第61話 壁のとびら
調査隊も聞き耳を立てるのをやめて、真剣に壁を調べている。私も、ゲイツ様との不毛な会話をやめて、ソナーを飛ばす。
「やはり、部屋がありそうですわ。でも、狭いみたいです」
私が魔法を飛ばすのを見ていたゲイツ様は「面白い遣り方だ!」と手を打って喜び、すぐに真似をする。やはり、只者では無いよ。
ゲイツ様の魔法が飛んだ箇所に、扉の線がくっきりと緑蛍光色に光って見える。
「皆、下がりなさい!」
自分が調べろと言ったのに、偉そうだよね。でも、まぁ、確かに邪魔かも。
「あれでは無いかしら?」
調査隊は、扉のある壁を一生懸命に調べていたけど、私はふと前世の自動ドアを思い出して、天井付近に感知システムがあるんじゃ無いかと眺めたら、見つけたよ。
「あれですね。うん? 線が途中で途切れているな。繋げば、開くかも知れない」
ゲイツ様は、やはり王宮魔法師だけあるよ。私が使った魔法を真似して、線が途中で切れているのまで調べたんだね。うん、この点は凄いと認めるよ。
「カザリア帝国の治めし時より、隠されし部屋の扉を開ける障りとなる箇所を治せ!」
わぁ、苦手な詠唱だよ。厨二病っぽくて駄目なんだよね。
「これで線は繋がりましたね。さて、ペイシェンス様、どうすれば開くと思われますか?」
あれが自動ドアなら、あの下に行けば良いんじゃ無いかな? 角度的に、あそこだよね?
「あそこに立てば、開くのでは?」
私が指した地点に、ゲイツ様は迷う事なく脚を進める。
「ゲイツ様!」ノースコート伯爵が制する声をあげるが、片手を上げて止める。
「私なら大丈夫ですよ。他の人なら困るかも知れませんけどね」
相変わらず、大した自信だね。でも、だから王宮魔法師なのかも?
ゲイツ様が自動ドアの感知する地点に立つと、壁がスルスルと開いた。
「おお、壁が! 部屋があるのか!」
下がっていたグースとヴォルフガングがゲイツ様の側に行く。
「ペイシェンス様、この中の空気は澱んで酷い匂いです。どうか綺麗にして下さい」
確かにカビ臭い。千年以上も前から密閉されていたんだからね。
「綺麗になれ!」浄化しておくよ。弟達も入るから、汚い空気は吸わせたくないからね。
「なんて単純な詠唱なのでしょう。もっと格好の良い詠唱を魔法使いコースで学習するべきですよ。でも、効果は抜群ですね」
いや、それも魔法使いコースを取るのを躊躇う理由の一つなんだよ。小っ恥ずかしいんだ。
狭い部屋は、格納庫で働く人の休憩所だったんじゃ無いかな? だって、隅にあるのはトイレだよね? 天井から吊るした布で仕切っていたみたい。生憎と布は朽ち果てているけど、レールっぽいのが残っているから、カーテンがあったんだろうな。あとはベッドっぽいのと机と椅子が何脚かある。
「机の上に何かあります!」
サイモンが叫び声を上げた。
「絶対に触るなよ!」グースも叫んでいる。
「そこを退きなさい!」
人垣を押しのけて、ゲイツが机の前まで私を連れて行く。机の上には乱雑に紙らしき物が山のように放置されていた。
「ペイシェンス様が古文書に保護魔法を掛けたのでしょう? この書類にも掛けて下さい。そうしないと塵になってしまいます」
えっ、王宮魔法師なんだから、自分で掛ければ良いじゃん。
「私の生活魔法なんて、扉を開けられる程度ですよ。さぁ、人の動きでも塵になるかも知れません」
ゲイツ様に急かされて「綺麗になれ!」と掛ける。横で「それだけですか!」なんて詠唱に文句を付けている人が一名いるけど、無視!
ファイルキャビネットの時ほどは魔力は使わなかったけど、かなり消費したよ。
「おお、詠唱は酷いですが、効果は素晴らしいですね」
ほっといてくれ!
「触っても大丈夫なのですか?」
伯父様、古文書も大丈夫だったじゃない。でも、こちらは元々机の上に散乱していたから、傷みも激しかったからね。
「ペイシェンス様が修復魔法と共に保護魔法を掛けたのだ。大丈夫に決まっている。この魔法に関しては、私より数段腕が上だ」
一応は褒めてくれているんだよね。
そう言い切ると、ゲイツ様は紙を手に取った。
「何が書いてあるのですか!」
グースとヴォルフガングが紙に顔を近づけようとするが、ゲイツ様はサッと上にあげる。
「ふむ、ここに古文書を置いていても、もう運び出しているのだから意味は無いな。持ち出そう!」
さっき、ヴォルフガングに散々嫌味を言っていたのに、ゆっくりと読みたいと思ったみたいだ。自分勝手だね!
「それで何が書いてあるのですか?」
必死のヴォルフガングにゲイツ様は微笑みかける。
「私は王都で、この地下通路や格納庫で古文書が見つかったと、報告書でしか読んでいないのですよ。少しは我慢したら如何ですか?」
わぁ、性格悪いよ! 自分が遺跡の調査隊からの報告しか読めなかった嫌がらせをしている。
「ペイシェンス様、そんなに睨まないで下さい。貴女が作った写しですら読んでいないのですよ。陛下が夏の離宮に抱え込んでいるのです。本体の古文書も未だノースコートに置いてあるし、私だけ除け者だったのです」
子供か! そりゃ、古文書や写しすらも読めていないのは少しだけ同情するけど、だからって嫌がらせするのは間違っているよ。
「それで、その書類を一人で抱え込んでしまわれるおつもりですか?」
ゲイツ様は、首を横に振る。
「まさか! 私が読んだ後にノースコート伯爵に渡しますよ。その後はお考え次第です」
私は伯父様の顔を見上げる。仕方ないと頷いているので、それで良いのかな?
