第91話 夏休みの終わり

 ノースコートで海水浴したり、遺跡調査したり、女準男爵バロネテスになったり、撥水加工の水着やフロートを作ったり、マギウスのマントの刺繍もしたし、熱気球の試作品も作った。

「なかなか充実した夏休みだったわ」

 二人の教授に付き纏われたのと、ゲイツ様に防衛魔法を習わないといけないのは、ちょっとなぁって感じだけど、弟達に王都の外を見せてあげれたのは大収穫だよね。海水浴していた二人を写真に残したかったなぁ!

 ゲイツ様は、グレンジャー家に来たがったけど、公爵夫妻が「夕食にカレーとやらをコックに作らせます」と引き留めてくれて良かったよ。急に来られたら困るからね。バーンズ公爵夫妻に感謝する!

 それと、この数日でグレンジャー家には新しい使用人が4人も増えた。

「お嬢様、制服の裾直しも終わりましたわ」

 メアリーは、本当に仕事熱心だ。でも、これからは下女の教育もしなくてはいけないんだよね。

 そう、ワイヤットが孤児院のキャリーとミミを下女として雇ったのだ。メアリーの後ろにキャリーが制服を持ってついて来ている。

 黒のメイド服に白いエプロンを付けて、髪の毛は教えた通りにキチンと纏めている。

「ありがとう、クローゼットに掛けておいてね」

 キャリーがハンガーに制服を掛けるのを、メアリーが厳しい目でチェックしているものだから、ズレて落として慌てている。まぁ、そのうち慣れるでしょう。

 ミミは、料理に興味があるみたいで、エバの助手だ。エバに叱られながら鍋を磨いたり、野菜を洗ったり、調理助手は大変そうだけど、本人はやる気満々だとメアリーが笑っていた。

 まぁ、雇われた日にクレープ擬き(卵は入っていないからお焼き?)を食べて、泣いていたそうだからね。孤児院ではスイーツは食べられなかったみたい。グレンジャー家も少し前までは飢えていたなんて信じられないだろうね。

 秋学期が始まる。父親はロマノ大学の学長になるから、馬も二頭、買ったよ。そして、リチャード王子が言われた護衛兼馬丁のグレアムが派遣された。

 濃い茶色の髪のなかなかのイケメンだ。護衛と聞いているからか、身のこなしが軽やかに思える。

「これが紹介状です」

 ワイヤットに渡された紹介状は、完璧な馬丁としてだったけど、どうも二人は知り合いだったみたい。

「グレアムが派遣されるとは考えてもいませんでした」

 ワイヤットが誰も居ないと思って、ポソっと呟いているのを聞いたんだよね。何か曰くありげな二人だ。メアリーは何か知っているかな?

 それと、下男見習いが一人増えたよ。この子はマシューの弟だ。見た目は茶色の髪と茶色の目なのでそっくりだ。背の高さだけが違うように見えるけど、性格は少し違うみたい。

「ルーツと言います! 宜しくお願いします!」

 元気いっぱいで、来た日からヘンリーと木刀で遊んでいる。なかなかやんちゃだね。

「こら! ルーツ、蕪を植えるぞ!」

 マシューが色々と教えているのを見ると、ジョージも少しは安心して父親に付き添ってロマノ大学に行けるかもね。でも、まだマシューも温室は手伝いだけで、任されてはいない。あそこは売れる野菜や果物やバラがあるからだ。それに、今はメロンとスイカを栽培中なんだもの。

 ジョージは朝早くと、大学から帰ってから、マシューがした作業のチェックをするみたい。

 ここまでは問題ないのだけど、ヘンリーの家庭教師が見つからないんだよね。

「家庭教師は、探しておりますが……」

 秋は、来年から王立学園に通う子供を持つ親は必死だからね。Aクラスから絶対に落ちないよう、お尻を叩いている最中だ。この時期、良い家庭教師は、なかなか見つからない。

「リリアナ伯母様に聞いてみますわ」

 勉強嫌いを拗らせていたサミュエルの為に家庭教師をいっぱい雇ったから、事情には詳しいだろう。

 メアリー、エバ、ジョージ、ワイヤット、四人しかいなかったのに、マシューが来て、ミミとキャリーを雇って、ルーツも加わった。それに、本当の意味ではグレンジャー家の使用人ではないかもしれないけどグレアムも含めると9人だ!

