第90話 マギウスのマントとチョコレート菓子

 突然のアポ無し訪問なんて、マナー違反も甚だしい。それに、私はまだ色々と相談もある。

「ゲイツ様の用事は済まされたのでしょう?」

 さっさと帰れ!の意味を込めて笑顔で言う。

「いえ、他にも楽しそうな予感がします。ペイシェンス様の側にいると浮き浮きしますね」

 カエサルがハッとする。マギウスのマントを察知されたのかと思ったみたい。

 この時、執事がお茶とアイスクリームにチョコレートソースを掛けて持ってきた。普通はお客にすぐにお茶を出すけど、私がお土産に持参したチョコレートを溶かしたりしていたんだね。

 ガラスの器にアイスクリームが載せてあり、そこにトロリと溶けたチョコレートソースが細い糸の様に掛けてある。少ししかお土産にしなかったからかな? それともコックの美的センスかな?

「まぁ、これは初めて食べますわ」

 公爵夫人がひと匙食べて喜ぶ。

「これは、サティスフォード港のバザールで購入したカカオ豆から作ったチョコレートですの。溶かして、アイスクリームに掛けても美味しいですし、そのままでも食べられます」

 静かだと思ったら、ゲイツ様は完食している。

「やはり、ペイシェンス様の近くにいると、新しい体験ができますね。でも、これでは無いと思うのですが……」

 カエサルは、自分の玩具マギウスマントを取り上げられるのは悔しいけど、ゲイツ様が熱気球の魔法陣をチラッと見ただけで改善したのを覚えていたので、諦めて説明する。

「ペイシェンスがノースコートでマギウスのマントを仕上げたのです。今、王立学園のキューブリック先生と耐久検査をしているのですが、魔石の消耗が激しくて、何か改善案を考えているのですが……」

 ゲイツ様は、私がマギウスのマントを作ろうとしているのは知っていたよね? リチャード王子も話していたもの。

「えええ、またペイシェンス様は私に内緒で楽しそうな事をされているのですね! 熱気球といい、どうして除け者にするのですか?」

 ああ、バーンズ公爵夫妻が呆れているよ。子供っぽい真似はやめさせなきゃ!

「いいえ、除け者になんかしていませんわ。カエサル様もゲイツ様の協力を求めていらっしゃるではありませんか!」

 ゲイツ様は「私なら、王立学園の先生よりも良い守護魔法陣を知っています」と機嫌をなおした。やれやれ、子守りをしている気分だよ。

「それより、このアイスクリームの上に掛かっていた茶色のソースは何でしょう?」

 マギウスのマントよりチョコレートの方が優先されるなんて、やはりお子様だね!

「それは、ペイシェンス様がお土産に持って来て下さったチョコレートというものですわ」

 さっき私が説明した時は、食べるのに集中して耳を通り過ぎたんだね。

「これは、画期的な食べ物です! ペイシェンス様、これをエクセルシウス・ファブリカで売り出しましょう!」

 チョコレートを気に入ったのは分かったよ。

「私は、このレシピをバーンズ商会に買い取って頂いて、チョコレートを現物支給して頂くつもりです」

 ゲイツ様は、少し考え込んだが、頷いた。

「私の顧問料もチョコレートの現物支給でお願いします」

 さっき要らないって言ったよね。まぁ、払うつもりだったけどさぁ。

「ペイシェンスは、何故、チョコレートを作って販売しないのだ?」

 ここにいる皆を魅了したチョコレートは、きっとロマノで大流行する筈だとカエサルは首を捻る。

「このチョコレートを作るには、とても複雑で大変な作業工程が必要なのです。今日、お持ちした程度の量なら、私の生活魔法で作ることは可能ですが、大量に作るとなると機械を作る必要があります。私の手に余りますわ」

 カカオ豆からチョコレートを作る工程表を見せたら、カエサルは凝視している。

「この細かく磨り潰す工程が難しいのだな?」

 やはりカエサルは賢いね。

「ええ、細かく滑らかにしないと、口溶けが悪くなってしまいます。それと、ローストしたカカオ豆の殻と芽を取り除くのも、手間が掛かりますわ」

 チョコレートを作って貰えば、後はアレンジするだけだ。ヴァレンタインデーに、あれこれ作ったのは、ここからだよ。一度だけ、カカオ豆から作ってザラザラしたチョコにうんざりして、二度と手を出さなかった。チョコレートを使ったお菓子を色々と作りたいな!

