第54話 土曜の勉強会はこれで最後

 温室で上級薬草や毒消し草の世話をして、冷えた身体を暖炉の前で暖めていると、メアリーがやってきた。今日はいつも通りだ。

「お嬢様、ノースコート伯爵夫人からのお手紙です」

 えっ、またなの? 前と同じで良いじゃん! エバがパンケーキの焼き方をノースコート伯爵家の料理人に教えているから、それで良いんじゃない?

 少しでも弟達と一緒にいたいから、馬車で手紙を読む。

「昼食を一緒にはパスだわ。ええっ、パンケーキ以外のお菓子か、面倒だわ。クッキーかしら、キース王子は気に入ってパリパリ食べていたもの」

 またエバを派遣しなくてはいけないようだ。あれっ、クッキーやパウンドケーキなら冷めても大丈夫だから、材料だけ貰えば家で作って持って行けば良いのかも?

 なんて考えて、昼食は家で食べる事と共に手紙で書いてメアリーに持って行って貰う。その間は、ナシウスとヘンリーと一緒に過ごすよ。

「お嬢様、返事ですわ」

 あっ、この雰囲気は駄目だったようだ。やはり伯母様は昼食を一緒に食べて待機して欲しいみたいだ。それとエバにはノースコートの料理人に教えて欲しいから来るようにだってさ。やれやれ。

 ドナドナされる気分でノースコート伯爵家の馬車にメアリーと乗る。今回で勉強会は終わりにするぞ! NOと言える女になるんだからね。

 勉強会は順調だった。キース王子も古典への嫌悪感が薄れて、この1週間はかなり真面目に勉強したようだ。これなら飛び級できそう。サミュエルもかなり勉強したね。飛び級は無理でも古典が足を引っ張る事は無い。余裕でAクラスキープできそうだ。

「キース王子もサミュエルも古典はこのくらいで大丈夫ですね」

 これで本来の目的は達成した。後は、キース王子の歴史とサミュエルの数学だよ。へへへ、こんな勉強会をずっと続ける気は無いんだ。私の本気を見せてやろう!

「キース王子の歴史、これでヒューゴ様と勉強して下さい。これを覚えれば終了証書を貰えますわ」

 カードの表に歴史の事件を書き、裏に年号と内容を書いたのを渡す。

「これを全部覚えるのか?」

 前世の単語カードの大きいバージョンのを何個も渡したからね。金属の輪っかじゃなくて、穴を開けて紐で括ってある。

「ええ、ヒューゴ様と協力してクイズ形式で勉強すれば捗りますわ。さぁ、やってみて下さい」

 ビシバシやるよ! それに暇そうなラルフにはサミュエルの数学の勉強の手伝いをさせる。私は優雅に読書といきたいけど、法律の教科書を読む。これに懲りて勉強会は無くなって欲しい。だから容赦しない。

「キース王子、ヒューゴ様。その1つ目は終わりましたか? なら、テストをしますわね」

 ヒューゴから単語カードを取り上げて、私がクイズを出して二人に競わせる。うん、かなり覚えているね。

「間違えた番号のカードにはチェックを入れておきますね。2回目は、チェックの入ったカードだけを覚えれば良いだけですわ」

 2人は無理だとか、騒いでいるけど、このくらいして貰わないと弟達との貴重な時間を潰されたんだからね。この2人へのクイズの出し役をラルフに代わって貰い、サミュエルの数学だ。うん、分数の掛け算と割り算でごっちゃになっているね。私も割り算で何故分母と分子をひっくり返すのかとか分からなかったもん。

 サミュエルに割り算が分数になる事を何回も説明する。そしてさせる。それを繰り返しているうちに、サミュエルが「あっ、そうか!」とやっと気づいた。

「後は何回も問題を解けばできる筈よ!」

 やったあ! これで勉強会とはおさらばだ。なんて喜んでいたら、控え目なノックが聞こえる。

「お嬢様、お茶の時間だとノースコート伯爵夫人が言われていますわ」

 キース王子に遠慮して、メアリーに呼びに来させたんだ。まぁ、予定終了だから良いよ。

 応接間で死屍累々のメンバーとお茶をする。今日のお菓子はお茶の葉入りのパウンドケーキと苺ジャムが乗ったクッキーだよ。私は清々した気分でお茶を楽しむ。

「ペイシェンス、もう少し手加減をしてくれ」

 キース王子、パウンドケーキとクッキーで文句を言う元気が出たようだね。ラルフとヒューゴも復活している。若い子は元気だね。

「今日で最後の勉強会ですから、私のできる限りを尽くしましたわ」

 二度と御免だ! 強く言っておく。サミュエルは頭が分数に乗っ取られているみたいだ。頑張れ!

