第71話 あれ?

 陛下の二度目の遺跡視察だ。リリアナ伯母様も前回の経験を生かして、準備はスムーズに終えている。私もメアリーにおめかしされているよ。


「ペイシェンス、緊張していないんだな」


 サミュエルも豪華服を着ている以外は普段通りに見えるけど、やはりお迎えする側だから緊張するのかもしれないね。私はゲストだから気楽だよ。それにゲイツ様を王都に帰してくれるかもしれないからね。待ち遠しいよ!


 夏休みも残り少なくなって来たから、自由研究の仕上げに取り掛かりたいんだよね。ラジオ体操用の手回しオルゴール、銀糸を作ったり、塩もナシウスとヘンリーと作らなきゃいけない。あの人に付き纏われていたら、邪魔なんだよ。


 なんて事を考えていたから罰が当たったのかも。出迎えるのも一緒だけど、ゲイツ様が「よく来られましたね!」と気軽に話しかけているのが違うかな?


「王都の留守を任せた筈だが……まぁ、来てしまったのは仕方ない」


 えええ、良いんですか? あれ? ビシッと叱って王都に帰して下さいよ!


「流石に分かっておられる」


 自信満々だけど、良いのかな? 


「ペイシェンス様を私の後継にしたいのですが、本人が頑固で困っています。陛下からも一言お願いしたいのですが……」


 あれだけはっきり断ったのに、あの耳は飾りなのかな? えっ、少し尖っていない? プラチナブロンドの長髪に隠れていたけど……まさかエルフ? いや、エルフってもういないと聞いたけど……先祖返りなの?


「ゲイツ、本人が嫌がっているのに強要しても良い結果にはならないと思うぞ。それより、あの遺跡の動力源は、転用できると考えているのだな」


 おいおい、玄関先で話し始めちゃったよ。


「陛下、昼食を用意しております」


 ノースコート伯爵が声をかけなきゃ、このまま動力源の視察に行きそうだったね。


「おお、そうだな! では、ノースコート伯爵夫人、案内して貰おう」


 今回はマナー通りに陛下がノースコート伯爵夫人をエスコートして、私は後ろからついて行こうとしたのに、何故かゲイツ様にエスコートされている。こういう時、素早いんだね。


「ゲイツはペイシェンスに目を付けると思っていたが、早かったな。一度、会わせてみたいと思っていたのだ」


 昼食の席で、不穏当な事を言わないで下さい。えっ、もしかして王都に帰ったら王宮を訪ねて欲しいと言われていたのは、ゲイツ様と引き合わせるためだったの?


「まぁ、一目で分からないのは、教会のボンクラぐらいですよ。生活魔法を下に考えているから、目の前で能力判定を受けている天才を見逃すのです」


 流石に陛下は、王宮魔法師の弟子になるのを私が喜んでいないのに気づいたみたい。


「……本人は違う考えのようだ」


 海老のゼリー寄せは私の大好物なのに食べる気にならない。


「大丈夫です」なんてゲイツ様は自信満々だけど、私は魔法使いになる気はないよ!




 胃が痛くなるような昼食だったので、動力源の視察は遠慮しておく。ノースコート伯爵とサミュエルと調査隊とゲイツ様とカエサル達が同行したから、私はパスしても良いと思うよ。あの急な坂を馬で登るのは御免なんだ。


「お姉様は王宮魔法師になられるのですか?」


 ヘンリーの憧れの目には弱い私だけど、これははっきりさせておく。


「いいえ、私は魔法使いコースも選択していませんし、王宮魔法師にはなれませんわ」


 なりたいとも思っていないしね。前世の日本にも宮中に仕える陰陽師とかいたみたい。映画で見たけど怨霊を退治したり大変そうだった。そんなホラー展開は御免だし、魔物がいる異世界で退治とか無理だもん。


「そうなのですね」がっかりさせちゃったな。でも、ちょうど昼からの時間が空いたから、オルゴールを作ろう!


