第87話 カレーとチョコレート

 王都に帰った途端、書類仕事や手紙の返事で忙しく過ごしたけど、今夜はカレーだよ!

 エバに前世のカレーの作り方を思い出しながら、レシピを書いて渡したんだ。ノースコートやサティスフォードなら海の幸カレーも良いけど、王都で手に入りやすいチキンカレーにしたよ。かなりマイルドになる様に考えながらレシピを書いた。だって、父親やナシウスは初カレーだからね。それに、ヘンリーにも食べやすいように、おこちゃまカレーだ。

 激辛は、もっとカレーに慣れてからにしよう!

「良い香り!」

 お行儀は悪いけど、鼻をクンクンしちゃう。カレーの香りって、暴力的なほど魅力的だよね。

「お嬢様、お着替えにならないといけませんわ」

 各屋敷に手紙を届けたメアリーが帰ってきた。

「ええ、今夜はサティスフォード子爵家から頂いたレシピなのよ」

 メアリーも、スパイスが効いた料理は美味しかったのか微笑む。

「まぁ、また背が少し伸びられたようですわ。秋物は裾を伸ばさなくては」

 異世界の貴族の令嬢は、年齢ごとにスカート丈が決まっている。私は、本当は12歳で膝丈で良いのだけど、中等科なので脹脛までの長さが相応しいとメアリーは考えているみたい。社交界デビューしたら、踝が隠れる長さになる。ズルズルと長いスカートなんて動きにくいよね。

 庶民は、若い女性は脹脛程度だね。年配の女性は長いスカートだ。

「制服も直さなくてはいけないかも」

 言った瞬間に、夏休みが終わるのを実感した。楽しい夏休みは終わり、なんとなく忙しい予感がする秋学期が始まるのだ。


 エバは、私のレシピ通りにカレーを作ってくれた。ふふふ、異世界初のカレーだよ!

「これは変わった料理だな」

 父親も食べた事が無いと首を捻っている。

「辛いですが、美味しいです!」

 ナシウスには好評だ。父親も美味しそうに食べている。

「ああ」懐かしい! と言いかけて、口を閉じた。かなりマイルドだけど、チキンカレーだ。それに添えられているお米、涙が出そう。

「ペイシェンスは、辛いのは苦手なのか?」

 思わず涙ぐみそうになったのを父親に不思議がられた。

「いえ、とても美味しいですわ」

 カレーを定番にして欲しいから、即座に否定しておく。ただ、香辛料は高価だから、そんなには食べられないけどね。

 デザートはココナッツの実を砕いたミルクを使ったジェリーだ。ほんのりとした甘さが、カレーに合うよね。

 タピオカが有れば良かったなぁ。バザールの何処かには売っていたかも。もう一度行きたい!

 デザートを食べ終わった時、父親が珍しく話し出した。

「ペイシェンス、私がロマノ大学の学長になって、これからは教授達を屋敷でもてなす必要があるかもしれない。ユリアンヌがいないから、お前に負担を掛けてしまうな」

 そうか、学長として上手くやっていくには、教授達を招いて食事会とか開かないといけないんだ。料理はエバに任せたら良いし、テーブルセッティングはワイヤットがしてくれる。でも、持て成すホステス役が私しかいないのだ。伯母様達に教えて貰う事が増えたね。それか、食事会に来て貰うと良いかも? そこら辺も伯母様達に要相談だ。

 何だかお金に羽根が生えて飛んでいくのが見えたけど、父親には上手くやって欲しいから、応援するよ! 無職だと弟達の肩身が狭いからね。


 次の日の朝、オルゴール体操をしながらも考えちゃう。お金を儲ける為にも発明は続けたい。でも、リチャード王子に指摘されたけど、目をつけられるのも困るんだよね。だって、私はか弱い令嬢なんだもの。防衛魔法は習うけど、直接的な攻撃だけでなく、縁談とか、絡め手から来られても困る。なんて悩みながら朝食を取っていたら、バーンズ公爵から手紙が届いた。

「そうか、色々な特許商品の販売もあるものね。それに、他にも相談に乗ってもらいたいから、丁度良いわ」

 カエサルからも別に手紙が届いていた。

「そうよね! 錬金術クラブの顧問のキューブリック先生にもマギウスのマントをお見せしなくてはいけないわ。改良点を考えて下さるかもしれないし」

 マギウスのマントの資料を下さったキューブリック先生には、見る資格があるよ!

