第70話 そろそろ夏休みも終わり?

 夏の離宮から帰ると、午前中はアンジェラにくだらない噂話をしたサミュエルをビシバシしごき、午後からは絵画刺繍を仕上げる事にする。これは、夏休みにノースコートに招待して貰ったお礼だからね。弟達は剣術の稽古。アンジェラはサティスフォードに帰っちゃった。


『夏休みの後半は遺跡調査ばかりしていた気がするわ。陛下も一週間経ったら王都に帰られるし、王妃様もご一緒されるかもしれない』


 去年、夏の離宮から王都に帰った時は、夏休みはまだ残っていた。でも、今年は陛下も長く滞在されるから、ギリギリまでかもしれない。


「伯母様、ノースコートにはいつまで滞在するのでしょう?」


 これは自分達の予定を聞くのだからマナー違反にならないと思うよ。


「去年までは、もうそろそろ王都に帰る時期なのですが……調査隊の方もいらっしゃいますから、夏休みギリギリまでノースコートにいるかもしれませんわ」


 ご迷惑をかけているようで、身が小さくなるよ。


「まぁ、ペイシェンスは未だ分かっていないのね。あの地下通路が見つかって、陛下が二度も視察に訪れられるのよ。ノースコート伯爵家として名誉な事だわ。それにしても、ゲイツ様は貴女にご執心な様子なのに、サロンに残って良かったの?」


 それが嫌だから、サロンに篭っているとも言える。


「午前中は弟達と勉強をしなくてはいけません!」と朝からテンションMAXのゲイツ様の誘いを断ったら、昼食後も「昼からなら動力源の調査に行けるでしょう!」としつこく誘われた。


「いえ、絵画刺繍を仕上げたいので……」と断ったけど、明日、陛下の視察までは伯父様は動力源に手をつけないから、行っても無意味だよね。


 何だかゲイツ様の勧誘に苛々するので、生活魔法を全開で使ってしまい絵画刺繍が仕上がったよ。


「まぁ、とても素敵だわ! それにこれからはノースコートはカザリア帝国の遺跡で有名になるから、とても良いと思うわ」


 カザリア帝国の遺跡の絵画刺繍だからね。サロンに飾っても相応しい。


「その件も陛下にお伺いを立てないといけないかもしれませんわ。単に地下通路が見つかっただけなら、観光資源としてガイドを付けてツアーをしても良いかもしれませんが、扉の開閉システムはロストテクノロジーですから」


 まぁ、古文書は極秘扱いになるだろうけど、扉はもう多くの人が開閉するのを見ているから広まっているかもね。


「伯母様、あの調査隊の方々も大学が始まれば帰られるのでしょうか?」


 ずっとノースコートに滞在されるのは迷惑じゃないかな? 特にリリアナ伯母様は秋の社交界で忙しそうだし。


「さぁ、それは尋ねていませんの。それに、私達が居なくても家政婦がちゃんと面倒は見るでしょう」


 まぁ、調査隊は正式な物だから良いんだけど……これからローレンス王国だけではなく、他国からも遺跡の調査に来そうなんだよね。


「あのう……ノースコートの町に高級宿屋を作られては如何でしょう?」


 リリアナ伯母様は少し考えて微笑んだ。


「エリオット様と相談してみますわ。それなりの紹介状を持った方は館にお泊りして頂かないといけませんが、全員は負担になるかもしれませんものね」


 要するに上級貴族や、お偉い方の紹介状が有れば館に泊めるけど、他の方はお断りって感じだね。それは当たり前だと思うよ。館には絵画や骨董品なんかも飾ってあるし、カトラリーだって銀製品なんだからね。それに、多分、お金は要求しないんだと思う。それは紹介した人への貸しになるんだろう。


「ペイシェンスも来年は社交界デビューですし、そろそろ貴族の付き合いについて学ばないといけませんね。ウィリアムはこの点は当てにできませんから、王都に帰ったらアマリアお姉様やシャーロッテお姉様と相談してみますわ」


 えっ、弟達との時間パラダイスが少なくなると聞こえたよ。でも、異世界の貴族の常識が不足しているのも確かなんだね。


「はい、宜しくお願い致します」と答えておく。だって、弟達エンジェルもあの父親からは、貴族としての心得とかは教えて貰えそうに無いんだもの。お姉ちゃんが頑張るしかないよ!


