第60話 ゲイツ様と調査隊

ガイウスの丘には、ノースコート伯爵や調査隊やカエサル達が待っていた。

「ハートリッジ様、ここで待機してもらう事になりますが、大丈夫でしょうか?」

 ヴォルフガングが丁寧に尋ねている。まぁ、ハートリッジの方が明らかに年上のご婦人だからね。

「ええ、開け方を教えて頂ければ、何とかなりそうですわ」

 えっ、私ですか? 調査隊のメンバー全員が私を見ているのですが……ここはアンジェラが教えるって伯父様は言われていたのだけど? えっ、アンジェラったら、拒否するの? そのもじもじした態度は? わぁ、私も真似をしたいよ。

 ゲイツ様がわざわざ王都から出張って来ているのだから、任せちゃ駄目なの?

「アンジェラ……いや、ペイシェンス! ハートリッジ様に扉の開け方を教えてくれないか?」

 伯父様まで、私に押し付けるのですね。目の前に王宮魔法師のゲイツ様がいるのに! そりゃ、アンジェラだって教えるなんて遣り難いよ。私もだけどさぁ。

「ハートリッジ様、とても簡単なのですよ。あの凹みを押しながら『開け!』と唱えるだけですから」

 穏やかな老婦人であるハートリッジに、こちらも丁寧な口調で話しているのに、ゲイツ様ときたら「早く開けてくれ!」なんて横で急かしてくる。本当に我儘なんだから! そんなに早く地下通路を調査したいなら、自分で開ければ良いじゃん!

「いや、急かして悪かったな。ハートリッジ様、どうか開けて下さい」

 あれっ? 私の悪口が分かったのかな?

まさか心が読めるとか? 思いっきり悪口を考えていたよ、拙いかも!

「ええっと、開け! で良いのですね?」

 うん、頑張ってね。これで扉の開閉係から解放されるよ。と思ったのだけど、開かない! 何で?

「まぁ、どう致しましょう!」

 開けられないと折角来たのに無駄になってしまうとハートリッジは焦る。

「大丈夫ですわ。ほら、こうして凹みを押しながら『開け!』と唱えるだけです」

 見本を見せると、ゴゴゴゴゴ……と開く岩を見て「まぁ、本当に岩が開くのですね!」と驚いている。イメージできなかったから、開かなかったんじゃないかな?

「閉めるのも同じですよ。凹みを押しながら『閉まれ!』と唱えるだけですの」

 ゴゴゴゴゴ……と音を立ててしまった岩を唖然としてハートリッジは眺めていた。

「これを私がするのですね……できるでしょうか?」

 1回目を失敗したので、弱気になっている。これじゃあ駄目だ。

「ハートリッジ様は、普段、扉を開ける時にどういう動作で開けられますか?」

 私の質問に、ハートリッジは少し考えて「こんな風な引き戸なら、こうして開けますわ」と手を横に動かした。

「では、凹みを右手で押しながら、左手で扉を開ける感じで『開け!』と唱えてみて下さい」

 ハートリッジは、ぶつぶつと呟きながら私が言った通りにする。

「ええっと、右手で押しながら、左手で開ける感じで『開け!』と唱えれば良いのね! あら、開いたわ!」

 ゴゴゴゴゴ……と岩が二手に分かれて開いた。

「ええ、とてもお上手でしたわ」

 きちんと褒めて、自信をつけて貰わなきゃね。ゲイツ様、横で「やれやれ」と肩なんか竦めないで下さい。

「ハートリッジ様、こちらで座って待っていましょう」

 アンジェラ、さっきのもじもじした態度とは別人だよ。まぁ、ゲイツ様の前で生活魔法の指導はしたく無いよね。私もしたくなかったよ。

「ミア、お茶を用意してね!」

 ハートリッジとアンジェラは、ミアが面倒を見てくれるだろう。私は、待っているナシウスとヘンリーと一緒に地下通路に入るよ。あっ、良いと言ってもメアリーも付いてくるのは分かっている。やれやれ!

