第46話 湯たんぽ! 湯たんぽ!

 何故か土曜の午後は古典の勉強会に決まった。場所はなんとノースコート伯爵家だ。サミュエルに話したら、リリアナ伯母様から家でするようにと手紙を貰ったのだ。木曜に音楽クラブで話して、金曜には手紙を持ってサミュエルが来たんだよ。凄いスピード!

「ご迷惑では無いのかしら?」と一応は尋ねておく。

「母上はキース王子が来られると聞いて舞い上がっているから、ペイシェンスは気にしなくて良い」

 ああ、大騒ぎしているのが目に浮かぶよ。

「伯母様には勉強会だとしっかり念押ししておいてね」

 サミュエルは一応は言っておくと答えた。

 それより私はデーン語を楽しく学ぶ方法を考えなくてはいけないのだ。うん、こんな時は専門家に聞こう。職員室にモース先生を訪ねる。

「おや君はペイシェンスでしたかな? 何か質問でも?」

 モース先生はお喋りなので話しやすい。

「私の従兄弟が古典がとても苦手なのです。もう古典と聞くだけで逃げ出しそうな感じで困っています。でも、音感は凄く良いので、デーン語の歌を教えたら古典への拒否反応が無くなるのではと思ったのです」

 モース先生は面白そうに笑う。

「確かにデーン語は何故か帝国語が残っていますね。他のエンペラード語の方が変化しているから、北方の端のデーン国の方が元の帝国語に近いかもしれない。良いでしょう。デーン語の歌はいっぱいありますよ。是非、従兄弟に教えてあげたまえ」

 デーン語の歌集や面白い民話などの本を貸してくれた。

「モース先生、ありがとうございます」

 お礼を言うと、笑って手を横に振る。

「いや、これでデーン語の授業を取ってくれる学生が増えたら良いとの下心もあるのですよ。だから、気にしないで下さい。図書館にもまだ歌集はある筈だよ」

 図書館でも歌集を借りる。これでサミュエルとキース王子の古典嫌いが治れば良いんだけどね。

 これで土曜の用意は済んだから、金曜の午後は錬金術クラブで湯たんぽを作ろう! 何個作るか指を折って数える。私、ナシウス、ヘンリー、父親、メアリー、エバ、ワイヤット、ジョージ、マシュー!

「9個も作って良いものかしら? カエサル部長に尋ねなきゃね。あっ、マーガレット王女にも作ろう」

 寮は暖かいし、王宮も暖かいだろうけど、朝が苦手なマーガレット王女に湯たんぽは良いかもしれない。

「10個はずうずうしいかな?」

 今回は湯たんぽを作りたいので、洗濯機のもう少し詳しい図も書いてきた。カエサル部長達がこれを見ている間に私は湯たんぽを作るんだ。

「ご機嫌よう」と言う前にベンジャミンに「遅いぞ!」と声を掛けられた。職員室に寄ったり、図書館にも行ってたからね。

「少し用事があったもので……」とはいえ、普通のクラブ活動は放課後だし、今は3時間目なんだよね。遅刻じゃないよ。

「これは洗濯機の詳しい図です。私は湯たんぽを作って良いですか?」

 ベンジャミンはパッと図を取って、カエサル部長と見ている。

「カエサル部長、10個作っても良いですか?」

 上の空で「ああ、好きにしろ」と許可を出してくれた。やったね!

 先ずは1個作ってみるよ。だってお湯が溢れたら火傷しちゃうからね。この口のネジとキャップのネジがピッタリ合わないといけないんだ。

「湯たんぽになれ!」頭に前世の湯たんぽを思い浮かべて窯の前で唱える。楕円形で、底は平ら、表面には何本かの筋が入り、お湯を入れる部分は少し飛び出してネジの線がついている。

「湯たんぽのキャップになれ!」キャップがストンと落ちた。

「これがちゃんと締まれば良いけど」

 キャップを湯たんぽの口に締めてみる。

「うん、ちゃんと締まるね! 後はお湯が溢れないかテストしなくちゃ」

 先ずは水を入れて湯たんぽを振ってみる。

「うん、水は漏れてないよね!」

 やはり湯たんぽなのだから、お湯で実験したい。

「カエサル部長、お湯を沸かしても良いですか?」一応は許可を取るけど、生返事だよ。

「さて、お湯を入れてみよう」

 ヤカンに沸かしたお湯を口からトポトポと入れる。そしてキャップを締める。

「熱いわ! カバーに入れなきゃ」カバーに入れたら暖かい。錬金術クラブには窯があるので寒くは無いが、私はどうやらローレンス王国の人より寒がりのようだ。転生した時の寒さがトラウマになっているのかも。

 椅子に座ってお腹に湯たんぽを抱いてまったりする。暖かいって良いよねぇ。

「あっ、ペイシェンス、できたのか?」

 やっとカエサル部長とベンジャミンが何か作っていたなと気づいた。

「ええ、これで良いと思うので、後は何個も作るだけです」

 ちょっと見せてみろと手を伸ばすので、私は椅子から立ち上がってカエサル部長に湯たんぽを渡す。

「ふむ、暖かいな。カバーを取っても良いか?」

「カバーを取ると熱いですよ。熱湯を入れてますから」

 注意をしたので半分だけカバーから出して、カエサル部長はぶつぶつ言い出した。

「なるほど、夜寝る前にお湯を入れて、布団の中に入れておけば暖かく眠れるのだな。そして、そのお湯で朝は顔を洗うのか? 魔石も必要ないし、庶民には便利だろう。これは父が好きそうな商品だな」

 そうだよ、湯たんぽは画期的なんだから。

「ペイシェンス、これは鉄で作る物なのか? 鉄はサビに弱いぞ」

 そこまでは考えて無かったよ。確か銅製は高価だったような?

「できたら銅製が良いのですが、高くなるようならメッキでも良いです」

 異世界にもメッキはあるようだ。

「銅メッキするなら、銅を溶かさなくてはいけないな」

 空いている窯に新しい鍋をかける。メッキって電気分解してつけるんじゃ無かったかな? でも、ここは異世界だ。それに何でもありの錬金術がある。

 お湯を捨てた湯たんぽを銅の鍋に入れて「銅のメッキを付けろ」と言えば出来上がる。鉄製より、銅メッキが付いている方が顔を洗うのにも衛生的だよね。サビ難いし。

「カエサル部長、家族のも作って良いですか?」

 弟達の子供部屋、寝る前に暖炉の火は消しちゃうんだよ。去年よりは暖かいけど、朝方は冷え込むよね。

「ああ、そのくらいは好きにしたら良いが、この湯たんぽ、父の商会で売らないか?」

「えっ、私が作って売るのですか?」

 内職は有り難いけど、材料を錬金術クラブに持って貰うのはいけないんじゃないかな?

 カエサル部長は私の考えが分かったようで爆笑する。

「違うさ。この湯たんぽの製法をバーンズ商会に提供して、売り上げの何割かを貰うって事さ。まぁ、特許の簡易版の商品登録で良いと思うぞ」

 こんな単純な品物だから特許まではいかないんだね。それに異世界の何処かではよく似た物も有るかもしれないし。

「商品登録が何かも分かりませんが、カエサル部長を信じてお任せします」

 なんて言ったら、ベンジャミンが呆れていたよ。

「ペイシェンス、父上に相談した方が良くないか? 何か金になりそうな話だぞ。家の弁護士とか経理士とかに任せてはどうだ?」

 家の父親に相談するよりワイヤットにするよ。それに弁護士も経理士もいないし雇う金もない。それに騙そうとするなら、遣手だと噂のバーンズ公爵には何をやっても騙されそうだよ。

「いえ、私はカエサル部長を信じてお任せしますわ」

 こんな場合は信頼するしかないよ。

「そうだな、今度、父と会う機会を持つとしよう。さぁ、湯たんぽを作りなさい。それが終わったら洗濯機を作るぞ!」

 4時間目が終わるまでに湯たんぽを11個作った。最初の1個をカエサル部長に渡す。

「これを父に見せてみる。では、洗濯機を作ろう」

 アーサーとブライスも来たので、5人でわぁわぁ騒ぎながら、どうにか洗濯槽の試作品を作る。

「水を入れて、回して、排水する。この魔法陣を各場所に置けば出来そうだ!」

 大きな金属の箱の上部分に水を入れる魔法陣を置き、下のプロペラに回転する魔法陣を置き、箱の底に排水の魔法陣を設置する。それに魔石を置いていけば、洗濯機の試作品が出来上がる筈なのだが、なかなか思い通りにはならない。

「ペイシェンス、もう暗くなっているよ」

 ブライスに言われてハッとする。ああ、気をつけなきゃと思ったのに、窓の外は真っ暗だ。

「ペイシェンスを送って行くよ。それに荷物もいっぱいだからね」

 欲張って11個も湯たんぽを作ったからだ。

「ブライス、私も送って行くよ。荷物が多そうだ」

 私が持っている湯たんぽをベンジャミンが持ってくれた。

「ありがとうございます。暗くならないうちに寮に帰ろうと思っていたのですが、ついつい遅くなってしまいましたわ」

 2人に笑われた。

「ペイシェンスはもう骨の髄まで錬金術クラブのメンバーだな」

 あっ、ベンジャミン、それはやめて欲しいよ。錬金術クラブは変人の集まりって評価だと知らないのかな?

「青葉祭で新クラブメンバーを増やしたいな」

 ブライスの言葉で、そう言えばギリギリ廃部を免れたのだとハッとした。

「洗濯機の展示では、あまり学生の興味を引かないかもしれませんね。何か人を集める魔道具を作って展示しなくてはいけないかも」

 ベンジャミンが「その通りだ!」と横で大きな声を出すからびっくりしたよ。ライオン丸は髪型だけにしてよね。吠えるな!

「ペイシェンス、何か良いアイデアを出してくれないか?」

 えっ、私に丸投げですか? あっ、あれは如何かな? でも卵って高いんだよね?

「何か思いついたようですね!」

 錬金術クラブの常識人のブライスにも詰め寄られる。

「ええ、もう少し考えてからお話しますわ」

 ベンジャミンが髪の毛を掻きむしりながら「今、話せ!」と騒いでいるが、寮に着いたよ。やれやれだ

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