「ペイシェンス様が作るチョコレート菓子は、とても美味しそうな予感がします。私のレッスン料はチョコレート菓子でお願いします。顧問料のチョコレートは、ペイシェンス様にお渡ししますから」

 また考えを読まれたよ。困るなぁ!

「ゲイツ様、お願いですから、私の考えを読まないようにして下さい。困りますわ」

 ゲイツ様は、肩を竦めている。

「それが、私にも制御不能なのです。他の方は読もうとしても、曖昧なイメージしか掴めないのに不思議ですね」

 それでは困るんだよね。私は花も恥じらう乙女なんだから。

「なるべく口に出さないように努力します」

 ああ、また考えが漏れたようだ。

「それより、私の考えが分からないようにする方法を教えて欲しいですわ。外交官を目指しているのに考えが顔に出ては駄目ですもの」

 ゲイツ様が大袈裟に嘆く。

「まだ外交官を目指しているのですか? 貴女を危険な外国になど行かせたくないのですけどね」

 私もなれるかどうかは分かっていない。

「だから、防衛魔法を教えて貰うのです」

 私とゲイツ様の言い合いを、公爵夫妻は驚いて見ていた。しまった、猫を被り損ねていたよ。

「ゲイツ様とペイシェンス様は仲がよろしいのですね」

 えええ、公爵夫人、それは誤解です!

「私は仲良くしたいのですが、ペイシェンス様は冷たいのです」

 溜息をつきたい気分だよ。

「ゲイツ様、マギウスのマントの守護魔法陣はどうすれば改良されるのでしょう?」

 カエサルの言葉で助かった。どれどれと、カエサルが部屋から持って来させたマギウスのマントを熱心に眺めている。

「なるほどね! よく考えてある守護魔法陣だけど、魔石の消耗を抑えるのは考慮されていませんね。紙を下さい!」

 執事が紙とペンを差し出すと、サラサラと守護魔法陣を書く。こういう所は凄いと尊敬できるんだけどね。

「私が書いた守護魔法陣と、刺繍された魔法陣の違いがわかりますか?」

 カエサルと私は真剣に眺める。違っている所はわかるけど、魔法陣の意味の違いはわからない。

「ここの部分がループしている気がします」

 カエサルの指摘に、ゲイツ様は得意そうに笑う。

「そうです! この魔石を繋ぐ線を循環させて、消耗を防ぐのです。おや、ペイシェンス様はまだ魔法陣は学習されていないのですね?」

 悔しいけど、事実だから受け入れるしかない。

「ええ、秋学期に魔法陣を自分で書けるようになりたいですわ。それでは、このマギウスのマントは魔石の消耗が激しいから使えないのですね」

 残念だけど、あげるならちゃんとしたマントの方が良いものね。刺繍を解いて、やり直さないといけないみたい。

「いえ、解かなくても……あっ、この線を加えれば良いのですよ」

 他の紙に、今の魔法陣をサラサラと書いたと思うと、何本か線を書き加えた。魔石同士を繋ぐ線が加わった感じだ。これなら、少し刺繍を加えるだけで良さそうだ。

「ゲイツ様、ありがとうございます。解くのは大変そうで困惑していたのです。糸は魔力を通さないと刺せなかったので」

 それに普通の糸じゃないから、切って解くのは勿体無いんだもん。どこを刺し加えれば良いのか、魔法陣をチェックする。

「ペイシェンス様は、本当にマギウスのマントを作られたのですね!」

 バーンズ公爵は目の前のマギウスのマントを感慨深げに眺めているけど、カエサルやキューブリック先生がテストとかしていたのに信じていなかったのかな? もしかして、ゲイツ様が認めたのが大きいの?

