第9話 私の騎士?

 バラの咲く庭の東屋でパーシバルと二人っきり。何だかドキドキしちゃうシチュエーションだけど、聞かなきゃいけない事が沢山あるんだ。気持ちを切り替えよう!

「あのう、私はパリス王子の留学の目的がよくわからないのです。従姉妹のリュミエラ王女の付き添いだと言われていますが、それは必要なさそうに感じるのです」

 リュミエラ王女は賢いし、マーガレット王女と仲良くできそうだ。それに、週末は大使館にリチャード王子が来て、大使夫人の保護下でデートとかするのだろう。パリス王子の付き添いの意味が無いよね?

「ペイシェンス様、パリス王子がリュミエラ王女の付き添いだなんて、誰一人信じていませんよ。あれは口実に過ぎません。あの口実のせいで外務省は留学を受け入れざるを得なかったのです」

 ちょっと悔しそうなパーシバル、ふふふ、少し可愛い。完全無欠な態度より、親しみが湧くよ。

「それと、リュミエラ王女とマーガレット王女が話されていたのですが、ソニア王国のシャルル陛下はフローレンス王妃と離婚されるのでしょうか? そうなったらパリス王子の立場はどうなるのでしょう? マーガレット王女が不安定な立場のパリス王子と仲良くされるのを阻止するべきなのでしょうか?」

 パーシバルは、軽く微笑んで答える。

「ペイシェンス様は、すぐに問題に気がつかれましたね。シャルル陛下は、エステナ聖皇国の支配から逃れたいと思っておられるのでしょう。まぁ、愛人と仲が良いのも確かですけどね。でも、私は離婚は無いと考えています。デメリットが大き過ぎますからね。ソニア王国の国民は恋愛好きで、浮気や不倫には寛大ですが、意外と信心深いのです。エステナ教会に背いて離婚し、破門でもされたら、反乱が起こりますよ。そのくらいはシャルル陛下も考えておられると思うのです」

 宗教問題は難しいね。

「では、パリス王子の立場は揺るがないと考えて良いのですね」

 私は知り合った王子が不幸になったりして欲しくない。甘いのかもしれないけど。

「まぁ、今のうちは……としか答えられませんね。フローレンス王妃と離婚しなくても、何か罪を着せて処罰する手もありますし、病気で亡くなる事もありえますから」

 えええ、妃を冤罪で殺すとかヘンリー8世みたいじゃん。それに病になるって、そんな年じゃないよね。毒とか? ゾゾゾっとして、思わず両腕で自分を抱きしめた。

「ああ、ペイシェンス様が心配なさらなくても、フローレンス王妃にはエステナ聖皇国のマルケス特使がついて保護しています。あの鉄壁の衛りを破るのはなかなか難しいから大丈夫でしょう」

 何だか、その鉄壁の衛りを破ってみたいと思っているような口ぶりだ。

「でも、それではフローレンス王妃はシャルル陛下と会われる時にもマルケス特使が付き添われるのでしょうか?」

 パーシバルが「プッ」と吹き出した。

「失礼しました。あの魔法と武術の両方を兼ね備えたマルケス特使が、シャルル陛下の前に立って夫婦の面会を邪魔をする姿を想像したら笑ってしまいました。シャルル陛下とフローレンス王妃はもう何年も会ってはおられないですよ。フローレンス王妃に面会できるのは、パリス王子とカレン王女ぐらいでしょう」

 それって、もう実際は夫婦じゃ無いってことだよね? 現代的な考えだったら、離婚して別の人生を歩んだ方がお互いにハッピーって感じだけど、政略結婚だから、そうはできないんだね。

「難しいのですね。では、私はマーガレット王女とパリス王子の件で、どうすれば良いのでしょう?」

 それが一番聞きたかったのだ。

「ペイシェンス様は、マーガレット王女の側仕えとして一緒に行動していれば良いのです。下手に邪魔をしたりしたら、かえって燃え上がったりしますからね。私もパリス王子の動向には気をつけますが、あまり窮屈な思いをさせても反発されそうなので、適度な距離を置きたいと思っています」

 ううん? 難しいな。まぁ、リチャード王子も一緒にいる時だけで良いと言っていたから、側仕えとしての範囲で気をつけよう。

「それより、私が寮に入った目的の一つは、ペイシェンス様をお衛りしたいと思ったからです」

 えええ、何、それ?

「全く無自覚なのですね。ペイシェンス様は、多くの発明をされていますし、カザリア帝国の遺跡調査でも活躍されたと聞いています。その上、音楽でも素晴らしい才能を発揮されています。他国に取られたら大変です」

 他国に取られる? 私は弟達がいるから、ローレンス王国を離れる気は無いよ。

「パリス王子の真の目的は、ローレンス王国の魔法関係の調査かもしれません。彼は、エステナ聖皇の血を引いていますから、かなり魔力も強い。しかし、エステナ教会の魔法学だけでは限界があります。本当はロマノ大学に留学したいと思っていたのかもしれません」

 そういえば、ロマノ大学のことは本人も口にしていたよね。

「なら、ロマノ大学に留学されたら良かったのでは? 14歳なら不思議な年ではないでしょう?」

 パーシバルに呆れられたよ。

「普通の学生は14歳でロマノ大学に入学なんかできませんよ。ペイシェンス様は、少し普通の学生の実情を知るべきです。周りのカエサル・バーンズ様やベンジャミン・プルースト様やフィリップス・キャシディ様などは学年に一人か二人の天才です。彼らなら大学に即入学もできるでしょうね」