「しっかり稼がなきゃ!」とは思うけど、エクセルシウス・ファブリカはゲイツ様が代表として登録されているんだよね。何となくテンションが上がらない。

 本人は金銭に興味が無いみたいで、今の所の唯一の取引先であるバーンズ商会からチョコレートの現物支給でいいと言っている。それも私に渡して、チョコレート菓子にして、防衛魔法の授業料にして欲しいだってさ。

 心の中で「卵やバターや生クリーム代がかかるなぁ」とぼやいていたら、それも出してくれるそうだ。私の考えを読まれたのは嫌だけど、卵は高価だから助かる。

 でも、チョコレートが作れる体制になるのは、もう少し後かもしれないね。口溶けを良くするには、細かく細かくしないといけないからね。それに、磨り潰す時に熱を持つと劣化しちゃうから難しいんだよ。ここは、バーンズ商会に丸投げしちゃった。

 私は買ってきたカカオ豆で、あと少しだけチョコレートを作る予定だ。これは、ヘンリーのバースデーケーキに使うつもり。チョコケーキを作るほどは無いけど、誕生日といえばお名前プレートだよ! またヘンリーがシュガーハイになったらいけないから、一文字ずつ分けるけどね。それにナシウスにも食べさせてあげたいんだもん!

 なんて呑気にしているけど、招待状のラッシュなんだよね。それも、あちらは夏休みのお礼の招待だから、断りにくい。当分の間の週末はお呼ばれ三昧になりそう。一緒に招待されるリリアナ伯母様は、とっても張り切っているから、話とかは任せよう。

「お嬢様、秋物のドレスを作らなくては!」

 メアリーは、こういった方面になると俄然と張り切る。それにキャリーに掃除とかはかなり任せられるから、本来の侍女の仕事に専念できるのが嬉しいみたい。

「ええ、それはリリアナ伯母様やシャーロッテ伯母様、そしてラシーヌ様にも言われているの」

 モンテラシード伯爵夫人のアマリア伯母様も除け者にはしないけど、娘のラシーヌがきっちりと押さえると断言していた。どうせ作るなら流行遅れのドレスは避けたいもんね。

 あっ、モンテラシード伯爵家に貸していたお金も全部返済されたみたい。転生した年は激寒で、少ししか返せなかったようだ。去年は暖かかったからね。今年も暖冬だと良いな!

 絹の生地はシャーロッテ伯母様が格安で提供してくれると約束してくれた。この異世界のドレスは全てオーダーメイドなんだよね。庶民の普段着とか、古着は売っているみたいだけど、貴族の服はほぼオーダーメイドだ。

 あっ、王立学園のはサイズ別で既製服もあるみたい。下級貴族や庶民もいるからね。私はラシーヌのオーダーメイドのお古を生活魔法で新品同様にして着ている。

 秋学期のうちにナシウスの制服のサイズ直しや、シャツや下着を縫わないといけない。これは、メアリーとキャリーに任せる事になるかも。

「明後日からは学園が始まるわ」

 少し感傷的になっていたら、パーシバルから手紙が届いた。何とはなくタイミングが良いな。

「これから、パーシバル様が来られるわ」

 夏休みの後半は、遺跡調査ばかりだった。でも、モラン伯爵領の湖で遊んだのも覚えているよ。

「まぁ、では応接室に花を飾りますわ。キャリー手伝ってね」

 メアリーは、キャリーに厳しく、そして丁寧に色々と教えていくようだ。

「ナシウス、ヘンリー、パーシバル様が来られますよ」

 二人の顔がパッと輝く。

「もし、時間があれば、剣の稽古をして欲しいです」

 ヘンリーはかなり上達している。それを見て欲しいみたい。

「ええ、お聞きしてみましょう。でも、お手紙では訪問しても良いかとだけ書いてありましたから、時間が取れるかはわかりませんよ」

 ヘンリーも「はい!」と素直に頷く。

 それにしても、パーシバルは何をしにやってくるのかしら?