 それに、まだまだ改良点も多そう。この点で、ゲイツ様に相談したい気持ちもあるけど、あの人と必要以上に接したくないから困るんだよね。キューブリック先生が改良点を思いついてくれたら良いな。

「メアリー、明日はバーンズ公爵家に行きます。支度をお願いしますね」

 メアリーが夢を見過ぎなければ良いけど……公爵夫人になるのを期待されても困るよ。

 私は、メアリーが返事の手紙を公爵家に届けている間に、エバにチョコレートを作って貰う。

「お嬢様、これは何でしょう?」

 エバはカカオ豆を見るのも初めてみたい。

「ふふふ……とっても甘くて美味しいチョコレートになるのよ」

 でも、洗うと汚れが凄い! 3回洗っても水が濁っている。

「綺麗になれ!」早くしないとメアリーが帰って来る。生活魔法で時短だよ。

「これをローストするの。なるべく低温の方が苦くならないわ」

 エバにローストして貰う。一粒とって、ペキンと皮が弾けたら出来上がりだ。

「良い香りですが……このまま食べるのですか?」

「まさか! この皮を剥くのよ! 時間がないから、皮よ、剥けろ!」

 ココアマスができた。

「まぁ、お嬢様の生活魔法は便利ですわね」

 これを、ゴリゴリとすり潰すのだけど、今日は生活魔法で「滑らかになれ!」と唱える。だって、チョコの香りで我慢できないんだもの。

「これと同量の砂糖を混ぜて、湯煎にかけて、型に流せば出来上がりよ」

 お行儀が悪いけど、スプーンに一匙味見する。

「ううん、もっとミルキーな方が好きだわ」

 健康に良いカカオ80パーセントのチョコレートの味だ。生クリームを混ぜたかったな。

「エバも舐めてみて! 本当は生クリームを混ぜて、もっと滑らかにするの」

 エバは恐る恐る舐めて「まぁ、とても美味しいですわ!」と驚いている。私的にはまだまだだけど、好評で良かった。

 台所にいるのをメアリーに見つかると、睨まれるので、そそくさと部屋に戻る。

「あのチョコレートをアイスクリームにかけたら美味しいわよね!」

 生憎、グレンジャー家には卵や生クリームは常備していない。あれらは王宮に行った時に王妃様が下さる時限定だ。砂糖は、節約して取ってあるけどね。

「せめて、普通に卵や砂糖や生クリームを買えるようになりたいわ!」

 飢えていた時と比べると贅沢だけど、これからロマノ大学の教授達を招待するなら、美味しい食べ物は必要だよね! 私は、モラン伯爵夫人のようには座持ちが良くないもの。食べ物でご機嫌を取ろう!

「明日はバーンズ公爵家に行くけど、チョコレートをお土産にしましょう。チョコレートを売り出してくれたら嬉しいもの」

 今回は、生活魔法で色々と簡単に済ませたけど、本当はもっと大変だと思う。滑らかにするには細かくしなきゃいけないんだ。

 レシピを渡せば作ってくれるかな? 毎回、エバに滑らかになるまで摺鉢でゴリゴリさせるのは大変だもの。レシピ代に、チョコレートをくれたら良いのだけど……チョコレートケーキ食べたいよね!


 これでお土産はできたので、午後は弟達とメロンとスイカの種を蒔く。

「お姉様、これが実ったらメロン食べ放題ですよね!」

 ヘンリーの期待に応えたいけど、少し時期が遅いかもしれないんだよね。王都ロマノには秋風が吹き始める時期だ。今年はまだ暑いから、期待しておこう!

「頑張って育ててみましょう!」

 メロンとスイカの種に「大きくなれ!」と唱えておく。

「芽が出ましたね!」

 ナシウスもメロンが好きになったみたいだ。夏休み中には無理でも、週末ごとに大きくすれば大丈夫かな?

 温室での種まきは終わったので、裏庭に行く。

とうもろこしの茎をマシューがナタで細かくしている。これもコンポストに入れて肥料にするんだよ。馬のレンタル屋で馬糞を貰って混ぜているから、良い肥料になる。

「お嬢様、ナシウス様、ヘンリー様、何か御用ですか?」

 昨日は荷解きがまだ全部はしてなかったから、ナシウスはやっとマシューにお土産を渡せる。

「マシューにお土産を買ってきたんだ」

 木刀なんて貰って嬉しいかな? なんて心配していたけど、マシューは大喜びだ。

「ありがとうございます!」

 私は、男の子の気持ちが理解できないよ。ナシウスとヘンリーはとうもろこしの茎を細かく切るのを手伝うみたいだけど、私は遠慮しておく。

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