオペラとはまた違った魅力があるわ」

 ほら、リュミエラ王女の目も輝いているよ。

「マークス部長、見学させて下さり、ありがとうございました」

 リュミエラ王女がお礼を言って、引き上げるけど、明日のコーラスクラブに勝ち目は無さそうな気がするよ。だって、私ですら、グリークラブの熱気に当てられそうだったんだもん。

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