第16話 舞い込む招待状

 遺跡から帰った後のお茶の時間にはパンケーキが出た。サミュエルの予想が当たったね。私達はカザリア帝国の遺跡を見学したり、スケッチしたりでお腹が空いていたから、ぺろりと食べちゃったよ。

 サミュエルときたら二枚目を食べている。折角、絞れてきているのに甘い物を食べ過ぎたら駄目だよ。

 なんて呑気な事を考えていたら、執事が銀の皿の上に封筒を何通も乗せて差し出す。

 宛名はノースコート伯爵夫妻の封筒とサミュエルのとペイシェンス・グレンジャーの封筒がある。

「まぁ、ラフォーレ公爵家からとモラン伯爵家からの招待状だわ」

 リリアナ伯母様の声が弾んでいる。人の縁談を喜んでいるな。娯楽が少ない異世界では縁談は重大な問題と楽しみなのかも。

「サミュエルには夏の離宮への招待状が来ているぞ。開けてみなさい」

 私の手元には3通。ラフォーレ公爵家、モラン伯爵家、そして夏の離宮への招待状だ。

 先ずは夏の離宮への招待状を開ける。げげげ……水曜日に来るようにと書いてある。明後日じゃん! 染料の種を植えたいし、遺跡の壁画について考えたい。マーガレット王女とジェーン王女の息抜きの為に何回も招待されるのは、ちょっと迷惑だよ。

 でも、それよりも問題はラフォーレ公爵家からの招待状だ。夏の離宮はサミュエルや弟達やアンジェラも一緒だし、まだ良いんだよ。アンジェラがジェーン王女と仲良くなれば、ラシーヌへの借りが返せる気がするからね。私は借りは返す女なんだ。

 それに比べるとラフォーレ公爵家の招待状は縁談があるからなぁ。

「伯母様、ラフォーレ公爵家には行くのが気が重たいのです」

 招待状を開ける気にもならない。アルバート部長だけならまだしも、その父親の公爵は音楽の為なら何でもしそうで怖い。

「ペイシェンス、どういう事なの? アルバート様が嫌いなのかしら? パーシバル様ほどとは言わないけど、整った顔立ちをしていらっしゃるわ」

 事情を説明しておかないと、ノースコート伯爵夫妻にはラフォーレ公爵家の次男との縁談は望ましいものとして見えるかもしれない。

「この前の青葉祭の時、ラフォーレ公爵が私の音楽をお気に召したようなのです。屋敷に来いと言われたのですが、それを阻止する為にアルバート部長が自分の嫁にと考えていると言われたので、引いて下さったのです。私は音楽は好きですが、それだけをして人生を送りたくは無いのです」

 ノースコート伯爵は驚いたようだ。

「ラフォーレ公爵は……そうか奥方を亡くされていたな。だが、年が離れ過ぎているだろう」

 リリアナ伯母様は少し考えてから口を開いた。

「でも、アルバート様なら年齢的に不自然ではありませんわ。ただ、公爵が引いて下さった気持ちが続けばですけど……」

 そうなんだよね。アルバートはロマノ大学に進学する気になったから、数年は縁談からは解放されるけど、その間に公爵の気が変わったら困る。いや、絶対に無理だから。

 私が身を震わせるのを見て、伯母様は気持ちが理解できたようだ。

「公爵家のご招待を断ることは、マナー的に難しいですわ。でも、短時間に済ませる方法はあります」

 ノースコート伯爵も「そうだな」と同意してくれた。アルバートとの縁談は良いが、その父親とは駄目だと考えてくれてホッとしたよ。姪が公爵夫人になるのを喜ばれたら困るもの。

「モラン伯爵家はどうしたら良いのかしら? 滞在して湖でボート遊びをしてはどうかと書いてあるわ。モラン伯爵と私は従兄弟なの。ご好意を無視して、泊まらずに引き上げるのはマナー違反になるわ」

 あっ、サミュエルや弟達が湖で遊ぶと聞いて目が輝いている。前にパーシバルがボートを漕いだりすると話していたのを覚えているんだね。私的には遠縁のモラン伯爵家の方が気が楽だよ。

「それは面白そうですわ」

 私が了承したので、サミュエルと弟達も喜ぶ。

「ヘンリーも一緒で宜しいのかしら?」

 伯母様達と話すまで開ける気にもならなかった招待状を開く。

 ラフォーレ公爵家は、ノースコート伯爵夫妻とサミュエル、そして私を招待していた。ナシウスとヘンリーは招待されていない。サミュエルが招待されているのは音楽クラブだからだ。

「まぁ、ダニエルやバルディシュやクラウスも招待されているのね。音楽会を開くみたい」

 本当に音楽重視だ。でも、他の音楽メンバーも一緒に招待されていると分かって、少し気が楽になったよ。

「そうか、ダニエル達も一緒なのだな!」

 夏休み中に友だちと会えるのは嬉しいよね。サミュエルが笑っていると、私も嬉しい。

「でも、ナシウスとヘンリーはお留守番になってしまうわ」

 10歳のナシウスは招待されてもおかしくは無いが、やはり王立学園に入学してない子は省かれたのか、音楽の才能重視なのかな?

