第62話 王宮魔法師とは?

 ナシウスとヘンリーと一緒に執政官の館跡まで地下通路を歩く。カザリア帝国の遺跡って丘の上にあるから、登り坂なんだよ。それに階段もあるし、本当に疲れる。

「お姉様、私が手を引きます」

 階段は特にしんどいね。ナシウスにエスコートして貰っているけど、ゲイツ様と一緒にいたら精神的な疲れに襲われる。

「ペイシェンス様、大丈夫ですか?」

 それに苦手なサイモンが一緒だなんて、余計に疲れるよ。疲れると八つ当たりしたくなるから、側にいて欲しく無いんだよね。弟達とメアリーは別だよ。

 あっ、そうか! 八つ当たりではなくて、押し殺している文句を言いたくなるだけだね。弟達を従兄弟と認めない態度に腹が立っているんだ。

 何とかサイモンに怒鳴る前に着いた。まぁ、ブチ切れても良かったのだけど、メアリーはサイモン坊っちゃまに甘いからね。目の前で喧嘩したら、オロオロさせちゃいそうだもの。

「ペイシェンス様、遅いですよ!」

 私の精神的な疲れの原因が騒いでいるよ。もう、扉を開けられるのだから、勝手にやっておけば良いじゃん。

「ペイシェンス様と一緒に考えたくて待っていたのに、酷いです」

 うん、かなり私の考えを読まれているね。そんなにゲイツ様って人の気持ちが分かるなら、もっと気をつけたら良いのに!

「いや、ペイシェンスの顔を見れば、私にも分かるから。少し気をつけた方が良いぞ」

 ベンジャミンに注意されたよ。そんなにゲイツ様を嫌っているのが顔に出ていたかな? 猫を被らなきゃいけないかも。

「ペイシェンス様はお疲れのようなので、私が開けましょう!」

 だから、私がここまで来る理由は無かったんじゃない! 疲れが三倍になった気分だ。

「カザリア帝国の最後の執政官が治めし館への扉よ、我等が前に開け!」

 うん、長い厨二病っぽい詠唱だよ。それに、小部屋で見つけた古文書を入れた箱を小脇に抱えたままだから、ヴォルフガングなんか心配で側にへばりついているので、凄く格好悪い。

 でも、ちゃんと扉は開いたし、階段も壁から出てきた。すぐに閉まるし、引っ込むのも一緒だけどね。

「ふむ、此方の動力源は壊されてしまっているのですね。でも、一応は動くと言う事は……ペイシェンス様、調べてみましょう!」

 ちょっと、王宮魔法師なんでしょ、自分で調べなさいよ! 内心で突っ込むけど、調査隊やカエサル達や伯父様の期待の視線が突き刺さる。

「あちらの動力源からの線も少しは繋がっているから動くのでしょう。でも、基本は破壊された遺跡からの動力を得ていたのだと思いますわ」

 うん、ソナーっぽいのを飛ばしてみると、ガイウスの丘からの線が一本延びているけど、途中で劣化している部分があるね。

「この線の修復ができれば、此方の扉と階段も開いている時間が増えそうだな」

 確かにそうかもね! さっきの小部屋の配線もゲイツ様が修復したんだから、此方もお任せしよう!

「えっ、何を待っているのですか? 修復魔法はペイシェンス様のお得意では無いですか!」

 ええっ、私ですか?

「先ほど、ゲイツ様が線を繋いでおられたではないですか」

 抗議したけど、肩を竦めている。

「あれは短い距離でしたから、金属魔法で繋いだのです。こんなに長距離の線を繋ぎなおすなんて、できませんよ」

 本当かな? できそうだけど?

「ペイシェンス様、どうか繋いでみて下さい」

 グースに頼まれるけど、ヴォルフガングは現状維持をしたいのではないの?

「あのう、遺跡の現状維持はどうなのでしょう?」

 ヴォルフガングは、私の問いに苦笑する。

「現状維持をしたいのは確かですが、カザリア帝国がここにノースコートを開いていた時の状態も知りたいです。つまり、その当時の在り方を調査したい気持ちと揺れ動いているのです」

 歴史学科的には複雑なんだね。どうしたら良いのかな? ここの領主であるノースコート伯爵に委ねる。

「伯父様、どういたしましょう?」

 ノースコート伯爵に、グースとヴォルフガングの視線が突き刺さる。

「うむ、私は修復できるなら、そうして欲しい。ペイシェンス、頼めるか?」

 ゲイツ様が、自分の要求よりノースコート伯爵の言葉に頷く私にご機嫌を損ねたみたいだけど、無視するよ。この人に関わると碌なことが無さそうだからね。

「繋がれ!」

 ガイウスの丘から延びている線の途切れそうな箇所を補修する。

「相変わらず酷い詠唱ですが、効果はちゃんとありますね。では、試してみましょう!」

 ふん、短くて的確なんだから、それで良いじゃん!

「千年の眠りから、解き放たれた扉よ。我等の前に開け!」

 前より、少しは詠唱が短くなったんじゃない? それに、開いた天井と階段も一瞬では消えないね!

「おお、これなら遺跡側からの調査もできそうです!」

 ヴォルフガングが喜んでいるよ。

「ペイシェンス様、やはり錬金術学科で学ぶべきです!」

 グースの勧誘が始まった。

「グース教授、ペイシェンス様は魔法学科で勉強して、私の後継になるのです。魔法学の一分野である錬金術だけを学んでも仕方ないです」

 ゲイツ様、はっきりと断ったよね。聞く耳を持ってないのかな?

「おお、ゲイツ様の跡取りですか!」

 えっ、伯父様が凄く喜んでいるけど、ならないよ!

