第29話 フロートを湖に浮かべて!
ノースコート伯爵夫妻を迎えての晩餐会は、身内の集まりとして和やかな雰囲気で終わった。私やサミュエルやナシウスもお行儀よくしていたよ。つまり、モラン伯爵夫妻とノースコート伯爵夫妻が会話しながら食べているのを聞いていただけだ。
食事が終わると夫人達は席を立つのが習慣だ。食卓には男性が残り、お酒とか葉巻を楽しむみたい。
こんな時、微妙な年頃なパーシバルだけど、サッと私をエスコートしにきた。つまり、食卓には残らずサロンへと一緒に行ったのだ。
サロンでもモラン伯爵夫人とリリアナ伯母様がメインで会話をして、若い私達は小さなプチケーキを食べながらお茶を飲む。
「このプチケーキは美味しいな」
サミュエルは甘い物が好きだ。砂糖ザリザリのケーキにも手を出す強者だけど、今夜のプチケーキはフワッと軽い。
小さな声の感想だったけど、モラン伯爵夫人はそれを聞いて微笑んだ。
「ローレンス王国のケーキは甘すぎますわ。これはソニア王国風に作らせましたの」
えっ、異世界のケーキって何処でも砂糖ザリザリだと思っていたよ。流石、恋愛の都のソニア王国は、ダイエットを考えているのか、美食も追求しているのだろうか?
「まぁ、とても美味しいですわ」
リリアナ伯母様は、普段はケーキに手を出さないのに、一口食べて褒めている。
「母上、ペイシェンス様が錬金術クラブで作ったアイスクリームも好評ですよ。きっと、ソニア王国でもアイスクリームメーカーが売れる事でしょう」
パーシバル、そんな風に持ち上げないでよ。頬が赤くなっちゃうから。
「アイスクリームメーカーは我が家でも購入致しましたのよ。明日の湖でのデザートにするつもりですわ。ペイシェンス嬢はとても良い発明をされましたね」
アイスクリームメーカーの魔法陣はカエサル部長が考えたのだ。褒められると心苦しい。
男性が合流してから、サミュエルと私はハノンやリュートを演奏した。ナシウスもハノンを弾いたし、パーシバルもかなりリュートが上手い。
次の日は、朝食を食べたら湖へ行くよ。フロートも湖で膨らませるつもりだ。だって屋敷で膨らませたら嵩張るからね。
大人はボート遊びと昼食のバーベキューだけしか参加しないみたいだけど、私達は泳いだりボート遊びをする予定。
もう朝からヘンリーのテンションはMAXだ。サミュエルやナシウスもアゲアゲだけど、ヘンリーは湖でボートが漕ぎたくて仕方ないみたい。昨日は一応経験者のサミュエルにボート漕ぎを譲ったからかもね。
「ボートを早く漕ぎたいです! 大きくなったら船乗りになって世界中を航海してみたい」
そうか、ヘンリーはノースコート港に停泊していた帆船に乗った時から、ボートや船に興味を持っていたのだ。異世界の海の魔物は陸の魔物より大きいと聞いている。お姉ちゃん、とっても心配だけどヘンリーが望むなら、魔道船でも何でも作るよ!
私が握り拳をしているのを、リリアナ伯母様は不安そうに見ていたなんて、気づいていなかったよ。私の弟ラブが止まらないのが心配だったのか、何かとんでもない事をしでかしそうだと感じたのか、私には分からない。
「さぁ、湖に行きましょう」
今回は長い時間だから、侍女のメアリーや従僕も付いてくるので馬車で行くよ。
パーシバルはヘンリーを膝の上に乗せて、私の横に座る。わっ、ヘンリーはかなり重たくなっているけど大丈夫なのかな?
向かいにはサミュエルとナシウスだ。まぁ、湖までは近いからね。パーシバルはサミュエルは君呼びだけど、ナシウスとヘンリーは呼び捨てだ。剣術指南していた時から親しいからだよね。弟達二人とサミュエルの顔にパーシバルみたいなお兄さんが欲しいと書いてある。
見た目も抜群、そしてエスコートする姿はスマート、剣の腕は騎士クラブで優勝、乗馬も凄く上手い。その上、文官コースを選択して、父親の外務大臣の跡を追って外交官へ。そりゃ、私が男の子でも憧れるよ。
もし、私がパーシバルと結婚すると決めたら、ナシウスもヘンリーも喜ぶだろうな。素晴らしい義理の兄ができるのだから。
あっ、ダメダメ、いくら弟達が可愛いからって、それで結婚を決めるのは間違っている気がする。いや、異世界では普通なのか? 少なくとも私は、今の状況では決めきれない。それが答えだよね。
そんな事を考えているうちに湖に着いた。
「ボートに乗りたいです!」
ヘンリーが馬車から飛び降りたよ。可愛いけど、ボートでは立ったらダメだからね。
「では、ヘンリーが今日は漕いだら良いよ」
サミュエルに譲ってもらって嬉しそうに湖に漕ぎ出す。私は、召使い達にフロートを膨らませておくように指示をする。
「これは何ですか?」
パーシバルに白鳥や花や鯨や天馬やビックボアのフロートを説明するのだけど、少し恥ずかしい。子供っぽいと呆れられるかもと心配したのだ。うん、かなりパーシバルを意識しているんだよね。
「なるほど、これは面白そうだ」
褒められると恥ずかしくなるよ。
「フロートが膨らむまで、ボートに乗りましょう」
