第34話 あれは何だ!
約一名がぐずるから、昼食にぎりぎりだった。まぁ、明日からはランチボックスでも好きにしたら良いよ。私は弟達と夏休みを楽しむからね! なんて勝手な事を考えていたが、錬金術クラブのメンバーは目敏い。
「ペイシェンス、あれは何だ!」
昼から海水浴に行く予定なので、サミュエルが召使い達に荷馬車へフロートを積ませていた。丁度、遺跡から帰った馬車から降りた時に目の前に存在する怪しい物。見逃す訳が無いよ。
「あれはフロートですわ。海に浮かべて遊ぶのです」
少し得意になって説明したが、カエサル部長が頭を抱え込んでいる。
「ペイシェンス! あれは撥水性があるのだな!」
そう、ベンジャミンは相変わらず錬金術に関して鋭いね。
「もしかして、マギウスのマントも作ったのか!」
頭を抱え込んでいたカエサルが、ガバッと私に詰め寄る。前はメアリーを盾にしちゃったから、今回は負けないよ! と思っていたら、フィリップスとブライスが私とカエサルの間に身体を入れてかばってくれた。やはり、二人は紳士だね!
「いえ、まだマギウスのマントは手を付けていませんわ。でも、撥水性の研究は進めましたのよ。水着も作ったし……」
あっ、ブライスは撥水性と聞いて、私の方を振り向いた。
「撥水性! それが有れば色々な物に応用できます」
わぁ、もう頼りはフィリップスだけだよ。カエサル、ベンジャミン、ブライスに取り囲まれちゃった。
「皆、少し冷静になりたまえ!」
フィリップスは、歴史には興味があるけど、錬金術には然程興味がないから冷静だよね。
「フィリップス、お前は事の重要性が分かっていない。撥水性がどれほどの発明か理解できないのか!」
わぁ、ベンジャミンがライオン丸になって吠えているよ。その横で、ブライスもフィリップスの無理解に腹を立てている。
「撥水性が有れば、テントや荷馬車も今より安価にできる。その便利さは貴方にも理解できる筈です」
フィリップスは文官コースのナンバー1だ。すぐに理解した。
「それは素晴らしい発明です。ペイシェンス嬢、貴女はローレンス王国の流通革命を引き起こします!」
やれやれ、最後の盾まで失ったよ。でも、私は甘かった。クラスメイトに追及されている間、黙っていたカエサルは私の表情から『何か怪しい!』と感じていたみたい。本当にマギウスのマントに関して、カエサルは理性を無くすからね。要注意だよ。
「ペイシェンス? マギウスのマントには手を付けていないと言ったが、懸案だった魔力を通す糸は見つかったのか?」
やはりカエサルは、ベンジャミンとは違うね。私の言葉の裏を感じ取っている。
「ええ、見つけましたわ。でも……カエサル様!」
私の肩をグッと掴んだカエサルに注意を促す。フィリップスとブライスとベンジャミンすら、カエサルの手を私の肩から払い除けるのに協力した。
「ああ、ペイシェンス、申し訳ない。それで何が魔力を通す糸なのだ? どうやって手に入れたのだ?」
間にブライスとフィリップスが入っての会話だ。
「ノースコートの倉庫で見つけましたの。タランチュラの糸ですわ。でも、それを染められるかは試していませんの。白っぽい透明な糸ですから、第一騎士団の赤いマントに刺繍すると目立ちますでしょう?」
「タランチュラの糸……そんな単純な物だったのか!」
うん、さほど高価な物では無いよ。漁民が魚を釣るのに使っているぐらいだからね。
「皆様、お食事に致しましょう!」
玄関先で騒いでいる私達に呆れたノースコート伯爵が声を掛ける。
「ノースコート伯爵、無作法な事をいたしました。申し訳ありません」
カエサルは謝ったけど、確かに他所の屋敷の玄関先でぎゃあぎゃあ騒ぐのはマナー違反だよね。他のメンバーも謝るし、私も謝っておく。
「伯父様、すみませんでした」
伯父様は軽く笑って許してくれたけど、マギウスのマントについては聞きたいみたいだ。まぁ、昼食の後にだね!
昼からは海水浴の予定だ。カエサル達は遺跡調査を続行するつもりだったけど、撥水性とフロートに惹かれて、全員で海水浴に行く事になった。
彼らの分の水着とビーチサンダルも作っておいたよ。まぁ、使わなかったら売れば良いかなと思っていたんだ。
フィリップスは遺跡に行くかなと思ったのに、撥水性について興味があるからと海水浴に参加だ。
「ペイシェンス、このサンダルは皮ではなくスライム粉で作ったのだな。それに、これも撥水性がある。いい加減、材料を教えてくれないか?」
海岸に着くなり、ベンジャミンの質問だ。それよりフロートで遊んだ方が楽しいのにね。
「少しは遊んだらいかがですか? 材料は後で教えますわ」
錬金術クラブは、何処までも錬金術クラブだよ。フロートで遊ぶというか、海に浮かんでいるのを沈めようとしたり、素材について集まって話し合っている。
私は白鳥のフロートで海にぷかぷか浮いているよ。
弟達やサミュエルはボディボードで遊んでいるし、アンジェラはお花のフロートで寛いでいる。
あっ、フィリップスは天馬のフロートで海に浮かんで、空を見上げているよ。
「ペイシェンス嬢、このフロートは素晴らしいですね!」
うん、こんな風に遊ぶのが本来の夏休みだよね。錬金術クラブのメンバーも少しは遊べば良いのに!
「この鯨のフロートの素材には、スライム粉と珪素が入っているのは確かだな。だが、このしなやかさは何が足してあるのだろう」
カエサル達、素材が気になって遊ばないのかなぁ? なら、素材を教えれば遊ぶかな?
「ペイシェンス、降参だ。教えてくれ!」
ベンジャミンは我慢強くない。素材を教えようと思っていたけど、もう少し考えさせよう。
「皆様が着ておられる水着にも使っていますわ。撥水性はそれによって保たれていますの」
ちょっと、水着を引っ張ったりしないでよ! まだ退化検査はしてないんだから。まぁ、検査とかはカエサルやベンジャミンの方が得意そうだね。
私が日陰で冷たく冷やしたジュースを飲んでいると、周りを錬金術クラブのメンバーに囲まれた。
「そろそろ教えてくれないか?」
カエサルも降参したみたい。
「これも安価な物質ですのよ。本来なら捨ててしまっていた巨大毒蛙の粘液が撥水性の素ですわ」
私的には安価な素材が高評価なのだ。
「そんな物が! バーンズ領でも討伐させている巨大毒蛙が利用できるなんて」
「家でも常に討伐させています」
巨大毒蛙は何処の領地でも嫌われ者で討伐対象みたいだね。ブライスも驚いているよ。
「その巨大毒蛙とかいうものから、撥水性の素材をどうやって得るのだ?」
やはりベンジャミンは、自分の領地の事も詳しく無さそう。要勉強だ! そう言えば、カエサルとベンジャミンは一人っ子だったよね。子沢山の異世界では珍しいな。
「普段は、巨大毒蛙を討伐した兵士達が皮をこそげてネバネバを取って捨てていましたの。それを樽に集めれば良いだけです。それに、その皮も使えますわ! 来年の青葉祭のメインになりそうなのです」
ああ、これは錬金術クラブの合宿になりそうだね。
私は考えていた気球の図を、落ちていた枝で砂浜に描く。
「巨大毒蛙の皮は防火性能がありますの。だから、こうして何かで空気を熱せれば、このバルーン部分が上昇し、下の籠に乗って空中を飛べると思うのです」
カエサル達は、夢中になって図を見て議論する。
「なるほど、気体を熱すれば上昇するのは知っていたが、それをバルーンに集めるのは良い考えだ。その魔法陣なら簡単に描けそうだ」
うん、カエサルなら魔法陣を簡単に描けるんだよね。悔しい! 秋学期、頑張って魔法陣の勉強をしよう。
「魔法陣の勉強なら教えるぞ」
そうか、ベンジャミンも魔法陣を描くのは雑だけど早い。元々の魔法陣の勉強はかなりしているみたいだものね。
「教えて欲しいです!」
あっ、側に控えていたメアリーがほんの少し嫌な顔をしたよ。令嬢らしく無いと思ったのだろう。
「ペイシェンス、先ずはノースコートでしかできない事を優先しよう。魔道船のヒントでも無いか、遺跡を調査してからだ。巨大毒蛙は何処の領地にもいるから、その粘膜を採取するのは簡単だ。そして、次はマギウスのマントの刺繍だ!」
流石、カエサルは部長として秩序だった計画を作成するのに長けているね。
「ペイシェンス、ノースコート伯爵にアーサーも招待して貰えないだろうか? 彼は土の魔法が得意だ。遺跡調査が捗ると思う」
錬金術クラブのメンバーでアーサーとミハイルだけに手紙を送っていなかったね。ミハイルはこの前に入ったばかりだし、よく知らないからだ。アーサーも学年が上だから、あまり話した事がなくて、手紙をいきなり書くのを躊躇ったせいだ。
「それならミハイル・ダンガードも呼んで欲しい。彼奴なら、魔法陣を使わないで気体を熱する方法を思いつくかもしれない!」
あっ、それは私も考えていたけど、バーナーってどうやって作れば良いのか分からなかったのだ。
「そうだな! ノースコート伯爵には悪いが、頼んでくれないか?」
ダンガードとミラーは王都の近くの領地なので、ノースコートにも近い。へへへ、地理を勉強したので詳しいよ。
「ええ、頼んでみますわ」
図々しいけど、ミラー侯爵家とダンガード伯爵家の子息を招待するのを伯父様が断るとは思えないんだ。
横の長椅子で休憩していたフィリップスが呆れる。
「もう、これは錬金術クラブの合宿だな!」
ああ、フィリップス! その本音は口にしないで貰いたかったよ。トホホ
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