第30話 水着を作ろう!

 モラン伯爵領の滞在はとても楽しかった。湖畔のバーベキューもね。魔物の肉を金串に刺したのを焼いて食べるんだ。


 サミュエルとナシウスとヘンリーは何本も食べていたよ。私は1本でお腹いっぱい。これから弟達は成長期に突入する。父親のロマノ大学学長の俸給が幾らかは知らないけれど、お腹いっぱい食べさせる為に私も頑張るよ。


 グレンジャー家の食べ物は穀物と肉は買うけど、野菜類は温室や裏庭で栽培したもので賄っている。でも、この前のバーベキューでの食べっぷりを目の当たりにすると、これからは肉をもっと買わないといけないだろうと思った。


 まぁ、ナシウスは寮に入るから、お代わり自由だけどね。あっ、上級食堂サロンどうしようかな? 私は下の食堂でも良いと思ったのだけど、マーガレット王女の側仕えとして上級食堂サロンを使っている。でも、周りを見てみたらAクラスの学生は全員が上級食堂サロンで食べているんだよね。ナシウスだけが別なのは寂しいかも。これは、家に帰ってから父親と要相談だ。


 おっと、折角の夏休みなのに食生活の改善について考えちゃったよ。


 ノースコートに帰ってから、また午前中は勉強、昼からは海水浴が増えたね。ナシウスが泳げるようになったから、海で遊びまくるよ。


 とはいえ、剣術や乗馬もするし、私も最低限は身につけたいと考えて頑張っているよ。それに、前より怖く無くなったんだ。


「私の言う事を聞くのよ!」


 そう、生活魔法で馬を大人しくさせられるのだから、乗馬にも利用する事にしたのだ。前にキース王子に失礼な発言をされたのを思い出したんだ。それとパーシバルがナシウスに風の魔法を使って泳ぎ方を教えたのも参考になったね。


 馬は元々ノースコート伯爵家で訓練を受けているし、特に私には大人しくて賢い馬を与えてくれている。それに生活魔法をかけるのだ。


「ペイシェンス、急に上手になったな?」


 サミュエルが変な顔をしているよ。まぁ、女の子ならこのくらい乗れたら大丈夫じゃ無いかな?


 って事で、乗馬はこのくらいにして、私はふと思いついた事を研究する事にする。


「お嬢様、また錬金術ですか?」


 メアリーは、料理と錬金術に反対するのが玉に瑕だよ。


「ええ、カエサル様達が週末にはいらっしゃるから、それまでに研究を進めて驚かせたいの」


 モラン伯爵領から帰ったら、カエサル達からの手紙が届いていた。申し合わせたのか、偶然なのか、今週末に来るそうだ。


「まぁ、バーンズ様がいらっしゃるのですか?」


 メアリーは、カエサルに怒鳴られたお詫びに魔石をいっぱい貰ったのを思い出したのか、公爵家に縁があるのではと妄想しているからか、にっこりと笑う。


「カザリア帝国の遺跡を見学しに来られるだけよ」


 縁談がらみじゃ無いと釘を刺しておく。


「それで、何を作られるのでしょう」


 フロートを作った時は、膨らます前はガッカリしていたが、海でぷかぷか浮いているのを見て、少しだけ錬金術に興味を持ってくれたのかもしれない。まぁ、それでも染物や刺繍よりはランクが低いけどね。


