第2話 コーラスクラブかグリークラブか

 マーガレット王女が何故遅れて来たのかは、凝った髪型を見て分かったよ。もしかして、パリス王子を意識してお洒落したのかな? それか、女官達がわざと時間を掛けたのか?

「さぁ、ペイシェンス、そこにお座りなさい」

 ソファーに座ると、ゾフィーが香りの良い紅茶を出してくれる。

「ゾフィーはもう良いわ」

 侍女を帰して、これから本格的なお話タイムだ。

「先程、リュミエラ様がペイシェンスに質問されたようだけど、コーラスクラブとグリークラブどちらに入るか悩まれているようなの」

 それは、ビクトリア王妃様がコーラスクラブが相応しいと仰っていたんじゃないかな? 夏休み中、離宮で会った時はコーラスクラブのテコ入れをしろと無茶を言われていたじゃん。

「ええ、活動内容を見てから決めたいと思っていますの」

 私は、マーガレット王女の意図が分からない。前に会った時から意見が変わったのかな?

「他の留学されている王族の方々も王立学園のクラブ活動に興味を持たれているのです」

 まぁ、勉強だけが留学の目的じゃないだろうし、クラブ活動をしても良いと思うよ。

「オーディン様は乗馬クラブと騎士クラブのどちらに入るか悩まれています」

 まぁ、どちらでも良いんじゃないかな? 私には関係ないよ。キース王子と揉めなければどちらでも良い。

「そうなのですね」と微笑んでおく。ここまでは良かったんだ。

「そういえば、パリス様は歌が得意なのです」

 従姉妹のリュミエラ王女はパリス王子について詳しいみたいだね。ええっ、マーガレット王女、頬を染めているんですけど!

「まぁ、そうなのですね。では、コーラスクラブかグリークラブに入られるかもしれませんね」

 ああ、リチャード王子に不適切な関係にならないようにと言われたけど、これは手遅れな感じだ。

 どうも、リチャード王子の口ぶりは、パリス王子との縁談にはあまり賛成ではない感じだった。後で、パーシバルに事情を聞いてみよう! 反対の理由が女癖が悪いとかだと嫌だもん。その時は、全力でお邪魔虫になるよ!

「マーガレット様は、音楽クラブだと聞きましたが、コーラスクラブかグリークラブでご一緒したいですわ」

 ああ、これはどちらかに入りそう。マーガレット王女の顔で乗り気なのがわかるよ。

「ええ、でも……ペイシェンスはもう無理でしょ?」

 私は、もう手一杯です。首を横に振る。

「まぁ、私が一緒だから側仕えがいなくても良いのでは?」

 あっ、それ良いアイディア!

「でも……」

 マーガレット王女としては歯切れが悪い。ああ、マーガレット王女は、きっとパリス王子に近づき過ぎないようにと注意されているんだね。

「パリス様は良い方ですわ。従姉妹だから言うのではありません。でも、マーガレット様が戸惑われるお気持ちも理解できます」

 私だけ話に付いていけていない。ソニア王国とは十数年前に国境線で小規模な戦闘があったけど、その後は友好的だと思っていたよ。

「お兄様は、苦労させたくないと仰ったの」

 リチャード王子は、マーガレット王女が外国に嫁いで苦労するから反対なのかな?

「リチャード様はお優しいですね」

 ローレンス王国に嫁いでくるリュミエラ王女に言われると心に刺さるよ。

「お母様もシャルル陛下のお考えがわからないと愚痴られていますわ」

 えっ、レオノーラ王妃が実家のソニア王国のシャルル陛下の事を心配されているの? 意味がわからない。ここら辺の王室の事情は無知だから、黙って聞いておこう。

「フローレンス王妃様を離婚したいと思われているようですね。それはエステナ教会が許さないと思いますけど……それにフローレンス王妃様は、エステナ聖皇国のクレメンス聖皇の妹君なのでしょう?」

 えええ、シャルル陛下に愛人がいるという噂は聞いたことがあるけど、エステナ聖皇国から嫁いだフローレンス王妃と離婚するほど入れ上げているの? めちゃ、拙いじゃん!

「まぁ、エステナ聖皇国の支配力を弱めたいとお考えなのかもしれませんわ。良く言えばですけど……でも、パリス様とカレン様は微妙な立場になるのではないかと心配しているのです」

 愛人が王妃になったら、元王妃が産んだ王子と王女の立場はどうなるんだろう?

「だから、私との婚姻をお望みなのかしら?」

 マーガレット王女の質問に、リュミエラ王女は小首を傾げた。うん、可愛いよ!