 それと伯母様にはもう二つ頼み事があるんだ。


「あのう、第一騎士団のマントは手に入るでしょうか?」


 リリアナ伯母様は、目を輝かせる。前に話していたから覚えていたんだね。


「もしかして、本当にマギウスドラゴンスレイヤーのマントが作れるの? 甥のサリエスが騎士になったから、アマリアお姉様はいつも心配されているのよ」


 まぁ、身内なら騎士になったら心配するのが普通だよね。私もヘンリーが騎士になったら、心配で心配で……やはりマギウスのマントは作らなきゃね!


「アマリアお姉様に手紙を書いて、予備のマントを送って貰うわ」


 それまでに銀糸を作っておこう! 後一つの頼み事は少し言い出し難いな。


「アンジェラと約束したのですが、サティスフォードに行きたいのです」


 ノースコートに招待して貰っているのに、他所に行きたいなんて失礼かな? って心配したけど無用だった。


「私もラシーヌから招待されているのよ。でも、調査隊がいらしたり、ゲイツ様が来られたから……陛下の視察が終わったら、訪ねましょう!」


 陛下がゲイツ様を王都に帰してくれると良いなぁ。


「はい! 楽しみですわ」


 可愛いちびっ子達に会いたいし、バザールも本当に楽しみなんだ!




 お茶の後は、ラジオ体操の曲をハノンで弾いて楽譜を書いたりしていたけど……ベンジャンの疑惑の目がつきまとっているんだよ。


「その元気そうな曲は何だ?」


 調査隊とゲイツ様は今日も遺跡に行っているけど、カエサル達は屋敷で古文書の写しを読んでいるんだ。だってノースコート伯爵は陛下が来られるまでは、動力源に手をつけないと宣言されているからね。で、何故、ベンジャミンだけサロンにいるのか? 古典が苦手だからだよ! 苦手な物って疲れるから休憩に来たんだ。


「これは、弟達と体操をしようと思って作った曲ですわ。私は体力もありませんし、朝一番に体操をしたら良いと思ったのです」


 ベンジャミンが首を傾げている。


「だが、ペイシェンスがハノンを弾いていたら、体操はできないのでは? あっ、何か作るつもりだな!」


「ええ、オルゴールを作るつもりです」


「なんだ!」って少しガッカリしたみたいだけど、手伝ってくれる事になった。よほど古典から逃げたいんだね。


「この楽譜をオルゴールにするには、かなり大きな円柱シリンダーがいるぞ!」


 そうだよね。普通のオルゴールってワンフレーズだけだもん。ラジオ体操の曲は3分はあるからね。


「もしかして、大きな魔石が必要でしょうか? 私が見たオルゴールは小さな宝石箱ぐらいで、小さな魔石で動かしていたのです」


 ベンジャミンは錬金術が好きだけど、カエサルほどは魔石を使わない道具には興味がない。


「大きな魔石で動かせば良いではないか?」


 うん、金持ちのお坊ちゃまだからね! 前世のオルゴールはゼンマイで動いていたんだ。ハンドルを回す遣り方でも良いな。


 私が魔石を使わないオルゴールの設計図を考えながら書いていたら、他のメンバー達もサロンに休憩にやってきた。


「ペイシェンス、何を作っているんだ!」


 カエサルがやってくるなり尋ねるけど「オルゴールだってさ!」とベンジャミンがつまらなさそうに答える。まぁ、オルゴールは高価だけど市販されているからね。


「これは機械仕掛けのオルゴールなのですね!」


 ミハイルは設計図に飛びついてくれたよ。機械大好きだからね。それに魔石に頼るより、庶民にも広げ易いかを常に考えている。


「ええ、箱の横にハンドルを付けて、それを手で回しても良いかなぁと考えているのです。それなら魔石は要りませんわ」


 カエサルが考え込んでいる。カエサルは錬金術愛が深いけど、バーンズ商会で庶民がなかなか魔道具に手が届かないのも知っているからね。


「それは面白い道具だな! ペイシェンスは音楽クラブに属しているだけある。ローレンス王国は優れた音楽家を輩出しているが、エステナ聖皇国に奪われて、音楽が庶民まで広まっていないのだ」