「いえ、私はヘンリーと勉強をしていますから大丈夫です」

 確かに、音楽至上主義のラフォーレ公爵家で大人しく聞いているより、こちらで自由に過ごしている方が楽かもね。

「モラン伯爵家はナシウスとヘンリーも一緒にと書いてあるわ」

 そちらは一応は遠縁だし、お泊まりで湖で遊ぶのも良いかもしれない。

「私も一緒に行けるのですね!」

 ヘンリーは音楽会はパスでも平気だけど、湖でのボート遊びは行きたかったみたいで喜んだ。

 明後日は夏の離宮行きだ。明日は前からアンジェラが勉強する為にノースコートに来る予定だったから、そのまま泊まって、一緒に行けば良い。

 ラフォーレ公爵家の音楽会は土曜の昼だ。昼食とお茶の時間までは滞在しなくてはいけない。

「モラン伯爵家へはいつ伺いましょう。返事を書かなくてはね」

 これはリリアナ伯母様に任せるよ。ノースコート伯爵夫人として、領地の貴族や騎士や豪族の奥様方との社交の予定もあるからね。

「ペイシェンスも王妃様やラフォーレ公爵に招待を感謝する返事を書かなくてはいけませんよ。それにサミュエルもね」

 前も書いたけど、今回もお礼のお手紙を書く。モラン伯爵家にも行く日が決まったら手紙を書かなくてはいけない。

「まぁ、ペイシェンスは字も綺麗ね。サミュエルも手本にしなくてはいけませんよ」

 カリグラフィーは本当に役に立つよ。授業を取っていない令嬢達は、社交界のパーティのお礼状とかはメイドに書かせるのかな? ラブレターとかはどうするのかな? なんて考えながら書く。豊かな貴族の家には祐筆もいるのかもしれないね。

 手紙はノースコート伯爵家の使用人が届けてくれる。この異世界でも郵便のシステムはあるみたいだけど、近場は使用人が届ける。遠い場合は、冒険者ギルドに頼むみたいだ。

「伯母様、手紙を届けて欲しいのですが、遠いと高いでしょうか?」

 カエサル部長は7月の終わりには王都ロマノに帰ると言っていたけど、まだ領地にいるだろう。それとベンジャミンもフィリップスもブライスも領地だろうね。

「まぁ、何かしら?」

 リリアナ伯母様の声が浮ついているけど、恋バナでは無いよ。

「カザリア帝国の遺跡に興味がありそうな友達に手紙で教えてあげたいだけですわ」

 かなりガッカリさせたようだが、ノースコートにも冒険者ギルドがあると教えてくれた。

「誰に送るのだ? 領地が遠いと高額になる場合もあるぞ」

 ノースコート伯爵に心配されたよ。

「カエサル・バーンズ様とベンジャミン・プリースト様とフィリップス・キャシィディ様とブライス・アンカーマン様に送りたいのです」

 リリアナ伯母様が「まぁ!」と嬉しそうな声をあげる。バーンズ公爵家やプリースト侯爵家、キャシィディ伯爵家、そしてアンカーマン伯爵家だからね。

「その方達はカザリア帝国の遺跡を見学に来られるかしら?」

 あっ、それは考えていなかった。

「来られるなら、館に泊まって貰いなさい。それを書いておけば良い」

 ノースコート伯爵も、上流貴族の子息は大歓迎のようだ。

 特に、バーンズ公爵家はお金持ちみたいだから、リリアナ伯母様の目がキラキラしているよ。

「遺跡見学ですし、それも来られるかどうかは分かりませんわ」

 ちょっと冷静になって貰わないと困るよ。

 部屋で魔道船の絵をコピーして手紙を書いた。メアリーに預けた10ローム金貨で郵便代が足りると良いな。

「明日はアンジェラが来る前に、種を植えておこう!」

 そして、明後日は夏の離宮行きだ。ラフォーレ公爵家の音楽会だなんて、マーガレット王女に知られたら、騒がれるだろうな。絶対に内緒だ!

 あれっ、もしかしてマーガレット王女について来て貰ったら安心なのかな? いや、ノースコート伯爵夫妻がついているから大丈夫だよね。

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