「多分、パリス様は自分のことより、妹のカレン様の縁談の為に留学されたのかもしれませんわ」

 マーガレット王女が少しショックを受けたみたい。そりゃ、そうだよね。自分との縁談は二の次だと言われたらね。

「それは、カレン様とキースとの縁談の下調べなのかしら?」

 あのキース王子に縁談! 驚いたけど、妹のジェーン王女にも縁談があるんだから当然なのかもね。

「まぁ、王妃様が交代したら、元王妃の王女を嫁に欲しいと思う貴族は少ないでしょうから」

 それって、王子は余計に微妙な立場じゃん! リチャード王子が乗り気じゃないのわかるよ。

 カレン王女には気の毒だけど、ローレンス王国が嫁に貰うメリットが少ない気がする。まぁ、パリス王子が無事に王位を継げれば、王妹になるけどさ。

「マーガレット様、パリス様の事情はリチャード様からお聞きになられたのですね。なのに、乗り気になられているのですか?」

 わっ、直球だ! マーガレット王女は、少し考えて頷いた。拙い! そちらの水は苦いよ!

「まだ一度お会いしただけですし、良くは知りませんけど、パリス様は好ましい方だと感じましたわ。でも、全てはお父様のお考え次第です」

 ホッとした。好みだと認めたけど、政略結婚だからと理解しておられる。

「本当にその通りですわ。私は幸いな事にリチャード様を好きになりましたけど、政略結婚で嫌な相手を選ばれたらと怖かったのです。尊敬できない相手との結婚なんて、どうすれば良いのかわかりませんわ」

 それからは、二人の王女達のお悩み打ち明け話になった。私は、邪魔にならないように紅茶を淹れなおす。

「まぁ、とても良い香りだわ。ペイシェンスは紅茶を淹れるのがうまいのね」

 リュミエラ王女に褒めて貰ったのは、良いけど……不利な立場のパリス王子との縁談は避けた方が良さそうな気がして、心配になる。

「ええ、ペイシェンスは本当に全て優秀なのよ。気持ちが落ち込んだから、何か新曲を弾いてちょうだい」

 やれやれ、いつものマーガレット王女だ。

「マーガレット様に言われたコーラスの曲を作りましたの。まだ歌詞は仕上げていませんが、途中までで宜しければ」

 コーラスと言えば『第九』でしょう! 前世の母親がママさんコーラスに入ってて、秋になるとこの曲ばかり練習してて耳にタコだったんだ。歌詞はドイツ語だったから、曖昧なんだね。まぁ、人類愛の歓喜の歌で良いのかな?

「まぁ、とても雄大な曲だわ!」

 マーガレット王女は拍手して喜んでいる。

「この曲をペイシェンスが作ったのですか? 天才だわ」

 この曲を作ったベートーヴェンは天才だけど、私は暗譜していただけだよ。

「この曲はオーケストラとコーラスの合奏が良いと思うのですが、私はハノンの楽譜しか書けませんの。それと歌詞はまだ……」

 マーガレット王女に任せたら、あとはアルバート部長に振ってくれそうだ。

「それは、アルバートにさせましょう。収穫祭のメインイベントに良さそうだわ」

 まぁ、日本では年末は第九が定番だったから、盛り上がるよね。ただし、コーラスクラブがどう出るかは不明だよ。かなり関係は拗れているから、素直に参加するかは分からない。そんな私の考えなんて、マーガレット王女はお見通しだ。

「ペイシェンス、それは貴女が心配しなくても良いわ。それに、こんな素敵な申し出を断るようなら廃部になっても仕方ないのよ」

 リュミエラ王女が驚いているので、マーガレット王女は音楽クラブとコーラスクラブがあまり仲が良くない事を打ち明けた。

「グリークラブに新曲を提供したのが気に入らないのよ。それに昨年の青葉祭で、ほんの少し音楽クラブの発表が長引いたのを学生会に言い付けたり、大人気が無いの。あら、リュミエラ様が入られるクラブなのに悪く言ったら駄目ですわね」

 マーガレット王女は、王妃様にコーラスクラブをお勧めする様にと言われていたのを思い出して、しまったと言う顔をされた。

「いえ、まだ入るとは決めていませんわ。ただ、男子学生と仲良くするのが不適切だと考える大人が多いのも考慮しなくてはいけないとは感じています」

 二人の王女は顔を見合わせて、小さな溜息をついた。なかなか王族は大変そうだね。

「ですから、マーガレット様もご一緒いただければ、より安心してクラブ活動ができそうなのです」

 ちょっと待った! そこにパリス王子が絡むと拙いんですが! リチャード王子に言われたのもあるけど、そんな足元が揺らいでいる所に嫁に行くのはやめた方が良いと思うから、私はお邪魔虫にならないといけないじゃん。

 できればコーラスクラブの方が女学生ばかりだから安心だ。なんて私ですら思っちゃうよ。流石にパリス王子も女学生ばかりのコーラスクラブには入るとは思えないし。

『カラ〜ン、カラ〜ン』

 夕食の鐘の音で、一旦はこの話は切り上げだ。良かったなんて、呑気な私ですら思わなかったけどね。

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