「お嬢様、お着替えしないといけませんわ」

 メアリーが張り切っている。パーシバルは求婚者候補の筆頭だからね。

 なんとかパーシバルが到着する前に応接室にはバラが飾られ、私もメアリーに着替えさせられた。

「突然の訪問をお許し頂き、ありがとうございます」

 うん、突然で驚いたよ。父親は、にこにこ笑って椅子を勧める。

「いや、遠縁になるのだから、いつでも訪ねて良いのですよ」

 優雅に座ったパーシバルは、従僕に箱を運ばせる。

「私は父に命じられてデーン王国へ行っていたので、ペイシェンス様が女準男爵バロネテスに叙されたのも知らず、遅ればせながらお祝いを持ってきました。これはデーン王国で採れる鉱石なのですが、錬金術に興味があるペイシェンス様なら興味があるかと思います」

 従僕が開いた箱の中には色々な大きさの水晶や鉱石が入っていた。ローズクォーツや紫水晶、黄色いのはイエロークォーツかな? 形を整えてネックレスにしても素敵だ。

「まぁ、こんなにいっぱい頂いても宜しいのですか?」

 私の答えにパーシバルが微笑む。

「やはり、お気に召して頂けましたね。母に、この様な物より、宝石とか気の利いた物をと叱られたのです」

 宝石も嫌いじゃないけど、それは高価過ぎて受け取るのは重いよ。それより、水晶や鉱石の方が嬉しい。それに、パーシバルが私の事を理解してくれているのもね!

「それと、オーディン王子の学園訪問に付き添いまして、中等科の秋学期のスケジュール表も先生から貰ったのです。ペイシェンス様も飛び級が多いから、先立って考えたいと思われているでしょう」

 わっ、それは本当に嬉しい!

「ゆっくりとしていくが良い」

 えっ、父親は出て行くけど、良いの? これって前世のお見合いで「後は若いお二人で……」という状況なの?

 まぁ、メアリーは応接室の隅で控えているんだけどね。独身の男女は二人っきりにならないのがルールみたいだ。

「ペイシェンス様は春学期に経済と経営と外交学は合格されたのですね。私も頑張って追い付きます」

 私も世界史と地理は合格を取りたい。二人で、スケジュール表を見ながら話し合う。メアリーは色気が無いと呆れているかもね。

「第二外国語と国際法は一緒に授業を受けましょう」

 外交官になれるかは分からないけど、努力だけはしたい。それに第二外国語のカルディナ帝国には興味があるんだよね。

 パーシバルは、弟達にもお土産を買ってきてくれていた。気が利くよ! と思ったけど、パーシバルも男の子だね!

「これは、デーン王国で使われている長槍の模造品です」

 ナシウスとヘンリーは喜んでいるから、まぁ、良いか。

「これって騎馬戦で戦う時の槍ですよね!」

 ヘンリーは長槍を軽々と回している。

「おや、ヘンリーはかなり訓練しているようですね!」

 えっ、長槍を振り回しているだけで、分かるの? あっ、パーシバルは元々は騎士志望なんだよ。目が燃えている!

 良縁を期待していたメアリーには悪いけど、甘い展開ではなく、弟達との剣術指南になっちゃいました。

 でも、生き生きと剣術指南しているパーシバルは、かなり格好良い。胸キュンものだよ。

「ヘンリー、何か身体強化のコツを掴んだようだね!」

 褒められたヘンリーは尻尾が振り切れそうに喜んでいる。それにナシウスも「風の魔力が剣に乗っている」と褒められて頬を赤らめている。

 中等科一年の夏休みは、パーシバルと弟達の剣術指南で終わった。

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