 これは外交学で習ったよ。それにローレンス王国が他国から文化的に遅れていると間違った印象を持たれている事もね。まぁ、デーン王国ほど野蛮だと思われている訳では無いけど、元バーバリアンの一部だからさぁ。


「これを街角で演奏しても楽しそうですわ」


 ラジオ体操の曲じゃ無いのも作ろうかな?


「そんな所より酒場とかが良いのではないか? ローレンス王国には吟遊詩人もあまり訪れないと聞くからな」


ベンジャミン? 酒場とか行っているの? まだ13歳だよね?


「お前は、何処をうろついているのだ! 秋学期からは文官コースも取れ!」


 カエサルが雷を落としている。やはり、未成年が行く所ではないよね。


 ミハイルに協力して貰って、手回しオルゴールの設計図ができた!


「音符を円盤に写すのは錬金術でできそうですが、どの程度の間隔にするかとかは難しそうですわ」


 私が悩んでいると、ベンジャンに笑われた。


「そういうのお前は得意そうだけどな。この曲になれ! とかでさ」


 周りの錬金術メンバーは笑ったけど、うん、なんか出来そう。


「「「えええ! できるのか!」」」


 全員から突っ込まれたよ。明日は陛下の視察だから、明後日やってみよう。


「メアリーに材料を買って来て貰わないといけないわ」


 田舎町では小切手が使えないのが痛い。銀とか高そうだよね。それにオルゴールの円柱も銅で作りたいし……サティスフォード子爵がくれた40ローム、現金だったら良かったのに……


「もしかしてお金が無いのか? 令嬢とかは現金を持ち歩かないからな」


 ベンジャミンに心配されたよ。


「いえ、お金はあるのですが……田舎町では小切手が使えなくて困っているのです」


 カエサルが変な顔をする。


「田舎町でも小さな銀行ぐらいはあるだろう。それに冒険者ギルドでも小切手ぐらいは現金化できるぞ」


 そうか! 私が驚いているのを見て、全員が驚く。


「ペイシェンスって箱入り娘なんだな。忘れていたよ。まぁ、令嬢が知らないのは普通かも知れないが、文官コースを選択しているのだから、それでは駄目だぞ」


 確かにね! あっ、またベンジャミンが「お前もな!」とカエサルに叱られているよ。


 今は錬金術クラブメンバーが集まっているので、熱気球についても相談する。秋学期は、リュミエラ王女だけでなくヨーゼフ王子やオーディン王子まで留学されるから、どのくらい錬金術クラブに行けるか分からないんだ。


「この熱気球の模型だけでも作りたいので、空気を熱する魔法陣を教えて下さい」


 簡単な熱気球の図を書くよ。全員で、ああだ、こうだ、と議論していると弟達が剣術の稽古を終えてサロンに来た。


「わぁ、空を飛ぶのですね!」


 ナシウスは、マジ天才だよ。図を見て分かったんだね。


「翼が無いのに飛べるのですか?」


 ヘンリーは可愛いね。そうか、青葉祭にはナシウスは入学しているけど、ヘンリーは来れないんだ。小さいので良いから作ろう! 二人乗りぐらいでも良いな。


「ペイシェンス、また無理をするつもりだな! 体力が無いのだから気をつけろ」


 ベンジャミンに心配されたけど大丈夫!


「だから体操をして、魔素を身体に取り込むのです。ナシウス、ヘンリーも体操をしましょうね!」


 二人は素直に「はい!」と良い返事だけど、サミュエルは「えええ?」と唇を尖らせているよ。


「それは良い考えですね。私も参加させて貰いましょう」


 げっ、いつの間にかサロンにやってきたゲイツ様まで参加予告をしているけど、明日、陛下が視察に来られたら王都に帰らなきゃいけないと思うからスルーしちゃおう。

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