第86話 ロマノ大学、学長!
さて、伯母様やサミュエル、サティスフォード子爵夫妻とアンジェラを見送ったし、屋敷に入る。
服などが入った衣装櫃だけでなく、リリアナ伯母様がお土産として買ってくれたお茶、米、
「これらは
メアリーは衣装櫃の片付けだから、他のはワイヤットにお願いしておく。ジョージとマシューが運んでいるから、私たちは、応接室で、帰宅の挨拶をする。
「皆、元気そうだ!」
それより父親はいつまで黙っている気なんだろう。帰りの馬車の中でも、知らないふりをして驚いてあげようと弟達と決めていた。
ワイヤットがお土産のジャスミンティーを淹れてきた。
「これは、リリアナ伯母様がお土産にと下さったのです」
父親は香りを楽しみながら、お茶を飲んでいる。私の横に座っているヘンリーのお尻がうずうずしているよ。もう少し我慢してね!
「これは良い香りだね」
うん、その通りだけど、他にも言うことがあるでしょ!
「そうだ! ペイシェンスは
うん、それは「ありがとうございます」だけど、違うでしょ!
「お前のような若い令嬢が爵位を頂けるのは珍しい。陛下に感謝しなくてはいけないよ」
ええ、それも「わかっています」だ!
「お父様……」ああ、ヘンリーが我慢の限界だ。
「皆に話したいことがあるのだ。秋学期から私はロマノ大学の学長として勤める事になった」
父親もヘンリーが言い出しそうなのを察したのかな? やっと発表したよ。
「「お父様、おめでとうございます!」」
ヘンリーも大きな声で「おめでとう!」と叫んでいる。
「手紙で知らせるより、直接言いたくてね」
照れてるけど、もう知っていたよ。
この夜は、父親のロマノ大学学長就任と私の
こんな時もヘンリーは別なんて、本当にこの習慣は嫌いだよ。
勿論、リリアナ伯母様がお土産に買って下さった魔物の塩漬け肉がメインだよ。それと、スープにも少しだけ香辛料が入ってて、ピリッとした風味が夏バテ気味の父親にも好評だった。
「おお、これは
エバがうまく塩を抜いていたけど、やはり生の方が美味しいね。サティスフォード子爵が冷蔵庫馬車を上手く使って運んでくれると良いなぁ。まぁ、グレンジャー家に買える値段かは、ちょっとわからないけどさ。
そして、デザートはメロンだよ! これは、私からのお土産!
「これは、メロンだね。昔、食べたことがあるよ」
昔は、グレンジャー家も普通の貴族の生活をしていたんだね。ナシウスは、ちゃんとした生活をして欲しい。
「ええ、コルドバ王国の南部でも栽培していると聞きましたわ」
温室で育ててみよう。私の大好物だし、高く売れそうだもん。
馬車の旅の疲れもあるので、夕食後は部屋に戻る。勿論、子供部屋でヘンリーの寝顔を見てからだよ。
「明日は、留守の間の畑や温室をチェックしなきゃ。それにメロンとスイカの種を蒔きたいわ」
ベッドに入って、する事リストを考える。
「ああ、それにワイヤットと相談しなくては! お父様がロマノ大学に毎日通われるなら、馬を飼わなくてはいけないのだわ。馬丁は護衛を兼ねて派遣するとリチャード王子が言われたのだけど……お休みなさい」
明日の朝、考えよう!
