第35話 マギウスのマント

 お茶の時間までに帰ってくるようにリリアナ伯母様に言われていたので、海水浴を切り上げる。それに途中からは錬金術クラブの合宿計画の話になっていたからね。


 全員が風呂で海水を洗い流して、サッパリとした姿でサロンに集まる。あっ、サティスフォード子爵夫妻もいるよ。お茶会に招くと言っていたけど、アンジェラは帰っちゃうんだね。少し寂しいよ。


「此方が、妻の姪が嫁いだサティスフォード子爵です。遊びに来ていたアンジェラを迎えに来たのです」


 お互いに挨拶が始まる。この点は、カエサル達もフィリップスも安心して見ていられるよ。それぞれの家でしっかりと躾けられているからね。まぁ、ベンジャミンは心が錬金術関係に留まっている感じがするけど、マナー的な問題はないから良いんじゃ無いかな?


「アンジェラはペイシェンスの姪なのか?」


 ベンジャミン、ちゃんと聞いていた? ラシーヌが伯母様の姪だよ。


「いえ、ラシーヌ様が私の従姉妹ですわ。だから、アンジェラは従姪になります」


 サロンでは目下の者はあまり喋らないのがマナーなので、簡単に答えておく。ベンジャミンはかなりこの点は無視しているね。やはり一人っ子だから、甘やかされているのかな?


 ノースコート伯爵夫妻とサティスフォード子爵夫妻、そしてカエサルが話している。まぁ、サティスフォード子爵としては、バーンズ商会と顔つなぎするのが今日のお茶会の目的だからね。


「それはそうと、巨大毒蛙は夏場に大量発生するのですよね」


 あれっ、カエサルが話を振っている。そうか、粘膜を集めたいんだね。


「ええ、そうです。サティスフォード領でも湿地帯に大量に発生して、兵士だけでは討伐が間に合わず、冒険者ギルドに発注しているのですが、単価が低いので人気がありません」


 その上、身体中がネバネバに汚染されるから、他の討伐依頼を受けるのは理解できるよ。


「これは、まだ特許を申請していないのですが、ペイシェンスが巨大毒蛙から素晴らしい物を発明したのです。できれば、巨大毒蛙の粘液を集めて頂けると有難いのですが」


 サティスフォード子爵にとってはインサイダー情報だよ。儲け話に目が輝く。


「ペイシェンスが集めていたネバネバは、何かに役立つのだな。我が領地でも集めておこう!」


 ノースコート伯爵は、私がそれで何を作ったのか察しているけど、それを素知らぬ顔で驚いた振りをしている。サティスフォード子爵が先走ったりしないように牽制しているのかも?


「ノースコート伯爵、バーンズ商会の支配人のパウエルを呼ぶのをお許し下さい。ペイシェンスのこの発明の特許を一刻も早く申請したいのです。そうすれば、夏場の大発生時期に討伐された粘液を無駄にしなくて済みます」


 カエサルは、錬金術クラブで特許の申請に慣れているからね。うん? これって私の特許になるの?


「それは、ペイシェンスにとっても有難いお話です。どうぞ、お呼び下さい!」


 うん、私的にも有難いし、サティスフォード子爵にとっても、跡取りのカエサルより、実際の支配人のパウエルと顔合わせする方が商売の話はし易そう。


「カエサル様、でもまだ研究の途中ですのに、特許の申請なんかできるのでしょうか?」


 私の言葉にカエサルが頷く。


「先ずは、ペイシェンスが発見した事を特許申請する事が大事なのだ。後から、研究した事は別の案件として申請すれば良い」


 へぇ、そうなんだね。前世ではもっと難しいと感じていたよ。


「そうだ! 先に登録しておかないと、他の者に横取りされるぞ!」


 伯父様が熱心に主張している。何か過去にあったのかな?


「それにマギウスのマントも研究しているのだろう? もし、実現できたら国宝級だ!」


 えっ、やはりマギウスのマントってそんな感じなんだね。


「私は、サリエス卿が月に何回もナシウスやヘンリーに剣術指南をして下さっているから、そのお礼に作りたいと思ったのですが……そんな大事だとは……」


 私が困惑していると、ラシーヌが笑った。


「ペイシェンス様は欲がないのね。弟のサリエスが剣術指南に通うのも、私が乗馬教師を派遣するのも、元々はモンテラシード領の飢饉の際の援助に対する感謝ですわ。それなのに、感謝とお礼の品を作ってプレゼントするなんて!」


 えっ、アンジェラをジェーン王女の側仕えか学友にする為の情報を得る為だと思っていたよ。まぁ、それもあるだろうけどね。


「お前、そんな理由でマギウスのマントを作ろうとしていたのか? 剣術指南で国宝級のマントを貰えるなら、私がしてやろう!」


 ベンジャミンは知らなかったのかな? そう言えば、カエサルにしか話していなかったかも。


「ベンジャミン、それは話が別だ。剣術指南ぐらいで、マギウスのマントを貰えるなんて図々しいにも程がある。それはペイシェンスの感謝の気持ちが元にあるのだ」


 そうだよ! 弟達が王立学園で恥をかかずに済むように剣術指南を続けてくれたサリエス卿に何か報いたいと思ったんだ。私が頷いているのに、同調してくれるのはナシウスとヘンリーだけだった。他の人は、過分な御礼だと首を傾げている。サリエス卿の姉のラシーヌもだよ!


「なぁ、もしマギウスのマントができたら、私にも作ってくれないか?」


 サミュエルが無邪気に強請って、伯父様に叱られている。


「ええ、ヘンリーのマントを作ったら、サミュエルのも作ろうと考えていたわ」


 これは本心だよ。ヘンリーが一番大事なのは確定だけど、サミュエルにも怪我をして欲しくないからね。


「ペイシェンス! マギウスのマントをそんなに簡単に作れる自信があるのか!」


 あっ、カエサルにばれちゃったね。そう、糸を染められるかは不明だけど、まぁ、透明っぽい白で良いなら作れそうなんだよ。


「多分、大丈夫ですわ」


 カエサルが興奮して、立ち上がる。


「マギウスのマントが見られるのだ!」


 うん、ひょろっと背の高いカエサルが突然立ち上がったので、リリアナ伯母様が驚いているよ。でも、他の男の人達も大興奮だね。


「ペイシェンス、それは先ずは国王陛下に献上すべきでは無いだろうか?」


 ノースコート伯爵の言葉に、その場のナシウスとヘンリー以外が頷く。


「でも、伯父様、試作品を陛下に献上するのは如何でしょう。作り方が確定してからに致しますわ」


 サリエス卿には悪いけど、試作品で我慢して貰うよ。本命はヘンリーに作るマントだからね。


「まぁ、それもあり得るが……やはり、第一騎士団のサリエス卿の方が陛下より高価なマントを身につけているのは問題かもしれないぞ」


 あっ、それは考えてもいなかったよ。部下が上司より高価なスーツを着ているのは駄目かもね。


「まぁ、考えてもいませんでしたわ」


 リリアナ伯母様に呆れられたよ。


「この点は、ペイシェンスはウィリアムに似ていますわ。気をつけないといけませんよ」


 リリアナ伯母様! それは本当にやめて欲しい言葉だよ。生活能力の無い父親に似ているだなんて!


「今度、夏の離宮に招待された時に、王妃様にお伺いを立てておきます」


 この言葉に全員が力強く頷いた。


「それにしても、ペイシェンスは王妃様と気楽に話せるのだな。子爵家の令嬢としては珍しい。やはりマーガレット王女の側仕えとして立派に勤めているからだ。学園生活をおくる上で側仕えは、不自由に感じる事も多いだろうが、きっと将来的にも役に立つだろう」


 カエサルに褒められたよ。不自由に感じるは、錬金術クラブに没頭できないと聞こえたけどね。


「その通りですわ!」


 リリアナ伯母様の同意は、カエサルの言葉の意味の裏側は理解していない。


 結局、アンジェラは両親と共に数日残ることになった。だって、サティスフォード子爵にとっては、最重要人物であるバーンズ商会のパウエル支配人が来るんだもの。はっきり言って、カエサルより商売の話はすんなり通りそう。


 そして、ノースコート伯爵はアーサーとミハイルの招待も快諾してくれたよ。毒を食らわば皿までの気分なのか、領地でも嫌われ物の巨大毒蛙の粘液でボロ儲けできそうで上機嫌だったからかは分からないけどね。


「マギウスのマントかぁ! 子どもの頃にマギウスドラゴンスレーヤーの話を読んで憧れていたのだ……本当に存在していたのだな」


 あっ、そっちなのかも。マギウスのマントで錬金術クラブに好意を持ったので、合宿地になったのを許してくれたのかもね!

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