【書籍化】異世界に来たけど、生活魔法しか使えません

第85話 帰ってきたよ！

　サティスフォードの短期滞在も終わりだ。海の魔物の大きさにビビったけど、夕食に出た料理は美味しくて、ほっぺが落ちそうだった。霜降り高級牛肉を口に入れた時みたいで、噛まずに蕩ける食感だ。脂はさっぱりしてて、そう、アグー豚みたいな甘味があるの。

「まぁ、こんなに美味しいのですね！」

　これを父親や使用人達にも食べさせてあげたいな。サミュエルや弟達はお代わりしているよ！

「塩漬けや燻製なら王都にも運べるが、やはり生を調理した物の方が味が良い」

　サティスフォード子爵は、冬場は早馬車で運ぶ手もあるのだがと悔しそうな顔をする。夏場なので加工する部位以外は、地元で消費するしかない。今日のサティスフォードの町では、多くの人が巨大鯨（ビッグホエール）に舌鼓を打っているのだろう。

「馬車に冷蔵庫を積めば、生肉も運べると思いますわ」

　サティスフォード子爵は、少し考えて頷く。

「そうですね。バーンズ商会に大きな冷蔵庫を特注してみます。荷馬車に乗せられる冷蔵庫なら、魔物の肉も運べそうです」

　肉の部位とかは詳しくないけど、王都に運んで売る価値のある部位とか儲かるんじゃないかな？

「それと、冷凍庫も活用出来るかもしれませんね。でも、冷凍した肉を解凍したら、味が落ちるかしら？」

　肉によっては熟成した方が美味しいとか聞くけど、冷凍は遣り方が難しいよね。

「そうか、ペイシェンス様、良い事を教えて下さいました。それはバーンズ商会で購入して、色々と試してみます」

　上手くいったら、王都で魚が食べられるようになるかもね！

「ペイシェンスは、色々な事を考えるのですね。それはウィリアムに似たのかしら？　あの子は魔物の肉が好きでしたから、食べさせてあげたいけど……塩漬け肉と燻製をお土産にしましょう」

　リリアナ伯母様は、父親とは不仲だと思っていたけど、やはり姉弟なんだね。好物だって覚えていたんだ。

「ありがとうございます」

　バザールでは、待望の米が手に入った。少し長細い米だけど、カレーやチャーハンには向いているよね。日本で食べていたお米が懐かしいけど、南の大陸の米はインディカ米っぽい。アンジェラから聞いた東のカルディナ帝国に期待したいな！

　夏場なので、生物の輸送は難しいけど、サティスフォード子爵には頑張って欲しいよ。

　それに、メロンとスイカ、温室で栽培できたら良いなぁ！　カレーのレシピを書いたら、エバが作ってくれるかな？　チョコレート、作るの難しそうだけど、何とかして作ろう！

　食べ物のことばかり考えながら、美味しい夕食の時間を過ごした。

「明日は、朝早く出発しますよ。この時期の王都への道は混みますからね」

　リリアナ伯母様は、いつもは混雑を避ける為に、もう一週間は前に王都へ向かうのだそうだ。

「王立学園やロマノ大学の秋学期が始まりますし、そろそろ社交界も賑やかになる季節ですものね」

　社交界かぁ、来年にはデビューするみたいだけど、できたら避けたいなぁ。なんて内心で思っていたのが、バレた。

「ペイシェンスは、来年には王妃様のお声掛で社交界デビューするのですから、今年から準備しなくてはいけませんよ。王都に戻ったら、アマリアお姉様やシャーロッテお姉様とも相談しましょう」

　ああ、お金に羽根が生えて飛んでいくよ。シャーロッテ伯母様は、前に絹の生地を下さったんだよね。まだ、少しは残っているけど、多分、何着も必要なのだろうから、安く購入させて貰いたい。準男爵の年金っていくらなんだろう？　なんて、お金のことばかり考えていたけど、社交界デビューの話題でラシーヌは盛り上がっている。

「まぁ、王妃様のお声掛けでデビューするのですか！」

　ラシーヌは、指を組んで、うっとりとしている。アンジェラがジェーン王女の側仕えにほぼ決定しているからね。アンジェラが社交界デビューする時の事を夢想しているのだろう。