「いいえ、私は魔法使いコースも取っていませんし、そんな事を考えてもいませんわ」

 この所、頑張ってNO! と言っているのに、全く成果が無いのは何故? ゲイツ様には通じないのかな?

「ペイシェンス様は、頑固で我儘ですね!」

 えええ、我儘大王のゲイツ様にそんな事を言われる筋合いは無いよ!

「もしかして、ペイシェンスは王宮魔法師の意味を知らないのか?」

 ベンジャミンが口を挟む。うん、知らないよ。

「お前は、勉強もできるのに、何故か一般常識がころっと抜け落ちているな。学問のグレンジャー家の欠点かもしれない。王宮魔法使いと王宮魔法師の違いも、もしかして知らないとか言うなよ!」

「常識が無いのは、お前もだけどな!」

 カエサルが即つっこんでいるけど、確かにうちの父親に常識は無い。そして、幼かったペイシェンス頼みの常識しか私は持っていない。マナーとかは母親に躾けられていたから完璧なんだけどね。

「王立学園の魔法使いコースを卒業したら、下級魔法使いの資格が得られるのは知っていますわ。その中で王宮に仕える人が王宮魔法使いなのでしょう? あら、では王宮魔法師は?」

 弟達やサミュエル以外から、大きな溜息が吐かれた。

「ペイシェンス、王宮魔法師は現在のローレンス王国にゲイツ様お一人しかいない。だから、とても・・・偉い方なのだよ。少し注意して接しなさい」

 えええ、そんなに偉いとは知らなかったよ。これからは猫を三匹くらい被ろう!

「ノースコート伯爵、そんな注意は不要です。私にこんなに素直に接して下さるのは、陛下とペイシェンス様だけですからね。貴重な人を私から取り上げないで欲しいのです。私は嘘をつかれたり、お世辞にはうんざりしているのですからね」

 何歳なのかは不明だけど、若くして王宮魔法師になったゲイツ様の周りにはおべっか使いが多そうだ。その点は同情するけど、私を巻き込まないでね!

「ここから出入りできるのでしたら、私は遺跡に残りますわ。地下通路を戻るのは疲れますもの」

 今度は下り坂だけど、階段とか下る方が神経を使うんだよね。護衛の人とかなら、ガイウスの丘まで一気に駆け抜けそうだから、私の鈍足より馬車を待つ方が早いよ。

「なら、私もここに残ろう。カザリア帝国の遺跡を見学していないし、ペイシェンス様を攫われたら大変ですからね。護衛としては超一流ですよ」

 いや、ゲイツ様から離れたくて残るのもあるんだよ!

「いえ、弟達が護ってくれますから結構ですわ」

 丁重にお断りするけど、全員が溜息をつく。

「ペイシェンス、お前には危機感が足りない。ナシウスやヘンリーは、攫おうなんてする輩に人質にされかねない。弟達を危険に曝したく無かったら、もう少し考えて行動しろ」

 ベンジャミンが代表して、私に注意する。そうか、ナシウスとヘンリーを人質にされたら、グワワワワ……髪の毛が逆立ってしまう。私は何をするか分からない自分に驚くよ。

「そこの男子学生の言う通りですが、まぁ、ペイシェンス様の弟君に手を出すような輩はきっと百倍返しに遭いそうですね。私より報復力は強そうです」

 全員にドン引きされたよ。王宮魔法師より報復力が強い令嬢なんて嫌だよね。

「まぁ、ゲイツ様! 失礼ですわ。私は弟達に手を出されない限り、攻撃魔法なんて使いません。でも、何かあったら……ナシウス、ヘンリー、お願いだから気をつけてね。お姉様は貴方達に何かあったら全世界を敵にしても復讐しそうですから」

 うん、攻撃魔法は使えないけど、生活魔法でも相手を酷い目には遭わせられる。

「お姉様、気をつけます」

 二人が同時に答える。可愛い弟達だよ。

「この子達も普通ではありませんね。きっとナシウス君はペイシェンス様の生活魔法を見て、それを身に付けたのでしょう。ヘンリー君は、身体強化なのですが……ここにもペイシェンス様の影響が見えます。普通の身体強化ではありません」

 可愛い弟達が私の影響を受けるのは当然だと思うよ。だって世界一、大切なんだから。違うの?

「ブラコン!」サミュエルが失礼な言葉をコソッと吐いた。小さな声だったけど、全員に聞こえたよ。

「そうですか! なら、ペイシェンス様を得るには、弟君達を先に得る必要がありますね。ナシウス君、ヘンリー君、私が魔法の指導をしてあげましょう!」

 えっ、そんなの要らないよ! 断ろうとしたけど、皆から『断るな!』と凄い圧を感じる。一瞬、戸惑ったのが失敗だった。

「えっ、教えて頂けるのですか?」

「嬉しいです!」

 ナシウスとヘンリーの目がキラキラしている。さっきローレンス王国一の魔法使いだと言われていたからね。こんな変な人に憧れを持っちゃったんだ。

「お姉様、宜しいのでしょうか?」

 ナシウスは、私がゲイツ様を好きじゃないのを察したみたい。心配そうな灰色の目に負けた。

「ええ、教えて貰えば良いわ」

 弟達に弱いのが欠点かもしれない。

「では、ペイシェンス様、遺跡の壁画を案内して下さい。ナシウス君、ヘンリー君も頼みますよ」

 二人は嬉々として「はい!」と答える。私は、陛下がゲイツ様を王都へ呼び戻してくれるのを願うだけだよ。なんか、最初に魔法省の役人や教授達が、王都を離れた事を心配していたからね。

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