「ナシウスとヘンリーに手伝って貰いたいの」


 ナシウスは、王宮魔法師について一言も口に出さなかった。きっと、私が嫌がっているのが分かっているからだよね。賢い子だから、子供なのに気を使いすぎるのが心配だよ。


「何を作られるのですか?」


 ヘンリーは、もう王宮魔法師の件は忘れたみたい。


「体操をする時に音楽に合わせてすると良いと思うの。だから手回しのオルゴールを作るつもりよ」


 昨日のうちにサティスフォード子爵から貰った40ロームを現金化して、銅や銀などを買って来て貰ったんだ。


「ナシウスとヘンリーには、オルゴールの箱に絵の具で絵を描いて貰いたいの」


 箱は倉庫にある木の箱を代用する。でも、そのままでは味気ないから夏らしい絵を描いてあれば良いなと思ったんだ。


 染め場でオルゴールの回転盤を作る為に銅を溶かしている間に、ついでに銀糸も作る事にする。


こちらは量が少ないから小さな窯で大丈夫。


 タランチュラの糸を先ずは膠に浸けてから、銀の窯に入れて「薄くコーティングして!」と唱える。


 半透明な白いタランチュラの糸が銀色になった。魔法の通りも良いけど、少し刺繍糸としては太いかも? 布団針ほどではないけど、もう少し太い針が必要かもね。窯に残った銀で何本か針も作っておこう。


「お姉様、それはもしかしてマギウスのマントの刺繍糸ですか?」


 箱に絵の具を塗っていたナシウスが気づいてやってきた。ヘンリーも後ろからついてくるよ。


「ええ、やっと銀糸ができたの。アマリア伯母様からマントが届いたら刺繍してみますわ」


 ヘンリーにも作ってあげるからね!


「まぁ、綺麗な青と水色に塗れましたね」


 箱の下半分は青、上は水色だ。


「これが乾いたら、空には雲を浮かべるつもりです」ナシウスらしいよ。


「私は海に魚を描きます!」ヘンリーらしいね。


「出来上がりが楽しみですね!」


 箱だけではオルゴールにならない。お姉ちゃんは、円柱シリンダーと弾き板を作らなきゃね。この円柱に突起ピンを付けて、それを薄い弾き板で音を鳴らす仕組みなんだけど、調節が難しい。紙に穴を開けた方法やディスク型にするべきだったかも? 


「ミハイルがいなかったら、設計図も書けなかったわ」


 本当にうろ覚えだったから、設計図頼りだよ。


「体操の曲のシリンダーになれ!」


 ゲゲゲ、結構大きなシリンダーだね。


「お姉様、箱に入るでしょうか?」


 ナシウスの心配通り、入りそうにないよ。


「箱を大きくすれば良いんじゃないかな?」


 ヘンリー、マジ賢い!


「そうね、箱を4個使えばなんとかなりそうだわ」


 折角塗ってくれた箱の板を分解して真ん中になるようにして「大きな箱になれ!」と唱える。少し水平線は途切れたけど、大きな箱ができた。


「下はヘンリーに任せるよ」


 塗るのは弟達に任せて、中身を組み立てる。それにハンドルも作らなきゃ!


「お姉様、塗り終えましたよ」


 私が弾き板を作っていると、ナシウスが声を掛けた。うん、集中していると時間の経つのも気づかないんだ。欠点だよね。


「まぁ、綺麗に描けましたね。白い雲が夏らしいわ。それに魚やイルカが泳いでいるのね」


 箱にシリンダーや弾き板を入れるのは、ナシウスとメアリーに任せたよ。後は弾き板を底に設置して……回すハンドルを付ける穴を開けるのを忘れていたよ。


「穴よ開け!」うん、なんとか組み立てたけど、鳴るかな?


「ヘンリー、ハンドルを回してみて」


 ナシウスでも良いのだけど、ヘンリーが「回したい!」って顔に書いてあるからね。


「ヘンリー、回してみろよ」うん、ナシウスは良いお兄ちゃんだね。


「お姉様、これを回すのですか?」


 うん、私もドキドキするよ。うまくいくかな?


「ええ……あっ、音楽が流れてきたわ!」


 あの懐かしいラジオ体操の音楽だ。夏休み、ハンコを貰いに通ったな。


「楽しそうな曲ですね!」


 そうなんだよ。で、メアリーに回して貰いながら、弟達にラジオ体操を教える。


「深呼吸する時に、お腹の下、ここに魔素を溜めるのを意識するのよ」


 始まりと終わりは深呼吸だからね。これから毎日しよう!


「お姉様、よくわかりません」


 ナシウスは理解できたみたいだけど、ヘンリーは前にゲイツ様に言われてから試行錯誤しているけど、まだ丹田呼吸ができてない。


「ヘンリー、ここに魔素を溜める感じよ」


 お腹に手を当てて「深く、もっと深く吸って、ここに魔素を溜める感じよ」とヘンリーに何回かさせると「なんか分かりました!」ってニマッと笑う。マジ可愛い! キスしちゃおう!