次の朝は、オルゴール体操で始まる。弟達と一緒に体操を終えて、食堂に入る。
「おはようございます」
本当は父親にも体操に参加して欲しいけど、新聞を読んでいる。
朝食も前とは違って量はたっぷりあるよ。夏野菜も順調に育っているみたいで、サラダも山盛りだ。
食事を終えたら、私は温室と裏庭の畑をチェックする。ヘンリーの勉強はナシウスが見てくれるからね。
「まぁ、トマトがいっぱい! きゅうりも!」
温室の半分はバラだ。冬に高く売れるからね。
後の半分は、夏野菜だけど、きゅうりは豊作だ。
「お嬢様、お帰りなさい。トマトは、そろそろ抜こうかと考えていたのですが……」
ジョージが上手く管理してくれている。
「ええ、トマトは畑でも作っているのでしょ。きゅうりはもう少し置いていても良さそうね」
私が口出ししなくても、エバがピクルスにしたり、トマトソースにしたり、家で料理する以外の野菜は売ってくれている。
「トマトの後は何にしましょう?」
へへへ……そりゃ、メロンとスイカに決まっているよ。
「上手く栽培できるかどうかは分かりませんが、メロンとスイカを育ててみようと思うの。本当はもっと夏前から育てる果物なのだけど、今年は試作ね!」
裏庭では、マシューがトウモロコシを採っていた。
「トウモロコシを収穫したら、玉ねぎと蕪を植える予定です」
本当に、野菜の栽培はジョージとマシューに任せて大丈夫だ。時々、魔法で後押しするだけで良さそう。
なので、問題のワイヤットとの話し合いだ。本来なら父親と話し合う案件も多いけど、理想論ではなく、現実的なアドバイスが欲しいからね。
「ワイヤット、少し宜しいかしら?」
執事の仕事部屋の前で、ノックして許可を待つ。
「ええ、お嬢様。何の御用でしょうか?」
ワイヤットは、銀のカトラリーを磨いていた。本当は従僕とかがする仕事だ。
「リチャード王子がグレンジャー家に護衛が必要だと考えられて、信頼できる人を派遣すると仰られたの。それって、その方の賃金はどうなるのかしら?」
まずは、これだよ! ワイヤットも考えていなかった話題だったみたい。
「信頼できる護衛はありがたいです。お嬢様の学園への送り迎えも安心できます。賃金については、その護衛と話し合います」
これはワイヤットに任せておけば良さそう。
「お父様がロマノ大学の学長になられたから、私はお祝いに服をプレゼントしたいの。良い仕立屋でお願いしておきます」
古くて袖がテカッていた服も生活魔法で修復しているけど、少しノースコート伯爵やサティスフォード子爵の着ている服とは違う。女の人ほどではないけど、紳士物も流行があるみたい。
「ええ、ありがとうございます」
普段は、私の特許料に手を付ける事はないけど、ワイヤットも古い服装には気づいていたようだ。それに、就職祝いなら良いみたい。
「それと、お父様に従僕が必要だわ。ロマノ大学にジョージが付き添うなら、もう一人、下男を雇わなくては。それと、私は来年の秋には社交界デビューしなくてはいけないみたいですから、下女が必要です」
この件は、ワイヤットも考えていたみたい。メアリーが私の侍女として付き添う場面が多くなるなら、下女を雇わなくてはいけない。
「お嬢様、何かお考えがあるのでは?」
見透かされているよ。でも、言おう!
「王立学園の美容の時間に、孤児院の子供が連れて来られたの。私が担当した、キャリーとミミはメイドになりたいと言っていたのが気になっているの。ちゃんとした屋敷に雇われているなら良いけど……」
ワイヤットがにっこりと笑う。駄目なのかな?
「お嬢様は、お優しいですね。その点は子爵様にそっくりです。貴族の屋敷に孤児院の女の子を雇うなんて、普通は致しません。でも、お嬢様がお気にかけておられるのでしたら、キャリーとミミを雇いましょう」
うん? ワイヤットは反対すると思っていたけど?
