第3話 ノースコート館に着いたよ

「着いたぞ!」跳ね橋を渡り、大きな門を通り抜けたら、館の前庭に着いた。うん、ここは有事の時は避難所になるのかな。薔薇とかは植えていない芝生だけのだだっ広い前庭だ。

 馬車が館の前に止まると、使用人達が勢揃いして迎える。わぁ、人数が多いね。こんなに領地に使用人がいるのに王都からも連れて来たんだ。何だか不思議だよ。

「ノースコート伯爵、お帰りなさいませ」

「ああ、此方はペイシェンス・グレンジャー。ナシウス・グレンジャー。そしてヘンリー・グレンジャーだ。夏休みの間、ここに滞在するから世話を頼む」

 わぁ、何だかドラマの中に入った感じだ。夏の離宮に行った時やラフォーレ公爵家に寄った時もお出迎えは凄かったけど、あれは王妃様や王子や王女を出迎えるからだし、私は側仕えだったからね。今回はノースコート伯爵家のお客様として出迎えられている感じなんだよ。まぁ、実際に親戚なんだけどさ。

「さぁ、ペイシェンス。荷物が解かれるまでお茶にしましょう」

 リリアナ伯母様に誘われて応接室に向かう。ヘンリーも一緒で良いみたいなのでホッとする。

「アイスクリームメーカーも買ったのだ。だから夏休みはアイスクリームも食べられるぞ」

 サミュエルがナシウスとヘンリーに告げると、2人とも目が輝く。アイスクリーム好きだからね。

「アイスクリームは美味しかったな。それにサミュエルの新曲発表も素晴らしかった」

 私は会わなかったけど、ノースコート伯爵夫妻は青葉祭に来たようだ。ノースコート伯爵は第一印象は冷たい感じに思えたけど、サミュエルに愛情はあるみたいでホッとする。

「ええ、グリークラブの発表も興味深く感じましたわ。あの伴奏にはサミュエルも参加していたのでしょう?」

 うん、ああいったミュージカルはローレンス王国ではあまりやっていないみたいだから評判が良いんだよね。

「私も伴奏に参加したけど、あの楽曲の殆どはペイシェンスが作ったのだ。歌詞はアルバート部長が作られたけど、ペイシェンスは素晴らしい才能を持っているよ」

 ナシウスとヘンリーは目上の人がいる席で、話しかけられるまでは口を開いてはいけないマナーを守って黙って聞いているけど、目がキラキラしている。なんだかくすぐったいよ。ここで終わっていたら、褒めてくれたサミュエルに感謝したんだけどね。

「まぁ、ペイシェンスがあの楽曲を作ったのですか? ユリアンヌ様もハノンが上手でしたから似たのね」

 そうか、母親も音楽が好きだったんだね。なんて呑気な事を考えていて、サミュエルの失言レーダーを受けとめ損なった。

「アルバート部長はペイシェンスの才能に惚れ込んで求婚されたのですよ」

 ちょっとサミュエル、それは言わない約束でしょう。

「まぁ、それはアルバート部長の冗談ですわ」

 リリアナ伯母様とノースコート伯爵の目が真剣だ。そりゃ、次男とはいえラフォーレ公爵家だもんね。本気にされたら大変だからしっかりと否定しておかなきゃ。

「サミュエル、音楽クラブの悪ノリを喋ったら事情を知らない人は本気にされるわ」

 あからさまにリリアナ伯母様はがっかりされたが、微笑んで話しだす。嫌な予感しかしないよ。

「アマリアお姉様もペイシェンスに縁談が持ち込まれていると仰っていたわ。そんな年頃なのね」

 それはパーシバルだよね。弟達の目がまん丸だよ。縁談とか微妙な話を皆の前でしないで欲しいんだけど、異世界はオープンな感じなの?

「それはモラン伯爵家の嫡男なのか?」

 ノースコート伯爵まで参加しないでよ。

「ええ、パーシバル様から夏休みの間に遊びに来たいとお手紙を頂いたわ。ふふふ、娘達がいた頃みたいね」

「そうだな。娘達は貴女に似て美人揃いだったから」

「まあ、娘達はどちらかと言うと貴方に似ていますわ」

 嫁に行った従姉妹達に求婚者が来て華やかだった頃を夫婦で思い出したのか、話題が逸れて良かったよ。冷えた夫婦関係に見えたけど、いちゃいちゃしている。私は冷や汗をかいたよ。

 わっ、ナシウスとヘンリーの目が聞きたくて仕方ないと告げている。そうか、パーシバルは剣術指南に何回かサリエス卿と一緒に来たから知っているものね。ハンサムだし、剣術も上手いから憧れているのかも? でも、お姉ちゃんとしては横に立つのが勇気がいる相手なんだよ。釣り合わない感じがしてさぁ。

「部屋の用意が整いました」

 執事が告げに来て、私達もそれぞれ部屋に案内して貰う。私はメアリーを連れて来たけど、弟達は従僕を連れて来ていなかったから、ノースコート伯爵家の召使いが世話をしてくれるみたい。

「夕食までにお風呂に入らないといけませんわ。ヘンリー様の夕食は私が給仕しますから安心して下さい」

 メアリーがヘンリーの夕食の世話をしてくれるみたいでホッとする。見知らぬ従僕では寛げないかもしれないからね。

 サッとお風呂に入って、馬車の旅の塵を落とす。シャーロット伯母様に貰った生地で縫った薄いブルーのドレスに着替えて、髪の毛はメアリーに整えて貰う。

「リリアナ伯母様が縁談について弟達の前でお話しされるから困ったわ」と髪の毛をセットして貰っている間に愚痴ったら、メアリーにお説教されちゃった。

「まぁ、貴族の令嬢の縁談は家族全員の問題ですわ。ヘンリー様は幼いですが、ナシウス様は次期の子爵になられるのですから、姉君の縁談もよく知っておられないと困ります」

 私の常識と違うけど、異世界の常識に従うしかないみたいだ。それにしても父親が伯母様達の縁談に関わっていたなんて想像できないんだけどね。まぁ、祖父母がしっかりしていたんだろうな。