 こんな風に弟達と楽しくしているのに、伯母様の侍女が呼びに来た。陛下が視察から帰って来られるから、サロンでお茶会だそうだ。ヘンリーはメアリーと子供部屋だよ。このシステムって本当に嫌い!


「まぁ、ペイシェンスとナシウス、絵の具が付いていますよ」


 おおっとしまった! 「綺麗になれ!」と唱えると、ナシウスの手についた絵の具も私の指先の絵の具も綺麗になったよ。


 あれっ、伯母様の目が怖い! サロンに来る前に綺麗にしていなかったから怒っているのかな?


「ねぇ、ペイシェンス? 貴方もサミュエルもアンジェラもナシウスもヘンリーも、あんなに海水浴をしているのに、さほど日焼けしていないわね。ソバカス一つもできていないわ」


 ああ、美容が大好きな伯母様にバレちゃったかな?


「さぁ、海水でベタベタのまま馬車に乗るのが嫌だから『綺麗になれ!』と唱えているからかしら?」


 わぁ、ロックオンされたよ。今日は陛下が来られているからエステは無しだけど、明日は捕まるかもね。まぁ、夏休みに招待して貰ったから、そのくらいは良いよ。


 それより、ゲイツ様が王宮魔法師の弟子なんて言い出したのは困る。『断ってはいけない!』の圧が凄いんだ。でも、私には向いていないと思う。国を護るとか、無理だから!


「伯母様、私は魔法使いコースも取っていませんのにゲイツ様の弟子なんかなれませんわ」


 リリアナ伯母様は困った顔をしている。


「私も困惑していますの。確かに王宮魔法師になるのは素晴らしいお話ですが、修行とか大変そうですし、女の子の幸せから遠くなりそうですわ」


 うっ、それは……結婚にも二の足を踏んでいるのは、この身体がペイシェンスの物だからかもしれない。それに前世の感覚では11歳はまだ子供だから結婚とか考えないのが普通だよね。でも、この異世界で独身は生きにくいのも分かってきた。女官とかでも一定の年齢になると結婚する人が多いみたい。


「私はゲイツ様が苦手ですし、その方の元で修行なんて無理ですわ。どうすれば良いのか困っています」


 リリアナ伯母様は、ちょっと勿体ないって顔をした。


「ゲイツ様は、ペイシェンスのことを気に入られているみたいですが、貴女が嫌なら仕方ありませんね。でも、彼の方なら後ろ盾として申し分無いのですが……私は詳しくはありませんが、特許を沢山取っているとエリオット様から聞きました。それに能力も素晴らしいと……女準男爵に叙されただけでも注目されるのに、貴女の財産や能力目当ての方を退けるのは、ウィリアムでは無理です。いえ、彼は断るのはどんな相手でも平気で断るでしょうが、その影響までは考えないから困るのです」


 それは理解できるよ。ラフォーレ公爵家からの縁談があるかもしれないと言った時、好きでないなら断ったら良いと言われて困惑したんだ。そりゃ、断るんだけど、断って良いのか相談したのに、父親は理想論しか言わないからさ。


「まだ11歳で婚約は早いと思うかもしれませんが、どなたか後ろ盾になる方を探した方が貴女の為かもしれません」


 今のところ、パーシバルしか考えられない。でも、迷惑を掛けるのは……


「ふふふ……パーシバル様なら大丈夫だと思いますよ。外交官としてやっていけるだけの交渉力もありますし、それに彼の婚約者に手を出そうなんて、常識があれば無駄だと分かりますからね。あの美貌と剣の実力は貴族社会では有名ですもの」


 うっ、その美貌の横に立つ自信が無いのだ。


「私で良いのでしょうか? パーシバル様ならもっと素敵な令嬢の方が釣り合うと思うのですが……」


 リリアナ伯母様は、私が言わんとする事を理解してくれた。


「ふふふ……では、ペイシェンスはパーシバル様に相応しい令嬢にならなくてはね!」


 隣で黙って聞いていたナシウスの目が輝いている。だってパーシバルに憧れているからね。


 あれ? もしかして、私はパーシバルと婚約するのかな? えええ、まだ11歳なんですけど!


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