「ペイシェンス、刺繍をし直したら、もう一度テストしたいのだが……」

 それは、こちらから頼みたいよ。

「ええ、お願いします。私よりキチンとテストして下さると思いますから」

 これで、マギウスのマントの改良版も出来そうだ。

「陛下には献上するのですか?」

 公爵夫人が心配する。そうだよねぇ! 第一騎士団のサリエス卿の方が良いマントとか拙いかも?

「ええ、次のマギウスのマントはゲイツ様が書いて下さった守護魔法陣を刺繍してみますわ。カエサル様にテストして頂いてから、献上したいと考えています」

 ゲイツ様が「私の守護魔法陣にテストなんて必要ない!」なんて騒いでいるけど、無視しよう。

 他にも相談したい事があるんだけど、ゲイツ様が邪魔だ。帰ってくれないかな?

「また、私を除け者にしようと考えていますね」

 もう、考えを読まないで!

「これからは、魔法は関係ない事ですから、ゲイツ様は退屈されると思いますわ」

 でも、帰りそうにないから、手提げの中から半貴石の八角形ビーズにしたのを入れた透明な仕切り箱を出して見せる。

「まぁ、綺麗だわ!」

 公爵夫人は、透明な箱に入った色々な大きさと色の半貴石に目を輝かす。

「ええ、サティスフォードのバザールで半貴石の小さいのをいっぱい買いましたの。それを加工して、髪飾りや刺繍に加えたら良いと思っています」

 公爵は、半貴石よりも透明な箱の方に興味を示した。

「この箱はよく考えてある。もしかして、バーンズ商会で使えると思って持って来てくれたのか?」

 やはり、商売人だよ!

「ええ、ボタンとかをこの様なケースに入れて販売すれば、サイズやデザインがよく見えて良いと思います。それに裁縫をする人用にも考えているのです」

 半貴石のビーズは高価だけど、ガラスでビーズを作れば庶民でも楽しめるよね?

「こちらは、ガラスビーズですの」

 もう一つのケースには、小粒の大きさの色とりどりのガラスビーズを仕切りごとに入れてある。

「まぁ、とても可愛いわ!」

 公爵夫人に好評で良かった。

「これは、簡単に作れるのか?」

 カエサルは、製造方法に興味があるみたい。

「ええ、材料も安価ですし、この様に箱に入れて販売しても良いですわ」

 作り方の紙をカエサルに渡す。

「こんな簡単な物が作られていなかったなんて! ペイシェンスの発想は凄いよ!」

 これで、ほぼ用事は済んだね。ミシンや綿菓子は錬金術クラブで作るし!

「さて、ご用事も済んだ様ですから、グレンジャー家に行きましょう! ペイシェンス様からとっても美味しそうな香りがするのです。スパイシーで、食べた事がない料理の予感がします」

 えっ、私ってカレー臭いの? 思わず「綺麗になれ!」って唱えたけど、違ったみたい。ホッ!

「ゲイツ様、令嬢に美味しそうな香りだなんて品位がありませんよ」

 公爵夫人が叱ってくれた。

「でも、きっと美味しいものを食べています!」

 駄々っ子か! 

「チョコレートではないのですか?」

 公爵も呆れているよ。でも、カエサルは私の表情で何か他の物だと気づいたみたい。

「ペイシェンス、ゲイツ様に食べさせるまでは、ひっつかれるぞ」

 だよねぇ! あと数日で秋学期が始まる。ゲイツ様に弟達との時間を邪魔されたくない。

「南の大陸の香辛料で作る料理の事だと思いますわ。書物でしか知りませんでしたが、サティスフォード子爵にレシピを頂いて、それを参考に作らせましたの」

 カレーのレシピと、カレー粉のレシピを書く。

「これは、簡単にカレーを作るための粉を作るレシピです。小さな缶に入れて販売すれば、ロマノでもカレーが流行ると思いますわ」

 これも現品支給でお願いする。だって、香辛料を定期的に買えるほど、グレンジャー家には余裕がない。それに、教授達を招いた食事会にカレーやスパイシーな料理も少し出したいんだ。まぁ、お年寄りが多いかもしれないから、少しずつ様子を見ながらだけどね。

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