「あっ、それかペイシェンス様が写しを作るのを見せて下さるなら、そちらを先にしても良いですね」
何処までも自分勝手だね。写しの遣り方を見たいんだ。
「あら、さっきは私の事を迂闊だと仰っておられたと思いますけど?」
「それは話が違いますよ。貴女が誰彼構わずに秘伝を教えているから、注意したのです。私は王宮魔法師ですから、そこら辺の人とは違います」
うん、この人とは徹底的に話が合わない。
「ペイシェンス、できれば写しを作って欲しい」
伯父様に頼まれると弱い。だって、弟達と夏休みを楽しませて貰っているし、カエサル達も招待して貰ったからね。
「あっ、私にも写しを!」
「ゲイツ様は、ご自分で写しを作られたら良いのではないでしょうか?」
多分、私が写しを作るのを見たら、真似できるんじゃないかな?
「ペイシェンス様、貴女は未だ自分がどれほど常識から外れているか自覚が無いのですね。こんなのを写すなんて、誰もできませんよ」
何故か、カエサルとベンジャミンが大きく頷いている。その上、この場では口を開かなかったけど、カエサルときたら自分にも写しを! と目で訴えてかけてくる。
何部、写しを作れば良いのか分からないよ。これは伯父様の考え次第だね。
「古文書を入れる箱を持ってきて下さい」
うん、ゲイツ様って調査隊を顎で使っているよ。まぁ、手でばらばらと持って帰るのは駄目だと私も思うけどね。
「この小部屋には見るべきものはありませんね。格納庫の天井を開けて貰って、執政官の館の下の扉を開けてもらいましょう」
調査隊もカエサル達もトイレのシステムとか調べたいと思い抗議を仕掛けたけど、ゲイツ様には逆らわず、後日にしたみたい。本当に自分勝手なんだから!
「ゲイツ様は扉を開けることぐらいはできると言われていましたが……」
生活魔法使いの代わりに来たのだから、自分ですれば良いじゃん!
「ペイシェンス様は、私にだけ手厳しい気がします。でも、まぁ格納庫の天井を開けるのは面白そうなので、やってみましょう!」
いや、貴方が自分で勝手に来たから、皆が迷惑しているんだよ。王宮魔法師がどれほど偉いのか知らないけど、我儘すぎるんじゃ無いの? なんて内心で文句を言っていると、それを察知したのか、本人的には格好良い詠唱を始めた。長いよ!
「カザリア帝国の天駆ける船を飛び立たせる扉よ。今、我らの前に開け!」
開け! だけで良いじゃん! まぁ、ちゃんと開いたし、ヘンリーは嬉しそうに天井を見上げているから、良いんだけどね。
「わぁ、格好良い詠唱ですね!」なんて言っているのは困ったもんだと思うけど、ヘンリーは未だ子供だからね。厨二病っぽくても仕方ないよ。
これでゲイツ様が扉を開けられるのは、はっきりした訳だし、館に帰ろうかな? それかガイウスの丘のテントでアンジェラとハートリッジと一緒にお茶してても良いかも。
今はちょうど古文書を運び出す箱待ちなので、その箱と一緒に戻ろう!
「ナシウスとヘンリーは執政官の館跡まで一緒に行きますか? 私はガイウスの丘の入口に戻りますわ」
ゲイツ様と一緒にいると精神的に疲れるから、コソッと弟達に尋ねる。
「お姉様、大丈夫ですか? そう言えば体調が優れないと言われていたのですね。私も付き添います」
ナシウス、優しい子だね。でも、体調が優れないと言ったのは、ズルだから真に受けなくても良いんだよ。
「いいえ、メアリーが付き添ってくれますから、大丈夫ですよ。それに外にはアンジェラ達が居ますからね。ナシウスはサミュエルと一緒にヘンリーの面倒を見て欲しいわ」
ヘンリーは、行きたい! と目が言っているからね。あの変な詠唱に憧れているみたいだし。
「ペイシェンス様はご気分が優れないと昼食の時も降りて来られなかった。私が付き添います」
げげげ……苦手なサイモンに付き添われたくなんか無いよ。だって、私の体調を心配してくれるけど、従兄弟としては認めないって微妙な立ち位置なんだもの。無視なら無視してくれた方が、こちらも楽なのにね。
コソッと弟達と話していたのに、サイモンが余計な口出しをするから、ゲイツ様に気づかれちゃった。
「えええ、ペイシェンス様は帰られるのですか? 一緒に執政官の館跡の階段が出る仕組みを考えて欲しいのに……私の事がお嫌いなのですね」
ゲッ、バレている。そう言えば、考えている事がある程度だけど察知できると言っていたね。
あっ、ノースコート伯爵にお願いしているよ。ズルい!
「ペイシェンス様に一緒に行くように頼んで下さい」
私は、アンジェラとお茶している方が良いよ! 伯父様と目があったので、首を横に振っておく。疲れたアピールするよ。
それに、小部屋を見つけたり、空気を浄化したり、古文書を修復して保護したり、魔法もかなり使ったからね。メアリーが心配そうに側に立っているのを見て、伯父様は決心した。それも私の嫌な方向に!
「では、私が背負って連れて行きます!」
伯父様、そっちじゃないんです!
「いいえ、大丈夫ですわ」
背負われるぐらいなら歩くよ! それにしても、王宮魔法師ってそんなに気を使わなくてはいけない程、偉いのかな? グッスン!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます