第17話 染料の種を撒くよ

 アンジェラが生活魔法の勉強をする為にこちらに来るまでに染料の種を蒔きたいと思って、リリアナ伯母様に何処を使えば良いか尋ねる。

「まぁ、染料を種から育てなくても、買えば良かったのに。表の庭以外なら何処でも使って良いですわ」

 どうも伯母様は庭に興味が無いみたいだ。私なら避難所になる前庭は仕方ないとしても、裏庭に果樹園とかハーブ園とか作るけどね。菜園も良いよなぁ。

 あっ、勿論、バラとかも植えるよ。どうも食べ物中心に考える癖が付いている。ペイシェンスに呆れられそう。

 近頃、ペイシェンスに叱られる事が無くなり、反応も感じなくなっている。このままペイシェンスが消えるのかな? と言うことは私は元の世界に帰れないのかも。

「弟達が自立するまでは、帰れても帰らないけどね!」

 今、前世に帰ったら心配で心配で堪らないだろう。

 メアリーは染め物には協力的だけど、畑仕事には批判的だ。

「お嬢様がその様な事をなさらなくても」

 なんて言っているけど、無視して空いている庭の隅を耕す。こんな時は生活魔法を全開で使うよ。

「耕して、畝を5本作れ!」

 藍、紫キャベツ、野葡萄、茜草、赤紫蘇の種をメアリーと蒔く。そしてお水を撒いて、少し魔法で後押ししておく。

「まぁ、もう芽が出ましたわ」

 メアリーは何回見ても驚く。まぁ、私も自分で魔法を掛けても少し驚いちゃうんだけどね。前世では魔法なんかなかったし、使った事もなかったからね。

「そろそろアンジェラが着く頃ね。生活魔法をどうやって教えれば良いものかしら?」

 私の生活魔法が変なのは分かっているけど、それしか知らないのだ。魔法学の本の通りに教えるべきなのか、変だけど便利な私の生活魔法を教えるべきなのか悩んじゃうよ。

「あのう、アンジェラ様は寮に入られると聞きました。侍女のいない生活は不便だと思います。そこを生活魔法で補えるようにしてあげたらどうでしょう」

 メアリーは普段はこんな風に魔法について話したりしない。多分、アンジェラの侍女のミアに相談されたのだろう。

「そうね、掃除は特別室なら下女がしてくれるけど、服の手入れとか、髪の毛の整え方とかも生活魔法を使えば楽にできるわ」

 メアリーより年上に見えるミアという侍女に世話されているアンジェラが寮で生活する上で必要な事を考えると、教えてあげるべき生活魔法がはっきりしてきた。

 まぁ、それを上手く教えられるかは別物だけどね。


 昼前にアンジェラがラシーヌとやってきた。勿論、侍女のミアも一緒だ。

「ようこそ」とリリアナ伯母様が出迎えている。ラシーヌとは前から交流があるようで仲も良いみたい。

「明日は離宮に招待されているのに、伯母様に任せっきりで良いのかしら?」

 元々、アンジェラは生活魔法と勉強を一緒にする為に3日間こちらに滞在する予定だった。そこに夏の離宮行きが加わった感じだ。

「ええ、サミュエル達も離宮に招待されていますから、一緒に行くだけですわ」

 グッスン! また弟達とは別の馬車だね。まぁ、アンジェラを一人で行かせるわけにはいかないから、それは仕方ないんだよ。弟達ラブの私だけど、アンジェラも可愛いと思っているしね。

 今回はラシーヌは昼食を終えたら、サティスフォードへと帰った。明日は港に大きな客船が着き、そこには知り合いの貴族の家族が乗っているらしく、屋敷に招待しなくてはいけないそうだ。

 リリアナ伯母様を見ていても、貴族の奥方もなかなか忙しそうだ。領地では近在の貴族の付き合いもあるし、王都ロマノでは社交界なんて物もある。

 特に屋敷に招待客を呼ぶ時は、大勢の召使い達が実際には動くのだけど、監督したり、メニューを決めたりと気遣いも大変そうだ。

 私はペイシェンスに転生した時から貧乏な子爵家の娘として、結婚なんかはしないものだと考えていたが、今現在でも2つも縁談がある。

 リリアナ伯母様やラシーヌを見ていると、綺麗なドレスを着て優雅そうだけど、私はそういう生活をしたいのか分からない。

 やはり自分の仕事を持ちたいなんて思うのは、前世の感覚なのだろうか?

 そういう意味では、やはりラフォーレ公爵家との縁談より、外交官として働けるモラン伯爵家の方が良いのかもしれないが、パーティとかが多いのだろうか? 異世界の外交官がどの様な仕事をするのか、よく勉強してから考えたい。

 昼からは普段は海水浴や乗馬などをするのだけど、アンジェラに生活魔法を教える。その間、サミュエルと弟達は剣術の稽古だ。

「アンジェラ、寮には侍女はついては来れないの。だから、自分で制服を着て、髪の毛も整えなくてはいけないわ。これを生活魔法ですると楽だし、綺麗にできるのよ」

 折角、ミアが可愛い髪型にしているけど、アンジェラのリボンを解く。

「今は、髪の毛を結んだあとが残っているでしょう。それを生活魔法で綺麗にするの」

 私も見本の為にメアリーが整えてくれたリボンを解いて「綺麗になれ!」と唱える。

「まぁ、本当に真っ直ぐになるのですね!」

 私のリボンの括っていたあとが付いた髪の毛が真っ直ぐになった。

「これを括るのは、櫛とリボンだけど、そこでも生活魔法を使うと可愛くアレンジできるのよ」

 ハーフアップにしてリボンで括った後、髪の毛を指に巻き付けながら「カールになれ」と唱える。

「コテやヘアアイロンを使わなくてもカールもできるのですね」

 アンジェラにやらせてみる。真っ直ぐとは言えないのは、ヘアアイロンでクルクルにカールさせてあったからだ。

「寝癖ぐらいならなおせるでしょう。それと練習すれば上手になる筈よ」

 毎朝、自分だけでなくマーガレット王女のもやっているから、2倍練習しているわけだ。えっ、もしかしてアンジェラはジェーン王女の髪の毛も整える必要があるのかな? 側仕えに指名されてはいないよね?

 アンジェラが自分で髪を括るのは難しそうだった。見てて、こんなに時間が掛かるのか不思議に思うけど、いつもミアにして貰っているからならこれで普通なのかなぁ?

「こんな髪型で学園生活をおくるのかしら」

 アンジェラは鏡を見てがっかりしている。後ろでミアも不安そうな顔で立っていた。指を組んで、手出ししたいのを堪えている。

「ここから生活魔法を使うのよ」

 私は少しぐちゃっと纏めてあるアンジェラに「綺麗になれ!」と生活魔法を掛けさせる。

「まぁ、飛び出していた髪がちゃんとおさまったわ」

 そりゃあミアが整えた髪ほどでは無いけど、キチンとしている。

「ここからはアレンジよ。指に髪の毛を巻きつけて、カールさせるの」

 アンジェラの髪の毛を少しだけ指に巻いて「カールしろ」と魔法を掛ける。

「さぁ、やってみて」何事も練習あるのみだよ。

「カールになれ?」そんな自信の無さそうな呪文では効き目が薄い。

「ええっと、アンジェラが良いなぁと思うカールした髪の形を思い浮かべながら呪文を言うと良いんじゃないかな?」

 アンジェラはどうやら巻き髪を思い浮かべた様だ。

「カールになれ!」と唱えたら、ドリル髪になったよ。まぁ、私的にはゆるいカールが好きだけど、好みの問題だからね。

「上手くできたわね。今日はここまでにしましょう」

 アンジェラも疲れた様だし、私も疲れたよ。

「あのう、母からペイシェンス様に勉強や音楽や刺繍も習う様にと言われているのですが……」

 ラシーヌって教育ママなのかな? 教えるのは良いけど、今日はやめておこう。

「少し休憩したらハノンでも弾いて遊びましょう」

 パッとアンジェラの顔が輝く。音楽が好きなの分かるよ。乗馬が好きではないのもね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る