第四章 中等科一年秋学期

第1話 秋学期は国際色豊か

 明日からは秋学期が始まる。つまり、これから弟達とお別れして王立学園の寮に入るのだ。

「ナシウス、ヘンリーの勉強を見てあげてね」

 家庭教師が見つかっていないのが心配だけど、こればっかりは信用できる優秀な人じゃないと安心して弟達を任せられないから、ワイヤットに探してくれるように頼んでおく。リリアナ伯母様にも週末に会うから、その時に頼んでみよう。

「お姉様、ちゃんとヘンリーに勉強させますから安心して下さい」

 これまでは父親が勉強を見てくれていたけど、秋学期からはロマノ大学の学長だから無理なの。

「ええ、ヘンリーはナシウスの言う事をよく聞いてね。週末には帰りますからね」

 秋学期は、ナシウスが勉強を教えてくれるけど、新年からは入学するから、昼間は屋敷にヘンリーが一人になっちゃうんだ。

「大丈夫です。それに、マシューやルーツの手伝いもします」

 下男の手伝いなんて、本来なら子爵家の子息がするべき事では無いかもしれないけど、グレンジャー家は苦労してきたからね。それに何事も経験だよ!

「ヘンリー、勉強を終えてからにするのですよ」

 一応、注意をして、二人の頬にキスをする。ナシウスはもう私より背が高いんだ。それに、思春期が近づいて姉にキスされるのも恥ずかしいみたいだけど、こんな場合は我慢してくれる。チャンスは逃さないよ!

「行って参ります」

 いつものようにメアリーが侍女として馬車に同乗する。違うのは馬がレンタルではなく、グレンジャー家の飼い馬な事と、馬丁がジョージではなくリチャード王子が派遣した護衛を兼ねているグレアムだって事だ。

 グレアムの賃金を払わなくて良いのはありがたいけど、ある意味で見張られている感じもする。でも、メアリーの評価は高いから、召使いの間では上手くやっているみたい。まぁ、メアリーは面食いの傾向があるから、濃い茶色の髪と黒い瞳と笑うと若く見えるルックスに甘くなっているのかもね。私はショタコンだから、渋いハンサムには興味ないけどさ。

 服や書物の入った櫃を馬車の後ろに乗せて、王立学園へ向かう。

「メアリー、私が留守の間、弟達の面倒をお願いしておきますね」

 言わなくても忠義者のメアリーはちゃんとしてくれるのは分かっているけど、夏休み中一緒だったから別れるのが辛くて、つい言っちゃう。

「ええ」とメアリーは安心して下さいと微笑む。

 馬車が王立学園に着いた。今日は寮に入る学生だけだから、空いている筈なのに馬車止まりは渋滞だ。

「まぁ、王族の方々でしょうか?」

 メアリーが馬車の窓からチェックしているけど、ローレンス王国の紋章では無いね。それに、マーガレット王女もキース王子も部屋には家具を配置済みだ。引っ越し荷物は必要ないよ。

「多分、リュミエラ王女様が寮に入られるのだわ」

 コルドバ王国の大使をリュミエラ王女が説得に成功して寮暮らしをするみたい。それにしても馬車が多いね。うん? コルドバ王国の紋章以外のもあるんじゃない?

「ああ、パリス王子様やオーディン王子様も寮に入られるみたいだわ」

 パリス王子はリュミエラ王女の従兄弟だから、付き添いの意味もあるのかもしれないけど、オーディン王子は何故かな? ああ、パーシバルはオーディン王子の世話役を父親のモラン伯爵から押し付けられているみたいだから、苦労しそうだね。

「あら、あの馬車は?」

 見覚えのあるモラン伯爵家の紋章が付いた馬車も停まっている。あちらも渋滞で待っているみたい。と思っていたら、パーシバルが馬車から降りて、こちらにやってきた。

「ペイシェンス様、荷下ろしに時間が掛かりそうですね。先に、私はリュミエラ王女様とパリス王子様とオーディン王子様を学園案内しますが、ご一緒に如何ですか?」

 パーシバルは、簡単に言うけど、三人の他国の王族と一緒は遠慮しておきたい。なのに、パーシバルに頼み込まれると弱いんだ。やはり私も面食いなのかな? ショタコンの私からすると成長しすぎているけど、まだ線の細さとか残っていて、青年と少年の間の青い感じが何とも言えないんだ。

「お願いします。本当はマーガレット王女がリュミエラ王女の案内をされる予定でしたが、少し遅れていらっしゃるのです」

 確かに、男子学生ばかりで案内されるのも微妙だよね。

「付き添いだけなら」と引き受けた私を叱りつけたい。

 リュミエラ王女は、美貌で有名なレオノーラ王妃様の娘だと一目で分かるよ。ゴージャスなブルネットと紫色の瞳。13歳には思えない色香が漂っているけど、話してみるとサバサバ系なんだよね。何、それって男の人の理想じゃん! 横に並ぶと引き立て役になった気分だ。


「こちらは、私の再従姉妹のペイシェンス・グレンジャー。リュミエラ様、パリス様、オーディン様、一緒に学園を案内します」

 軽くスカートを持ってお辞儀して、案内ツアーだ。メアリーにはグレアムに衣装櫃を運んでもらって荷解きをお願いしておく。何だか顔面偏差値が高い集団だね。

「私は、後でいいから馬房を案内して欲しい」

 オーディン王子は、プラチナブロンドを長くしててそれを編んでいる。目は薄いブルーだ。前世の北欧っぽい容貌だね。馬を優先するなんて、プチキース王子かも?

