第4話 ノースコートの夏休み

 次の日からリリアナ伯母様に言われた通り、午前中は勉強、午後からは遊ぶ。

「ナシウス、そんなに難しい数学をしているのか? それは2年生の教科書ではないか」

 ナシウスは初等科1年の数学は勉強済みだからね。今は2年生の数学をやっている。まだ分からない所も多いから教えながらだ。

「お父様に教えて貰っているので、かなり先まで勉強しています」

 サミュエルはハッとした顔をする。

「グレンジャー家は学問の家だと母上が言っていたが、ヘンリーもなのか?」

 サミュエルは少し焦ったようだが、ヘンリーの勉強している箇所を見てホッとする。まだ王立学園に入る前の段階だったからだ。でも、言っておくけど、ヘンリーは3歳も年下なんだよ。

「ナシウスに追い越されないように私も頑張らなくては!」

 あっ、良い傾向だね。前のサミュエルだったら拗らせてしまうところだけど、前向きに努力しようとするのは良いよ。

 私もヘンリーやナシウスやサミュエルに分からない所を教えながら、地理と歴史の勉強をする。来年の秋に社交界デビューするなら少しでも終了証書を貰っておかないと、錬金術クラブに行く暇が無くなるからね。

 今はマーガレット王女が王宮に帰られる金曜の午後はまとまって錬金術に充てられる。でも、週末パーティとかあると錬金術クラブに行けないかもしれないのだ。火曜と木曜は音楽クラブだけど、他の曜日の授業免除時間を錬金術クラブに充てたいのだ。

 世界史はカザリア帝国が崩壊してからがとても複雑で難しい。国が興っては滅びたり、統合されたり、分裂するからだ。

「こんなの覚えきれないわ。年表と図表を作らなくては!」

 ローレンス王国の歴史だけなら年表で良いのだが、各国の国境線が戦争により移動しまくるので頭が混乱してしまう。その上、国は滅びるし、また興るし、ごちゃごちゃなんだよね。

 この日の午前中は年表の途中まで作って終わった。本当にこんな戦国時代に転生しなくて良かったよ。

 朝とお昼はヘンリーも一緒に食べれるから嬉しい。それにヘンリーも魚の食べ方をチキンで教えていたから、お皿も綺麗なままだ。

「まぁ、ヘンリーもマナーを守って食べられるのね」

 サミュエルも頑張っているけど、少しごちゃっとしている。後で、簡単に綺麗に食べられる方法を教えておこう。あれだけ楽器を弾けるサミュエルなのだから、不器用ってことは無いよね。

「母上、昼からはナシウスとヘンリーに泳ぎを教えてやりたいのです」

 昼からは遊んで良いと言われていたけど、貴族の子息は一人でお出かけしないみたいだから、あれこれ準備がいりそうだ。

「ええ、良いでしょう。貴方の従僕ダンとナシウスとヘンリーの世話係、そして護衛を連れて行きなさい。何かあるとは思いませんが、一応ね」

 えっ、私も行くつもりなんだけど? 伯母様の言い方だと男の子だけの印象だよ。

「伯母様、私も海水浴に行きたいですわ」

 リリアナ伯母様の片眉が少し上がる。女の子が海水浴をするのに反対なのかな? 王妃様はマーガレット王女やジェーン王女にもさせていたけど?

「ペイシェンスは縁談が来る年頃なのに、いつまでも男の子と海水浴なんて子供っぽいですわ。ああ、でも弟達と遊びたいのも分かります。日焼けしないように気をつけるのよ」

 私の懇願する目に伯母様は負けた。伯母様は日焼けを心配していたみたい。まぁ、日焼けはシミの原因だから、気をつけよう。

「やったぁ! ナシウス、ヘンリー、泳ぎを教えてやるぞ」

 弟達とサミュエルはわいわい楽しそうだ。

 私はメアリーと海水浴の準備だ。古い服に着替えて、ドロワーズも海水浴用のにする。普通の白い綿のだと透けちゃうからね。弟達のも古い服を海水浴用に持って来ている。

「日焼けにはこの帽子が良いのは分かりますが、格好悪いですわ。海岸は仕方ないですけど、それまでは私が持っていきます」

 マシューが庭仕事で被るような麦藁帽子を弟達の分も持って来ているのだけど、メアリーには不評だ。メアリーは日傘をさす方が令嬢らしいと思っているけど、あれって手が塞がるから嫌なんだよ。

