第55話 バーンズ公爵家

 日曜の午前中は弟達と過ごす。絶対に誰にも邪魔させないからね! 美術、音楽、ダンスを教えると、後はお遊びだ。庭で縄跳びをしたり、竹馬に乗って競走する。うん、惨敗しちゃったよ。

「さぁ、温室で苺を採りましょう」

 家で食べるのも採るけど、バーンズ公爵家にお土産のも採るよ。昨日もお土産に採ったけど、その後で生活魔法で後押ししていたから、赤い苺が葉っぱの陰から覗いている。

「今日もお姉様は何処かに行かれるのですか?」

 ナシウスの寂しそうな目にグラリとなる。でも、湯たんぽを売って欲しいんだ。お金になるのも有るけど、寒い思いをしている人に暖かく眠って欲しい。夜中に寒くて起きるのは本当に辛いよ。

「ええ、ナシウスやヘンリーも使っている湯たんぽを売って貰う為の話し合いをしに行くのです」

 ヘンリーもしょんぼりしていたが、私の話を聞いて喜んでくれた。

「湯たんぽは暖かいから良いですよね!」

 ナシウスも嬉しそうだ。

「湯たんぽが売れたら、寒くて眠れない人も助かります。お姉様、頑張って下さい」

 うん、頑張るよ!

 昼食には珍しく卵料理オムレツが出た。父親も驚いている。私が王宮へ行った後は、稀に出る事があるけど、この2週は行ってないからだ。

「ノースコート伯爵夫人から勉強会の茶菓子を作りに行ったお礼にエバが貰ったのです」

 メアリーに言われて、成る程ねと納得する。

「美味しいね」ヘンリーの笑顔で2回の勉強会の疲れが飛んだよ。マジ天使!

 昼食が終わればカエサル部長が迎えに来てくれるのを待つだけだと思ったが、メアリーに捕まって余所行きに着替えさせられた。だって、帰ったら寮に行くから制服で良いかなって思ったのにさ。駄目なんだよね。髪の毛もいつもより凝った髪型だ。ハーフアップは同じだけど、編み込みが入っている。

 用意が整った頃、カエサル部長が迎えに来た。制服ではないカエサル部長は、やはり公爵家のお坊っちゃまだ。父親に挨拶して、私を屋敷に招待する許可を取る。そして侍女のメアリーを連れてやっと馬車に乗るんだ。面倒臭いね。

「ペイシェンス、そんな格好をしていたら普通に令嬢に見えるな」

 止めてよ、メアリーが私が学園で何をしているのかと不安そうだ。

「カエサル様も令息らしく見えますわ」

 2人でプッと吹き出した。

「あっ、ペイシェンスが渡してくれた糸通し、家の家政婦がえらく褒めていたぞ。父上もそれを聞いて驚いていたな。それも売りたいそうだ」

 やったね! 糸通しは本当に便利なんだよ。

「それとアイスクリームを食べたいと、ベンジャミンが朝から押しかけて来た。彼奴はよく来るから良いのだが、余計な事を父上に言うから困った事になった」

 ベンジャミンとカエサルは前から家の付き合いがあるようだ。ハイソな付き合いなんだろうね。

「困った事とは?」

「自転車の事だ。まだ完成していないのに父上は凄く興味を持たれているのだ。このままでは取り上げられそうだ。ペイシェンス、死守してくれ」

 カエサルの父親は押しが強そうだ。私は押しに弱いのに困ったな。

「カエサル様のお父様は魔石を使わない道具に興味を持たれるのですね」

 湯たんぽの時にそう言っていたよ。

「ああ、庶民で魔石を買える者は少ないからだと言っていた」

 その通りだよ! グレンジャー家も魔石が1年前は買えなかったんだよ。なんて話しているうちにバーンズ公爵家に着いた。うん、大きくて立派なお屋敷だよ。

 遣り手だと評判のバーンズ公爵と会うのだ。少し緊張しちゃう。

 カエサル部長にエスコートされて馬車から降りる。へぇ、紳士的に振る舞えるんだね。感心、感心。

 執事が扉を開けて入れてくれる。

「よう、ペイシェンス!」

 ベンジャミン、口を滑らせたくせに軽いね。でも、気が楽になったよ。メアリーは別室に案内された。本当に侍女の付き添いって必要あるのかな?

 3人で応接室に入る。あっ、カエサル部長を年取らせたらこんな渋い格好良いおじ様になるの? ロマンスグレーの紳士だ。まぁ、私はショタコンなので守備範囲外だけどね。

「父上、こちらがペイシェンス・グレンジャーです」

 家でのカエサル部長って本当に上級貴族っぽいね。

「ペイシェンス嬢、よく来てくれたね。私はアイロス・バーンズだ。さぁ、座って下さい」

 何だか話し易い人だ。商会を立ち上げているだけある。人当たりが柔らかいんだけど、目は相手の中を見透している感じだ。

 バーンズ家の綺麗な上級メイドがお茶をサービスする。うん、お金持ちの家には客の相手をする綺麗な上級メイドがいるとは聞いていたけど、初めて見たよ。

 やはりバーンズ公爵は商会をしていても上級貴族だね。すぐに湯たんぽの話にはならなかった。お茶を飲みながら、王立学園や錬金術クラブの話をひとしきりする。

「ベンジャミンは私の甥になるのだが、プリースト侯爵家にいるより家にいる時間の方が長いようだな」

 ベンジャミンがプッと膨れる。

「伯父様から家の父と母に言って欲しいです。魔法使いコースを取った事をネチネチ文句を付けるのです。今からでも文官コースか騎士コースを取れと毎日煩くて!」

 へぇ、ベンジャミンは侯爵家なんだね。なる程、何となく他の学生の態度で上級貴族だろうと思っていたけど、納得だよ。

「それは自分でしなさい。さて、ペイシェンス嬢、この前カエサルから渡して貰った湯たんぽと糸通しの件だが、バーンズ商会で生産、販売をしたいと考えている」

 身内の世間話からパッと商売の話に切り替わった。うん、私も切り替えなきゃ!

「はい、カエサル様から話を聞いています。お願い致します」

 カエサルが「即答して良いのか」と呆れられる。

「ペイシェンス嬢は商売が分かっているな。信頼には信頼で応えよう。ここに契約書を用意してあるが、家に持ち帰って相談してから署名してくれ」

 うん、まだペイシェンスは11歳だもんね。父親とワイヤットに相談するよ。でも、ザッと書類を読んでみる。

「何か問題はあるかい? それか要求があるなら聞いておこう」

 バーンズ公爵は信じるけど、一つだけ言っておきたい。

「いえ、私は湯たんぽと糸通しをなるべく安価で販売して欲しいのです。ローレンス王国の冬は寒いので薪を十分に買えない人達に湯たんぽを普及させたいと考えて作ったからです。それと年老いて縫い物の内職が出来なくなる女性にも糸通しは助けになりますわ」

 バーンズ公爵は、そうしようと約束してくれた。

「ペイシェンス、高く売れた方がお前の取り分も多くなるのだぞ」

 ベンジャミンは分かってないね!

「ベンジャミン、お前は文官コースを取って少し勉強しなさい。カエサルと錬金術クラブに入り浸る暇があるのなら文官コースぐらい取れるだろう」

 あっ、バーンズ公爵から叱られたよ。カエサル部長は意味が分かっていたようだからセーフなのかな?

「ペイシェンスなら儲かる商品もバンバン発明しそうだな」

 そうだよ! お金持ちからはガッツリ頂くつもりだからね。にっこりと笑う。バーンズ公爵にも意味は通じたようだ。

「それは自転車という道具の事かな?」

 ああ、ベンジャミンの軽口だよ。

「まだまだ改善しなくてはいけませんわ」

 あっ、バーンズ公爵から圧を感じるけど、負けないよ。あれで売り出したら、とんだ欠陥商品だもの。にっこりと笑って逸らす。

「おお、そうだ! ペイシェンスには青葉祭で作るアイスクリームとやらを作って貰うのだった」

 カエサル部長も話を逸らすの上手いね。

「ええ、アイスクリームは本来は暑い夏のデザートですけど、暖炉の前で食べるのも贅沢ですわね」

 カエサル部長とベンジャミンとメアリーとで台所へ向かう。

「卵と砂糖と牛乳は用意してある」

 メアリーの目が厳しいから、バーンズ家の料理人に指図する遣り方でアイスクリームを作る。自分でした方が早いけどね。

「卵黄だけをボウルに割り入れて軽く混ぜて下さい。そして砂糖を入れて……あっ、そのくらいで止めて! よく混ぜたら、牛乳を入れて混ぜて下さい。それに生クリームを入れて下さい。そのくらいで良いですわ」

 後は生活魔法で作るよ。ボウルを受け取り、スプーンで味見をする。良かった! 異世界の料理人はすぐに砂糖をいっぱい入れるからね。生卵だから、一応浄化しておく。

「アイスクリームになれ!」攪拌しながら冷たくするのを一言で言うならこれだよね。マキアス先生には格好悪い呪文だと呆れられそう。

「これがアイスクリームですわ。あっ、私が持ってきた苺を刻んで頂けます? それとこのアイスクリームを半分に分けてボウルに入れて下さい」

 苺の刻んだのを入れて、もう一度攪拌させる。スプーンで味見したら、うん、これはフレッシュ苺のアイスクリームだよ!

「お嬢様!」小さな声だけど、メアリーに味見を叱られたよ。でも、味見しないでバーンズ公爵に出さないよ。

「これをガラスの器に盛り付けて出して下さい」

 カエサルとベンジャミンは、後ろから見ているだけだったよ。アイスクリームメーカー作って貰うんだよ。分かったかな?

 応接室にまた綺麗な上級メイドがガラスの器に盛られた2色のアイスクリームを持ってきた。

「ほう、これがアイスクリームか」

 私が作ったから、先ず手をつけるよ。

「美味しい!」

 うん、異世界に来て1年と2ヶ月。初アイスクリームだ。寒いグレンジャー家では冬に食べたいとは思わないけど、バーンズ公爵家の応接室は暖かいから美味しいよ。

 公爵もカエサルもベンジャミンも食べて「美味しいな」と驚いている。

「これは青葉祭に出したら評判になりそうだ! 新入部員が確保出来るかもしれない」

 カエサル部長はブレないね。錬金術クラブが大好きなんだ。

「アイスクリームの魔道具を作ったら、うちで売るぞ! 夏場のガーデンパーティーにうってつけだ」

 バーンズ公爵は商売熱心だね。そうだ、良い事を思いついた。こんな機会を逃さないよ。

「バーンズ公爵、私は家と学園しか知りませんの。バーンズ商会を見学させて頂けませんか?」

 カエサルとベンジャミンに呆れられたよ。

「そんな箱入り娘とは思えなかった」

 ベンジャミンは素直だね。カエサル部長は父上の前だからマナーを守って口に出さなかったよ。

「ペイシェンス嬢、是非ともバーンズ商会を見て下さい」

 うん、バーンズ公爵は私の意図に気付いているね。そう、市場調査は大事なんだよ。

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