「モラン伯爵家の庭には薔薇が綺麗に咲いていたわ。その手入れに便利な道具を思いついたのよ」


 薔薇は異世界でも虫がつきやすいみたいだ。グレンジャー家の薔薇には虫なんかいないよ。だって売り物にもなるんだから生活魔法「虫除け!」は常に掛けているからね。


 モラン伯爵家の庭師が手作業で、虫を取り去ったり、薬を塗っているのを見て、噴霧器を作ったら便利だろうなと、ぼやっと考えていたんだ。そして、ハッと閃いたんだ。


『スプレー缶が無くても、噴霧器で撥水性がある液を布に散布すれば良いんじゃん!』ってね。


 それと水着も作りたい。今のは古くなった服といつもよりは分厚い生地で作ったドロワーズで泳いでいるんだけど、水を吸って重たくなると体力のない私には泳ぎにくいんだよ。


 これは布を撥水性の液を薄めたのに、ズボンを浸けて試してみようと考えている。男の子用のも昔のヨーロッパの水着みたいなワンピース型でも、良いかも。


 だって、時々、ズボンがずれ落ちているんだもん。私はレディだから見ない振りするけどね。


 女の子用は男の子のワンピース形の上にスカートを足した感じにしよう。本当はスカート部分は邪魔だけど、異世界の公序良俗に逆らわないよ。


「メアリー、黒い綿の生地を買ってきて欲しいの」


 10ロームはもう使い果たしたかも知れないので、小切手に5ロームと書いて渡す。


「お嬢様、こんな田舎町で小切手は使えませんよ。綿の生地なら前のお金で買えます」


 そうか、雑貨店では10ローム金貨のお釣りも無さそうだった。


「あっ、あの赤のスカートとブラウス。雑貨店の女の子にあげたいけど……駄目よね?」


 メアリーは、ただであげるのは駄目だと顔を顰めたが、フッと笑う。


「あの赤のスカートとブラウスと黒の綿の生地を交換してきますわ」


 やはり貧乏なグレンジャー家に勤めているメアリーは、かなり金銭感覚が研ぎ澄まされているね。その辺は信頼して任せる。


 メアリーがお使いに行っている間に、私は撥水性の溶液を調合する。噴霧器が後回しになっちゃったのは、仕方ないよね。だって夏休みなんだもん。海水浴の水着が優先だよ。


 便利で安いスライム粉、巨大毒蛙のネバネバ、そして今回は少しだけ硝石粉。かなり水を足して薄めにしておく。重くなるのは駄目なんだ。少なくとも私には無理だからね。


 端切れを溶液に浸けて、試してみる。


「乾け!」と生活魔法を掛けて、布を引っ張ったりしてみるが、今のところは変化は見えない。


「水を弾くか試してみましょう」


 布の上に水を掛けると、コロコロと水玉が転がり落ちる。


「耐久性は分からないけど、今のところは大丈夫そうね」


 そうこうするうちに、メアリーが大量の黒い綿生地を持ってきた。


「まぁ、こんなに!」


 サミュエル、ナシウス、ヘンリー、そして私とアンジェラの分が有れば良かったのだ。でも、まぁ、マーガレット王女やジェーン王女、そしてキース王子やマーカス王子のも作ってあげても良い。


 問題は、布を液に浸けてから縫うか、縫ってから浸けるかだ。ええい、ここに布と液があるんだから、浸けちゃえ!


 こんな所は、きっとカエサル部長やベンジャミンの方がきっちりとしている気がするよ。


 全部布を浸けて、メアリーが取り出して、絞って、広げたのに「乾け!」と生活魔法を掛ける。


「これは……何か特徴があるのですか?」


 変な液に浸け込んだ布をメアリーは不審そうに見ている。


「ええ、見てみて!」


 水を布に掛けようとしたら、メアリーはびっくりしたみたい。


「お嬢様、濡れてしまいます!」と叫んだが、コロコロと水玉が転がり落ちると、びっくりして目を見張った。


「まぁ、もしかしてパラフィンなのですか?」


 パラフィン紙に似ているよね。でもパラフィンは着たりしたら、パラパラと剥がれそうだ。


「違うけど、撥水性はあるわね。後は、こんな風に縫えば良いのよ」


 ささっと男の子用のワンピース型の水着をスケッチする。庶民の冬用の下着に似ているかも? バーンズ商会でチラリと見たんだ。


「これは男の人用の水着ですか?」


 ここまでは、メアリーの抵抗はなかった。女の子用の水着はどうかな? サッと書いて、恐る恐る差し出す。


「まぁ、こちらは女の人用の水着ですね。男の人用のにスカートをつけたのですか……ええ、これならスカートが捲れても安心ですわ」


 おっ、メアリーが受け入れてくれたよ! 前からドロワーズで泳ぐの、少し不安だったんだよね。ワンピース型の上にスカートだと、捲れてもドロワーズがずれ落ちていないから安心だよ。


 という事で、二人でせっせと縫い物だ。先ずは、サミュエル、ナシウス、ヘンリー、そして私のを縫うよ。


「明日の海水浴は、これを着て行きましょう!」


「なんだか赤ちゃんの服みたいだなぁ」


 サミュエルはワンピース型の水着に変な顔をしたよ。まぁ、恥ずかしいなら、着なくても良いよ。


「ペイシェンス、もしかしてこれは……水を弾くのか?」


 ノースコート伯爵は、子供達に剣術指南をしていたけど、私が染め場で何かしているのに気づいていたようだ。巨大毒蛙の乱獲にならなきゃ良いけどね。


「ええ、着て泳いで試してみるつもりですわ」


 ノースコート伯爵が頭の中であれこれ考えている間に、弟達にも水着を渡す。こちらは、姉に全幅の信頼を寄せているから、素直に受け取るよ。


「へぇ、肩で止めるのですね。ズボンがずれ落ちないから良いかも」


 ナシウス、そうなんだよ。まぁ、ナシウスは立ち上がる前にズボンを引き上げているけどね。


「お姉様、ありがとう!」


 うん、ヘンリーにはとても良いと思うよ。泳ぐのに集中しすぎるからね。


「ペイシェンスもそれを着て泳ぐのですか?」


 リリアナ伯母様のチェックがきたよ。私は女の子用のスカートがついた水着を見せる。


「まぁ、これなら良いでしょう」


 やはりスカートは省けないようだ。泳ぐのに邪魔なんだけどね。


 次の日、何故かノースコート伯爵の水着も夜のうちにメアリーと召使い達が縫って、一緒に海水浴に来た。


「これは快適だ。布が水を弾くから重たくならない。ペイシェンス、大発明だよ」


「まぁ、古着で泳ぐより楽だな」


 サミュエルも快適に泳げると認めたよ。でも、ノースコート伯爵が言った意味が汲み取れていない。まだまだだね。


「お姉様、これを利用すれば、人々の暮らしが便利になりますね」


 やはり、うちのナシウスは天才だよ! 賢くて、他の人の暮らしにも想いを寄せている。もう、サミュエルの目の前で無ければ、抱きしめてキスしたいよ。


「そうか、ジョージのマントにも使えますね!」


 ヘンリーも賢くて良い子だよ。御者席のジョージは雨や雪に濡れるからね。こちらは、抱きしめてキスしておこう。


「2人ともよく考えたわね。その通りなのよ!」


 サミュエルは、やっと気づいたようだ。


「そうか、色々な布で試してみたら良いのだな」


 まぁ、合格だよ。従兄弟だから、少し甘くしておこう。それに、こんな気持ちいい日に難しい事は考えたく無いんだ。


「気持ちいい!」


 空には白い雲が浮かんでいる。私は海の上で白鳥のフロートに乗って、最高の夏休みを楽しんでいる。


 弟達とサミュエルがボディボードで波に乗って騒いでいる声を聞きながら、転生して来てから一番幸せだと思った。

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