あっ、また二人っきりでボートだ。私の心臓はドキドキが止まらないよ。
「あのフロートはペイシェンス様が作られたのですよね。素材を聞いてはいけないのでしょうか?」
あらっ、違った雰囲気になったよ。良かったけど、何故か乙女心がガッカリしている。
「まだ試作品なのです。本当は撥水性を持たせる素材を探していたので、その副産品ですわ。ナシウスの泳ぎの練習になればと浮かぶ物を作ろうとして、あれこれやり過ぎてしまいましたの」
うん、このロマンチックな湖に白鳥やお花や天馬のフロートは少し場違いに感じるよ。何故、私はこれを持ってくる事にしたのかと反省する。
「いいえ、とても面白そうだと思います。それに、あの素材で作れる物も多いのでは無いでしょうか」
そうなんだよね。ライフジャケットとかも作れそうだし、避難ボートとか良いかも。あっ、ヘンリーが船に興味を持ったから、私の頭の中は安全に航海させるグッズに占拠されている。
「ええ、これから考えてみますわ」
パーシバルも頷いた。騎士クラブと錬金術クラブは真反対のクラブに思えるけど、マギウスのマントとか作ろうとしているんだよね。まだ、これはできてないし内緒だよ。うん、できたら大騒ぎになりそうな予感がする。私は、サリエス卿が月に二、三回剣術指南に来てくれるお礼のつもりだったけど、カエサル部長が興奮して叫ぶ程の大事だったみたいだからね。
まぁ、サリエス卿のは試作品で、ヘンリーのが本命だよ。私は弟が一番大事だもん。
作り方が分かったら、後は勝手に作ってくれても良いし、ある程度の特許料か商品登録料が入るとラッキーって感じなのだけど、違うのかな? これは、カエサル部長に要相談だ。だって、あのタランチュラの糸が染められたら、刺繍をしてみようと思っているんだもん。驚くかな?
ヘンリーは上手くボートを漕ぎ、満足したようだ。
「湖でもおよげるのだろうか?」
海でしか泳いだことがないサミュエルが質問している。一応、濡れても良いように海水浴用の服を着ているよ。あっ、撥水加工したら良いのかも。ノースコートに帰ったら試してみよう。それと、ふと思いついた事もやってみたいな。
「勿論、泳げますよ。皆さん泳げるのですか?」
ナシウスだけが首を横に振った。まだ、練習し始めたばかりだもの。
「ナシウス、泳ぎ方を教えてあげるよ」
パーシバルがナシウスの世話をしてくれるので、サミュエルとヘンリーは膨らませたフロートで湖の上にぷかぷかしている。鯨とビックボアは安定感が無いからひっくりかえったりしているけどね。それは、それで楽しそうだ。
「ナシウスも風の魔法を賜っているよね。それを利用すれば、簡単に泳げるのさ。見ててごらん」
パーシバルも風の魔法みたいだ。身体の力を抜くと、ふっと風を呼び寄せて湖の上をスイスイ泳ぐ。あっ、風で推進力を得ているみたいだ。
「パーシバル様、何か分かった気がします!」
ナシウスは勉強も魔法も理解能力が高い。身体を使うのは、ヘンリーよりは劣るけど、見て理解すればできるタイプだ。
「ええっと、力を抜いて風を呼び寄せる。そして、バタ脚をしながら、腕で水を掻く」
そうそう、クロールの泳ぎ方はサミュエルから習っている。それに魔法を乗せていくのだ。
「まぁ、ナシウス! 泳げているわ」
息継ぎがなかなか出来なくて、泳げなかったナシウスだけど、息継ぎで顔をあげても風の魔法で浮力を補っているから沈まない。
「慣れたら、風の魔力を使わなくても泳げるようになるさ」
わぁ、ナシウスがとっても嬉しそうだ。だって一人だけ泳げないのって、やはり悔しいよね。そうか、私のビート板もありだけど、異世界なのだから魔法を活用すれば良かったんだ。ちょっと反省しちゃうよ。
「わぁ、お兄様、いつの間に泳げるようになったのですか?」
「ナシウス、泳げているじゃないか! やったな!」
ヘンリーも喜んでいるし、サミュエルも嬉しそうだ。二人とも良い子だよ。
全員が泳げるようになったので、後はフロートを湖に浮かべてのんびりと過ごす。少なくとも私はね。
ヘンリーとサミュエルのフロートはうるさいけど、何故かパーシバルやナシウスもそちらで遊んでいる。
ぷかぷかしているだけで楽しいと思うけど、ひっくり返ったり、鯨とビックボアに跨って競走したりしているよ。
昼前に大人達がやってきて、湖に浮かぶフロートを見て驚いていた。
「まぁ、ペイシェンスは何を作ったのかしら?」
そうか、ノースコート伯爵は一緒にフロートで遊んだけど、リリアナ伯母様は知らなかったんだ。
「これは……画期的な素材なのかも知れない」
モラン伯爵は、フロートの素材が気になるようだ。
「さぁ、お昼にしましょう」
相変わらず、モラン伯爵夫人は優雅で座持ちが良いね。こんな人を見て育ったパーシバルだから、優雅なのだろう。私は、やはり横に並ぶ自信が持てないよ。
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