「私も子爵様に拾われたのですよ」
えっ、どう言う意味なんだろう。でも、それ以上は踏み込ませてくれない。ガードが堅いんだよね。
馬丁は派遣されるから、下男はワイヤットがツテで雇うみたい。普通は、紹介状とか、知り合いの紹介で雇うみたいだね。
「あのう、少し先の話だけど、ナシウスは寮に入らず通いでも良いのではないかしら?」
ワイヤットが微笑む。これは、ナシウスと父親が決める事みたいだ。
「どちらにしても、来年からはヘンリーの家庭教師が必要です」
これも考えていたようで「左様でございますね」と頷く。
まぁ、これで殆ど私からの話は終わったと思ったら、微笑むワイヤットがドサッと書類を後ろの棚から出してきた。
「お嬢様、ノースコートであれこれ発明をされた様ですね。これらの書類は、子爵様は署名済みです。どうか、処理をお願いします。王都に戻られたのが分かりますと、招待状のラッシュが起こりますから、早めに!」
うっ、昼からは弟達と農作物の収穫を手伝おうと思っていたのに! その上、ノースコートに呼んだ錬金術クラブのメンバーとフィリップスからも手紙が届いている。これらに返信も書かなくてはいけないのだ。
「招待状って……招待されても行かないって……駄目なのですね!」
ワイヤットの微笑みが深くなり過ぎて、断っては駄目なのは分かったよ。彼方は、夏休みの半分を滞在させて貰ったのだから、借りを返そうとしているのだ。それを断るのはマナー違反みたい。ペイシェンスは近頃出て来ないけど、わかったよ。
部屋に書類と手紙を持って上がって、読んで署名をする。そこから、お礼の手紙を読んで、返事を書く。
「メアリー、この書類をワイヤットに。そして、この手紙を宛名のお屋敷に届けてね」
こういうお使いは、メアリー的には嬉しいみたい。皆、上級貴族の子息達だからね。
「お嬢様、ノースコート伯爵家とサティスフォード子爵家にもお礼状を書かなくてはいけませんよ」
ああ、そうだった! ナシウスとヘンリーにも書かせなきゃ!
子供部屋で、二人に礼状を書かせる。
「ナシウスには、フィリップス様からも手紙が届いていますわ。それにもお返事を書かなくてはね」
ナシウスは丁寧な文字を書くけど、書道も教えなくてはね。貴族社会は、手紙の行き来が多いもの。
やっと書き終えたと思ったら、あのゲイツ様からも手紙が届いた。
「お嬢様、王宮魔法師様とお知り合いなのですか?」
珍しくワイヤットが驚いている。
「ええ、ノースコートのカザリア帝国の遺跡調査に来られたのです。秋学期からは防衛魔法を教えて下さるみたいですわ」
手紙を開けたくない気分だけど、そうもいかないよね。
「わぁ! 愚痴メールだわ」
王都への帰還の間、サリンジャーにお説教された上、帰った途端に書類仕事をさせられたみたい。文官への悪口がてんこ盛りだった。
「秋学期と言わず、今からでも……無理!」
留守の間の温室と裏の畑のチェックを済ませただけだ。これから、メアリーと男の人の服を縫わないといけない。後回しにしたからね!
丁重なお断りの手紙を書く。これらをメアリーに渡して、さぁ、弟達と夏野菜の収穫だよ!
ジョージとマシュー、そして私達でトマトは全部、そしてきゅうりも採る。
そして、私には大事な使命があるのだ。メアリーはお手紙配達で忙しい。このチャンスを生かさなきゃ!
「エバ、これはサティスフォード子爵家のレシピなの。できるかしら?」
一つは本当にサティスフォード子爵から貰ったレシピだよ。そして、もう一つはカレーだ!
「まぁ、香辛料をいっぱい使うのですね。やってみますわ」
特にカレーは香辛料を沢山使うからね。でも、エバは燃えているから、期待するよ。
「お米の炊き方は分かるかしら?」
エバは笑って、頷く。
「南部の労働者は米を食べる人もいます。だから、炊き方は知っています」
王都では見かけなかったけど、南部では食べているんだね。
「カレーの米は硬めが良いと聞きましたわ」
私は、カレーの時に柔らかいご飯は駄目なんだ。たまに喫茶店でご飯が柔らかい時があると、げんなりしちゃったよ。
「わかりました」
エバは、トマトソースやきゅうりのピクルスも作るのに、忙しくさせちゃうなと心配したけど、甥のマシューに手伝わせるみたい。やはり、下女が必要だよね。
マシューも、下男見習いから、下男に昇格させて、少しずつ従僕の仕事も覚えさせないといけない。いずれは、ナシウスの従僕になるんだからね。ヘンリーは騎士志望だから、少しは剣を扱える従僕を育てないとね!
やる事は山積みだ。秋学期になる前に、防衛魔法を習う暇なんかないよ!
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