 ただベンジャミンは古典が苦手だし、秋学期からは文官コースの世界史や地理とかも履修するみたいだけどね。

「ええ、確かにカエサル様やベンジャミン様は錬金術に関して天才ですわ。それに錬金術クラブのメンバーもそれぞれ優れています。フィリップス様は歴史学科なら大学で学んでも可笑しく無いレベルですわ」

 フィリップスは歴史を勉強するのが楽しいから、飛び級をする気はなさそうだ。

「彼らどころか、ペイシェンス様は、自分がどれほど特殊であるかの自覚が全くないのですね。それは、ロマノ大学の教授から王立学園を即卒業させるべきだなんて発言が飛び出すほどなのですよ。それにゲイツ様にも注目されています。彼は、本当の天才ですが、厄介な人です。本当に、少し目を離している間に……」

 パーシバルが溜息をついた。

「あのう、前から聞きたいと思っていたのですが、パーシバル様は何故私との縁談を受け入れておられるのでしょう? もっと条件の良い令嬢からの縁談もあると思うのですが……」

 何故か、パーシバルはがっかりしたようだ。

「ペイシェンス様には私の気持ちが全く伝わっていなかったのですね。確かに初めは親戚のモンテラシード伯爵夫人からのお話でしたが、知れば知るほど好感を持つようになり、私から縁談を進めて頂くように頼んだのに」

 ええええ……何だかドキドキが止まらない。

「そんなぁ、私では不釣り合いですわ」

 パーシバルとの縁談を弟達だけでなく親戚も推しているのはヒシヒシと感じている。素敵な相手なのはわかっている。今一歩踏み込めないのは、あまりにも優れた容姿に引いてしまうからだ。

「もしかして、ペイシェンス様は私の容姿が気にいらないのでしょうか?」

 そんなに整った容姿に文句なんかつけられないよ。ただ、横に並ぶと自分が引き立て役になった気分になるんだ。

「いえ……私がパーシバル様に相応しくないと思うだけです」

 パーシバルがガックリとしている。

「私の見た目だけで群がる女学生にはうんざりしているのです。それなのに、ペイシェンス様は見た目が原因で私を遠ざけるのですか……」

 私は、慌てて慰める。

「私がパーシバル様の横に並んでいると、何故、お前なんかがという視線が飛んでくるのに耐えられないだけなのです」

 パーシバルは、ハッとした顔をして、にっこりと微笑む。

「ああ、そちらの心配をされていたのですね。私の容姿が嫌いなのかと思い、落ち込みました。でも、それはペイシェンス様の事を知らない馬鹿な人間の判断にすぎません。それに何年かしたら素晴らしい美人になると思いますよ」

 それって、今はチビの女の子って言っているよね。「プッ」と吹き出しちゃった。

「ああ、今のペイシェンス様も可愛くて、私は大好きですよ」

 慌ててパーシバルが言い訳をするけど、まだお子様体型なのは本当だよ。特に中等科にいると、自分だけ子供なのがよくわかる。2歳の差は大きいよ。

「それと、外交官になりたいと思っていますが、向いてないと皆に言われるのです。パーシバル様は外交官を一緒に目指そうと言って下さりますが、考えが顔に出過ぎますし、自国に有利な判断ができるかどうかもわかりません」

 パーシバルがクスクス笑う。

「ペイシェンス様は、外交官を策謀ばかりしている人間だと考えておられるのですね。確かに策謀などを実行する場合もあるでしょうが、基本は自国民の保護と利益を護るのが仕事です」

 うん、それはわかってはいるんだ。事務的な仕事も必要だし、それは勉強すればなんとかなりそうだけど、それ以外の事が不安なんだよね。

「それに、モラン伯爵夫人のような社交性もありませんわ」

 あんな風に優雅で座持ちの良い夫人を求められているなら無理だ。

「母は、確かに社交が上手いです。それで、父はかなり助かっていると思います」

 だよね! 完璧な外交官夫人って感じだもの。

「でも、私は母と同じタイプの人を求めているわけではありません。一緒に同じ問題を考えたり、外国の生活を楽しめるパートナーを探していたのです。こう言ったら失礼ですが、普通の令嬢は外国でもローレンス王国の生活レベルを要求し不満を持ちそうですが、ペイシェンス様は不自由すらも楽しみそうで、そこら辺がとても好感が持てるのです」

 いや、水洗トイレのレベルは譲れないよ!

「私も不潔な生活はできませんわ」

 ちゃんと言っておかなきゃね。

「私も不潔な生活は無理ですね。でも、頭から異国の文化を否定したりはしないでしょう?」

「ええ、私が外交官になりたいと思うのは、外国へ行ってみたいという望みが捨てきれないからです」

 にっこりとパーシバルが笑う。

「それが基本だと思いますよ。私も、色々な所へ行き、そこで暮らす人達が何を考えているのか知りたいと思っています」

 それは楽しそうだ!

「でも、ペイシェンス様を外国に出す事を心配する大人も多いのです。とても貴重な発明力と魔力を持っておられますからね」

「まぁ、では外交官になれないのですね!」

 ガッカリだよ! 外国に行けないなんて。

「だから、私はペイシェンス様を護る騎士ナイトになりたいと思っているのです。一緒に世界を見て回りましょう!」

 きゃー! 何か、もう心が揺さぶられてしまうよ。

 跪いて、私の手を取りキスをする。わー! 気絶しそう。

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