「本当に明るくなりましたね!」

 ナシウスとヘンリーは、前の薄暗い魔導灯とは大違いだと喜ぶ。

「これなら転びませんね」

 えっ、ヘンリー転けていたの? 怪我しなかった? ドキンとしたけど、ヘンリーは身体強化だから転けたりはしない。

 よく聞くと、グースやヴォルフガングが転けたみたい。お年だからね。足元が暗くてよく見えないのに、お互いに相手よりも先に行きたいと焦るからだよ。

 今回は、フィリップスもブライスもゲイツ様と一緒に先に行ってもらったよ。だって、私には二人のナイトがついているからね。階段とかは、ナシウスが手を差し出してエスコートしてくれるよ。ヘンリーもハッと手を差し出してくれるけど、一テンポ遅いんだよね。その時の『しまった!』って顔の可愛いことったらないよ!

「ヘンリーは、少し前を歩いて階段とか坂を教えて下さいね」

「はい!」そう、ヘンリーは項垂れているより、元気いっぱいな方が似合っているよ。尻尾を振り切っている子犬に見えちゃう。まぁ、どちらも可愛いんだよ!


 私達が格納庫に着いた時、ゲイツ様はここにあった部品や古文書を運び出したと聞いて、ご機嫌斜めになっていた。

「ヴォルフガング教授は、歴史学者だと思っていたのだけど、違うのかな?」

 わぁ、嫌味な言い方。そりゃ、本来なら運び出さずに現場保存が大切だろうけど、ここの扉の開閉システムがいつ壊れるか分からなかったんだよ。今は、こんなに明るいけど、薄暗かったしね。

 まぁ、私はゲイツ様と関わりたくないから、弟達と壁際に立ってヴォルフガングやグースが運び出した理由を話すのを聞いているけど、ソナーを飛ばしたりして暇を潰す。あれ? これって何?

「ナシウス? 貴方の後ろに線が見えるけど……前には無かったわよね?」

 上の動力源に積もっていた土や枯葉を除いてから、地下の格納庫は通り過ぎたけど、ここまで長時間は留まった事は無かった。ゲイツ様と二人の教授の答弁があまりに苛つかせるから、腹立ち紛れにソナーを飛ばしたりしていたんだけど、ナシウスの後ろに不自然な線があるよ。

「ナシウス! こちらにいらっしゃい! ヘンリーもよ!」

 後ろを振り向こうとしているナシウスの手と、横に立っていたヘンリーの手を掴んで、思いっきり引き寄せる。また、ナシウスが消えたりしたら泣いちゃうよ!

「何を騒いでいるのだ!」

 お腹立ちモードのゲイツ様が此方を睨む。

「ペイシェンス様、それは何でしょう?」

 睨まれるより、にっこり笑っているゲイツ様の方が怖いよ。

「さぁ、何かしら? 何だか別の部屋の扉の様な気がしますわ」

 私には、前世の自動ドアに見える。前には見えなかったよね。その後も、調査隊は中に何度も入っている筈だけど……ソナーとか、飛ばさなかったのかも。

「何かあるのか?」

 ヴォルフガングは非破壊検査が苦手だから見えないみたい。他の人は、全員が集中して見ようとしている。

「お姉様、前はこんなのありませんでしたよね?」

 ヘンリーは身体強化で見えたんだね。

「お姉様、助けて下さってありがとうございます。また変な部屋に閉じ込められたかもしれません」

 うん、ナシウスが消えたら、また助けるよ! でも、消えたりはしないでね。本当に血が凍りそうだったんだもの。

「うん、魔力を込めて見れば、不自然な線が見えるが……ペイシェンス様は兎も角として、ナシウス君やヘンリー君も見えているのか……おや、他の調査隊のメンバーも見える様ですね?」

 ゲイツ様は、やはり失礼な物言いをするね。そりゃ、自分の魔力には自信があるのだろうけど、自分より下なのに見えるのが不思議だって聞こえるよ。やはり苦手!

「グース教授も見えている様ですね。それに助手達や王立学園の学生達も。ふん、どうせペイシェンス様に見方を教えて貰ったのでしょう。こんな秘法を簡単に教えてやる必要など無いのですよ!」

 ええっと私をゲイツ様と同じ枠に入れるのはやめて欲しいです。迷惑だよ!

