第89話 ロマノ発明会社?

 今日はバーンズ公爵家を訪問する。メアリーは朝から張り切っているけど、仕事だよ! カエサルから告白っぽいのはされたけど、もっと大人になってからと言われたし、公爵夫人なんて私には似合わない。

 朝からは体操を済ませ、弟達の勉強を見ながら、私も予習をする。学期初めのテストで修了証書が取れたら嬉しいからね。

 昼食後はお着替えだ。メアリーが髪型を複雑な編み込みをして整えてくれる。髪飾りは水晶の星形のを付ける。昼間なのに大袈裟じゃ無いかな?

 なんて考えていたら、カエサルが迎えに来てくれたみたい。下の応接室で父親と話しているようだ。慌てて行こうとしたけど、メアリーに「ゆっくりと行けば良いのです」と止められた。令嬢は慌てたりしないみたい。

「カエサル様、お待たせしました」

 優雅に挨拶をする。メアリーがうるさいからね。

「では、グレンジャー子爵、ペイシェンス様を屋敷までご案内致します」

 お迎えに来てもらって、馬のレンタル代は助かったけど、いちいち挨拶しなくてはいけないのが面倒だよね。

 バーンズ公爵家の立派な馬車に乗る。家の馬車も貧乏な割には立派だけど、やはり最新式というか揺れが少ないんだよね。

「あれからキューブリック先生とマギウスのマントのテストをしていたのだ。かなり魔法防衛は優れているが、攻撃を受けると魔石の消耗が早いのが欠点だ」

 カエサルは、初めからマギウスのマントに夢中だったからね。こういう地道なテストとかは私よりきちんとしそう。

「魔石を買うのが負担になるといけませんわ」

 弟達への剣術指南のお礼なのに、お金が掛かるマントなんて良いのかな?

「いや、あのくらいの小さな魔石なら安いだろう。ただ、戦闘中に効果が切れたら問題だと言っているのだ」

 あっ、そっちの心配をしているんだ。お金の方じゃ無いんだね。

「魔石って、使ったらお終いですの? もう一度、魔法を入れて使えないのかしら?」

 蓄電式乾電池みたいに、リサイクルできたら良いよね。

「ペイシェンス! そんな変な事を考えるのはお前だけだ! やはり、変わっているな!」

 メアリーが変だと言われて困惑している。私も、かなり変人だと評判のカエサルに変指定されるのは嫌だな。

「そう言えば、あの遺跡の動力源の蓄魔式人工魔石は魔力を蓄えられるのだ。魔石は魔物の魔力を蓄えて大きくなっていく。なら、その魔石に人は魔力を注入できるのだろうか?」

 カエサルが考え込んでいるうちに、馬車はバーンズ公爵家に着いた。いつ見ても立派な屋敷だよ。前庭はバラや夏の花で幾何学模様になっている。

「父上がお待ちかねだ! 陛下からも手紙が届いていたからな」

 応接室に案内される前にメアリーが執事にお土産のチョコレートを渡す。

「これは、新しいデザートなの。サティスフォードのバザールで買ったカカオから作るのです。できればアイスクリームに湯煎して溶かしたのを掛けて食べて貰いたいのです。そのままでも美味しいですけどね」

 小さな箱に入った物を不思議そうな顔で受け取った執事に、一言添えておく。

「ペイシェンス、また新しいスイーツを作ったのだな。呆れるよ!」

 メアリーは、控え室に案内される。あのパンパンの手提げの中にはきっとワイヤット達の新しいシャツの生地が入っているのだろう。別室にいるなら侍女が付き添う理由は無いと思うけど、こういう規則なんだから仕方ないね。

「バーンズ公爵、バーンズ公爵夫人、お招きありがとうございます」

 相変わらずバーンズ公爵夫人は華やかで美しい。

「いや、本当に話し合うことが一杯なので、よく来てくれたね」

 ソファーにカエサルと座る。向かいには公爵夫妻が座っている。

女準男爵バロネテスに叙されたと聞きました。おめでとうございます。カエサルがノースコート伯爵にお世話になりましたわ。それに、とても楽しく過ごせたようで、ペイシェンス様が招待して下さったお陰ですわ」

 先ずは、社交辞令から始まる。

「いえ、私はカザリア帝国の遺跡の壁画に興味を持たれるのではないかと手紙を書いただけですわ」

 本当にその通りだもんね。

「カエサルが持ち帰った水着もよくできている。来年の夏には主流になっているだろう。撥水加工は画期的な発明だ!」

 うん、色々な物に応用できるよね!

「それとフロートも素晴らしい。あれを応用する商品も考えているのだろう?」

 私は、救命浮輪、救命胴衣、救命ボートの設計図を見せる。

「これらを船に常備すれば、海難事故に遭った時に人命を助ける事ができますわ」

 前のめりのバーンズ公爵を、公爵夫人が止める。

「アロイス様、そちらの商談よりも大切なお話があるのでしょう。陛下からもお手紙でくれぐれも宜しくと頼まれているのに」

 メッと叱られて、ゴホン! と咳払いしたバーンズ公爵は、座り直して話し出す。

「そうだ、ペイシェンスの撥水加工は目覚ましい発明だ。だが、それに注目されると危険な目に遭うかもしれないと陛下も案じておられる。リチャード王子と話し合った時に、ゲイツ様を隠れ蓑にして発明会社を作ると決まったと手紙には書いてあったが……あのゲイツ様が了承されたのか?」

 あのゲイツ様! あの人の評判が分かる一言だよね。

「ええ、ゲイツ様は金銭には興味は無さそうですが、協力して下さるみたいですわ」

 私がなるべく穏便な答えをしているのに、横でカエサルときたらプッと吹き出すんだよ。台無しじゃん!

「カエサル、失礼だろう?」

 バーンズ公爵が咎める。でも、カエサルはツボにハマったのか、笑いの発作が止められない。こんな所は従兄弟のベンジャミンに似ているね!

「失礼いたしました。ペイシェンスへのゲイツ様の執着振りを、すげなく話されたので可笑しくなってしまいました」

 バーンズ公爵夫人の目が驚きで見開かれた。

「まぁ、あの人嫌いのゲイツ様がペイシェンス様に執着されているのですか?」

 この話題は避けたい。なのに、タイミング悪く執事が困った顔で応接室に入ってきた。

「どうしたのだ?」

 一応、私という客がいるのに、執事がお茶をサービスするためでもないのに入ってきたのを不審に思った公爵が咎める。

「あのう、王宮魔法師様の訪問の予定がありましたでしょうか? 突然、来られたのですが、追い返せるお方ではありませんし……」

 私とカエサルは大きな溜息をついた。ストーカーだよ!

「何だ?」訳が分かっていない公爵に、カエサルが説明する。

「ゲイツ様は、きっとペイシェンスがここにいると察知して来られたのです。彼の方は、とってもペイシェンスを気に入られていますから」

 驚く公爵夫妻だけど、王宮魔法師を追い返すわけにもいかないし、客人の私の知り合いなのだから応接室に通せと執事に命じた。

「おお、ペイシェンス様、やはりここにおられましたね。屋敷にお邪魔しようと思ったけど、バーンズ公爵家から気配がしたので」

 ゲイツ様は犬か! それに、バーンズ公爵夫妻を無視して私に話しかけないでよ。

 あまりのマナー違反に反応できない公爵夫妻の代わりに、少しはゲイツ様に慣れているカエサルが注意する。

「ゲイツ様、訪問の予約もなしにこちらに来られたのですね。私の両親を紹介致します」

 ゲイツ様もやっと礼儀を思い出したのか、公爵夫妻と挨拶をしている。

 二人座りにはゆったりしているソファーだけど、私の横に座られると密着しちゃうよ。あっ、カエサルが気を利かせて、一人掛けのソファーに移動してくれたので、少し距離を置く。

「それで、ゲイツ様は何の御用でお越し下さったのでしょうか?」

 私の家に来るつもりだったの? 勝手に来られたら困るよ。アポ無し訪問は断固拒否だ!

「それは、ペイシェンス様がロマノ発明会社を作ると前に話していたから、そろそろ相談されるかなと思ったのだ。もう、バーンズ公爵家に来ているなら、その話ではないか? 私を表に立てて、ペイシェンス様を護るのだろう?」

 王宮とグレンジャー子爵家って、そんなに離れてはいないけど、察知できるの? 

「流石はゲイツ様です。では、ゲイツ様をロマノ発明会社の代表として登録しても宜しいのですね」

 公爵は、来てしまったのなら話を進めようとしている。

「ああ、それで良い。金銭はいらないから、ペイシェンス様が不利にならないようにするのだぞ」

 公爵にも偉そうだね。

「そういうわけにもいきません。それに、ゲイツ様が何も受け取られてなかったら、不審に思われます」

 だよね! ただより高い物はないと言うもの。

「なら、名前を変えて貰おうかな? ロマノ発明会社だなんて、格好が悪い。私のセンスを疑われるのは嫌だからな」

 悪かったね! まぁ、確かに直接的すぎる名前かもね?

「どのような名前なら宜しいのですか?」

 公爵が質問しているけど、変な名前だったら、却下するよ!

「発明の古い言葉は……エクセルシウス! うん、これなら良さそうだ」

 古語でも発明そのまんまじゃん! でも、良いかもしれない。

「エクセルシウス会社? なんか変ですわ?」

 エクセルシウスは良いけど、会社をつけると変だよ。

「なら、会社の古語のエクセルシウス・エリテアか、工房の意味ならエクセルシウス・ファブリカはどうでしょう?」

 あっ、昨日やっとゲットした錬金・調合部屋は工房のイメージなんだよね。

「エクセルシウス・ファブリカが良いですわ」

 ただ、名前が長いよね! ゲイツ様って詠唱も長いけどさぁ。

「略してE・F……しまった! P・Pにすれば良かった」

 真剣に考え出したゲイツ様に、他の人は呆気に取られているけど、私は即座に否定しておく。

「それは遠慮しておきますわ。エクセルシウス・ファブリカが気に入りましたし」

 それにこのネーミングはゲイツ様らしいから、仮面には良さそうだもの。

「P・P?」

 公爵、それはもう考えなくて結構です。二人のイニシャルなんて恋人か夫婦みたいで、絶対に却下ですから。

「ああ、イニシャルなのか!」

 カエサル、もういいよ!

「本当にペイシェンス様は、私に冷たい。でも、エクセルシウス・ファブリカで繋がった気がします」

 えええ、嫌な事を言わないでよ!

「では、こちらでエクセルシウス・ファブリカの登録は済ませておきます。ゲイツ様にも顧問料を支払います」

 そうそう、ビジネスの付き合いだけだからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る