 持って行くと言った時から、不満そうなので、せめてと私の麦藁帽子には青いリボンをつけている。結構、可愛いと思うのだけど、メアリー的には子爵令嬢に労働者が被る帽子は相応しくないのだろう。

「お姉様、海にはお土産で貰ったような貝殻もあるのでしょうか?」

 去年の夏の離宮のお土産の貝殻をヘンリーは気に入っていたからね。

「ええ、きっといっぱいありますよ」

 サミュエルは、子供の頃から海で遊び慣れているから貝殻拾いなんて馬鹿らしいと笑っている。

「ヘンリー、それより泳げたら海の魚も捕まえられるぞ。モリで突くのだ」

 わぁ、ヘンリーとナシウスの目がキラキラしている。サミュエルも嬉しそうだ。

「泳ぎたいです!」

 ナシウスも一年前とは違って本の虫だけではなくなったね。馬術訓練と剣術指南で身体を動かすのが習慣になったからだ。

 小高い丘を下ると港町だ。私は興味津々だけど、そこは通り過ぎる。海水浴には向かないからね。そして綺麗な海岸に馬車は止まる。

「ここは遠浅だから初心者向きなのだ」

 サミュエルは地元だからよく知っているね。ここなら泳ぎの練習もしやすそうだ。

 馬車2台目には召使い達が乗っていて、休憩する為のテントや長椅子などを設置している。私はメアリーから麦藁帽子を受け取って、青いリボンで結ぶ。これで海風にも飛ばされないよ。

「ペイシェンス、その格好で泳ぐのか?」

 サミュエルに少し呆れられたけど、日焼けを防げるし良いんだよ。あっ、弟達は帽子を取っているね。まぁ、これから泳ぐ練習だから顔をつけたりするから仕方ないか。

 私は少し弟達の泳ぐ練習を見ている。ヘンリーは上手く浮いている。ナシウスは緊張しているのか、沈んでいるよ。

「ナシウス、力が入りすぎている。まぁ、初めてだから仕方ないか」

 サミュエルは教えるの上手いから、私も少し泳ごう。

 服を着て泳ぐのって体力いるね。ペイシェンスは体力ないから、この辺で休憩だ。

「お姉様、泳げるのですね!」

 ナシウスの尊敬の眼差しが嬉しいよ。前世で泳げていたお陰だね。

「ナシウスも練習すれば泳げるようになりますよ」

「お姉様、頑張ります!」

「無理しないでね!」

 テントの下の日陰で長椅子に座ってメアリーと休憩する。

「お嬢様、ジュースをどうぞ」

 受け取って一口飲む。少し生温いので、生活魔法で冷たくする。やはりジュースは冷たい方が美味しいね。

「メアリー達も水分補給しなさいよ」

 テーブルの上の飲み物が入ったピッチャーにも生活魔法を掛けておく。

 サミュエルや弟達も休憩にやってきた。

「おっ、ジュースが冷たい!」

 サミュエルはいつもは温いジュースを飲んでいたんだね。

「もしかしてお姉様が冷たくして下さったのですか?」

 ナシウスはすぐに気づいた。ヘンリーはごくごく飲んでいる。かなり海岸は暑いからね。

「貝殻を拾おうと思うけど、皆は泳ぐ方が良い?」

 貝殻で細工をしたいから拾って帰りたいけど、弟達は泳ぎたいかもね。

「貝殻を拾いたい!」

 ヘンリーが意外と貝殻拾いに熱心だ。

「貝殻なんか何処にでも落ちているじゃ無いか」

 サミュエルったら文句を言いながらも一番熱心に拾っているよ。メアリーの持ってきた小袋一杯に拾って、今日はここまでだ。お茶の時間までに帰ってくるように伯母様に言われていたからね。それに疲れたよ。夏の海岸は日差しがキツくて、お風呂に入ってお昼寝したい気分だ。

「サミュエル、本当に楽しい夏休みだわ」

 誘って貰って良かったよ。

 

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