 キース王子は『最後の勉強会』に抗議したいようだが、これ以上は嫌だからね。サミュエルはまぁ仕方ないかなぁ。私はショタコンだし、従兄弟だもんね。それに弟達と仲良くして貰っているから。

 どうにかキース王子達を見送って、勉強会は終わった。サミュエルもキース王子との勉強会を私が避けようとしているのに気付いたみたい。

「ペイシェンス、また分からない所が出たら教えて欲しいのだが……」

 うん、それは良いんだよ。

「ええ、屋敷に遊びに来た時にでも教えてあげるわ」

 サミュエルはにっこりと笑う。うん、かなり拗らせ男子も素直になってきたね。

「では、私はペイシェンスに乗馬を教えてあげよう!」

 それは遠慮します。

「明日は留守ですよ。学園の先輩の屋敷を訪ねますから」

 サミュエルに一応は言っておく。乗馬訓練を逃げたと思われるのは業腹だからね。

 馬車に乗る前にリリアナ伯母様がソッと封筒を私に渡した。

「ペイシェンス、サミュエルに勉強を教えてくれてありがとう。これはほんの感謝の気持ちですわ」

 この薄さは小切手だと思う。嬉しい! ナシウスの学園の支度に使いたいな。制服はお下がりで良いけど、下着やシャツは新品を着せたい。男物のシャツはシャーロット伯母様に貰った生地では駄目なんだって。もっとしっかりした生地だと聞いて、買わなきゃと思っていたんだ。

 女学生の制服も夏物と冬物が一応はあるよ。デザインは同じだけど生地が薄くなるんだ。男子学生のはもっとわかりやすい。上着の生地の違いがはっきりと分かる。上級貴族の学生の上着は暖かそうなんだよね。前世のカシミアっぽい生地なの。それに中のシャツも生地が夏物と冬物では違うよ。

「ワイヤットに渡して、ナシウスのシャツの生地を買ってもらおう!」

 馬車で浮き浮きとメアリーに話す。

「それも良いですが、お嬢様にも使って下さい。リボンとか髪飾りとか」

 あっ、良いチャンスだ。

「そうですね。私も髪飾りが1つ欲しいと思っていたのです。明日、先輩の家の帰りにお店に寄りたいわ」

 うん、これなら良いんじゃないかな? あれっ、メアリーの目が座っているよ。怖いんだけど……何?

「お嬢様、その先輩の家への訪問とやらはいつ決められたのですか? 子爵様に許可は頂いておられるのですか? それと誰方なのでしょう」

 あっ、忙しすぎてメアリーにも父親にも言って無かったよ。

「お父様には家に帰ってから許可を頂くわ。錬金術クラブの先輩のカエサル・バーンズ様の屋敷に招待されているの」

 メアリーが指を組んで「バーンズ公爵家にいらっしゃるのですか?」とえらく力を込めて問いかける。

「ええ……あっ、メアリー、誤解をしないでね。今回の話は湯たんぽをバーンズ商会で売って貰う事になった件での訪問なのよ。ワイヤットには話したけど、お父様に話すのを忘れていたかも」

 湯たんぽの件と聞いて、メアリーは力が抜けた。縁談だとでも思ったのかな? 有り得ないでしょ。

 私は屋敷に帰って父親の書斎に行く。ワイヤットに話しただけで、父親に話すのを忘れていたのだ。ノックして返事を待って入る。

「お父様、湯たんぽの件で明日はバーンズ公爵家に行く事になったのです」

 父親は本を置いて、微笑む。

「湯たんぽは良い道具だね。ワイヤットから聞いているが、ペイシェンスはそれを世間に広めたいと考えているそうだね。頑張りなさい」

 ワイヤットから話は通じていたようだ。でも、今度からは忘れないようにしよう。

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