「お嬢様、とても綺麗になられましたね」

 相変わらずメアリーは身贔屓だと思う。

まぁ、転生した時より背も高くなったし、ガリガリじゃあないから、かなり可愛くなったと思うけど、異世界の貴族の令嬢のレベルって高いからな。でも、まぁこの薄いブルーのドレスはよく似合っているよ。

「ありがとう。ヘンリーの面倒をみてね。此処では食事の後は応接室で話したりするみたいだから、遅くなるかもしれないの。メアリーもちゃんと食事を摂るのよ」

 ヘンリーもお風呂に入ったと聞いているし、食事が終わったらベッドに入るだろう。1人で可哀想な気もするが、メアリーが食事を終えた後に様子を見てくれると言うので任せる。

 食堂の前の部屋に行くと、サミュエルとナシウスが待っていた。2人とも私が部屋に入ると立ち上がる。異世界のマナーをちゃんと守っているのは賢いね。

「サミュエル、ナシウス、とても格好良いわ」

 サミュエルはかなり身体が引き締まってきているし、背は追い抜かされちゃったよ。それにナシウスも夏休み中に追い抜かされそうだ。正装したナシウスは少しだけ大人びて見えた。お姉ちゃん、嬉しいような、少し寂しいような複雑な心境だよ。

「お姉様、とてもお綺麗です」

 ナシウス、女の人を褒めるのは良いマナーだね。流石、私の弟だけある。

「ペイシェンスも綺麗になったな」

 サミュエル、その褒め言葉は問題ありだ。それに口を滑らしたし、減点1だよ。

「ありがとう」と言っておくけどね。

 ノースコート伯爵が降りてきた。うん、正装が身に付いている感じだ。未だサミュエルとナシウスは正装していますよ感があるんだよね。

「ペイシェンス、とても綺麗だ。なる程、パーシバル様が熱心なのも分かるな」

 ああ、その話は止めてくださいと思うけど、未婚の貴族の令嬢にとっては求婚者が多いのは名誉みたいな世界だから仕方ないのかな?

「ありがとうございます」とだけ答えておくよ。パーシバルの件には触れたくないんだ。もう、サミュエルとナシウスの目が聞きたいと好奇心でキラキラしている。明日は勉強をビシバシ扱こう。そんな質問する暇が無いようにね。

 リリアナ伯母様はドレスアップしたら本当に美人だから引き立つね。ノースコート伯爵がエスコートして食堂へ入る。勿論、リリアナ伯母様に「とても綺麗だ」とかなんとか褒めまくっているよ。ロマノで一緒に夕食を取った事もあるけど、こんなにいちゃいちゃしてなかったと思うけど?

「夫婦仲が良いのね」

 サミュエルにエスコートして貰っているから、小声で尋ねる。

「さぁ、普通だと思うが……あっ、ペイシェンス済まない」

 うちの母親が亡くなっているのは謝って貰う事では無いよ。そうか、あまり馴染みの無い私がいたから礼儀正しく振る舞っていて、それが冷たい印象を与えていたのかも? それと嫡男のサミュエルの成績を心配して夫婦間の雰囲気も悪かったのかもしれないな。まぁ、夫婦だから色々あるのだろうとしか言えないよ。

 海の近くだから魚介類が出た。嬉しい!

「ナシウス、食べられますか?」

 家では魚は殆ど出ない。ノースコート伯爵領で夏休みを過ごすと決まってから、魚を食べる際のマナーを教えたけど、エア魚で本当はチキンだった。夏前のロマノで魚は手に入らなかったんだ。川魚は高いし泥臭いとエバが買うの拒否しちゃうしね。

「ええ、とても美味しいです」

 魚を食べるマナーって難しいけど、ナシウスはちゃんと覚えている。私も魚を楽しもう。

「ペイシェンスもナシウスも綺麗に食べていますね」

 リリアナ伯母様に褒められたよ。あっ、サミュエルのお皿はごちゃごちゃになっている。ロマノで何回か一緒に食事をした時はマナーをちゃんと守っていたのに、魚は覚えきって無いみたいだ。後で教えなきゃ。余計なお節介かな?

 デザートは応接室でアイスクリームを食べた。バーンズ商会に売ったレシピ通りに作ってある。やはり卵に火を通すレシピにして良かったと思いながら食べる。

「明日からは、午前中は勉強をしなさい。午後からは自由に遊んだら良いわ」

 サミュエルの成績はまぁまぁだったから、リリアナ伯母様も午前中の勉強だけで許してくれるみたいだ。良かった!

「ペイシェンス、数学と歴史を教えて欲しい。古典は何とかなりそうなんだ」

 苦手だった古典を克服したのは偉いね。

「ええ、分かったわ。私も世界史と地理の勉強をするつもりだから、その合間に教えるわ」

 ナシウスも王立学園の教科書を持って来ているから、ヘンリーも一緒に午前中は勉強会だ。

「昼からは海水浴に行こう! ペイシェンスは泳げるのか?」

 乗馬が苦手だから、泳げないと思っているようだ。

「ええ、去年教えて貰いましたから、泳げますわ」

 サミュエルは少し疑っているようだけど、ナシウスとヘンリーに泳ぎを教えようと張り切っている。

 その後はハノンを弾いたり、サミュエルのリュートと合奏したりして過ごした。

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