「ペイシェンスには準備をしてくれる母親がいませんから、私達で恥をかかない様に気をつけてやらなくては」

　本当に有難いのだけど、少しだけ気が重い。異世界の貴族の常識を身につけなくてはいけないのは分かっているけど、弟達との時間が割かれるのが辛い。

「お願い致します」と頼んでおく。本当に何が必要なのか、ペイシェンスも子どもだったから詳しく知らないし、前世では社交界とは縁が無かったからね。

「まぁ、私もお手伝い致しますわ。アンジェラの社交界デビューの予習になりますから」

　ラシーヌは、準備万端タイプだ。

「それは有難いわ。アマリアお姉様は、少し流行に疎いから。シャーロッテお姉様は、領地が絹の産地だから、ファッションに明るいのよ」

　ラシーヌは、アマリアの娘なのに、ディスって良いのかな？

「ええ、お母様は伝統的なドレスがお好きで、私も社交界デビューの時に喧嘩ばかりしていましたわ。ドレスも流行り廃りがあると言っても、デビュタントは白か薄いピンク色のドレスしか着てはいけないと言われるから」

　ああ、アマリア伯母様はファッションに疎いんだね。ちょっと気をつけよう！

「勿論、正式なパーティではデビュタントは白いドレスでなければいけませんが、普通のパーティではカラフルなドレスも着て良いのに……まぁ、そこら辺は私とシャーロッテお姉様で説得しますわ」

　リリアナ伯母様とラシーヌはファッションセンスが良さそうだから、これは強い味方だね。

「明日の朝は早いから、もう休みなさい」

　サロンでの話は短時間で切り上げて、私達は部屋に戻る。ヘンリーは、もう寝ている。可愛い寝顔に、胸がキュンとするよ。

「おやすみなさい」おでこにキスして、私も自分の部屋へと戻る。

　次の日は、朝早く起きて慌ただしく朝食を終える。今日は体操はしない。オルゴールはもう馬車に積んであるからだ。それに、本当に慌ただしくて、体操なんかしていたらリリアナ伯母様に叱られそう。

「サティスフォードからの方が王都に近いのでは？」

　不思議に思って質問したら「街道が混むのよ！」と馬車に乗るように急かされた。

　私は、アンジェラとメアリーとミアと同じ馬車だ。弟達とサミュエルと従僕、サティスフォード子爵夫妻とリリアナ伯母様、そして子供と子守り、召使い達の馬車。それに護衛が何人も馬車の前後に配置されている。

　サティスフォードを離れた時は、街道が混んでいるとは思わなかったけど、途中から馬車が連なってきた。

「お昼の宿も混んでいそうですわ」

　アンジェラは、何回もサティスフォードと王都を行き来しているから、事情に詳しいみたい。

「でも、予約はしてあるのでしょう？」

　アンジェラは「ええ」と頷くけど、何だか歯切れが悪い。

「まさか、横入りする貴族がいるの？」

　子爵家より高位の貴族には席を譲らないといけないのかも？

「サティスフォード港だけでなく、南部には他にも港があります。そこに着いた貴族の中には無茶をされる方もいらっしゃいますわ」

　領地からなら、王都への道のりの途中で休憩する貴族の屋敷や宿を予め押さえておくのだろうけど、船旅からの帰りだとしていない貴族もいるのかな？

「まぁ、食事ができない事はありませんわ。後回しにされたりして……そうなると、余計に街道が混んでしまうのです」

　王都に入る時は、門で簡単な検査がある。貴族の場合は、ほぼフリーパスだけど、商人達の検査で門の近くには長い行列ができるそうだ。前は王妃様達と一緒だったから、勿論、スムーズに王都に入ったよ。騎士達が先に馬車を退けさせていたのかも？

「やはり、渋滞しているのね」

　昼食に横入りされる事はなかったが、王都が見えてくるようになると、馬車がノロノロとしか進まなくなった。

「ええ、でも門の衛兵が馬車を整理してくれていますわ」

　この時期は、領地で夏を過ごした貴族が王都に戻ってくるので、衛兵が慣れた様子で馬車を誘導している。アンジェラの言う通り、貴族の馬車はスムーズに王都に入った。

　こういうのって庶民はどう思うのかな？　なんて考えているうちに、懐かしいグレンジャー家に着いた。

「ペイシェンス、ナシウス、ヘンリー、お帰り！　リリアナ姉上、子供達がお世話になりました」

　本来ならもっとちゃんと挨拶をするのだろうけど、馬車の旅で疲れているからと、簡単にすませる。

「リリアナ伯母様、サミュエル、サティスフォード子爵、ラシーヌ様、アンジェラ、お世話になりました」

　それぞれの屋敷に向かう馬車を見送ると、私達は父親と一緒に屋敷に入る。長かった夏休みも終わりだね！

　やっと帰ってきたよ！