「ペイシェンスは、マーガレット様の側仕えをしていると聞きました。これから、宜しく」

 うっ、リチャード王子からマーガレット王女とパリス王子が不適切な関係にならないように見張ってくれと頼まれたけど、超難しそう。だって、パリス王子ときたら理想の王子様なんだもん。濃い茶色の髪は後ろで束ねられてて、藍色の目は知的に輝いている。柔らかな物腰は、恋愛のソニア王国らしく優雅だ。乙女はイチコロじゃん!

「ペイシェンスの名前はリチャード様からも聞いていますわ。同級生になるのね。色々と教えて下さいね」

 リュミエラ王女は、笑うと片頬にエクボができる。色っぽいね。

「いえ、私でお役に立つのでしたら」とお淑やかに応えておく。

 こんな時、パーシバルは本当に有能だと思う。テキパキと学園の案内を済ませて、上級食堂サロンでお茶会だ。明日から始まるのに予め開けてもらっていたみたい。

「オーディン様、馬房にはお茶の後で案内いたします。その頃には寮の部屋も整っているでしょう」

 にっこり笑うパーシバルだけど、ここの砂糖ザリザリのケーキでもてなすのはどうかな? なんて要らない心配でした。モラン伯爵夫人が出してくれた、美味しいプチケーキといちごジャムが載ったクッキーだ。

「美味しいな!」

 オーディン王子は、パクパク食べている。パリス王子とリュミエラ王女は、普段から美味しいお菓子を食べ慣れている様子だ。

「オーディン様は、ローレンス語が上手いですね」

 あら、パリス王子が軽く探りを入れている。まぁ、同時期に王立学園に留学する王子同士だからね。お互いの事は知りたいと思うのかな?

「ああ、家庭教師に厳しく指導されたからな。だが、ここの馬は小さいな」

 異世界の馬は、前世の馬より一回り大きい気がしているんだけど?

「もしかして、スレイプニスを連れてこられたのですか?」

 見た目は優雅な貴公子のパリス王子だけど、意外なことに馬に興味があるみたい。

「ああ、だけどスレイプニスは大使館に置いている。ほかの馬が怯えると困るからな」

 スレイプニスなんて魔物じゃん! 私は遠慮しておくよ。

「あのスレイプニスは素晴らしいですよね」

 あっ、パーシバルは騎士志望だったから、馬や剣が好きだもんね。三人はスレイプニス談義になったから、私はリュミエラ王女とコーラスクラブの話だ。

「リチャード様から王立学園ではクラブ活動が盛んだとお聞きしましたの。私は歌が好きですと伝えたら、コーラスクラブとグリークラブがあると教えて下さいましたわ」

 えっ、ビクトリア王妃様はコーラスクラブ推しなのに、リチャード王子ときたらグリークラブもあると教えたんだね。まぁ、入学したら、すぐにわかるけどさぁ。良いのかな?

「ええ、主に女子学生が伝統的な歌を中心に活動しているコーラスクラブと、男子学生が多く、歌にダンスを取り入れたグリークラブです」

 男子学生が多いと、一応は注意しておくよ。

「多分、ビクトリア王妃様はコーラスクラブを勧められておられたのだと思いますわ。でも、リチャード様は私が二つのクラブの活動を見て決めたら良いと言われましたの」

 おお、将来の嫁姑戦争の発端にならないと良いのだけど。

「ペイシェンスは、音楽クラブと錬金術クラブに入っているとマーガレット様から聞きましたわ。音楽クラブから見て、どちらのクラブが優れていると思いますか?」

 難しい質問だ。逃げよう!

「私は、ビクトリア王妃様のお考えに従う方が良いと思います」

 リュミエラ王女が、クスクスと笑う。片えくぼが可愛い。

「まぁ、優等生の答えね。大使夫人も、コーラスクラブを推していたわ。でも、グリークラブの活動を知らないのにね。私は、自分で見て選ぶわ」

 はい、はい、なら聞かないでよ! とは言えないんだよね。お淑やかに微笑んでおく。

 そうこうしているうちに、各自の侍女や従僕達が部屋の用意が出来たと告げに来た。

「オーディン様、馬房に案内しましょうか?」

 パーシバルが声を掛けると「私の愛馬シルバーも心配だから一緒に行こう!」なんて、パリス王子も馬房に向かう。つまり、私とリュミエラ王女とで女子寮へ行くのだ。

「部屋はマーガレット様の横だと聞きましたわ。大使には無理を言って寮に入ったのですが、実は少し不安なの。ペイシェンスも遊びにいらしてね」

 外国に嫁ぐ姫には親切にしたいから、頷いておく。

 やっと解放されて自分の部屋に入ると、メアリーが荷物を片付けてくれていた。

「お嬢様、外国の王族の方々に失礼がないように」なんて注意してから、屋敷に帰った。

 やっと、一人になって履修届を書こうとしたら、マーガレット王女が遅れて来たみたい。

「マーガレット王女様がお呼びです」

 ゾフィーに呼ばれて、特別室1号に入るけど、そこのソファーにはマーガレット王女とリュミエラ王女が座って待っていた。二人が仲良さそうなのは良いんだけど、何だか初日から疲れるよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る