「それは、後で訊きましょう。で、この線は他の部屋への扉だとペイシェンス様は考えられるのですね。では、開けてみなくては!」

 全員で壁を調べる。私は人垣から押し出されて、何故かゲイツ様の横に立っている。

「ペイシェンス様は、迂闊過ぎますね。魔法使いとしての心得がなっていません」

 何故か、王宮魔法師から小言を貰っている。

「貴女は、いずれは私の後継者になるかも知れないのですから、もっとしっかりしなくてはいけません」

 うん? 変な事を言っているよ。

「ゲイツ様、私は魔法使いコースは選択していませんわ。薬学と薬草学は終了証書を頂きましたし、下級薬師の資格も取りましたけど、文官コースと家政コースですのよ。あっ、錬金術と魔法陣も履修していますけど……」

 唖然として聞いていたゲイツ様が怒鳴り出した。

「馬鹿な! 家政コースなど取って何になるのだ! 着飾ってパーティに行くことしか考えない女の子の為のコースではありませんか。それに文官コースなど、騎士にもなれず魔法使いにもなれない男が行くコースですよ」

 酷い! 文官コースに何か個人的な恨みがあるんじゃないの? 多分、王立学園の学生だった時に、家政コースの可愛い女の子に魔法使いコースは変人だから嫌いだと振られて、文官コースの男の子とくっつかれたとかじゃない? まぁ、ゲイツ様の性格の悪さなら、振られそうだよね!

「ペイシェンス様、何か失礼な事を考えていますね。私は、ぼんやりとですが察知できるのですよ」

 プン! と怒っているけど、失礼なのはゲイツ様の方だよ。

「何故、これ程の才能と魔力があるのに魔法使いコースを選択しないのですか? まさか、家政コースを取っているのは、目当ての男の子の好意を買うのが狙いですか? 貴女の望みなら、私がどの方とでも結婚させてあげますよ。だから、魔法使いコースを選択しなさい!」

 うん、ゲイツ様の常識が欠如しているのがよく分かるよ。令嬢にこんな失礼な発言をするなんてね!

「いいえ、結構ですわ!」

 この人には、キッパリと断らないと伝わらない。NO! と叩きつけるよ!

「驚きました! こんな提案を断る女の子がいるとは考えてもみませんでした。ペイシェンス様は変わっていますね」

 いや、変わっているのはそちらでしょう。王宮魔法師がどれ程偉いのかは知らないけど、その人の口利きで結婚したいとは思わないよ。えっ、異世界の常識は違うのかな? 相手だって選ぶ権利があるよね?

「では、私と結婚するのは如何でしょう? こんな変わった貴女と結婚したいと考える方は少ないと思うので、良いと思いますよ。私は貴女の側にいるのは面白いと思いますけどね」

 何故、こんな失礼なプロポーズをされるの? 泣きたくなるよ。

「いいえ、結構ですわ! 私は、好きな方以外とは、結婚致しません!」

 途中から、ノースコート伯爵が王宮魔法師と私が言い争っているのを心配して横に来ていたが、思わず「ペイシェンス、勿体ない!」なんて叫ぶんだよ。えっ、断るのは駄目なの? もしかして王宮魔法師って凄い高収入なのかな? いや、駄目! お金で結婚相手は選ばないよ!

「私の初プロポーズを断られてしまいましたね。でも、貴女はまだ幼いから、結婚に夢を見ておられるのでしょう。そんな打算が無い所も気に入りました」

 ゲイツ様って、自分が非常識で無礼だとは思わないの? これはかなり拗らせているね。

 ええっ、調査隊のメンバーもカエサル達も壁を調べる手を止めて、聞き耳を立ててるよ。

「皆、さっさと調べなさい!」

 まぁ、この点だけは、ゲイツ様に同意するよ。王宮魔法師と女の子の口喧嘩に聞き耳を立てるより、扉の開け方を調べる方が重要だよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る