第88話 工房が欲しいな!
部屋に戻って、私はバザールの商店で買った半貴石をジャラジャラと小袋から取り出す。
不揃いのまま使っても良いけど、今回は形を揃えてビーズにしたい。糸で留めて刺繍のアクセントにしようと考えているからだ。
色別に大、中、小と分ける。ふふふ、楽しいよね! 錬金術も好きだけど、手芸も好きだなぁ。
本当に時間が有れば、手芸クラブに入りたいよ。
前世の百均の小分けができる仕切りの付いたプラスチックの小箱が欲しいな。そうか、作れば良いんじゃない?
ケイ素とスライムの粉でできそう。それに、これは裁縫や手芸をする人には便利だよね!
ボタン屋さんとかも展示するのに綺麗だし、買いやすいと思う。
「ノースコートの染め場が有ればねぇ……作れば良いのかも?」
グレンジャー家は、屋敷だけは立派で大きい。使用人も少ないのに、半地下の作業場も広い。火を扱うけど、それは台所だって一緒だよ!
「下級薬師の資格も取れたし、作業場が有れば回復薬や毒消し薬を作って売れるわよね」
ただ、秋学期はそんなことをする暇があるのかどうか不安なのだ。錬金術クラブに行く暇も無いかもしれない。王宮に防衛魔法を習いに行かないといけないし、週末には伯母様方から貴族の令嬢としての常識を教えて貰うみたいだ。弟達と過ごせる時間が少なくなりそう。泣いちゃいたい!
「使う時間があるか分からないのに、作業場を作るのは無駄にならないかしら?」
ペイシェンスに転生してから、私はケチになっている。よく考えてみよう!
「でも、こんな風に思い付いた時に直ぐに見本を作れるのは良いと思うのよね。見本が有れば商品化しやすいし……魔道具は、錬金術クラブで作る事にして、こんなチマチマした品物は家の工房で作りたい」
そんなことをぶつぶつ言いながら、大、中、小に分けた半貴石を綺麗なスワロフスキー八角形ビーズに揃えていく。
「八角形になれ! 細い糸通し穴よ開け!」
うん、高校生の頃にハマったスワロフスキービーズだよ。ネックレスや指輪やチャームを作るのに夢中になって、夜更かししては叱られたな。
底面を平らにしたら貼り付け易いけど、今回は糸で縫い付けたい。
「お嬢様、バーンズ公爵家にはこのドレスでよろしいでしょうか?」
メアリーが明日着るドレスを持ってきた。私は、そんなに多くの服は持っていないから、青かペパーミント色か、薄い水色か、去年の王妃様から頂いたピンクのドレスを順に着回している。他にも何枚かは去年のをなおして着ているけど、それはメアリー的には公爵家を訪問するには相応しくないから却下だ。
「もう何枚かドレスが必要ですわ」と珍しく愚痴るメアリーの目がテーブルの上の半貴石に釘付けだ。
「お嬢様、とても綺麗ですわ!」
うん、綺麗だけど、あの店にはメアリーもいたよね? エバと自分の髪飾りを買ったじゃん!
「ええ、とても安かったから、たくさん買ったでしょ。これをリボンに縫いつけたら綺麗な髪飾りになると思うの。襟ぐりや袖につけても可愛いかもね!」
「こんなにキラキラしていたでしょうか? まぁ、糸を通せるのですね!」
メアリーが感激しているけど、これって無いの?
「ドレスにつけるビーズとか売っていないの?」
こういう時、ちゃんと市場調査しなきゃと思うんだよ!
「真珠に穴を開けてドレスにつける貴婦人もいらっしゃると聞きますけど、宝石や半貴石は留金で付けるのが普通ですわ」
どうやらビーズは無いみたい。なら、ケイ素でカラフルなビーズを作ったら売れるかな? リチャード王子に自制を覚えろと言われたけど、ビーズとかは良いのかな? バーンズ公爵と要相談だ!
「ねぇ、屋敷の半地下には使っていない部屋も多いでしょう? ノースコートの染め場ほど広くなくても良いから、工房が欲しいの。染め物や織物、それにこういった半貴石を加工したり、入れ物を作ったりしたいわ」
メアリーは染物や織物には理解があるが、錬金術はあまり令嬢に相応しくないと反対されると思っていたけど、違った。
「ワイヤットさんに相談されたら良いと思いますわ。洗濯場もあんなに広く無くても良いですし、先代の奥方の調合室を使われても良いかもしれません」
えっ、調合室なんてあったんだ! 半地下にはあまり行った事がないから、自分の屋敷なのに知らなかったよ。
「先代の奥方は薬師として優れていらっしゃったそうですわ。ユリアンヌ様が嫁いだ頃は、よく回復薬を頂きました」
元ペイシェンスの記憶には祖父母の姿は無い。
「お祖父様やお祖母様は、何で亡くなられたの?」
まだ生きていても不思議ではない年頃だよね?
そういえば、あの世代が少ない。
「酷い流行病があったのです。それは、ローレンス王国の全域に広まりました。年配の方ほど症状が重くて……ユリアンヌ様も罹られましたが、若かったので重い風邪程度で済みましたが……老子爵夫妻は亡くなられたのです」
そうか、そんな怖い流行病があるなら、気をつけなきゃ。折角、転生したのに、流行病で亡くなりたくないもんね。
亡くなられたお祖母様には悪いけど、調合室を見に行く。
「ここは、ずっと閉めっぱなしでしたから……」なんてメアリーは渋るけど、そんなのは生活魔法で綺麗にするよ。
「ちょっと見てみたいわ。私は下級薬師の資格も取ったのよ!」
母親の侍女だったメアリーは、薬師に弱いみたい。何度も祖母にお世話になったのだろう。
「夕食に遅れない様に……」ぐずぐず文句を言うけど、鍵を開けてくれた。
扉の中は埃が溜まっていた。
「綺麗になれ!」
入る前に、お掃除だよね。
「まぁ、ここなら薬の調合も染物も錬金術も十分にできそうね!」
半地下だけど、部屋の上は窓になっているから、結構明るい。夏の夕日が差し込んでいる。
「大きな窯が二つもあるわ。それに小さな窯も! 薬草を洗う流し台もあるのね」
部屋の三方は棚になっている。お祖母様が使っていたらしい瓶や甕が沢山並んでいる。
「あの扉は?」
メアリーも知らないみたい。まぁ、母親の侍女であって、祖母の侍女じゃないもんね。
「まぁ、ここに薬草とかを置いていたのね!」
作業部屋と倉庫をゲットして、うはうはだよ。
「メアリー、買い物に行って欲しいの!」
メアリーは、ワイヤットに相談しないととか何とか言っているけど、そんなの反対なんかしないのは分かっている。だって、父親がロマノ大学の学長になったのはおめでたいけど、経費も必要なんだもん。
案の定、ワイヤットは使っても良いと言う。
「お嬢様は下級薬師の資格を取られたのですから、調合室を使うのに問題はありません」
やったね! これで工房がゲットできたよ。先ずは、仕切りがある収納箱を作りたいな!
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